第142話 芸術王国流文化侵略ノススメ ――始動――
俺達のバンド、《
俺が王都に越してきてから皆で時間を作って、俺の指導の元死ぬ程練習をしまくった。
おかげで皆の腕は、そこら辺の音楽家を名乗る奴等よりは数歩も抜きん出ている。
それに俺自身の腕前もさらに上達し、感情豊かな音を出せるようになったと自負している。
前世は青春などを捨ててまで音楽一辺倒だったけど、この世界に生まれ落ちてからは濃密な人生経験を送っている。
そりゃ前世での三十五年間以上の、本当に濃厚な人生だ。
そんな経験のおかげかわからんけど、作詞作曲がよりスムーズに行えるようになったんだ。
やっぱりさ、こういうクリエイティブな職業って、人生経験が物を言うよな。それが今世で初めて理解したよ。
リハーサルを切り上げた後は、俺達はぐっすりと睡眠を取る。
ここで眠かったりして実力を出せなかったら、もうプロ失格だからな!
あっ、寝る前にレイスとミリアに一応こう言っておいたんだ。
「一緒の部屋で寝ていいけど、今日は『夜のお仕事』は控えてくれよ? 明日に響くかもしれねぇし」
「「しないよ!?」」
二人は顔を真っ赤にしていた。
いや、俺は確信している。
お前らは絶対に、甘い雰囲気になってヤるってな!
まぁこんな感じで釘を刺したから、レイスとミリアは別々の部屋で寝たみたいだ。
はんっ、俺だって禁欲中なんだ! 俺より先によろしくされるのは何かムカつくじゃねぇか!
……何か俺、寂しい人間みたいだよな。
そして一夜が明ける。
各々しっかり眠れたようで、すっきりした表情をしていた。
それにやる気に満ち溢れているし、これなら上手くいきそうだな。
皆で朝食を取り、最後の打ち合わせをする。
ライブでの細かい動きや、話す内容――つまり《MC》――を確認し合う。
まぁでも、そういった動きや話す事なんて、その場のテンションで結構変わるもんだ。まぁ最低限こう話そうって決めておけば、別に多少アレンジが加わっても本筋から脱線しないもんだし、無駄な時間ではない。
現在午前九時半。俺達の出番は後三十分後だ。
……流石に緊張してくるな。
今思えば、俺はこうやってバンドを組んで活動するなんて経験がなかったわ。
高校時代にやろうとしたけど、俺の腕前と他のメンバーの腕前が一切均衡が取れず、結局活動をせずに崩壊しちまったんだ。
自惚れに聞こえるかもしれないけど、俺はプロを目指していたが、他のメンバーは青春の一ページとしてやりたかったみたいだから、そもそも気持ちや目標の立ち位置が違っていた。そんなんじゃ皆の気持ちが食い違っている時点でバンドは成り立たない。
でも今は、皆音楽で食っていきたいという目標が同じメンバーが揃って、このバンドは結成されている。
立ち位置は同じだ。腕前だって申し分ない。
だから楽しみなんだけど、やっぱり緊張する。
今回のライブは、エレキギターこと魔道リューン、ベース、シンセサイザーにドラムの発表会的な意味合いも含まれている。
俺達は、バンドという演奏形態を世に放つ。
まぁ文化侵略っていう形で使われるのも癪なんだが、逆に言えばこれはチャンスなんだ。
娯楽に飢えている、収入はいいけど金を持て余している帝国民から、金をむしり取る事だって出来る。
これが成功すれば、決壊したダムのように金を落としてくれるだろうし、恐らく口コミで他の村や街からも人が押し寄せてくるだろう。
こうやって、刺激的な文化というのは広がっていく。
人の口から人へ。まさに伝言ゲームだ。
俺が緊張している理由の一つとしては、色んな人を巻き込んでいるから、失敗は許されない事が少し重荷になってるんだけどな。
俺以外の皆は「一泡吹かせてやる!」とやる気十分だ。
あの控えめなレイスですら、好戦的な表情をしているし!
