第123話 開戦!


 ――《開戦 リュベールの丘の奇跡》第三十ページ第一章、《奇跡の始まり》より抜粋――


 この戦いにおいて、ハル・ウィードが奇跡を呼んだと言っても過言ではない。

 兵力は二倍以上の差があったにも関わらず、レミアリア軍は犠牲者が百前後で済んでしまい、逆に攻め込んできたヨールデン帝国軍は半数近くの兵力を犠牲にしてしまう程の大敗をしてしまったのだ。

 何故、このようになってしまったのか。

 全ては、ハル・ウィードが立案した作戦内容こそ、当時の戦争体系を悉く打ち壊した事が原因だろう。

 当時の様子が語られた日記が、重要な参考書類として残っていたので一部を抜粋する。


『ハル君がいなければ、俺達はここまでの大勝利を得る事は出来なかっただろう。そして俺の命も間違いなく散っていた。彼が味方で本当によかった。的であった事を考えると、今でもぞっとしてしまう。しかしハル君は本当に多才に恵まれた素晴らしい子供……いや、開戦した日に成人したな。類い稀なる才能の持ち主だし、何より魔法に恵まれた。俺達は彼の魔法に助けられたんだ。俺は、彼が何か窮地に陥ったら、陛下の命より彼を助ける事を優先しよう。それが、俺が出来る唯一の恩返しなのだから』


 このように、当時十二歳だったハル・ウィードの功績と感謝を述べている。

 他にも同様の日記が多数見つかっており、全てハル・ウィードについて語られている程であった。

 歴史専門家は、この日記のおかげで当時の戦争内容を把握する事が出来たのだが、全員が驚愕したのだった。

 何故なら、こんな作戦は紛れもなくハル・ウィードにしか行えない事だったからだ。

 彼はどんな偉業を果たしたのか、本章ではその準備部分を記していく。













 俺は今リュベールの丘という、戦場を一望できる場所に立っている。

 そして約五キロ離れた先にある平地に、敵である第二王子率いる帝国軍が拠点を設営していた。

 帝国を示す色である赤をベースに、端を黄色で囲んである色のテントがいくつも設置されており、それだけで兵力がどれだけいるかわかっちまう。

 うちの全兵力は一万二千に対し、向こうの第一陣は一万九千。この時点で七千の差がある不利な戦いを強いられている。

 しかもこの丘の後ろは、ちょっと走れば王都がある。

 つまり、一人もここを通してはいけないっていう過酷な最終防衛ラインだった。

 ちっ、何とも最悪な誕生日になっちまった!

 本当なら今日は、親友達と一緒に俺の家で誕生日パーティを行う予定だったのによ!


「さて、ハル君。そろそろ例の準備をしてほしい」


「ああ、ニトスさん。いいぜ、こんな戦争ちゃっちゃと終わらせて、俺はライブに向けた練習をしたいんだ」


「……負ける事を考えていないようだね」


「最初から負ける事前提で動いてちゃ、勝てる戦争も勝てねぇでしょ! 自信持ってくれよ?」


「うん、そうだな。君の力があれば負ける気がしない」


 ニトスさんがそう言うと、俺に双眼鏡を渡してきた。随分先まで見える高級品だったりする。

 俺は双眼鏡を受け取って早速先を見渡してみる。


「見えるかい? ここから五レーズ(五キロメートル)先の敵拠点中心部分に、一際大きな天幕があるだろう?」


「おう、見えた見えた。てっぺんに帝国の旗が付いているやつだろう?」


「それだ。それが敵司令部となっている天幕だ」


 まぁ分かりやすいな。

 何かさ、テントのてっぺんに帝国旗を付けるのを見ると、前世のお子様セットに付いてくる旗みたいな感じがあって面白かったりする。

 さてさて、気を取り直してお仕事お仕事!


