第199話 動き出す世界、夫を守る妻達


 ――《ハル・ウィード偉伝 第八章 ――動き出す世界―― 》より抜粋――


 ハル・ウィードがレミアリア城で披露したライブは、世界の多くの人間が知る事となる。

 各国の商人が偶然王都リュッセルバニアに立ち寄った時、興味本位で金を支払い鑑賞したり、外国の貴族や要人も金を払って鑑賞したのだ。

 全く新しい形式のコンサートに、鑑賞した人々は自身の立場を忘れて楽しんだという。

 豪華な着飾りが邪魔になり、地面に脱ぎ捨てて声援を送った貴族すらいたと言うのだから、会場の熱気は凄まじいものだったに違いない。

 このライブをきっかけに、ハル・ウィードが立ち上げたバンド《親友達ディリーパード》のメンバー、レイス・アルデリオ、後の妻となるミリア・アルデリオ(旧姓ドーン)、レオン・マクレーン、オーギュスト・ディリバーレントも世界に名だたる音楽家となった。

 それ以上に数々の新しい楽器を開発・発表し、バンドメンバーを越える演奏技術と歌唱力を持ち、且つ卓越した剣技を習得して、さらには音属性の魔法を屈指して戦争を三日で終結させた力も有している多彩な才能を持っているハル・ウィードを、何とかして引き入れられないかと各国が動き始めたという記録も残っている。

 とある国は誘拐を企て、とある国は友好関係をどのように結ぼうが考え、とある国は引き抜こうと大金を用意した。

 一番注目していたのは《アールスハイド合衆国》と当時内戦を勃発させていたテロリスト《ダージル国家》だった。

 記録によると、ハル・ウィードに国歌を作詞作曲させ、自軍の士気を高めようと図ったのだ。

 このライブで彼らの諜報部隊が客として紛れて侵入しており、実際のライブを見てハル・ウィードに白羽の矢が立ったという。

《ダージル国家》は当時相当な過激派であり、自分達に逆らう人間は虐殺して死体を晒す行為をする程だった。

 これも記録によれば、三人の妻の内一人を見せしめとして殺せば従うだろうと思っていたらしい。

 三人も妻がいるのであれば、一人減っても大した痛手ではないだろうと、彼らは冷徹な考えを持っていた。

 しかし愛妻家で知られるハル・ウィードが、それを許す訳がない。

 この事件については次章で語るとしよう


 さて、彼が開いたライブにより、良くも悪くも世界は動き出した。

 たった一度のライブで《親友達ディリーパード》は、世界から注目される存在となった。

 あらゆる手段を用いてハル・ウィードに接触を図る各国。

 ハル・ウィードは、世界の荒波に四苦八苦する事となる。














 ――レイ視点――


 ああ、やっぱりあいつは凄いな。

 舞台の上で、あんなにキラキラに輝いている。

 もう皆が、あいつに釘付けだよ。

 だってさ、あのお堅いマーク先生が大声で「うおぉぉぉぉっ!!」って叫びながら、ずっと右手を振ってるんだよ。

 あまりにも可笑しくて笑っちゃったよ。

 後はクラスメイトの女子全員、君の事が素敵って言ってて、涙を流してるよ。

 僕は本当に、凄い奴と結婚しちゃったなぁ。

 とは言うけど、僕もこのライブを観て、何度も惚れ直しちゃってるけどね。


 あいつは本当、色んな表情を持っている。

 剣を持った時は獰猛に笑って戦闘狂かと思わせる表情を見せたり、僕とアーリアとリリルの三人といる時は優しい表情を向けてくれる。

 でも音楽の練習だったり作曲中の時は鬼気迫る表情で他人を拒絶するような雰囲気を出すし、ライブの時は自信満々って感じだし。

 だからなんだろうな、多用な人間がハルに見惚れて引き寄せられていくのは。

 色んな表情があるからこそ、色んな人間が集まってくる。しかも男女問わずに。僕もその一人だったりするけどね。

 貴族にとっては、全財産をかなぐり捨てても得たい程の才能だと、僕は思うよ。

 それでもきっとさ、あいつにとって一番楽しいのは、音楽をやってる時なんだろうな。

 あんなに舞台で動き回っていても、常に楽しそうな表情をしている。

 たくさん汗を掻いているのに、逆にそれが照明に当たって輝いて、ハルの魅力を引き出している。

 ああ、好きだな。


 ふと、リリルを見た。

 もうリリルは両手を胸の前で組んで、「ハル君、素敵」と見入っている。

 わかる、僕もその気持ちわかる。

 そしてアーリアを見た。

 あれ、アーリアがライブを見ていないで、別の方向を見ている。

 どうしたんだろう?


「アーリア、どうしたの?」


 僕は話し掛けた。

 するとアーリアが耳打ちをしてきたんだ。


「レイさん、あちらの観客席にいる二人から、妙な魔力の流れを感じます」


「魔力の流れ? どんなの?」


「黒い、禍々しい魔力ですわ。意図的に組み上げられていますが、どんな効果があるのかまではちょっと遠すぎてわかりません」


 アーリアは《虹色の魔眼》っていう、世界で忌み嫌われている魔眼を持っている。

 これは常人だと魔力は視る事は出来ないんだけど、この眼があればしっかりと視えるんだ。

 しかもその魔力の流れを《改編》する事で、本来の魔法の威力を数倍にしたり打ち消したりする事も出来ちゃうんだよね。

 そんなアーリアが禍々しい魔力って言っているんだ、きっと悪いものに違いないね。


「ねぇ、アーリア。これってもしかしてハルを暗殺しようとしてるのかな?」


「……可能性は御座います。ですが、あの魔力の正体が全く掴めません。魔術的計算式を取り入れているようですが、あまりにも複雑奇っ怪過ぎて、即理解は出来ませんわ」


 アーリアは眼の特性をフルに活用して、超一流と言ってもいい位の魔道具職人となっている。

 もし禍々しい魔力の発生源が魔道具だとしたら、相当危険な代物に違いない。

 こんな素敵なライブを、そしてキラキラに輝いているハルを、潰させたくない。


「アーリア、僕はあの二人を処理してくる」


「……レイさんだったら大丈夫でしょうね。光属性魔法で、あんな強力なオリジナル魔法を作っちゃいましたから」


「これもアーリアとハルのおかげだけどね。早速アーリアが協力してくれた魔法を使うよ」


「でしたら、誘導先は王都郊外にある《リュッセルの森》になさってはいかがでしょうか」


「うん、そこなら色々見つかりにくいね。ありがとうね」


「わたくしとリリルさんも同行しましょうか? わたくしも、やっとあれ・・が形になりましたし」


「試したい訳だね、了解」


 僕はメロメロになっているリリルの肩を叩いて、状況を耳打ちした。

 すると一気に顔を引き締めて、頷いた。

 

「ハル君の素敵なライブを、絶対に邪魔させない」


 リリルが意気込む。


「ですわね。夫の仕事を成功させるのも、良妻の仕事ですわ」


 アーリアが不敵に笑う。


「だね。それにあんなにお客さんが笑顔なのに、あの二人だけは違う。もし暗殺だったら、ただじゃおかない」


 僕も、愛しいハルを守る為に、拳を作る。

 慈悲はいらないけど、一応彼らの目的だけは聞かないといけない。

 ある程度の力加減は必要だろうね。


 見せてあげるよ。

 僕達三人は、そんじょそこらの貴族の奥様とは違うってところをね。

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