第122話 俺氏、大いに笑う!


 俺が七歳の頃、父さんに耳にタコが出来る程に言われた事がある。


「いいか、絶対に戦争だけは好き好んで参加しちゃだめだ」


 こういった文明レベルが中世位だと剣と魔法がぶつかり合うやり方だと思ったから、実力があれば生き抜けるんじゃないかって思っていたんだ。

 何せ俺の前世とは違い、銃や爆弾に戦闘機や戦車といった兵器はこの世界に存在していないからだ。

 しかしどうやら違うようだ。


「戦争ってのは、どんなに実力があったとしても絶対に生き残れる確証はないんだ。例えば相手の兵力が一万でこちらの兵力も一万だとしよう。互角に見えるだろうが個人で見たら違うんだ。実は『自分対一万の軍勢』なんだ」


 俺には理解できなかった。だからそのまま質問してみた。


「よく考えてみろ。一万人の兵士がいるという事は、その戦場には一万通りの出来事が発生する。もしかしたら敵を討ち取ってもその隙に別の敵兵士が横から襲ってくるかもしれない。もしかしたら魔法による爆撃があるかもしれない。どんなに優秀な軍師が味方にいたとしても絶対に犠牲が出る。それが自身になる可能性は非常に高いのが戦争だ」


 つまり、どんなに味方がいたとしても敵の兵力分の出来事が待っているという事だ。

 もしかしたら生き残る出来事ばかりかもしれないし、自身が死ぬ出来事ばかりかもしれない。

 実力があるというのは、あくまで戦場では最低限の事。一騎当千なんて出来る人間は、神か悪魔だけだと言う。

 それだけ戦争は甘くないし、実力一辺倒で押しきれるものではない。

 個々の実力ではなく、物量と戦術のみが正義。兵士を駒として扱って、その戦術でどれだけ駒を失うかという数字での計算の勝負。

 作戦立案者は兵士を人間として扱っていないから、死んでも心を痛まない。現場にいる兵士すら、同僚が死んでも自分が生き残る事に必死になるから動揺すらしない。

 自分が生きるか死ぬか、それしか戦場に立つ兵士には与えられないんだ。

 では生き残ってのし上がった将軍クラスの人間は一体何なのか?

 父さん曰く、運良く生き残って運良く功績を残して昇格できた、類い稀なる運を持ち合わせた人間だと言う。

 それ程戦争とは過酷なんだ。


 そして今、俺は父さんから避けろと言われた戦争に参加しろと、王様から命令を受けた。

 これに関してはどんなに日頃仲良くしていても断れないし避けられない。

 生き残る自信は、正直ない。

 俺は一瞬思考停止してしまった。


「お、おい。ハル、しっかりしろ」


 隣で小声でオーグが声を掛けてきてくれた事で、俺は意識を現実世界に戻す事が出来た。

 今王様に戦争に参加しろと命令を受けた。そして俺がそれに答えるのを待っている状態だ。

 やばい、流石にこの状況は返事しないと不味い!

 だが、俺は戦争をしたくない!

 さぁどうする、俺!?


 ……って、あれ。

 俺、この文明レベルの戦争に対して超絶有効な切り札、持ってんじゃん?

 これを使えば終始俺達の国がイニシアチブを取り続ける事になる。

 そうすれば、俺は生き残れる!!


「陛下、戦争には参加させていただきますが、私から一つ提案が御座います」


「ほう。ハル・ウィードよ、どのような提案だ? すぐに答えてみせよ」


「はっ!」


 俺は思い付いた事を全て簡潔に話した。

 すると、その場にいた全員が目を丸くして驚いていた。

 そりゃそうだ、今まで行っていた戦争の常識をぶっ壊して、常に俺達が有利になる事なんだから。


「は、ハル・ウィード。本当に、そんな夢物語のような事が可能なのか?」


「はっ、可能で御座います。ただし、私が軍師殿の傍にいるという条件になりますが」


「ううむ」


 今王様は、俺が一兵力として参加した方が利益がデカいのか、それとも俺が提示した通りにした方がいいのか悩んでいるところだろう。

 すると、とある人物が手を挙げた。


「陛下、私から進言しても宜しいでしょうか?」


「うむ」


 一歩前に出てきた人物は、この国の軍師的立場にいる《ニトス・レファイレ》っていう中年男性。

 城にはしょっちゅう来ている俺でも、この人とは一切交流がなかったりする。

 でもこの人は別の意味で有名だったりする。

 ニトスさんは、大の戦争好きなんだ。

 自身の知略にかなりの自信を持っており、腕試しの為に城勤めを志願して現在の地位を獲得した。

 ただしあまりにも平和過ぎたので、暇潰しに様々な戦略や陣形を誰から指示された訳ではないのに開発をやっていたりする、ちょっとした変人だ。


「今朝申し上げた通り、現状のままですと王都は占領されてしまいますが、そこのハル君のおかげで糸口が見つかりました」


「ほう、それほどなのか」


「はい。むしろこれで負けたら、我が国は軍事的壊滅状態といって等しいでしょう。現在明日までに集められる兵力は一万二千という、防衛戦をやるにしても絶望的です」


 マジで絶望的だった!!

