第129話 奇跡の二日目 ――序章――


 ――サリヴァン視点――


 さて、そろそろ殿下が到着する。

 俺と軍師殿はコーヒーを飲んで眠気を飛ばし、陣営入り口で迫ってくる殿下率いる大軍を出迎えていた。

 ああ、胃が痛くなってきた。

 昨日の大敗をどのように報告したらいいのだろうか。

 まぁどの道お怒りになるのだろうから、今日で挽回するしかない。

 くっ、ええい、忌々しいこの音め!!

 おかげでまともに声も聞こえぬではないか!!


 そして、ついにヴィジュユ殿下が我が陣営に到着した。

 到着した直後から耳を抑えて表情を歪めていた。

 原因は、ハル・ウィードが放っているこの音のせいだと容易に想像できた。


「出迎えご苦労である! しかし、この音は一体何なのだ!!」


 ヴィジュユ殿下が声を張って話す。そうでもしないとまともに聞こえないからな。

 軍師殿が一歩前に出る。


「殿下、この音は敵陣営にいる《音の魔術師》、そして《双刃の業火》の異名を持つハル・ウィードが放っているものと思われます!!」


「あの史上初の二刀流剣士で、史上初のユニーク魔法を自在に操る魔術師でもある奴か……! 音というのがこれほど凄まじいものだとはな!」


「これが昨日からずっと鳴り響いておりまして、誰一人睡眠が取れておりません!! 精神を病んで自害する兵士や暴れだす兵士がいるほどでございます!!」


 ヴィジュユ殿下は陣営を見渡し、その惨状を確認したのだろう。

 褐色肌で整った顔はさらに歪んで、怒りとも悲しみとも取れる表情をされていた。


「これは早期決着しかあるまい! サリヴァンとリョースよ、天幕に案内せよ!!」


「「はっ!!」」


 リョースとは、軍師殿の事である。

 しかし俺は彼を名前では呼ばない。

 これは国の発音の違いのせいであるのだが、俺が言ってしまうとどうも侮蔑的な発音になるのだそうだ。

 どうやら本人もあまり自身の名前が好きではないので、俺は名前を呼ばずに軍師殿と言っている背景がある。


 俺達は殿下を天幕へ案内する。

 ここが俺達の司令室だ。

 天幕すらも突き抜けて俺達の耳に入るこの不快な音に、殿下もかなり苛立っていた。


「くっ、これはあまりにも酷い音だ! さて、まずは昨日の報告をしてもらうぞ!」


 俺は簡潔に昨日の戦闘を話した。

 ヴィジュユ殿下は顎に手を当てて、深い思考へと入った。


「ふむ、悪くない作戦だったが、向こうの軍師が上手だったか。初戦は完全に読まれたな」


「はい。通常であるならば、この左右の谷が王都への直通になっているので守りを固めるものかと思ったのですが、地の利を活かしてすでに森に軍勢を置いていたようです!」


「それは数人配置していただけではないのか?」


「いえ、生き残った兵士によりますと、大軍の声がしたとの事で、敵側としては中央突破を一番恐れたのではないかと」


「なるほどなるほど。しかしこちら側としては、この谷を利用するのは愚策だな」


「そうですな」


 その通りだった。

 俺もここの地形は十分に把握していた。

 この谷は両側が人五人分程の崖になっているのだが、大雨が降ると崩落する位脆かったりする。

 もしこちらを進軍先として選んだら、崖崩れを起こされて、それに巻き込まれて兵士を失ってしまうのだ。

 だが、それでも敵陣営としてはこの左右の谷を死守しないといけないはず。

 我々はそこに兵士を多数割いていると予想して、中央突破を選択したのだった。


「それにしても、対応する早さが尋常ではないな。なるほど、これは早速新装備を投入する必要がありそうだ」


「新装備、ですか?」


 俺が質問をすると、ヴィジュユ殿下は白い歯を見せて獰猛な笑顔を見せる。