 俺はまず一つサウンドボールを生成する。

 そしてもう一つサウンドボールを生成して最初に作ったサウンドボールと魔力の糸で繋ぐ。

 さらに二つ目のサウンドボールに《集音》と《音の伝達》、最後に最初のサウンドボールには《伝達された音を再生する》指示を付けた。


「そんじゃいってらっしゃい!」


 二つ目のサウンドボールを軽く投げると、一瞬で敵司令部のテントの中へと入っていった。

 そして早速音が伝わってきた。


『はっはっはっは! この兵力と皇帝陛下からお借りした軍師殿の力があれば、この戦い勝ったも同然だな!』


 おっと、早速サリヴァンの下衆な声が聞こえてきた。

 俺は《サウンドマイク》を使って、相手の作戦内容を逐一仕入れられる形を作り上げた。

 目に見えない超絶優秀な斥候を、奴等の敵陣営に仕込んでやったんだ。


「…………五レーズ先の敵の声を、本当に拾っている。ああ、何と規格外」


「軍師としての仕事をかなり奪ってしまうけどさ、確実に勝つには相手の作戦を簡単に仕入れられた方がいいだろ?」


「そうなんだが……そうなのだが」


 あまり腑に落ちないといった表情のニトスさん。

 まぁなぁ、常に相手の動きを先読みしつつ作戦を組み立てる軍師の仕事を、俺の《サウンドマイク》がかなり奪っちゃったからねぇ。

 知略もへったくりもなくなる訳だ。

 しかし事前に相手が出した指示が、敵兵士全員に行き渡るより先に、俺達は先手を打てるようになっている。


 さて、まずはこの世界の戦争体系について説明しよう。

 この通信機等の遠距離通信手段が全く無い異世界では、作戦の伝達は国旗を持った《旗手》が伝言ゲームのように全ての部隊へ伝えていく。

《旗手》は一切戦闘を行わず、司令部から来た指示を旗の動きで前の部隊へ伝える。それを受け取った前にいる《旗手》が、さらに自身の前にいる《旗手》に対して旗を動かして指示を伝える。それを最前線にいる《旗手》まで伝えていくんだ。

 旗の動きは国によって違うがしっかりと事前に決められており、部隊長はこの旗の動きを見て部隊に対して細かく指示を言う。

 戦争体系はまさに、前世でいう中世そのものだった。

 しかし前世と違うのは、戦略兵器が魔法と魔道具なんだ。

 物的資源は必要とせず、人的資源――特に魔力があればいくらでも打ち出せる魔法は、物的資源がどうしても必要になってしまう前世の兵器よりは優れているだろうな。

 話はずれたけど、これがこの世界の戦争体系だ。

 だから戦争では、相手の旗の動きなどを観察してどのような法則で指示を出しているかの解読も司令部の仕事だったりする。

 いち早く解読できた陣営の方がイニシアチブを取れて、戦争を有利に進める事が出来るんだ。


 が、俺はそいつをぶっ壊してやった。

 その一つとして、相手に気が付かれる事もなく、司令部で話している情報は逐一俺の《サウンドマイク》によって全て漏れている。

 だから敵の《旗手》の動きの解読なんていう無駄な仕事は省けた訳だ。

 さらに相手は旗で指示を出すが、うちの軍には旗を持っている愚か者は一人もいない。

 その理由は、うちの司令部である巨大テントの中にある。


 俺とニトスさんはテントの中を潜る。

 すると、そこには三十人の鎧を着けていない兵士さんが、用意された机に向かって椅子に座り、紙に対してペンで何かを書いていた。


 俺とニトスさんの姿を確認すると、三十人の兵士さんが一斉に立ち上がって俺達に敬礼をしてきた。

 その敬礼を全身に受けながらテントの奥へ進む。奥には作戦を補佐する《軍師補佐官》が六名いて、大きめの戦場の地図が広げられている机を取り囲むようにして立っていた。俺は机の中心に先程生成したサウンドボールを浮遊させ、敵司令部の声が軍師補佐官達に聞こえるようにした。


「おおっ、これがハル君の魔法……」


「本当に敵側の情報が聞こえてくる!」


「サリヴァン殿下……」


 ニトスさんがテントの一番奥に用意されている装飾された椅子に腰掛けた。所謂お誕生日席の位置だ。そして俺はニトスさんの隣に立った。


「諸君、今より私の《おーぷんちゃんねる》で全軍に通信を行う!」


 するとニトスさんは、自分の右耳に手を当てる。


「全軍、聞こえるか! 間も無く我々は、国を守る大事な戦いを開始する」


 そう、これがもう一つ仕込んだ俺の策。

 旗による命令伝達の遅さを解消する為に、俺の魔法によって各部隊は遠隔通信によるリアルタイム報告が可能になったんだ。

 これによって《旗手》に人員を割く必要はなくなったし、何より命令伝達は段違いで速くなったんだ。

 ゲームで例えるなら、俺達はリアルストラテジーゲームを出来るようにしたんだ。

 常日頃まるで生き物のように変化する戦場は、ちょっとした遅れが原因で旗色が変わってしまう。

 ならば兵力で負けている俺達は、情報戦においては優位に立たなくてはならない。それで思い付いたのがこれだ。

 各大・中・小部隊の隊長の耳にサウンドボールを吸着、そして吸着した部分の耳に手を当てる事で司令部へ直接連絡出来るようにしたんだ。

 ちなみに司令部の中に三十人の兵士さんがいる理由としては、一人一人に受信担当する部隊が割り振られていて、通信履歴を紙に書き起こす為の人員だ。彼らは正規の兵士ではなく、速筆が得意な人材を商人組合から借りていたりする。

