第137話 俺、前世の夢を見る……
「ようよう、どうしたのさ。そんなシけた面しやがってさ」
こいつは《冴島 達弥》。高校時代からの親友だ。
達弥はプロボクサーになって、ミドル級の世界王者にまで上った男で、四度も防衛成功をしていた。
しかし、五度目の防衛の際に対戦相手のパンチが右目に当たり眼球破裂し、そのままプロボクサーを引退してしまった。
一時期はかなり荒れていたが、何かきっかけがあったようで、眼帯を着けて実況解説としてテレビの仕事に関わるようになった。
その都度お洒落とは程遠いデザインの眼帯を毎回着けており、それが人気になって芸能界デビュー。
そしてバラエティで共演した美人女優とそのまま結婚したという、人生勝ち組の男だ。永久に爆ぜろ!
「うっせぇ、このリア充め! 俺は今、人生の岐路に立っているんだ」
「ほほぅ、音楽一筋のお前に春が来たか?」
「……わからん。実はな、最近有名になってきたアイドルグループがいるんだが、俺が今回新曲の担当になったんだ」
「……あっ、もしかして、アー――――」
「バカ、名前出すな! アホかよ!!」
「おっと、すまん」
達弥がグループ名を言いそうになったから、俺は必死になって止めた。
現在俺達はカフェで談笑を楽しんでいる。
こんな周囲に人がたくさんいるところでグループ名を言ってみろ、聞き耳立ててその話をSNSで拡散されるだろう!
「で、そのグループ、何か問題があったか?」
「いや、そうじゃないんだけどさ。……何か、めっちゃくちゃ距離が近いっていうか、俺によく話しかけてくるんだよな」
「……まさか」
「――最近、食事に誘われた」
「成る程ねぇ、その割に嬉しそうじゃないところを見ると、変な事で悩んでるんだろ?」
「う~ん、何であんな可愛い子が、俺みたいな奴を食事に誘うんだろうか……?」
「お前、マジで言ってるのか?」
「ん? どういう事?」
達弥がため息を付いた。
何だよぅ。
「お前はさ、確かに顔面レベルで言えば俺より下だな」
「ひでぇ。事実だけどさ……」
「だけどな、お前は人を巻き込んで引き寄せるオーラがあるんだ」
「オーラ?」
「ああ。お前はさ、自分がやりたい方向へ周囲を巻き込んで進んでいくんだけど、失敗しても結局は最良の結果へと繋がるんだ。俺だって巻き込まれて最良の結果へ導かれた一人さ」
「達弥が?」
「おう。俺が右目を失った時、同時にボクシングを失った。俺の全てであるボクシングをさ。かなり気持ちが落ちてるのに、周囲は俺を放っておかずにひたすら慰めるんだ。一人になりたいのにさ、辛かったのさ」
そう言えば、テレビでも騒がれていたし、こいつのファンが自宅の前で声援とか送ってたっけ。
あれはただのドンチャン騒ぎたかっただけにしか見えなかったなぁ。
「でもさ、お前は一人になりたい俺を無理矢理外に引っ張り出したんだ。どうせお前もいらない慰めをするんだろうなと思ったら、お前だけはいつも通りに接してくれてさ。……本当、嬉しかったんだ」
ああ、確かに俺はそんな事したわ。
単純に慰める言葉が思い浮かばなかったから、普段通りに接しようとしてただけなんだよな。
「お前のお陰で立ち直って、ボクシングの解説者をやっている内に芸能人になってさ、素敵な嫁さんを貰えた。全て、お前のおかげだ」
「俺のお陰じゃねぇって。達弥が突き進んで自分で勝ち取った人生なんだ。俺は特に何もしてねぇよ」
「まぁとにかく、お前はそんな感じで真っ直ぐ目標に向かって力強く歩いていくから、色んな人が惹かれていく。ただ――」
「ただ?」
「多分その子は枕営業目的だな。俺はあまりいい噂を聞かない」
げっ、出たよ。音楽業界で何度か耳にしている単語!
アイドルの子はそのグループを卒業すると、ソロで活動するのが厳しいらしい。
だから体を売ってでも権力のある人間とコネクションを作って、グループ卒業後の足掛かりを作るって聞いた。
つまり、あの子はその為に俺に言い寄ってる訳!?
くそぅ、俺を男として好意を持ってくれている訳じゃないのかよ!
くそう、くっそぅ……!
「まぁまぁ、落ち込むな。人生生きていればきっといい人と巡り会える。お前が真剣に、全力で生きていれば、絶対にな」
「そうだといいけどな……。俺、もう三十五歳だぜ?」
「何を言っているんだ、お前は今、十二歳だろ?」
は?
