第139話 決着!
「……なぁ、戦争ってこんなにのんびりしていていいのか?」
「……いや、そんな事……ねぇ、よ?」
「だよなぁ。俺、まともに戦った記憶が昨日しかないんだが」
「あれをまともな戦いって言えるか?」
「……言えねぇな」
「まぁ雨に濡れて少し風邪気味だから、こうやって暖まれるのはありがたいんだがな」
「「「ごもっともで」」」
これが三日目のうちの陣営の兵士さん達です。
何ともまぁ和んじゃって、焚き火を付けて取り囲み、談笑しながらコーヒー飲んじゃってるし。
端から見たら、集団キャンプしに来たガタイがいいおっさん達だよ、本当に。
何故こんなにのんびりしていられるかって?
そりゃぁね、相手さんが攻め込める状況じゃないってのがわかったからさ。
ちなみにその原因を作ったのは、俺!
昨日寝る前に全力で音量を最大にしたところ、相手兵士の三分の二程が発狂し、ついには暴徒と化しちゃったらしい。
さらに自分から死ぬ人も出てきたとなると、相当苦痛なんだろうね、俺の嫌がらせって。
そしてニトスさんも敵を限界まで追い込むつもりらしい。
夜にはこの嫌がらせを止めるようにって指示を受けたけど、その後の作戦は教えてもらえなかった。まだ成功するかわからないからとの事だけど、どういう事だろう?
さて、そんな俺はと言うと、小さいキャンプファイヤーよろしくな状態の兵士さん達の輪に加わっていた。
俺の右側にリリル、左側にアーリア、座っている俺に対して背後から抱き締めるように立っているレイ。
美少女三人を囲い込んでいる俺に対して、兵士さん達の嫉妬の視線が鋭く突き刺さる。
「くそっ、成人したばかりなのに、何でそんなにモテるんだよ……」
「まぁ剣術も強くて、音楽の才能もあり、顔もいいってなったらそりゃな……。それでも理不尽だ!」
「アーリア姫様すら魅了したなんて、恨めしい!!」
もうね、本人が目の前にいるのに怨念篭った声で堂々とおっしゃってる兵士さん達。
ふっふっふ、何だろう、この優越感は!!
「ああ、その嫉妬の視線すら気持ちいい。もっと悔しがるがいい!!」
「ちっくしょぅ!! 姫様がいなかったら一発ハル君に殴り掛かるのに!」
「ふふん、訓練で俺に勝てるようになってからにしなさい!」
「ぐっ、悔しいぃぃ」
調子に乗る俺に悔しがる兵士さん。
「調子に乗っちゃダメだよ、ハル君」
「そうそう。兵士さん達は皆自分の時間を犠牲にして頑張ってるんだからね、ハル」
「そうですわよ、ハル様。まずは戦争をしっかり終わらせてから浮かれてくださいませ」
うっ、愛しの三人に注意されてしまった。
兵士さん達が大声で「そうだそうだ!」とか、「ざまぁみろ!」みたいな事を言われてしまった。
くっ、調子に乗った結果、俺が集中砲火を受けてる。
「でも、こうやってのんびり出来るのはハル君のおかげだ。そこは本当に感謝する」
すると、兵士さん達が立ち上がって、俺に敬礼をしてきた。
うわっ、何だよ。こんな不意打ちな感謝はちょっと目頭が熱くなってくるじゃねぇかよ……。
泣かないぞ、泣かないぞ俺!
……よし、涙が引っ込んだ。
「俺も戦争なんてちゃっちゃと終わらせて、音楽に専念したいからな。だから全力を出しているだけだって」
「その全力が、敵味方関係なく度肝を抜く位斜め上へ向かっているんだよな……」
「そうそう。俺なんて最初旗手の予定だったのに、ハル君の通信って奴のおかげで戦う事になっちゃったしな」
「でも旗を見なくてよくなった分、戦闘に集中できるようになったから、随分と助かったけどな」
「それは言える!」
皆が笑顔になっている。
ああ、皆の笑顔が見れて不思議と充実感が沸いてきた。
俺の力でこんな風に笑ってくれるのも、いいかもしれないってちょっと思ってしまったよ。
でもやっぱり俺は、音楽で名を上げたいんだよな。贅沢なワガママなのはわかっているけどな。
おっ、ニトスさんがテントから出てきたぞ。
そういえばもうちょっとで日が沈むな。そろそろ最後の仕上げかな?
