第138話 内部崩壊の始まり そして終結の三日目へ
――ヴィジュユ視点――
「もういやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「音が、音がぁぁぁっ!! 煩いぃぃっ!!」
「はははははははははは!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!」
私とサリヴァン、そして軍師であるリョースがいる天幕周辺は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
原因は当然ながら、この不快な音が昼夜問わずずっと鳴りっぱなしだからだろう。
むしろ、音が少しずつだが大きくなっていっている。今日この場に来た私ですら、平然を装うのは苦労する。
この音を昨日の初日から聞いていた兵は、ついに精神を崩壊してしまったのだろう。暴れまわる者、自分の耳を切り落とすか若しくは鉄の棒で耳の穴を貫いて絶命した者、自害してしまう者……。今はもう、レミアリアと戦う所ではなくなってしまっていた。
加えて、サリヴァンとリョースも正常な判断が出来ずに、自らの髪をかきむしって所々禿げてしまっている。
それ程までに、この音は我々に対して容赦ない精神攻撃をしてきているのだ。
サリヴァンからもたらされた情報は何一つ間違っていなかった。皇帝である父上もその情報を判断して、王都を攻め落とせると判断して兵を送り込んだのだ。
唯一の失敗として、《音の魔術師》、《双刃の業火》と大層な二つ名を持っているハル・ウィードを甘く見ていた事だろう。
音というユニーク魔法、攻撃等にも使えない所詮はユニークな属性だろうと見謝っていた。
それがどうだろう、蓋を開けてみたらこの有り様だ。
戦争する事すら出来ず、今無事な兵士は暴走している兵士を取り押さえる事に尽力を注いでいる。
こちら側が用意した切り札であるあの化け物も、ハル・ウィードが一人で倒してしまったと報告を受けている。
さらに正面から戦うのではなく、森の中に姿を隠して、一撃加えては姿を森の中へ隠すという不可解な戦法を取ってきた。それに小高い丘からの中級魔法による爆撃……この精神攻撃の最中にそのような仕打ちを受けてしまい、我々の命令を無視して兵士達は撤退してきてしまったのだ。
戦犯として処刑を考えたが、今は兵力を削ぐような真似はしたくなかった。だから許したのだが……。
結果は変わらなかった。
今我が陣営はズタボロだ。今のところ報告では、この陣営内には二千程の死体が転がっている。
全て、味方同士で殺し合うという、有り得ない出来事で生まれた死体だ。しかも今も尚死体は増えている一方だ。
「……もう、どうすればいいのだ」
この二日間で我が軍は、約四千近くの被害者を出してしまっている。
私が連れてきた兵と合流して合計三万七千にも及ぶ兵力が、大きく減らされ始めている。
まだ余力は残されているように思えるが、兵達の精神状態がよろしくない状態で、士気に関しても右肩下がりだ。
……また誰かの断末魔が聞こえた。死んだんだろうな。
「殿下、畏れ多くも発言をして宜しいでしょうか」
「……構わん」
リョースが恐る恐る小さく手を挙げて、私に発言の許可を求めてきた。
……眼下の隈が恐ろしい程に濃いし、見た目が相当老け込んだように思える程疲弊しているのがわかる。
「兵の数字から見たら我々が有利でありますが、現状戦闘出来る状態では御座いません……」
「……そう、だな」
認めたくない、だがこれが現実だ。
今の我々は戦争が出来る状態ではないのだ。それ程までに最悪だと断言できる。
「殿下。我々は、撤退を視野に入れた方がいいかもしれません」
「なっ!!」
私もそれを考えていたが、サリヴァンは違ったようだ。
彼の髪の毛はボロボロで、複数箇所が禿げている。相当酷く掻きむしったのだろう、見るに耐えない有り様だ。
「殿下、俺は反対です!! この状態で撤退したら、皇帝陛下は我々を打ち首にするでしょう! それ程までにこちらは損害を出してしまったのです!」
サリヴァンの言い分はわかる。
恐らく父上は、私に武勲を積ませて皇位を譲ろうとしたのだろう。
