第200話 英雄の妻達


 ――《ダージル国家》諜報員視点――


 俺は確か、相棒と一緒にハル・ウィードのライブを観ていた。

 勿論ただ楽しむだけにいる訳ではない。

 隙を見計らって、ハル・ウィードを誘拐する為だった。

 彼の音楽の才能は、世界一といっていい程卓越している。

 そんな彼に我らの《国歌》を作曲して貰えれば、同胞達の士気や団結力は確固たるものになる。我らが《聖上せいじょう》はそう仰られたのだ。

 我らの大陸を黒き不浄の大地に染め上げてしまったアールスハイドの連中を、我々は清浄なる大地に戻す使命を帯びている。

 使命を成就させるには、聖上の元、我ら同胞達が一致団結しなければならない。

 その為に《国歌》が必要だと聖上はご判断されたのだ。

 並みの音楽家ではだめだ、天才と呼ばれていた音楽家より遥かに先にいる傑物に作ってもらわなくてはいけない。

 偉大なる我らの《国歌》は、ハル・ウィード程の天才が作曲して初めて完成するのだ。

 俺と相棒は、客として潜り込んで隙を見て《天使の息吹》を服用。身体を変化させた後に周囲を押し退けて風属性魔法である《フライ》を使用して誘拐する計画だった。

 普通にハル・ウィードに対して作曲を依頼すればいいのではないか、そんな意見が同胞から上がった。

 しかし、武力に対しても卓越した才能を持っていて且つ、レミアリアの王族とも繋がりがある彼が素直に頷くとは思わなかった。

 故に、強行手段に出た訳である。


 さて、俺と相棒はライブを観ていた筈だった。

 しかし何故か俺達は、光に包まれたと思ったら木々が生い茂った場所に立っていたのだ。

 何が起こったのか、何も把握出来ていない俺達。

 今立っている場所がどういう所なのか、それを把握する事だけで精一杯だった。


 すると、一本の木の影からきらびやかな白いドレスに身を包んだ、麗しい女性が姿を現した。


「やあ、不埒者の二人組。僕の旦那のライブにいかがわしい物を持ち込んでたみたいだから、僕の魔法でここまで飛ばさせてもらったよ」


 スラッと伸びる腕を組んで、木の幹に背中を預けて言い放った。

 僕の旦那と言ったな? この美女はハル・ウィードの妻の一人か。

 自分の事を「僕」と言っているという事は、彼女がレイ・ウィードだ。

 しかし、彼女の魔法で一瞬でここまで来たというのか?


「ああ、僕の魔法の事? 僕のオリジナルの光属性魔法で《ワープドライブ》って言うんだ。対象者を光の粒子に分解して、光の速さで目的地に移動させて身体を元に戻す魔法だよ。僕の《ゴッドスピード》っていう魔法の応用版だね」


 そんな魔法を使えるのか。

 有り得るのか、そんな魔法があっていいのか。

 移動魔法はまだ研究中で、完成するのに後十年以上かかると言われているのに、彼女はそれをやってのけている。

 確かにレイ・ウィードも優秀な剣士だという情報は仕入れている。

 しかし、魔法に関しても類い稀な才能を持っているようだ。


 さらに別の木から小柄な女性が現れた。

 彼女も白いドレスを着た金髪な女性だが、小柄な割に胸は窮屈そうだ。


「……私の旦那様の晴れ舞台を観ていたかったのに、よくも貴方達は邪魔をしてくれましたね? ただで帰れると思わないでください」


 一言で言えばとても可愛らしい彼女の目がすわっており、殺気を身体から放っている。

 凄まじい威圧だ。

 彼女はリリル・ウィードだろうか、特徴と合致しているから間違いないだろう。


 そして、俺達の背後からさらなる気配がした。

 振り替えると、銀色の髪をなびかせた白いドレスを着た女性。

 目にはサングラスを掛けている。間違いない、元王女のアーリア・ウィードだ。


「その貴殿方から漏れ出ている黒い魔力。わたくしの旦那様のバンドに対して、何やらよこしまな事をしようとしていらっしゃるようですね?」


 黒い魔力?

 馬鹿な、魔力を視認出来るだと?