敵さんが阿鼻叫喚の地獄絵図だったのに、こっちは集団キャンプだからなぁ。少し同情しちゃうぜ。
「ハル君。そろそろ例の嫌がらせを止めてくれ。それから様子を見た後に、作戦を結構するか判断する。兵士諸君はいつでも出陣できるように戦闘準備をしておいてくれ!」
『はっ!!』
ニトスさんの指示を受けた兵士さん達の表情ががらりと変わり、戦闘モードになった。
全員で敬礼をした後、テキパキと行動を開始し始めた。
多分鎧やら武器を準備しに行ったんだろうな。
そして俺は指をパチンと鳴らして、不快な音を出しているサウンドボールを消滅させた。
「ニトスさん、嫌がらせを止めたよ」
「……本当に?」
「本当だって」
まぁ見えないからね。疑っちゃうのは仕方ない。
「じゃあハル、僕達は王都に戻るよ」
俺の背後から抱き着いていたレイが離れて、そう言った。
ここだけの話、後頭部に幸せな感触があったから、離れて欲しくなかったなぁ……。
「ハル、絶対に勝って戻ってきてね」
「ハル君、また怪我したら治しに来るからね。だから死んじゃヤだよ?」
「ハル様、わたくしは貴方の無事を心からお祈りしております」
レイ、リリル、アーリアが俺に笑顔を見せてくれた。
うん。不思議と力が込み上げてくるぜ。
それに愛しく思えるよ。
俺は一人一人に言葉を送った。
まずは、レイだ。
「レイ。久々に会ったお前はすごく綺麗になってびっくりしたよ。後で色々話そうぜ。お前の剣で俺がいない間、二人を守ってくれ」
「うん。ハル、大好きだよ」
俺とレイは、軽く唇を重ねてキスをする。
もっと長いキスは、無事に帰るまでお預けだ。
次にリリル。
「リリル。とっても可愛くなってドキドキしてるよ。後で二年間何があったか教えてくれよ?」
「もちろんだよ。ハル君、本当に気を付けてね? 大好き!」
おおっと、リリルからキスをしてきたぞ!
何だ何だ、随分と大胆になったな!
最後はアーリア。
「アーリア。本当に俺を支えてくれてありがとう。その献身さに俺は何度も救われているよ。今後の事をたくさん話そう」
「はい。お待ちしております。愛しております!」
アーリアが俺に抱き着きながら、背伸びをして唇にキスをしてくれた。
サングラスを外して綺麗な虹色の瞳を見たいけど、ここじゃ外す事は出来ないな。
あぁ、くそ。もう戦争なんてほっぽって三人とイチャイチャしたくなったじゃねぇかよ!
よっしゃ、さっさと戦争終わらせてやろうじゃねぇの!
「じゃ、行ってくるな!」
俺はニトスさんのテントに入って、最後の作戦に挑んだ。
――ヴィジュユ視点――
やっとだ、やっとあの忌々しい音を出しているハル・ウィードの魔力が切れた!
私達は、音から解放されたのだ!
先程まで暴れていた兵士達も解放された喜びにより、その場に崩れ落ちて涙を流した。
鎮圧していた兵士達も喜びのあまりに叫んでいる。
正直、私も叫びたくなる程嬉しい。
「やりました、やりましたな! ヴィジュユ殿下!!」
「やっと、ハル・ウィードの魔力が切れたようですね!!」
サリヴァンとリョースも涙を流しながら、私に同意を求めてきている。
ああ、私も泣きたくなってきた。
本当に辛かった。何度耳を切り落とそうかと思ったか……。
この二人はそれを二日と半日程ずっと受けていた訳だ、私よりもっと辛かったに違いない。
これで、ようやく戦争らしい戦争が出来る!!