そしてレミアリアを征服したら、資金も潤沢に増える算段もあるし、何より食料生産も確保出来るだろう。
それ位今回の戦争は簡単で、必勝としか思えない状況だった。
この状況を作ってくれた立役者は、自身の国を裏切って我が国に来たサリヴァンなのだが。
必勝が当然の中、我々は二日間で大敗してしまい大損している。
無駄に人的資源を消費してしまっているだけなのだ。
「殿下。今日はどう考えても戦えないでしょう。なので、耳に物を詰めて少し音を和らげて明日に備えましょう! そして一気に奴等を攻め落としましょう!! 先程の戦闘で分かったのは、敵陣営に近づけば近づく程この不快な音は聞こえなくなるそうです。ならば前線を上げて音による被害を小さくしましょう!」
「殿下、私もサリヴァン殿の意見に賛成です。今はそれしかないでしょう」
今の我々は、撤退すら許されない状況なのか……。
兵力で圧倒的に上回っている我が軍が、背水の陣とはな。
ははっ、笑えてくる。
私が用意した魔法射程を伸ばす魔道具すら無効化され、天候にも恵まれず、もうほぼ打つ手なしだ。
ただし、化け物が中央の森に道を作ってくれたのが唯一の救いか。
物量を活かして、奴等の森での防衛網を突破して前線を押し上げ、この不快な音から解放されなければいけない。
しかし、私もそろそろ正常な判断が難しくなってきたし、頭が異様に痛い。
むしろ今、吐き気すら出てきてしまっているではないか。
これもこの音のせいだろうか。
とにかく、今は考えるのも億劫だ。
「なら、その方向でそなたらで進めてくれ。私は自分の天幕で少しでも休む……」
「「……はっ」」
二人の返事も非常に弱々しい。
無理もない、今の我が陣営の環境は最悪なのだから。
全ては明日の一斉攻撃に望みを掛けよう。
大丈夫だ、我々はきっと勝つ。
いや、勝たなければいけないのだ……。
――ハル視点に戻る――
「……ここ、は?」
俺は目を覚ました。
どうやら俺はうちの陣営に戻ってきた後、意識を失っちまったようだなぁ。
そしてよく見ると、これは俺専用のテントの中だってのがわかった。
「……あれ? 痛みが一切ない?」
身体を起こして左腕を見てみると、変な方向に曲がっていたのに今は正常な腕になっていた。
しかも動かせるし、全く痛みがない。
さらには左脇下の肋骨からも痛みがないと来た。
あんな酷い状態を治せるのは、ただ一人しかいねぇな。
俺は辺りを見渡すと、やっぱりいた。
俺の鉄パイプで組み合わせた簡易ベッドの近くに、椅子を横に並べて座りながら寝ているレイ、リリル、アーリアがいた。
恐らくリリルが《ラブ・ヒーリング》をかけてくれたんだろうな。身体のだるさも一切なく、快調だった。
静かな寝息を立てて眠る、俺の大事な三人の女の子。
レイが真ん中になって、右にリリルで左にアーリアが座っていて、二人共頭をレイの肩に預けていた。
ああ、可愛いなぁ。愛しいなぁ。
「っと、今は戦争がどうなったか確認しねぇと!」
俺は三人を起こさないようにゆっくりと立ち上がり、静かにテントを出た。
辺りはすっかり夜だ。しかも月が頭上に来ているから、相当夜も更けているみたいだな。
とりあえず、司令室になっているテントに入ってみた。
やっぱりいたわ、ニトスさん。彼はいつも座っている席にコーヒーを飲みながら腰を掛けていた。
「おっす、ニトスさん」
「ハル君! もう大丈夫なのかい!?」
「ああ。ごめん、心配させた?」
「そりゃね。君はこの戦争における重要人物だからね」
「なんだよ、俺を心配してくれねぇの?」
「男の私が、必死に心配になって君に抱きついて『心配したぞ』って言えばいいかな?」
「……………………ごめん、そういう趣味はねぇわ」
「奇遇だね、私もだ」
俺はニトスさんの傍まで歩いていった。
今の戦況を聞くためだ。
「今はどんな感じ?」
「……敵側を同情する位酷い状態だよ」
「へぇ~、具体的には?」
「そうだね、君の嫌がらせのせいで兵士達が発狂状態になっていて、同士討ちが始まっているみたいだ。それだけで犠牲者は二千以上らしい」
「うっへ……」
音波攻撃ってのは相当ストレスが溜まると聞いていたけど、思った以上の効果だったみたいだな。
よし、もう一段階音量を上げておくか。
