第195話 今さらながらの世界情勢2


「では授業を続ける。次は《エルドール大陸》の左上に位置する大陸、《サザーランド大陸》を説明する」


 エルドール大陸の左上、マーク先生が描いた簡易地図上では対して離れていない位置に、《サザーランド大陸》があった。

 地図上では川の広さ程度の距離しか空いてないんだけど、実際どうなんだろうか?

 俺が質問しようとした時、先生が自ら答えてくれた。


「地図では二つの大陸間の距離は離れていないように見えるが、約六十レーズ(キロメートル)も離れている。ここを《ボーテクス海峡》と呼ばれていて、我がレミアリアとサザーランド大陸の下半分を支配している《ロザミア人民共和国》にとっては、超重要軍事地域となっている」


 マーク先生がピンクのチョークでボーテクス海峡を丸で囲う。

 何となく理由は察する事が出来るな。

 たった六十キロメートルの距離だ、海軍を攻め込ませてうちの国に上陸される可能性だってあるしな。

 最近になってレミアリアは軍部の人手不足が若干緩和されたものの、まだまだ足りない。そこを貴族の私兵で補っている訳だが、それでもまだ足りない。

 兵士は随時募集中なんだけど、芸術王国の弊害が出てしまっているのだろう、武力による名誉より芸術や音楽による成り上がりを目指している国民があまりにも多すぎるんだ。

 だけど今回の戦争で俺とニトスさんを英雄に据え置いた事によって、英雄として称えられる事に憧れた者もいたようで、以前より兵士志願してくる国民がそれなりに増えたのだとか。あくまでそれなりに、だけど。


「ヨールデンがレミアリアと同盟を結んだ事により、隣国の驚異は一旦解決。となると、次はボーテクス海峡を超重要軍事地域として軍備を強化する方向で話が進んでいる」


 まぁヨールデンは戦う力を放棄したからねぇ。

 今の奴等の兵力だったら、現状のうちの兵力で握り潰せるだろうな。

 ん? そういえば寝返ったうちの第二王子がいたな。名前なんだっけっか?

 ま、いいか。


「さて、サザーランド大陸にも上下半分で二つの国が支配している。下半分は《ロザミア人民共和国》、上半分は約五十年前に強引にロザミアから独立した《救神国きゅうしんこくザキミア》だ」


 きゅ、救神国?

 何か胡散臭くなったな。

 ってか、何でだろう。前世のせいだと思うんだが、人民共和国という響きに抵抗感が出てきてしまう。

 前世のあの国は色々悪名高いからな、仕方無いっちゃ仕方無いけど。


「元はロザミア人民共和国が大陸丸々支配していたのだが、徹底的な情報統制に国民の自由を奪い、貴族制度を廃止して国民をランク付けしたんだ。独特な五段階のランクで、最低ランクに関してはすでに家畜以下で扱われる程酷かったそうだ」


 何で国民にランク付けしてるんだよ!

 確かそんなテーブルトークRPGがあったような?

 仕事で関わってなくて、それが大好きな人から語られた程度だから詳しくは知らないけど、何か失敗すると銃で撃たれて殺されて、その人物のクローンが記憶を引き継いで引き続きプレイするって言う、何か世紀末的な印象を覚えるやつ。

 そんなもんだと思っておこう。

 流石に今はねぇだろうな。


「昔程ではないが、現在もそのランクは存在している」


 存在しているんかい!

 どう考えても《人民共和国》とはかけ離れた事しとるやんけ!!


「まぁ何処が人民共和国だと思う者もいるとは思うが、このランクこそが『共産主義・社会主義の最適解だ』と主張しているんだ」


 ?????????

 よくわからん。

 国民にランクを設ける事が、何故共産主義・社会主義の最適解になるんだろうか。

 ちなみにこの人民共和国とは、前世の知識で合っているのであれば、『国民の財産は、国全体の共有財産』という共産主義・社会主義の実現を目指す国の事を指す。

 だが前世でそれで成功した国はなく、大体が崩壊若しくは路線変更をせざるを得なかった。

 大きな問題としては、どんなに頑張っても給料は均一で労働のやる気が低下する為、生産性はがた落ち。

 そりゃそうだ、昇給とか昇格すらないんだ。ただでさえ労働ってのはしんどいのに、どんなに頑張っても時間を削っても給料はずっと一緒。俺だったら絶対に別の国に逃げるね。

 本当、俺はつくづくレミアリアに産まれてよかったって思うわ。


「まず、どのランクも給料は同じなんだ。では何が違うのかと言うと、《自主納税制度》という制度を採用していてな。共有財産だから本来納税しなくてもいいのだが、そこから自主的に納税する事でランクを与えられている。えっと、確か最上位から順番に言うと、ヴィーレツィーベカルツレヴォーガンツァとなっていた筈だ。これらの言葉は《旧ロザミア語》という、現在全く使われていない言語から来ている」


