第140話 ガウェイン砦、奪還


 ――《ハル・ウィードの軌跡》第五章、《ガウェイン砦にて》――


 ガウェイン砦を占拠した、元レミアリア兵士でヨールデン側に寝返った彼等は余裕綽々だった。

 これ程の戦力差なら、ヨールデン陣営の勝利は確実だと。

 兵士達は皆、昼間から酒を飲んだりトランプを楽しんだりと、戦争をしているとは思えない程気が緩んでいた。

 そんな彼等が砦に向かってくる軍勢を発見した。

 きっとヨールデンが勝利をして戻ってきているんだなと思い、手に持っていた双眼鏡を覗き込んだ。

 だが、実際そうではなかった。

 双眼鏡に写ったのは、最前列で素っ裸で貼り付けにされている王太子のヴィジュユ、リョース、サリヴァンだった。

 掲げられている旗はヨールデン国旗ではなく、レミアリアの国旗であった。


「よ、ヨールデンが負けたぞぉ!!」


 ヨールデン側に寝返った兵士達はこの事実に混乱していた。

 正常な思考が出来る人間が一人もいない状態での行動は、砦の中に引きこもる事だった。

 砦の中には三十名程の兵士しかいなかったのだ。故に向かってくるレミアリア陣営に太刀打ち出来る筈がなく、籠城を決め込んだのだった。

 自分の槍を抱きながら震える兵士達。

 そんな時、百ローレル(百メートル)も離れているのに、大音量で男の声が響き渡った。


「やぁやぁ我こそは、ヴィジュユ・フォン・ヨールデンを捕らえた剣士、ハル・ウィードなり!!」


 レミアリア国王から賜った名剣二本を両手に持ち、高らかに名乗りを上げるハル・ウィード。

 彼は自身の音属性の魔法で、声量を増大させて声を発したのだ。

 

 ヨールデンにも《双刃の業火》として名が知れ渡っている彼に、裏切り者の兵士達は震え上がった。

 自分達は殺されてしまうのではないか、自分達の命が、彼の名声の糧になってしまうのではないか、と。

 しかし、慈悲深いハル・ウィードは命を取らなかった。


「私は無益な殺生を好まない! 貴殿らが武器を捨てて投降すれば、命を助けよう!! どうか、投降してほしい!!」


 自分達の命は助かるかもしれない。

 彼等は迷わず武器を捨てて、白旗を上げて投降したのだった。

 この時、ハル・ウィードは弱冠十二歳。これをきっかけに、彼の名前と二つ名は世界中に広まる事となったのだ。
















「えーっ、犯人に告ぐ!! 貴様らはすでに包囲されている!! 大人しく投降しなさい!!」


 俺は《拡声》の指示を与えたサウンドボールを口に吸着させ、百メートル先のガウェイン砦に籠っている裏切り者達に呼び掛けていた。

 いやぁ、前世の刑事ドラマ鉄板のこの台詞だが、人生で一度は言ってみたかったよな!

 悦に入っている俺の一歩後ろに、ニトスさんが呆れ顔で俺を見ているのがわかる。

 いいじゃん、こういう時にしかこんな台詞言えないんだしさ。


 さて、今の状況を説明すると、俺が捕らえたヴィジュユ、サリヴァン、後リョースは、全裸で貼り付け状態で移動できる台座に固定され、最前列で晒し者になっていた。

 いやぁ、台が揺れる度に見慣れたブツがぶらぶら揺れるんだよね。

 ……誰得だよ、この状況。

 そしてその後ろには同じく全裸で手をロープで縛られて歩かされている、ヨールデン陣営の生き残った兵士達が続いていた。

 うん、ブツの軍勢に軽く吐き気を覚えるわ。

 

 双眼鏡で砦の様子を見てみると、中にいる敵兵士が窓からちらちらとこちらを見ている。

 表情は絶望一色だった。

 しかし、この敵陣営の捕虜達の状況を見て、自分達はああなりたくないと思ったのだろう。なかなか出てこようとはしなかった。


「ニトスさん、出てこないんだけど」


「……なら仕方ない。この三人には傷付いてもらうしかない」


「了解」


 出来ればこれ以上血を流さずにしたかったんだが、強情な君達が悪いのだよ。

 俺は最後の警告を行う。


「おい、砦に籠っているバカ共! てめぇらがさっさと出て来ないから、てめぇらの上司が今から酷い目に合うぞ!!」


 俺が言い終わった所を見計らって、ニトスさんが手を挙げて合図を出す。

 すると大人の身長の二倍ある長槍を持った兵士さん三人が、ヴィジュユ、サリヴァン、リョースの前に一人ずつ立った。

 ニトスさんが挙げていた手を振り下ろした瞬間、槍先を腕に突き刺した。

 最初は二ミリ程度しか刺さないが、この状態で抜かない。

 こちらの要求に応えない度に、どんどん槍先の刃が深く刺さっていく手筈になっている。


「殿下ぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「ああっ、サリヴァン様!?」


 俺はサウンドボールで、砦の音を全て拾っている。

 この拷問に近い行為を見て、敵兵士達は戦慄しているようだな。

 うん、俺だってこんな事はしたくねぇよ。

 これはニトスさんの発案だからな、間違っても俺じゃねぇ!