「夜襲は来なさそう?」
「ああ、さっき同士討ちが収まったみたいだ。しかも司令塔であるサリヴァンと向こう側の軍師、そしてヴィジュユは相当精神的に参っている様子だ」
「はんっ! 俺のライブを潰しやがった報いだ!」
ニトスさんは俺の辛辣な言葉に苦笑した。
間を置くようにコーヒーを飲んで軽く息を吐いた後、俺に話し掛けてきた。
「ハル君、恐らく明日が絶好のチャンスだ」
「絶好?」
「ああ。敵陣営は精神的に相当追い込まれている。だから今日の夜にさらに音量を上げていじめ抜いてくれ」
「おおぅ、なかなか徹底的ね」
「極限まで追い込みたいからね。そして夜が更けてきたら、音を完全に切ってほしい」
「わかった。なら今俺が出せる最大音量を、明日の夜まで出し続けてやるよ」
「頼むよ。恐らく、敵側の心理状況を見るに、攻め込んでくる程の士気や元気はないだろう。眠いだろうし疲労も半端ないだろうからね」
「ふふ、楽しみだな。奴等の吠え面見るの」
「そうだね。では早速音量を最大までやってもらえるかな?」
「あいよ。多分かなり魔力使って疲れるから、もう寝るよ」
「ああ。また明日」
「おう、おやすみ!」
俺は司令室のテントを後にして、早速指示を出した。
敵陣営に向かって不快な音を出し続けているサウンドボールに対して、《最大音量を出せ》と送っておいた。
すると、体から魔力がごっそり持っていかれる感覚に陥った。
うわっ、半分位持っていかれた気がする。
こうなると、最大音量ってどれ位の破壊力なんだろうか。
ちょっと怖いな……。
「まっ、敵だからどうでもいいや。さてさて、俺は愛しの三人の寝顔をじっくり見てから寝るかなぁ♪」
俺はスキップしながら上機嫌で自分のテントに戻っていった。
そしたら、アーリアがレイの胸を掴んでもぎ取ろうとしていた。
レイはしかめっ面しながらもまだ寝ているが、その内本当に取られてしまいそうな気がしたので何とか引き離した。
……さっきまでレイの胸を握っていたアーリアの掌に自分の掌を重ねて、おっぱいの感触を移してもらおうと思ったが、失敗した。
くっそぅ、俺だって触りてぇよぉ!
――《開戦 リュベールの丘の奇跡》第百七ページ第三章、《奇跡の終結 (三日目)》より抜粋――
ついに最後となる三日目になるのだが、日中は戦闘が一切起きなかったのである。
原因は記録で判明しており、最大音量まで上がったハル・ウィードの魔法による精神攻撃のせいで、ついにヨールデン陣営の死亡者が二日目の夜から三日目の夕方までに二万名に達したという。この音が最大音量になったせいで、二日目から参加していた兵士達もついに発狂をしてしまい、剣を振り回したり魔法を撃ったりして暴れ始めたり、自らの命を絶つ兵士が続出したのだという。それで死者が二万人というからにわかに信じられない話である。
ここで、《人間精神学》の世界的権威である、《カーチェス・ライラルディア》氏に話を聞いてみた。
「戦争というのは、多大なストレス――つまり、精神的負荷が非常に掛かります。その中でハル・ウィードは黒板に爪を立てて引っ掻く音を大音量で、しかも一時も止めずに流し続けたといいます。戦争によるストレスに加えて、音による不快な音を聞き続けてさらにストレスが上乗せ、そしてトドメとばかりに眠る事さえ出来ません。人間は意外と精神が脆いので、ついには集団的発狂状態に陥ったのでしょう」
簡潔にまとめると、戦争でストレスが溜まっているのにさらに追い討ちとして、音波攻撃と睡眠妨害によって心が壊されてしまったという事だ。
このヨールデン陣営内だけで発生した内戦を静める為に、レミアリアを裏切った元第二王子のサリヴァンとヨールデン王太子のヴィジュユ・フォン・ヨールデンは戦争を放り出して沈静化の指示を行ったのである。
兵力が大きく激減し、沈静化に至った頃に撤退の相談をし始めたという。
その時であった。
そろそろ夜になるという時間帯に、突然、今まで悩まされていた不快な音がぶつりと切れたのだった。
こんな些細な行動が、ヨールデン陣営の敗北に繋がる一手だったのだ。
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