「はい、先生」


「発言を許可しよう、レイ・ウィード」


 レイが手を真っ直ぐ伸ばして質問をした。

 マーク先生はそれを許可する。


「その《自主納税制度》でランクを得た場合、どんな待遇を受けられるのでしょうか?」


「ああ、至極簡単で単純だ。面倒だから我らの言語で説明するが、優は医療費や交通機関の料金を全面免除。また一部の高級料理店が半額で利用できる。良は医療費や交通機関の料金が半額。普は特になし」


 普通のは特にないんかい!!

 何かツッコミどころが多いなぁ。


「微は定期的に国から派遣された相談員から、普に上がれる為の指導が月一で入る」


 おーい、自主・・納税の言葉は嘘なんかい!

 結局ほぼ強制じゃねぇか。

 それで、最低ランクはなんなんだ?


「悪はもう嫌がらせだな。全ての医療機関や交通機関の利用を禁止。そして相談員から徹底指導が入る。ほぼ処罰に近いという噂だがな」


 うっわ、嫌がらせっていうより、いじめに近いじゃねぇか。

 もう我慢できねぇ、突っ込んでやる!

 俺は手を伸ばした。


「発言を許可する、ハル・ウィード」


「先生、もう我慢できません! それの何処が人民共和国なんですか! 共産主義・社会主義って『真の平等社会』を目指す主義ですよね? ランクによって早速不平等になってるじゃないですか!!」


「うむ、当然の質問だな。まぁ貴様の気持ちはわからなくもないが、ここで彼等の言い分を述べよう」


「述べてください、はよ!」


「落ち着け。さて、彼等の言い分は『共産主義・社会主義の弱点は向上性を排除している点だ。故に《自主納税制度》を設ける事で自国民として誇りを持てるようにランク付けをした』との事だ」


「どちらにしてもツッコミどころ満載だったぁぁ!! 弱点の部分は同意出来るけれども!!」


 そんなので誇りが持てるか!!

 どちらかと言ったら、待遇を受ける為に必死になってる感がすげぇするんだけど!?


「それぞれのランクを得られる条件を上から順に言うと、一ヶ月の所得から八十パーセント、六十パーセント、四十パーセント、二十パーセント、十パーセント以下といった形になっている。ちなみにこの所得パーセントは、一ヶ月の国民平均所得からとの事だ」


 また妙なワードが飛び出してきたぁ!

 皆給料が一律なのに、何で平均所得からパーセントを割り出すんだよ!


「ちなみに、政治家の給料は国民平均所得に約八十万ジルを追加した給料らしくてな、政治家は約百名と言われている。国民はその百人を足して二億人でな、この百人が平均所得を釣り上げている要因とも言われている」


「もうこの《自主納税制度》、絶対政治家の為の制度でしょ」


「ハル・ウィードの言う通りだ。優は全員政治家だけで、それ以外の国民は誰もなっていない。一般の国民ではせいぜい無理をして良止まりだな」


「もう確定でしょ、汚職の為の制度でしょ」


「端から見たらそうだと思うが、国民はそれが普通に感じているんだ。しかも優になる為に政治家を目指す国民だっている」


「へぇ、目指せるって事は選挙制ですか?」


「よくわかったな。国民の投票で政治家百人が選ばれる。だが」


「……だが?」


「そもそも選挙出来る程、国民に金の余裕が一切無い。だから今の政治家は世襲制にほぼ近いな」


「選挙制の意味が皆無!!」


「ここ百年で政治家を親に持たない国民が政治家に成り上がったのは、たった一人と聞いている」


「その一人、すっげぇ根性してるな!!」


「まぁその一人は政治家になった途端、汚職に手を染めまくったらしい」


「だめだ、その国に救いようが一切ねぇ」


 前世のあの赤い国より酷い国でした。

 しかも、その体制を続けられてるんだから、ある種すげぇもんだ。


「さて、そんなロザミア人民共和国だが、当然不満を持つ者が現れる。その者がクーデターを起こした事によって大陸の上半分を武力によってロザミアから奪い取る。そしてクーデター主導者が国家元首となって《救神国ザキミア》だ」


