第130話 奇跡の二日目 ――動き出す混沌――


――《開戦 リュベールの丘の奇跡》第八十七ページ第二章、《奇跡の二日目》より抜粋――


 ハル・ウィードのユニーク魔法によって、作戦が筒抜けになっている状態で、さらに切り札と言える長距離魔法爆撃作戦も封じられてしまったヨールデン陣営。

 中央を進軍しようとすると、また一日目と同様に火炙りにされてしまう恐れがあった。

 また、ヨールデン陣営は無詠唱で魔法を放てる兵士が百五十人中三名しかおらず、尚且つ無詠唱魔法は全て《ファイアーボール》だけだったのだ。

 鬱蒼と生い茂る草原は焼き払えるものの、目の前のリュベールの森を焼き払うとなると三名では少なすぎたし、天はレミアリア陣営に味方をしたのか雨が降りだしてしまったのである。

 ヨールデン陣営は魔法もほぼ封じられた状態で徒歩による進軍を強いられるが、レミアリア陣営は油による火責めが出来た。

 どんなに雨が降ろうとも、油は水の表面に浮くし、油に火が着いたら雨では鎮火しない。

 完全に地の利をレミアリア陣営に取られ、尚且つ戦況は圧倒的にレミアリア陣営の有利が目に見えていた。

 ヨールデン帝国王太子、《ヴィラシュ・フォン・ヨールデン》はこの状況に絶望したと言う。

 自身が開発した魔法の射程を二レーズ(二キロメートル)も伸ばす魔道具は、ハル・ウィードの《詠唱殺し》と呼ばれる魔法によって封殺されてしまっているのだから。


 ここで補足なのだが、我々が使用する魔法は、言葉に魔力を乗せる事で世の理である《源素》へと接続すると言われている。この《源素》は実際に学術的に存在が確認されているものではないが、逆に《源素》が存在していないと魔法の説明が付かないという結論に至り、この《源素論》が魔法学会では主流となっている。

 さて、この《源素》にはこの世界のあらゆる事象が保存されているとされており、特定の言葉を紡ぐ事で事象を引き出して、魔法としてこの世に発現する。詠唱短縮や無詠唱に関しては、高い魔力を持った人間が言葉に魔力を乗せるのではなく、直接魔力を《源素》へ流し込んで事象を引っ張り出しているとされており、発現する魔法に関しては術者が脳内で思い浮かんだものが発生する。

 これに関しては仮説であり、現在でも尚研究が進められているものである。

 ちなみにハル・ウィードの魔法は全て無詠唱であり、通常詠唱を行うと威力が最大になるのが魔法なのだが、彼の魔法に関しては無詠唱でも相当の威力があったと記録が残っている。魔法においても規格外だった事がわかる。


 この状況下でレミアリア陣営が取った行動は、徹底した守りであった。

 兵力で圧倒的不利な状況は変わらないレミアリア陣営は、リュベールの森出口(ヨールデン陣営からしたら入り口)に一日目と同様に合計百名の弓兵と魔術師を配置し、草原を掻き分けて来たら火炙りにする準備を整えていた。

 ちなみに不快な音を出すハル・ウィードの魔法はリュベールの森上空に配置されている為、レミアリア兵士百名も騒音の被害を受けるはずなのだが、これも彼のユニーク魔法によって解決されていたようだ。

 どの記録を漁っても詳しい理由は書かれていなかったが、一部の日記にて「どういう原理か知らないけど、俺が森の中で不快な音を感じなかった。敵兵士はずっと頭や耳を抑えて苦しそうだった。まぁハル君が何かやってくれたから俺達には不快な音は聞こえなかったんだろうな」という記述があった。

 味方であるレミアリア陣営すら、ハル・ウィードの魔法の原理はわからなかったようだ。


 対してヨールデン陣営は、責めあぐねていた。

 渾身の策は全て封じられて一日目と同様の戦況なのだ。司令部は頭を抱えて次の作戦を考えていたと言う。

 そこで考え出されたのは、現状の兵力を三等分にして、左右の谷と中央突破という三部隊に分けての進軍だった。

 しかし、ヨールデン陣営は運に見放されていた。

 雨は強くなってしまったせいで、左右の谷の岩盤が崩れ、進路を完全に塞いでしまったのだ。

 騎兵の機動力を活かして、崩れる前に直接王都へ進軍したかったヨールデン陣営は、またしても天候に邪魔をされて引き返す羽目になる。

 そして中央突破部隊には無詠唱が可能な魔術師三名と弓兵四百名を投入。四百名が一斉に森に向かって放った矢は、まさしく矢の雨と言ってもいい位の物量だった。

 しかし地の利があるのはレミアリア側であった。

 木の枝や葉が矢の勢いを殺し、辛うじてレミアリア兵に届いたとしても掠り傷を与える程度だった。

 さらに出鱈目に放った《ファイアーボール》はレミアリア側に致命的な被害を与えられるものではなく、ヨールデン陣営の攻撃でのレミアリア陣営の被害は死者〇、火傷による負傷者十五という結果程度であった。