 さらに全部隊指示権を持っているニトスさんには、全部隊へ一斉命令出来る《オープンチャンネル》を用意した。

 これの仕組みは、各部隊の隊長の頭上を浮遊するように指示したサウンドボールからニトスさんの声が再生されるようにしたもので、一斉攻撃とか仕掛ける時にこれを使う事にしていた。

 今は戦争前の兵士のテンションを上げる演説をしようとしているんだろうな。


「あろう事か、サリヴァン殿下は我が国を裏切り、ただ武力を行使したいという何とも非人道的な理由で帝国に寝返った人間の皮を被った悪魔だ!」


 ニトスさんの言葉に、兵士達も「おおおおおっ!」と雄叫びを上げていた。

 そりゃ自国の王子が敵に寝返って攻め落とそうとしているんだ、誰だってあのバカな第二王子を恨むって。


「我々の背中には、諸君らの家族だけではなく国民全員の命が背負わされている。今から命を掛けて戦うのに大変な重い荷物を背負わされている」


 そう、俺達がこの戦争に負けたら、王都だけじゃなくて芸術王国として終焉を迎える事になる。


「私はこの平和な国が大好きだ。本当は軍師として能力を発揮したいと思っていたが、いざこの場に立ったらそんな下心より国を守りたいと強く願っていた。私も、我が国を愛していたのだと気が付いた」


 俺だって、なんだかんだでこの国が好きだ。

 芸術を国自体が容認しているどころか、積極的に芸術家を育てようとしているその姿勢が大好きなんだ。

 そして何たって国民が皆イキイキとしている。

 前世と比べると、文明は全然劣っているのに全員が屈託のない笑顔を見せている。前世だと文明は発達しているのに笑顔が少なく感じる。

 文明が劣っているからって幸せだって事じゃないんだ。

 だから俺は、一生懸命生きていて、そして生に絶望せずに楽しんで生きている皆を守りたい。

 俺はこの場に立って、ようやくそういう気持ちになれたんだ。

 故に、俺は力を出し惜しみしない。

 俺が死なない程度に、この国を守ってやる!


「だから諸君らも是非、この国を守ってほしい。もし無事に生き抜いて我が国を守れたら、私の奢りで祝勝会をやろう! すでに極上の酒を注文している。もしタダ酒を飲みたいのであれば、死ぬ気で守り、そして死なずに戻ってこい! 私は後方で諸君らが無事に戻れるような作戦を必死に考えて諸君らを支える! さぁ、我が国を守るぞ!!」


 ニトスさんの言葉が終わった後、俺達がいるテントを震えさせる程の兵士達の雄叫びが鳴り響いた。

 これは俺のサウンドボールを通しての声じゃない、外からそれだけの声が聞こえているんだ。

 どうやらタダ酒が飲める事に歓喜したようだ。


「では、この伝達方法の仕組みを考えてくれたハル・ウィード君からも一言」


「俺も!?」


 突然予定にない事をニトスさんから振られた。

 だからさぁ、俺は音楽以外のアドリブは本気で弱いんだって!

 でもまぁ、言う事は一つしかないな。

 俺はサウンドボールを生成して、ニトスさんの《オープンチャンネル》と同等の仕組みを一瞬で構築する。


「ええ~~、紹介に預かりましたハル・ウィードです。まぁ俺から言える事は一つしかないから手短に」


 俺はすぅっと空気を吸い込んで、声を張り上げた。


「いいか野郎共! 帝国の糞ったれに一泡吹かせてやって生還して、そしてニトスさんを散財させる位に好きなもんを飲んで食おうぜ!!」


「ちょっ、ハル君!?」


 俺のこの一言が、兵士達のやる気をさらに上げたようだ。

 先程よりも遥かに巨大な雄叫びというか、歓喜の声が響き渡った。


「……ああ、こりゃ恩賞を期待するしかないぞ、私は」


「へへ、負けて命を取られるより、勝って気持ちよく散財した方がいいっしょ?」


「まぁ、確かにそうだな」


 さぁ、絶対に負けられない戦争の始まりだ!!

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