 もうね、何でクーデターが成功しているんだよ。

 しかも国半分が取られるってどういう事だよ。

 まぁ何となく想像出来るけど。


「ではロザリンド・カーディアス。何故クーデターが成功したかを答えてもらおう」


「は、はい!」


 ロザリンドという生徒が立ち上がる。

 後ろ姿しか見えないけど、金髪ドリルポニーテールっていうザ・お嬢様を地で行ってそうな髪型をしている子だ。

 顔が見えないのが残念である。


「えっと、何か強力な魔法や魔道具をその主導者が開発し、クーデターを成功させた、でしょうか?」


「不正解だ。だが、しっかりと自分で考えて答えを出す事が重要だ。間違えた事を恥じず、間違いを正す気持ちを持て」


「は、はい!」


「では、リリル・ウィードはどうだ?」


「は、はひ!?」


 まさか指されるとは思っていなかったのだろう、リリルが噛んで返事をした。

 かなりあたふたして戸惑っているから、俺がサウンドボールを生成してリリルの耳元に吸着させ、それを魔力の糸でもう一つ生成したサウンドボールに向かって囁いた。


「頑張れ」


 俺の囁きは魔力の糸を通ってリリルの耳元に吸着したサウンドボールから聞こえたんだろう、俺の方を見て微笑んだ。

 リリルは一回深呼吸をして、答えた。


「そのランク制度のせいで、国民が抵抗する力がなかった、でしょうか?」


「まぁ正解だな。もっと詳しく言うと、当時のロザミアは人工五億人だったのだが、その半数がクーデター側に流れた。当時国民は抵抗する気力すらなかったんだ。独立するという目的を志したクーデター側とただ惰性に生きるロザミア国民や役人、どちらが勝つかは明白だろう」


 なるほどなるほど、それは面白いな。

 政治家だけがぬくぬくと過ごせる国だ、国民の個々の能力なんて育つ訳がない。

 こうしてクーデターが成功して独立、そしてザキミアを設立したと。

 だけど、何故そこで救神国というワードが飛び出してきたんだ?

 俺は再び手を挙げ、そのまま質問をした。

 マーク先生から返ってきた答えは、至ってシンプルだった。


「初代元首――いや、初代使徒である《ガルバルディア・ディディアルア・ルーベンス》は自身を神の遣い、つまり《使徒》と名乗った。そして彼は『この戦いは必勝である。それが戦いの神である《ディディアルア》様の御言葉だ』と言い放つ。ディディアルアは皆知っている通り《創世記》という神話で出てくる戦を好む神だ」


 皆知ってるんだ……。

 俺、知らなかったんだけどなぁ。

 ま、まぁ知っている風を装おう。


「彼が率いた反政府軍改め《救神軍きゅうしんぐん》は三千万人という死者を出しながらも勝利をし続け、大陸の上半分を占拠して国を作った」


「なるほど。でも、何で逆にそのまま大陸制覇をしなかったんですか?」


「いい質問だ。だが、そんな深い理由はない。これも神の御言葉らしくてな、『これ以上の戦は無意味だ。機会を待て』との事だ」


 機会を待て、ね。

 つまり――


「ロザミアとザキミアは現在、休戦状態という訳ですか?」


「そうだ。だが何度か戦争が起きそうな出来事はあったな。ロザミアはザキミアを国と認めておらず、勝手に領土を選挙しているテロリストと言っているし、ザキミアは神が我々を認めているから国なのだと一点張りしている状態だ。ちなみにヨールデンが売却した魔道具の二十パーセントを購入したのは、ザキミアだ」


 虎視眈々とロザミアを狙っていらっしゃるじゃないですか、ザキミア……。

 うん、決めた。

 俺はこの両国に関わらないようにしよう、そうしよう!

 本当、嫌な予感しかしねぇし。

 また戦争なんかに巻き込まれたら、堪ったもんじゃないしさ!


 いやぁ、しかし濃厚な大陸でしたねぇ、サザーランド。

 歴史とかそこまで好きじゃないけど、結構面白いじゃん。

 とりあえず、この二つの国はやべぇ国ってのが知れただけでも儲けものだな!

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