 話を聞いてみると、通常の戦争の場合は準備期間があるから、その間に各貴族の私兵を徴兵するのだそうだ。

 しかし今回は宣言なしで起こった大義なき侵略戦争だ。しかも明日開戦となると徴兵は難しい。

 尚且つ、第二王子のクソバカ野郎にも三千位兵士を引き抜かれた上に砦も実質占拠された状態。さらに帝国からの援軍もこちらに向かっており、その合計兵力は三万七千らしい。今の第一陣は一万九千であるが、どのみち物量的に不利だ。

 もしその援軍すらも耐えきって貴族達の私兵を集めれば三万程の兵力が追加で見込めるそうだが、揃うまでに一週間は掛かってしまう。

 とても一週間はもたないのが現状だから、ニトスさんですら絶望していたという。


「しかし、彼の立案に対して私の作戦を組み合わせれば、遅くて一週間以内に終戦へ持ち込めましょう」


「なん……だと……!?」


 王様が玉座から跳び跳ねるように立ち上がった。

 まぁ、一週間以内で終わらせると豪語してるんだ、俺だってビックリだ。


「しかし、今回の戦争のゴールは、何を以てして終戦となる?」


「はい。先程斥候から入った情報によると、援軍は帝国の王太子である《ヴィジュユ・フォン・ヨールデン》が率いているとの事です」


「バカな! 王太子自らとは!!」


「はい、私も情報を疑ったのですが、王太子に武勲を持たせて王位を継がせる狙いがあるのではないかと思います」


「……軍事帝国としては、武勲無い者の下では働かないか」


 ヨールデン帝国は、現帝王である《ヴィラシュ・フォン・ヨールデン》から軍事帝国として名乗りをあげた。

 この世界は本当は八つの国が存在していたのだが、ヴィラシュが軍事力を以て一つの国を崩壊・吸収した。

 そして滅びた国から技術や産業を全て吸収、それを軍事力に活かす事で各国が恐れる大国となった。

 だがそのせいで、ヨールデンは《国際条約》によって行動を縛られる事となる。

 もし大義なき侵略戦争を行った場合、各国が一つとなって攻撃を行うというものだ。

 渋々ヨールデンはこの国際条約にサインをしたのだが、今回はまさに国際条約を無視した行動だ。


 今俺がいるところは、地理的にヨールデンとレミアリアの二つの国しかない大陸だ。

 もし上手くレミアリアを攻め落とせたら、他の国がヨールデンを叩きに来ても海を渡る準備をしないといけない。

 さらに各国から留学してきている芸術を学びに来ている要人の跡継ぎを人質に取れる。

 領地も広がって他の国からも人質で金を巻き上げられる、まさにヨールデンにとってはうちの国を攻め落とすのは一石二鳥だったりする。


 そして今回、跡継ぎに武勲を持たせる為に王太子であるヴィジュユを送り込んできた訳だ。

 

 しかし、それと今回の戦争のゴールに関して何の関連性があるんだ?


「帝国王太子であるヴィジュユを人質とした上で、《ガウェイン砦》と元々我が国の領土だった《リューイの街》を奪い返します」


「なっ!? それはゴールにはならないぞ!」


「はい、ですので、色々行った後に《リューイの街》を帝国に返却します」


「!?」


 もう何が何だかわからんぞ!?

 とりあえず《リューイの街》っていうのは、《ガウェイン砦》の向こう側にある、本来うちの国の領土だった街があったのだが、国際条約が結ばれる直前に占領されてしまったんだそうだ。

 でも、そこを占拠してまた返す?

 何を考えている?


「まぁ、タダで返しませんよ。全く斬新な方法で、帝国に傷跡を残しましょう。それにはハル君の全面的な協力が必要となります」


「俺の協力?」


 ニトスさんは、自分のその斬新な考えを説明した。

 そして、俺はついつい笑ってしまった。

 そりゃ俺の全面的な協力が必要になるわな!

 ってか、むしろ俺の本職だ!!


「き、君は私の方法を理解したのかね?」


「うん、理解した! いやぁ、これは確かに軍事帝国には大打撃与えられるぜ! 最高じゃん!」


「……君もなかなか柔軟な考えを持っているようだね」


「ニトスさん、俺はあんたの案に乗ったぜ!!」


「よろしく頼むよ。陛下、彼をこの戦いにおいては私の補佐役として傍に置きたいのですが」


「うむ。許可しよう。詳しい話はこの後の会議で詰めよう」


 俺は何とか前線は回避でき、後方での作戦立案の立場になる事が出来た。

 後はこの王都を守りきって、帝国を押し返してリューイの街を取り戻す。その後から俺の本当の仕事の始まりだ!

 俺とニトスさんは相当悪どい笑顔を浮かべていたようで、俺達以外の面々はドン引きしていた。

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