何を言ってい――――
……そうだ、これは前世の話だ。
今見ているこれは、俺が前世で死ぬ一週間前の出来事。
「さぁ、そろそろ目覚めな。お前にはまだまだやる事があるだろう? な、ハル・ウィード!」
達弥は俺の胸に手を添えて、思いっきり俺の体を押し出した。
その瞬間、急に後方へ引っ張られるような感覚に陥る。
「じゃあな。そっちの世界では不摂生で死んだりするなよ!」
だんだん、達弥の姿が遠ざかっていく。
何となくわかった。俺はもう、夢でもお前の姿を見る事はないんだろうなと。
だって、俺は前世の人間じゃなくて、今はこの異世界の人間なんだ。今回の夢はちょっとした奇跡が起きたんだろうな。
でも、おかげで気合いが入ったよ。
――ありがとうよ、前世での親友。
俺の視界は、白く染まった。
「う、ぐぅぅぅぅぅっ!」
目を覚ました俺は、左腕と左肋骨からの激痛に襲われ、呻き声を上げた。
加えて雨に打たれまくったせいか、かなり寒い。
ああ、最悪な状況ではあるが、久々に達弥会えて元気出たわ。
俺は痛みに耐えながら身体を起こし、辛うじて立ち上がれた。
あまりにも痛くて、何か支えがないと歩けないレベルだわ。よく俺はこのコンディションで戦っていられたと思う……。
右手に持っていた
死んだ奴の右手には、未だに
「わりぃな、それは俺の剣だ。返してもらうぜ……」
動く度に強烈な痛みに襲われるが、必死に耐えて剣を回収した。
そしてゆっくりと、レミアリア陣営へと戻る為に歩を進めた。
ここからだと、約二キロ位の距離か……。遠いなぁ。
森の方では未だに戦闘が行われており、兵士達の声や爆音が聞こえた。
本当は加勢した方がいいんだろうけど、この状態で戦闘に参加しても足手まといなだけだしな。
俺の仕事は、化け物と化したライルの引き寄せ役だ。まぁ殺したけど。
とにかく、俺の仕事はもう完了しているから、戻ってもいいだろう。
「はぁ、はぁ、寒い……。身体いてぇ……」
加えて足も重い。
これ以上速く歩けない。
今なら子供にも負ける位の遅さだと、自信を持って言えるわ。
それでも、俺は鞘に収めた剣を杖にして、ゆっくりだけど着実に前進する。
雨は俺が意識を失う前より強くなっている気がする。
容赦なく俺の体温を奪っていき、同時に体力も奪い去っていく。
このまま寝てしまおうか。
そんな事をずっと考えている。
だが、そう思う度に達弥の顔が、俺を目覚めさせてくれた前世の親友の笑顔が、俺のやる気を奮い立たせてくれた。
そして、レイとリリルにアーリア。三人の最愛の女の子達の笑顔が脳裏に浮かぶ。
そうだよ、俺はこの三人の笑顔を、実際にまた見たいんだよ。
こんなところでくたばるなんて、冗談じゃねぇ!
もうどれ位歩いただろう。
うちの陣営が見えてきた。
走った時はあっという間だったのに、今となっては果てしなく遠く感じた。
俺は歩いた。
ひたすら歩いた。
まだ辿り着けないとうんざりしながらも、必死に歩いた。
そしてようやく、辿り着いた。司令室になっているテントの前まで。
俺は力が入らない右手でテントの入り口の幕を退けて、テントの中に入った。
「っ! ハル君!!」
ニトスさんの声が聞こえた。
はぁぁぁぁ、やっと帰って来れた。
俺はその安堵に力が抜け、そのまま倒れ込んで意識を手放してしまった。
――《開戦 リュベールの丘の奇跡》第九十九ページ第二章、《奇跡の二日目》より抜粋――
このように、ハル・ウィードが化け物を排除した事により、戦況はまたしてもレミアリア陣営の有利となった。
魔法を消滅させる咆哮や刃を通さない筋肉の鎧は驚異だったが、ハル・ウィードが引き付けて倒した事で驚異はなくなった。
そして森でゲリラ戦をされてしまっているヨールデン陣営は、この戦いでは三百人程の犠牲者で済んだものの戦意は喪失しており、指揮官の命令なく勝手に撤退を始めていったと記録されている。
不快な音によるストレス、そして精神的攻撃の意味合いもあるレミアリア陣営のゲリラ戦によるストレスが重なり、ヨールデン兵士は一種の精神病が発病してしまった事により、統率が取れずに勝手に逃げ出してしまったものではないかと推測されている。
このゲリラ戦でのレミアリア陣営の犠牲者は、わずか四名であった。
数字を見るだけでも、ヨールデン陣営が二日目も大敗した事がわかるだろう。
また、音による精神攻撃でダメージを負っているのは兵士だけではない。
二日目の司令官であるヴィジュユ・フォン・ヨールデンも、精神病を患う一歩手前の状態まで来ていたと推測される。
何故なら、通常防衛側の方が攻め込まれる事を非常に嫌う為、攻撃側は手を休める事なく攻め続けるのがセオリーである。
しかし攻撃命令を出さずに、自軍兵士を放置してしまったのだ。
原因の一つとして、発狂してしまった兵士達を処分する事に奔走というのもあるだろうが、夜戦すら仕掛けなかったのだ。
おかげでレミアリア陣営はゆっくりと休息を取る事が出来、全員の体調は万全だったと言う。
こうして奇跡の二日目は、切り札を失ったヨールデン陣営の大敗で三日目を迎える。
この三日目こそ、戦争が終わった最後の日だった。
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