――そう、思っていた。
兵士達の歓声が、徐々に少なくなってきていた。
何事だろうと思い見渡してみると、何と兵士達がその場に倒れ込んだのだ。
「どうした、何があった!!」
私が駆け寄ろうとした瞬間、私の身体にも異変が起きた。
突如、急激な睡魔が襲ってきたのだ。
目を開けるのも辛く、全身の力が抜けていく。
まさか、皆眠ってしまったとでも言うのだろうか?
「くっ、瞼が……重い……!」
一晩眠ない程度、私にとっては日常茶飯事だったから、この程度で眠くならない筈。
なのに、何故だ!!
……いや、恐らくだが、あの音のせいで私達は、自分達が思っているより精神的打撃を受けてかなり追い込まれたのではないだろうか。
極限まで追い詰められ、そこに突然やって来た静寂。
苦しめられていた音が、止まったのだ。
今聞こえる草原のせせらぎ、虫の鳴き声が、私達にとっては非常に効果的な子守唄になっているのだ。
一人、また一人と、睡魔に勝てず崩れ落ちては眠る。
そして、隣にいるサリヴァンとリョースも、もう少しで瞼が完全に閉じようとしていた。
「サリヴァン、リョース!! 寝るな、起きろ……!」
そういう私も、かなりギリギリの所で睡魔に抗っている。
こうやって二人を起こす行動を取る事で、辛うじて踏ん張っている。
だが、私の行動は無意味だったようで、二人共倒れてイビキをかいて寝てしまった。
くそっ、何なのだ。何なのだ、この惨状は!
「まさか、ハル・ウィードの魔法は、最初からこれを狙って……? それとも敵側の軍師の立案か?」
どちらでもいい、私まで寝てしまったら、襲撃に気付かない。
音属性の魔法、かなり厄介――――ー
……音?
「まさか、まさか! あそこまで作戦を先回り出来たのは、魔法によって私達の作戦を盗み聞きした……!?」
そうだ、違和感があったのだ。
まるで間者を忍び込ませているかの如く、私達の作戦に対策をしてきていたのだ。
どんな優秀な軍師であろうと、あそこまで神憑り的な予想など、出来るわけがない!
全ての音を操れる魔術師なら、音を拾う事も容易いのではないのか……!?
そんな、そんな馬鹿げた力を認めてなるものか……!
そんな魔法があったら、レミアリアは必勝ではないか!
戦争は情報が命、敵の指揮官は誰なのか、武勲ある兵士はいるか、そういったものを戦場で常時集めなくてはならない。
私達はサリヴァンという、レミアリアから寝返ってくれた心強い情報提供者がいた。だから勝利の確信を得て、父上共々王都へ攻め込んだのだ。
だが、ハル・ウィードは、本当の意味での《常時》で、情報を仕入れていた。
仕入れた情報を元に、軍師が素早く作戦を組み立てて私達より先回りをして対策してきたのだろう。
何と、何という事だ……。
こんなのは戦争ではない。
ただのワンサイドゲームではないか!
「ははは、今さら気付いても仕方ない……か」
私は膝から崩れ落ちる。
きっと、我が陣営の惨状をすでに把握して、こちらに進軍してきているだろう。
今、意識があるのは恐らく、私だけだ。
なら、せめて!
せめて私だけでも起きて、帝国の次期皇帝としての威厳を見せよう!!
私はサリヴァンの腰にぶら下がっていた短剣を引き抜き、自分の左腕に深く突き刺した!
「う、ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あぁぁぁぁぁっ、うぐぅぅぅぅぅぅあああああ!!」
想像以上の痛みに、つい涙が出てしまう。
それでも眠気は少し薄れた程度。
どれだけ私の身体が睡眠を欲しているかがよく分かる。
痛みが引いてくると、睡魔が強くなる。
くそっ、さらに痛みを与えるしかないのか!
私は、勢いよく短剣を捻り、傷を抉った。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
私の血が勢いよく噴き出す。
地面は赤く染まりつつある。
はは、このままでは私が出血多量で死んでしまうな。
しかしだ、敵に私の情けない最期を見せる訳にはいかない。
なら、王太子として相応しい最期を、敵に見届けてもらう!
寝呆けてその隙に討たれたなんていう情けない最期は、真っ平御免だ!