 ニトスさんが俺の方を向いて頷いてきた。

 はいはい、さらに奴等を煽れって事だな?


「ほら、腕に槍が刺さっちゃったじゃないか! てめぇらが出て来ないからだぞ!! さぁ、今から十を数えるから、それまでに投降しろ!!」


 サウンドボールが、引きこもっている兵士達の動揺した声を拾った。


「どうする、どうすればいい?」


「し、知らねぇ。俺は知らねぇ!」


「よし、裏口から逃げるぞ!」


「それだ!!」


 おうおう、大将を見捨てて自分達だけ逃げようってか!

 全部筒抜けなんだ、あまり甘く見るんじゃねぇぞ?


「おいこら、何裏口から逃げようとしてんだ! もう十も数えなくていいや。ニトスさん、やっちゃって!!」


 俺の言葉に、「何で俺達の声が聞こえてるんだよ!」とか、「不味いぞ、サリヴァン様がさらに傷付けられる!!」と騒いでいた。

 まぁニトスさんは俺より容赦がないから、本気で遠慮なく指示を出す。

 奴等三人の腕に刺さっていた槍が、さらに深く食い込んだ事で、ついに三人は悲鳴を上げる。

 俺は奴等の悲鳴をサウンドボールで《拡声》し、大音量で引きこもり兵士達に聞かせてやった。


「さぁ、もう一度十を数えるぜ? 出てこなかったら今度はもっとでっかい傷を作るから、覚悟しろ!」


 俺は一から数字を数え始める。しかもカウント間隔は早め。

 相当焦る引きこもり兵士達。

 するとニトスさんが、うちの魔術師一人に指示を出して《ファイヤーボール》を砦に向かって発射させた。

 どうやらさらに精神的に追い詰めようとしているみたいだ。なかなかゲスいな、ニトスさん。


 俺のカウントが九までいった所で、白旗を持った敵兵士達が約三十人程出てきた。

 あら、すっげぇ気弱そうな顔してんな。

 

「わ、我々は、投降する。だから、命だけは助けてくれ!」


 全員武器も持っておらず、防具すらも付けていない。

 ニトスさんはつかさず指示を出して、全員を取り押さえた。そしてやっぱり全裸にする。

 三十人のブツが追加されて、うちの陣営はより濃い男裸の森を築き上げていた。

 マジで止めてください。もうね、俺はこんな肌色は求めてないの!

 だったら俺は、愛しの三人とイチャイチャしたいわ!


「ニトスさん、何で裸にしてんの?」


「精神的に追い詰める為だよ。彼らの築いたプライドをズタズタにして、兵士として再起するのに時間を掛けさせる為でもある」


「えっげつな」


「それはハル君もだろう? 彼等三人の耳に、確か《聴覚の十倍で集音》って指示を出して吸着させたのだろう?」


「うん。これも嫌がらせ」


「……流石に同情するよ」


 まぁ俺のライブを中止させた罪は重いのさ!

 さて、これでガウェイン砦は俺達の国に戻ってきた。

 ヨールデン国旗が掲げられていたので、うちの兵士さん数人でそれを取り外して燃やして、うちの国旗を付ける事で制圧は完了した。


「これで君の武勇伝はさらに増えて、これは物語化決定だな」


「……喜べないぜ、素直に」


「そうだなぁ、君は結構弾けすぎたから、恐らく相当美化されるんじゃないかな?」


「えぇぇぇぇぇぇぇっ、あまりにもかけ離れるのはやめて欲しいんだけど」


「作家次第だね」


「……作家次第って。運に任せるしかないかぁ」


 とりあえず、ガウェイン砦を奪還した俺達の戦争はまだ続く。

 ここからは《リューイの街》をさらに奪還し、とある布石を置いて返還するという手間が掛かる作戦を行う。

 だが、軍事帝国にとっては大打撃になる一手だ。

 そしてこの作戦は、音楽家としての俺が本領発揮する、重要な場面だったりする。

 ふふ、見てろよ、ヨールデン。

 俺の行く手を邪魔した報いを、たっぷりと味わってもらうぜ。

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