オーグに至っては、目を瞑ってイメージトレーニングをしているようだ。
レオンは自分の髪型をチェックしている。
ミリアも頭の中で自分が歌っているシーンを想像出来ているんだろう、体で自然とリズムを取っている。
(……一人で緊張しているのもバカらしくなってくるな)
それでもやっぱり緊張は抜けない。
何せ、俺だって初めての経験だからな。流石に緊張しちまうって。
だが、時間は待っちゃくれない。
屋敷で待機していた俺達を呼びに、カロルさんがやってきたんだ。
「皆さん、そろそろ舞台袖まで移動して準備をお願いします」
ついに、始まる。
皆は勢い良く立ち上がり、歩いて五分程の距離に設営されたライブ会場へ向かう。
俺だけがやや足取りが重い。
「ハルさん、緊張されているんですか?」
「ん? ああ……まぁ、ね」
「……確かに、貴方の演奏に様々な命運が掛かっていますからね」
そうなんだよ。文化侵略の成功も、カロルさんの売上も。全て俺達の腕に掛かっている。
そんな背景がある事を、俺以外のメンバーは知らない。
言って変な緊張をさせたくなかったからな。だから俺一人だけが全てを背負っている感じになっちゃってるんだけどな。
「ハルさん。これだけは忘れないでください」
「ん?」
「……貴方は、自身を成功させる程の強い意思を持っています。そう、普通の人間では持てない、鋼のような強い意思です。だから貴方は、自分を信じて突き進んでください。そうすればきっと、貴方の思う良い方向へ向かうでしょう」
「俺はそんな大それた人間かね?」
「ええ、私はそう確信してますよ。そうでなければ私は貴方に付いていきませんよ。人間の絆は、何だかんだで損得勘定で繋がっていますから」
「はは、現金な事で」
「それだけ私はハルさんを信用しているという事ですよ。なので、一発強い音楽を殴り付けてきてください」
カロルさんが珍しく屈託のない笑顔を見せた。
普段クールな彼がそんな笑顔を見せるのは、この二年の付き合いの中でも片手で余裕で数えきれる程だ。
「……ありがとう。ちょっくらブチかましてくるわ!」
「それでこそ、私が憧れたハルさんです」
「ん? 憧れた?」
「ええ。貴方は常人が望んでも手に入れる事が難しい意思の強さを持っていますからね。どんな人間であろうとも憧れます」
「そっか。なら、俺はカロルさんに憧れを抱かせ続けないとな」
「是非共よろしくお願いします。貴方との縁が切れるのは、大損害ですからね」
俺達は特に言葉を発する事なく、互いの拳を軽くコツンとぶつけた。
何となくの予感だけど、カロルさんとはこれからも縁が続きそうな気がするよ。
今回のライブはたくさんの思惑が俺の腕に掛かっている。だから緊張していたんだけど、誰かに頼られている、憧れられているってわかると不思議な事に緊張がぶっとんで、力が沸いてくる。
ふっ、確かに人間の縁ってのは、誰かに与えてもらったり与えたりして成り立っているんだな。
まっ、これっぽっちも悪い気はしないな!
「うんじゃ、ちょっくらいってくる!」
「いってらっしゃい、ハルさん」
俺はカロルさんに見送られながら、屋敷を後にした。
ちょっとした事件が起きた。
まぁ俺限定なんだけどさ。
舞台袖で観客をちらっと見たら、最前列にめっちゃくちゃ見覚えがある女性が立っていた。
もうまさに神が造った造形美としか言えない程の、金髪ふわふわロングヘアーの美女が客席最前列にいた。
着ている服はTシャツで、盛り上がっている胸元には『I L♡VE HAL・WEED』と書かれていた。
そうそう、多分アルファベットで俺の名前を書いたらそんな感じ――
って、おい!
何で英語なんだよ!!
ってかこの世界にTシャツねぇよ!!
めっちゃくちゃ見覚えあるんだけど、誰だっけ……。
えっと、え~~っと。
「もう、私の顔を忘れてしまいましたか?」
頭の中に声がする。
えっ、もしかして。
もう一度その女性を見てみると、俺の方を向いて、笑顔でひらひらと手を振っていた。
ああ、間違いない。
俺をこの世界に転生させてくれた女神様だった。
って、何でこの世界にいるんだよ!!
「私は、五百年に一日、好きな世界で人間として満喫していいという権限があります。今回ハル君の晴れ舞台を見に来ちゃいました」
胸元で拳を作って俺の頭の中に語り掛けてくる女神様。
しっかし、五百年に一日って、どんだけブラックな所なんだよ。
「ご安心ください。不必要に人間界に関わってはいけないので、ライブを見終わったら適当にお祭りを楽しんで帰りますから」
……さいですか。
「それに、これもちょっと仕事の延長なんですよ」
えっ、どういう事?
「戦争でレミアリア陣営が亡くなられた兵士は百十八名になります。遺体は粉々になっているのもあるので、そちらでは正確に把握できていないでしょうが、私の元にその百十八名の魂がとあるお願いをしてきたのです」
とあるお願い?
どんなお願いなんだ?
「……転生する前に、どうしても貴方の音楽が聴きたいと、土下座をして頼み込んで来たのです。なので私はこの五百年に一日のご褒美を利用して、ちょっとした権限も使って百十八の魂を引き連れてやってきたのです」
そうなのか。
つまり、今女神様の周辺には?
「ええ。彼らの魂が浮遊しています」
うえっ、ちょっとしたホラーなんですけど。
「とにかく、私も彼らと一緒に楽しみますね! ほら、地球でライブの楽しみ方を学んで来ましたよ!」
女神様の手には、赤と青、そしてウルトラオレンジと言われる強く発光する三本のサイリウムが握られていた。
うっわ、前世のライブと同様な楽しみ方をするのかよ!
そのTシャツは?
「この世界に来る前に地球でオーダーメイドして、作りました!」
女神様が地球でTシャツオーダーメイドって……。
まぁいいや。
直接女神様には、この世界に転生させてくれたお礼もしたかったし、俺達の奏でるサウンドをぶつけてやるぜ。
「うっし、皆! 気合いは十分か!?」
『おうっ!!』
全員の目には、鋭利な刃物のように鋭くてギラついた光が宿っている。
うん、聞くまでもなかったようだな。
「なら、一つだけ言わせてくれ」
レイス、ミリア、レオン、オーグが俺の顔をしっかりと見据えている。
誰も視線を逸らさない。
「思いっきり、演奏を楽しもうぜ!!」
『もちろん!!』
そして、十時になった。
俺達の出番がやってきた。
ざっと見た感じ、一万人以上はいるだろう観客の前で、俺達はこれから演奏する。
不思議と緊張はもうしていない、あるのはどうやってこれだけの観客を湧かせてやろうかっていう事だけだった。
さぁ、見せるぜ、衝撃を!
聴かせるぜ、俺達の音楽を!!
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