ようやく眠気が取れてきた。
その代わり、激痛に耐えなくてはいけない。
あまりにも痛くて、短剣は腕に刺さったままだ。もう抜く時の痛みに耐えられる程の余力はない。
は、はははは。
「まさか、軍事帝国が、平和ボケした芸術の王国に破れるとはな……」
意識が朦朧とするなか、心地よい声が聞こえた。
男の声で、耳障りが良い、美声だ。
「ああ。てめぇら帝国の負けだぜ」
私は顔を上げる。
そこには、燃える炎のような赤い髪、晴天を思わせる青い双眸、自信に満ち溢れた表情に優れた顔立ちをした青年が立っていた。
若い。恐らく成人したかどうかという所だろうか。
「……貴様が、ハル・ウィードか」
「そういうてめぇは、ヴィジュユっていう王太子様か?」
「そうだ。……音もなく乗り込んでくるとは、流石は《音の魔術師》か」
「まぁな。俺はどんな騒音すら《遮音》出来るからな」
「……貴様一人が、決戦級の戦力という訳か」
「まるで俺が兵器みてぇじゃねぇかよ。俺は音楽家だっての」
「はっ、戯れ言を」
「……本当なんだけどなぁ」
遠い目をするハル・ウィード。
私は信じないぞ、音楽家に負けるなんて、信じるものか!
「だが、私も次期皇帝だ! ただでは死なんぞ!!」
私は左腕に刺さった短剣を引き抜く。
何故か痛みは然程感じず、そのままハル・ウィードに向かって剣先を突き出そうとした。
その瞬間、奴の眼光が鋭くなったのを感じて、つい奴の目を見てしまった。
そして気付いた時にはいつの間にか青く光る剣が抜かれており、私の短剣は弾かれていた。
「抜刀剣術、《早抜き》」
一切奴の動作が見えなかった。
……いや、奴の視線に目が行ってしまった瞬間を突かれたのか。
やはりハル・ウィードは音楽家ではない、超一流の戦士だ。
「さて、ヴィジュユ…………え~っと?」
「ヴィジュユ・フォン・ヨールデンだ」
「長い!! もっと短くしろ!! さて、てめぇは詰んでるぜ。うちの軍全員がここを取り囲んでいる。兵士が起きても、全員虐殺出来る」
「……全員分の音を消したのか?」
「その通り」
何と、何と言う規格外。
待てよ、そんな魔法を使えるという事は、忌々しい音が消えたのは魔力切れではないという事か!?
わざと自身で魔法を解除したという事なのだろう。
その油断も、作戦の内だったのだろうか。
……完敗だよ。
「私の負けだ。さぁ、首を取るがよい」
「あ? 殺さねぇよ。てめぇはそのまま生かす」
「……好きにしろ」
こうして我々の侵略戦争は、大敗という結果で終わったのである。
――《開戦 リュベールの丘の奇跡》第百二十五ページ第三章、《奇跡の終結 (三日目)》より抜粋――
このようにして、戦いは終結したのだった。
この後、ヴィジュユ・フォン・ヨールデン、サリヴァン、軍師リョースを生け捕りにしたハル・ウィードは、敵兵士を大音量の音魔法で叩き起こし、高らかに勝利宣言をしたのである。
そしてヴィジュユ・フォン・ヨールデンの降伏宣言後、生き残っていた兵士全員も武器を捨てて降伏したのだった。
生き残っていた敵兵士は約一万三千程度とまで言われていて、死因の大半は自軍同士の殺し合いだったという。
ヨールデン陣営には無数の死体が転がっており、まさに地獄絵図だったと言う。
音一つでここまで敵陣営を潰せる事から、《人間精神学》という学問が生まれたのだ。
さて、この戦いはこれで終結をしたのだが、この時代の戦争はまだ続くのだ。
明確なゴール、それを両国の間で結ばなくてはいけないのである。
どちらかがまいったと公式に宣言するまで、戦争は終わらないのだ。
しかし、ハル・ウィードの快進撃はこれで留まらなかった。
彼は、今までにない恐ろしい方法でヨールデンを壊滅一歩寸前まで追い込んだのだ。
この話は、翌月発売の《ハル・ウィードの軌跡》という書籍で語る。
本誌を手に取って最後まで読んでくれた読者に、最大の感謝を。
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