第136話 奇跡の二日目 ――雨の中の決闘3――


 俺達剣士の世界には、《死の交差》というものが存在する。

 他者から見たらわからないが、向かい合って戦っている者達にはそれを肌で感じられるんだ。

《死の交差》とは、お互いに同時に攻撃を放ち、攻撃同士が触れ合う事なく交差して通り過ぎていく。後は刹那の差でどちらが先に致命傷を負わせられるかが決まる。これが《死の交差》だ。

 この刹那で、俺達剣士は瞬間的な読み合いをする。

 どちらが死ぬかわからない不安定な状況で、いかに生き残って相手を殺すか。

 相手がこのような動きをしてきたから、こう対策しようとか。

 コンマ秒の世界で、剣士は生き残る為に頭をフル回転させ、普段以上の思考速度で判断する。


 俺は未だに立てずにいるライルに斬りかかった。

 だが、あいつもただうずくまっているだけじゃない。


「ああああああっ! 《ブースト》ぉぉぉぉっ!!」


 ライルは《ブースト》で身体能力を上乗せし、左手に魔剣を握り、繰り出そうとしている魔剣による横薙ぎの攻撃速度を上昇させた。

 剣士の間では、《死の交差》程避けなければいけない状況とされている。故にライルは、《ブースト》で《死の交差》を有利にしようとしているんだろう。

 この攻撃速度だと、奴の斬撃は横腹から反対の横腹へ刃が通っていき、俺の上半身と下半身はお別れの真っ二つだ。

 だが、俺はただむやみに斬りかかった訳じゃねぇ、当然策はある!


「いくぜ、《無明》!」


 俺の一発限りの超切り札、《無明》。

 予備動作を必要とせず、ゼロから加速時間をすっ飛ばして一気に音速の斬撃を見舞う技だ。

 もちろん音速なんて人間の身体が耐えられる訳がなく、放った腕は約一日使い物にならなくなる。

 だが、敢えて放ってやる!


 しかしライルも俺の《無明》を知っていたのだろう。

 奴はさらに無詠唱の《ブースト》で身体能力と剣の攻撃速度を上昇させ、横薙ぎをついに放った。

 だが残念、この《無明》はフェイクだ。

 俺の斬りかかったモーションは、本気ではない。故に相手の行動を見てこちらの行動を変える位の余裕はある。

 俺は斬りかかるモーションを止め、全力で前方に飛ぶ。

 するとちょうどライルの肘辺りの距離まで詰められた。この時点で剣による真っ二つは回避出来た。

 そもそもこの場面とお互いの距離で斬撃は悪手だな。斬撃よりコンパクトな攻撃が出来る拳の方が正解だったかもな、ライル!


 もうすぐで奴の肘が俺の腹部に当たるという距離まで来ている。

 不思議だ、本当にスローモーションの世界にいるような感覚で、左手と左肋骨の痛みを感じない。それに恐ろしいまでの思考能力を得ている気がする。

 これは、前世からの俺の持ち味である、飲み食いも忘れて没頭して死に至る程の集中力が成せる事なんだろうか。

 まぁいい、この《死の交差》は俺が有利だ。

 俺はライルの肘に剣の先端を向ける。すると勢いが着いた奴の攻撃のおかげで、筋肉密度が非常に薄い肘に深く俺の剣が突き刺さった。

 だが同時に俺の身体にも信じられない程の衝撃が襲ってきた。

 そして甦る左手と左肋骨の激痛。

 だけど俺は、剣を離さない。吹っ飛ばされないように、しっかりと握りしめた。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ライルが痛みで吼えた。

 どうだ、筋肉で攻撃が通らなくても、人間には必ず筋肉が薄いところがあるんだ。

 筋肉の鎧を過信しすぎたな!

 ライルの鮮血が俺の顔に掛かる。

 そしてライルは俺を振り落とそうと、左手をブンブン振りまくる。

 ここで剣を手放したら武器を失ってしまう俺は、全力を以て剣を握りしめる。

 

 しかし、今日は雨だ。

 柄も濡れていて手が滑り、俺は剣を離してしまったと同時に地面に叩きつけられた。


「がはっ!!」


 だが雨で助かった。地面がぬかるんでいて、そこまで衝撃が来なかった。

 それでも叩きつけられた衝撃が背中から内臓へ伝わり、身体の内側から襲ってくる不快な痛みに悶絶した。


「ぬ、あぁぁぁぁぁ」


 ライルは吼えながら、自分の左肘に突き刺さった俺の剣を引き抜いた。

 赤い刀身がライルの血でまみれ、鈍い光を放っている。

 

「ハル・ウィード、俺の、勝ちだぁぁぁぁ!!」


 体格差のせいか、まるで小さなナイフを握っているように感じるが、ライルは俺の愛剣で俺を突き刺そうとしていた。

 俺はまだ、叩きつけられた衝撃による痛みから復帰出来ていない。

 このままだと、間違いなく串刺しだ。


 だけどな、俺の仕込みはもう終わっている!


「いいや、俺の勝ちだぜ、ライル」


 ライルの体格の割に小さな頭部から、ズドンッと大きな音が鳴った。

 俺は地面に叩きつけられる直前に、奴の脳にサウンドボールを吸着させていたんだ。

 そして今、必殺の《ブレインシェイカー》を発動させた。


「ぱきぇっ!?」


 脳が爆音の振動によって粉々に崩れ去ったのだろう、その際に変な電気信号が送られて妙な言葉に表情、そして千鳥足になっている。

 そして何とも表現しにくい表情のまま、ライルは地面に倒れ、死んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、……はぁ~~~~~~」


 勝った、何とか勝った……。

 しんどかった、めっちゃくちゃしんどかった!

 もし、あの《ブレインシェイカー》が決まっていなかったら、摘んでいたのは俺だった。

 本当、勝てて安心した。生き残れたんだ、俺は!


「だけど、もし雨が降ってなくて地面が固いままだったら、死んでいたのは俺だな……」


 振り返ると、雨が降っていなければ不味かった状況があった。

 顔面に泥がかかった時、あれがもし雨が降っていなかったら、飛んできたのはライルの膂力で粉砕されて四散した地面の石礫だっただろう。

 それらが俺に当たって来たら、相当なダメージを受けていたと思う。

 地面に叩きつけられた時も、地面がぬかるんでいなかったら間違いなく戦闘不能か死んでた。


「天候に、助けられたんだな、俺」


 俺はしばらく、疲労感と激痛で立ち上がる事はできなかった。

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