 そしてレミアリア側の、初日と変わらない火炙り戦法は油を用いているので雨でも関係なく燃え盛る。

 強い雨だったにも関わらずヨールデン兵士達を焼いていく業火は、公式数字で二千二百三十六名の兵士を焼き殺したのだ。

 さらには、ハル・ウィードの魔法によって大音量の不快な音を聞かされ続けたヨールデン陣営は、徐々に精神を蝕まれていく。

 ついには頭痛や吐き気等により一切動けなくなり、そのまま業火に焼かれて死亡、若しくは命が助かっても戦闘が出来ない程になってしまった兵士がいたという。

 この戦争によって一人の学者が人間の精神に興味を持ち、《リュベールの丘の奇跡》より三年後に今では我々の基礎知識になっている、《人間精神学》というストレスが与える体調不良等を研究する学問が生まれる。


 もちろん、この戦争で与えた結果は良いものばかりではない。

 この時、レミアリアを裏切ったサリヴァン(注意:レミアリアを亡命した時点で姓はないものになり、ヨールデンでも姓を与えられていなかった)は、一緒に亡命してきた《武力派》の幹部三名が開発したとある物を、この二日目に投入する。

 秘密兵器と言えるそれが、後に世界中を巻き込んでしまう大問題になるのだが、それは後述する。

 この秘密兵器が投入された事により、戦場は混沌を極める。

 そして初めて、レミアリア陣営に被害者が出てしまうのである。












 ――サリヴァン視点――


 まさか、天まで我々を見放すとは思ってもみなかった。

 さらに、ハル・ウィードは魔法の詠唱すらさせない術を持ち合わせていたとは、何という厄介な魔法なのだ!!

 まぁいいだろう。

 こいつを投入する事によって、こちら側にも被害が出てしまうが、間違いなくレミアリアにも大打撃を与えられるはずだ。

 何せ、これは、俺と《武力派》以外御せない程の、化け物なのだからな!

 俺は、奴がいる天幕に入ると、異様な熱気を肌に感じた。

 雨が降っていて気温も肌寒い程に下がっているにも関わらず、この天幕だけはまるで暖炉を焚いているようだった。

 うむ、体調は大丈夫なようだな。


「よう、化け物。元気そうで何よりだ!」


「ウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


 奴が唸ると、さらに熱気が増す。

 これが奴から出ている熱だと、信じられる訳がない。


「さて、ハル・ウィードを斬りたくないか?」


「!! ハル……ハル・ウィードぉぉぉっ」


 奴が立ち上がった。

 全身に鎖を三十本巻き付けて拘束をしているから安心だが、奴の身長は俺の二倍程だ。まさに巨人であり、化け物だ。

 こいつは俺達が開発した、魔力を瞬時に増幅させる増強剤を定期的に打った結果、頭以外の筋肉が膨張をしてしまい、ここまでの巨体になってしまったのだ。

 しかし力は本物だ。

 膨れ上がった魔力が筋肉内部を駆け巡り膨張、圧倒的な膂力と反射神経、高速な運動能力を得たのだ。

 欠点としては顔の大きさは以前の奴のままで身体が膨れ上がっているから、非常に見映えが悪く醜い点だろうか。

 だが、俺はこれを機能美として割り切っている。


「今貴様を解放する。いいか、森の向こうにいる敵を全員斬り殺せ。その先の天幕の中に、ハル・ウィードが胡座をかいているはずだ」


 俺は一本の大剣を奴の目の前に放り投げた。

 剣を見て、奴の目は充血していく。

 異様なまでに目が血走っていくのがわかるのだ。


「剣……剣だぁぁぁぁぁぁっ!! 俺の、剣んんんんんんんんんん!!」


 こいつの元の名は、確か……ライルだったか?

 流石の《音の魔術師》、《双刃の業火》であろうと、ライルを倒す事は出来まい。

 さぁ見せてこい、その一騎当千の力を!!

 そして一刻も早く、この不快な音を消してきてくれ。頭がおかしくなりそうなのだ!!

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