 そんな事出来る訳がない。

 出来るとするならば、何かしらの魔眼持ちでないと。

 この世界には七つの魔眼が存在する。

《赤色の魔眼》は、炎のように瞳が赤く、魔力を使わずにありとあらゆる炎を意のままに操れる。その代わりに水で肌が焼けてしまう体質になってしまう。水を飲む分は問題ないらしいが。

《蒼色の魔眼》は深い海を連想させる瞳で、魔力を使わずに水を手足のように操れる。ただし気温が高い場所だとほぼ間違いなく熱を出してしまう。炎が近くにあると全身が沸騰し死亡する可能性がある。

《緑色の魔眼》は草原のような緑色の瞳。魔力を使わなくても風を操る事が出来る。体重が恐ろしい程軽く地面に留まる事が難しい為、自分で歩く行為をほぼしていないせいで筋力が著しく衰退している。

《黄色の魔眼》は文字通り黄色の瞳で、こちらも魔力を使わないで意図も容易く大地を変化させられる。体重はまるで鉄の塊のように重く、人間が十人集まってようやく少し持ち上げられるのだとか。家の床も体重に耐えられる作りをしないと、底が抜けてしまう。

《金色の魔眼》は黄金のような瞳。魔力を使わずにこの世の全ての光を支配できる。だが、夜になると死んでいるかのように活動出来なくなってしまう。

《闇色の魔眼》は漆黒のような瞳で、魔力を使わずに影や闇を支配できる。ただし外が明るいと姿は消えて影だけになってしまう。


 弱点を備えてしまうが、それぞれに対応した属性の魔法に関しては完全無力化出来、且つ魔力を使わずに操れる為非常に強力な魔眼だ。

 これら六色の魔眼の頂点に立っているのが《虹色の魔眼》。

 先に挙げた六色の魔眼はそれぞれ生活に支障が出るレベルの弱点を抱えてしまうが、《虹色の魔眼》に関しては弱点は一切ない。

 魔力の流れを完全に把握、それが魔法であるならば思いのままに改変が可能なのだ。

 炎属性の初級魔法である《ファイヤーボール》を改変し、上級魔法である《エクスプロージョン》に変化させる事だって容易い。


 ……まさか、アーリア・ウィードは――


「わたくしの眼は、そのようなおかしな魔力を見逃しませんわ」


 サングラスを外すと、現れたのは角度によって色が変わる虹色の瞳。

 間違いない、《虹色の魔眼》だった。

 俺の相棒は小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。俺だってもう少しでそう言いそうだった。

 何せ、目の前にいるのは、厄災を引き起こした忌み嫌われている呪われた魔眼の持ち主なのだから。


「さて、レイさん。このような不埒者、如何ようにした方が宜しいでしょうか?」


「そうだねぇ。本来なら生かして捕らえて、尋問して目的を吐かせるっていうのが定石かな。でも、正直そんな時間が惜しいんだよね」


「私もレイちゃんの意見に賛成。早くハル君のライブを観たいから」


「決まりですわね。満場一致で貴殿方を――」


 アーリア・ウィードはドレスのスカートを摘まんで、ふわりと持ち上げた。

 白い太腿が露になったが、両太腿に何かが巻かれていた。

 彼女がそこから何かを持ち、そして俺達に向けた。


「排除致しますわ」


 銀色に光る二つの物体。

 いや、俺はその物体を知っている。

 武器だ、最近ドールズ商業連合国で開発された、あの武器だ!


「相棒、《天使の息吹》を服用しろ! あれは《拳銃》だ!」


「!! わかった!」


 二丁の拳銃をそれぞれの手に持ち、銃口を向ける彼女。

 あれは簡単な訓練で誰でも使用できるようになる武器だ。

 しかし、二丁拳銃となると、発砲した際の反動に耐えられないのではないだろうか。どうみてもアーリア・ウィードの腕は細いから、反動に耐えられそうに見えない。

 だが、きっと何かがある。

 俺達は懐から《天使の息吹》が入っている小瓶を取り出し、口に流し込んだ。


 !!

 身体が燃えるように熱い!

 沸騰しているようだが、その代わり魔力が沸き上がってくるのを感じる。

 さらには力がみなぎってくるし、視点がどんどん高くなっていく。

 高揚感も凄まじい。

 今なら俺達は、誰にも負けない自信がある。


「これが、ハル様が戦ったという化け物、ですか」


「いやぁ、でっかいねぇ。それを一人で仕留めたハルは流石だね」


「でも、頭だけが小さくて体躯のバランスがその、悪いよね」


 三者三用の感想を述べているが、恐怖を感じていないようだった。

 普通の人間なら、大なり小なり怖がる筈なのだが。

 するとレイ・ウィードがアーリア・ウィードに向かって言った。


「アーリア。確か実戦を経験したいって言っていたよね。ならいい機会だ、やってみなよ」


「いいのですか? 有難う御座います」


 何と、アーリア・ウィードが俺達を一人で相手をするらしい。

 舐められたものだ。

 今の俺達は《天使の息吹》を服用して、無敵の戦力を得たんだ。

 あのハル・ウィードですら、一人を仕留めるのに大苦戦した。拳銃程度では俺達は止められない。


「それでは。アーリア・ウィード、まいりますわ!」


 彼女の瞳に、輝きが増した。

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