 この男、一見女性に好かれそうな二枚目かと思うが、その腹の中には大層黒い野望を抱えている。

 父親である皇帝陛下よりも深淵の野望だ。俺はそれを知っており、俺も彼に深く共感していたのだ。


「最近私が考案したものでな、魔法の射程距離を二レーズ(二キロメートル)伸ばせるのだ。それを使って鬱陶しい草原と森を焼き払って、進軍速度を早める。さらに森まで来たら直接敵陣営に魔法を叩き込める。わざわざ攻め込まなくてもあの程度の軍勢ならねじ伏せられるだろう」


 おおっ、そんな装備が開発されていたのか!

 さすが軍事帝国だ、戦闘用魔道具の開発に関しては他国より何歩も先を行っている!


「なら、こちらは騎兵を用意致しましょうぞ! そして進路が確保出来たと同時に突撃して、数の暴力で蹂躙しましょう!」


「前線はそれでいいだろう。こちらは魔法兵団を百五十用意した。森まで進んだ後に、遠距離からの後方爆撃及び、敵陣営に直接魔法をぶちこんでやろう」


「お手数お掛けする! 昨日の失態を取り返しますぞ!」


「サリヴァン、昨日は仕方ない。向こうにも頭が切れる者がいたという事だ。後はサリヴァン、『例のアレ』も投入するぞ」


「アレをですか! アレはなかなか御せないので不安要素が多々ありますが」


「構わぬ。こちらにも多少犠牲が出たとしても構わん。アレは一騎当千の力を秘めている。戦場を引っ掻き回してやろうぞ」


「了解しました。直ちに《武力派》と連携を取って用意しましょう」


「ふふ、サリヴァンが連れてきた《武力派》は本当にえげつない。だが、同時に私は気に入っている! しっかり働いてくれ」


「はっ!!」


「今より《エクスプロージョン》による進路確保を行う! 魔法師団全員を配置につかせろ!」


「はっ!!」


 さぁ、今日こそは俺達が勝たせて貰う!

 この長距離魔法は、流石のハル・ウィードでも防げぬだろうよ!!

 さぁ、どう出る、元我が祖国よ!!














 ――ハル視点に戻る――


「だってさ、ニトスさん。どうするよ?」


「……非常に不味いぞ、ハル君。あの森のおかげで進軍速度を落とせている。且つ帝国軍の騎兵隊は相当熟練と聞く。それに攻め込まれたらこちらとしてはたまったものじゃない」


「それに、中央突破を許したら左右の谷からも進軍するっていう選択肢も与えないか?」


「その通りだ。中央に我が兵士を集結させた隙を見計らって、左右に兵士を進軍させるという可能性を与えてしまう。数少ない兵士を左右の谷の防衛に割いてしまったら、中央突破を許してしまう。何としても森の破壊だけは防ぎたい」


「何か長距離魔法も撃てるっぽいしね」


「ああ。しかも広範囲爆発魔法である《エクスプロージョン》を二レーズも射程を伸ばせるってのは非常に驚異だ」


 ニトスさんが頭を抱えて唸っている。

 通常の《エクスプロージョン》の射程は二百メートルらしい。それをあちらさんは魔道具によって二キロメートルも射程を追加したんだ。

 敵が森を抜けてから《エクスプロージョン》を放たれると、ちょうど射程はうちらの陣営まで届いちまう。

 だからニトスさんはこの進路を作られるのを阻止したいと思っているらしい。


「で、ニトスさんに案はある訳?」


「……現状、ない」


「ですよね~」


 そう、こちら側にも魔法師団はいるが、今からどうにかしようとしても射程距離が圧倒的に上である敵側に何かしらの対抗策を打つ時間がないんだ。

 ま、通常の手段だったらな。


「一つ質問。軍隊の魔術師ってさ、集団で魔法を撃つ時どうしてんの?」


「……基本全員で同時に詠唱を行う。同時に一斉発射する事を目的としているので、声を揃えている意味合いもある。だが一番の理由は詠唱を行う方が魔法の威力は高まるというものだ」


「えっ、そうなの?」


「知らなかったのかい……。まぁ君の魔法は無詠唱が基本だから知らなかったのかもな。詠唱短縮――つまり、魔法名だけでの発動と無詠唱による発動は約三割程威力や効果が薄まるとの研究結果があるんだ」


 へぇ、なるほどね。

 タイマンでの勝負だったら無詠唱は有効だけど、こういった戦争だったら、威力は百パーセントでないと殲滅なんて出来ないからな。

 ん? つまり俺も詠唱をやれば、より高い威力の魔法が撃てるって事?

 こりゃ面白そうだ。後でじっくり検証してやるぜ!


「ハル君、何でそんな事を聞いたんだ?」


「ん? いやさ、俺、敵の詠唱を封じられるからさ、無詠唱出来る魔術師がいなければ敵の魔法を封じられるぜ?」


「……は?」


 ニトスさんと軍師補佐の人達が皆目を見開いた。


「まぁまぁ。口で言っても理解できないだろうからさ、実際に見せてやるよ」


 俺は双眼鏡を手に持ってテントを出た。

 そして敵軍を見渡せる所まで移動をして、双眼鏡を覗き込んだ。

 おお、何か変な長い杖を持った魔術師が横一列に並んでいるなぁ。目を閉じていて、どうやら魔力を練っているご様子。

 まだ口を開いていないから、詠唱には取りかかっていないな。


 さて、早速やりますか!

 ぐっすり寝れたから、魔力も十分でございます!

 えっと、向こうの魔術師の数は百五十だっけか?

 俺は《遮音》の指示を出したサウンドボールを百五十個生成する。そして五キロメートル程先の敵魔術師の口にサウンドボールを飛ばして吸着させた。

 俺のサウンドボールは五キロ程度の距離なら、一瞬で飛んでいってしまう。

 はい、俺の必殺、《詠唱殺し》は完了っと!

 言葉に魔力を込める事でこの世の理に接続し、理に対して起こしたい現象を指示するのがこの世界の魔法。

 つまり、言葉さえ遮断してしまえば詠唱による魔法発動は出来ないんだ!


「ニトスさん、敵はもう詠唱による魔法は発動出来ないぜ」


「……本当に?」


「ホントのホント! 俺のサウンドボールで声を遮音して、詠唱しても理に接続出来ないようにしたからさ」


「…………」


 ニトスさんが半信半疑の視線を俺に向けてくる。

 いやいや、本当だって!

 無詠唱以外はこれで魔法放てないからさ。

 とりあえず俺は双眼鏡の倍率を伸ばして、相手魔術師達の様子を見る。

 おうおう、声が出せないせいか慌てふためいているぞ。

 はっはっは、流石俺様!


「……何やら、敵魔術師共が慌てているようですな」


「ああ……。本当に声が出せないのかもしれないな」


「……《エクスプロージョン》は無詠唱や詠唱短縮で放てる魔法ではないので、これで進路を作られる事はないでしょう」


「……だな」


 ニトスさんと軍師補佐の皆さんが俺に視線を向けて、一斉に溜め息を付いた。

 何だよ何だよ! 俺、いい仕事したでしょ?

 褒めろよ、溜め息じゃなくて褒めろよ!


「……ハル君がつくづく味方で良かったと思うよ」


 ニトスさんの言葉に、まるでヘッドバンキングのように勢いよく首を縦に振る軍師補佐の皆さん。


「それ、褒め言葉?」


「……単純に褒めてはいないな」


「でしょうね~」


 ま、男に褒めて貰う趣味はないからな。

 帰ったらレイとリリルとアーリアに褒めてもらえばいいや!


 さってさて、今日もこちら側が有利な戦争日和だぜ!

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