第194話 今さらながらの世界情勢1


 あの事件から一週間が経った。

 半年というところもあり、授業内容が相当濃厚で、大学で貰える紙に必死にメモを取る。

 そして大学が終わったら《親友達ディリーパード》の打ち合わせと練習をしている。

 来週は城の中庭でライブを行う。

 これも俺にとっては大事な商売でもある、俺も含めて全員気を引き締めて練習にあたっている。

 ちなみに新曲も六曲程書いたし、その新曲を収録したミュージックディスクを販売する予定だ。

 カロルさんがなかなかゲスい顔をしていたのは、俺の記憶に新しい。


 さて、今日は世界情勢の授業だ。

 村の学校では、世界情勢は一切教えておらず、レミアリア自国の部分しか教えていない。

 だから、俺としては世界を知る事が出来るので、貴重で重要な授業だ。

 どうやらレイとアーリアは、過去に家庭教師から授業を受けていて、ある程度は把握しているようだ。

 それでも情勢は常に移り変わっていく。もしかしたらこの授業で最新の情勢を仕入れる事が出来るかもしれないという事で、レイとアーリアは気合い十分だ。


 教えてくれるのはマーク先生。

 この人、厳しいだけじゃなくて教え方が非常に上手い。というか、わかりやすい。

 理解するまでに時間が掛かる俺としては、大変ありがたい先生だ。

 マーク先生は教壇に立ち、黒板に白いチョークでさらさらと大雑把な地図を描いた。


「さて、今日の授業では世界情勢を学んでもらう。貴族は自国だけ対応していればいいと思ったら大間違いで、他国の貴族との交流も有り得る。そういった時に他国の情勢や状況を正しく把握しておく事で、貴族間での交渉を有利に進められる可能性が高くなる。当然、相手もしっかり準備はしているはずだから、逆に言えば自衛の為の知識と思ってくれて構わない」


 へぇ、貴族でも外交みたいな事するんだ。

 

「ハル・ウィード、今貴族も外交みたいな事をするんだって思っただろう?」


 な、何でばれたんですかねぇ。

 とりあえず素直に答えないで、無言を貫く。


「まぁいい。その疑問はもっともだ。何故なら貴族の最優先は領地から収入を得る事。それを邪魔できるのは近隣の貴族やそれ以上の権力を持っている人間だからな、基本的には国内に目を光らせている」


 貴族以上の権力を持っている人間、王族しかいねぇよな。

 マーク先生の言葉は続く。


「では何故外交的な事をする必要があるのか? いや、正確ではないな。自ずと他国の貴族と接触する機会が出てくる」


 ん? どういう事?


「貴族という人種は、冗談抜きで人脈が生命線となる。その人脈は時に他国で商売をする場合で非常に有用な武器ともなる。自身の領地の特産品を可能な限り割高で広めたいとなると、そこからは貴族同士で話し合いとなる」


 特産品を広める為に貴族が出てくる?

 よくわからん。

 とりあえず質問してみるか。


「先生」


「何だ、ハル・ウィード」


「普通流通をさせるんだったら、商人を間に挟みますよね?」


 このように質問したら、全員から呆けた顔を向けられた。

 マーク先生も呆れたように溜め息をつかれた。

 何だよ、おかしい話をしてるか?


「それは貴様が抱えている商人が特殊過ぎるんだ」


「えっ、そんなに?」


「ああ。貴様の専属商人は確か、カロルと言ったな。普通商人如きが王族と親しくなれる事自体一生の奇跡レベルなのだ。それをカロルはやってのけていて且つ利益も半端ない。今後カロルは世界で十指に入る商人になるのでは? と囁かれているぞ」


「そんなに凄いんですか、カロルさん!」


「凄いどころか異常な位だな。奴は二つの看板を引っ提げている。『王族御用達商人』と『希代の英雄の専属商人』という強烈な看板だ。奴は今商人業界では発言力が凄まじく、カロルが要望を出せばいい顔をして可能な限り良条件で叶えようとする貴族は多いだろうな」


 そこまでだったんだ。

 さらにマーク先生が言葉を続ける。


「本来だったら専属商人と共に領地代表である貴族も同席し、交渉を行うのだ。検閲をせずに何でも了承してしまったら、自領地の特産品の価値が失われてしまう可能性があるからな。大抵の貴族は他所の特産品を仕入れる場合、自領地の特産品に対するダメージがないかを徹底的に調べ、価格を設定する。もし特産品を脅かす存在であれば、そもそも仕入れを取り止める場合がある」


 ふむふむ。


「しかしカロルは、この二つの看板を首にぶら下げる事で、検閲を比較的緩く突破している。後は貴様の音楽系の商品がそもそもどんな特産品とも、商品とも被らない品物であるから、検閲はさらに緩くなるどころか両手を広げてお出迎えしている状態だ」


「……マジですか」


「マジだ。貴様は少し、貴様自身の強力な人脈を理解しろ。理解しないで振るう力程、無駄で愚かな事はない」


「はい、わかりました」


 カロルさんって、そんなに凄い人なんだ。

 確かに初めて会った頃から比べたら、年々良い服着てるもんなぁ。

 俺より金を持ってるんじゃね?


「兎に角、このように他所の貴族もそうだが、他国の貴族とも話す機会が増える可能性が高い。そうなった場合、商人はあくまで商品の価値説明、貴族と人脈を結べるかは貴族の腕の見せ所となる。そこで他国の情勢を理解していれば、そこから優位な交渉や話題を作れる可能性が高くなる」


 そうなんだぁ。

 貴族ってそういう事もしなくちゃいけねぇんだなぁ。

 意外と貴族って、苦労しているのかもしれないな。


「では今から各国の特徴と現在の情勢を伝える。重要な情報となるから、しっかりメモをするんだ」


 俺を含めた生徒全員が「はい」と返事をした。

 そういえば、他の生徒と全く交流が出来ていない。

 何故なら、授業で疲れてしまって、あんまり他の人と話す気力がないからだ。

 どうやら他の生徒もそうで、休憩時間中は机に突っ伏して短い睡眠を貪っていたりする。


「まずは我が国、レミアリアだ。皆大体知っていると思うが、我が国は『芸術王国』として知れ渡っている。内戦や戦争といった血塗られた歴史は他国と比べたら非常に少なく、武力ではなく、芸術面でも貴族に成り上がるチャンスが与えられている平和な国、若しくは剣を持たない弱国とも言われる場合がある」


 弱国ねぇ。

 軍事面では確かにうちの国は弱国だろうな。

 ま、過去の話だけどな。


「しかし、とある戦争と出来事がきっかけで、我が国の軍事部分が大幅強化される事となる。軍事帝国ヨールデンが仕掛けてきたあの戦争だ。我が国の二人の英雄がたった三日で戦争に勝利し、且つ我が国が誇る芸術で敵国心酔させる文化侵略という斬新な侵略行為をやってのけた。それをきっかけに帝国へ不信感を抱いたヨールデン国民や兵士がレミアリアへ移民してきた」


 兵士も補充できたし、軍事帝国式訓練も取り入れて兵士達の練度はさらに上昇。

 戦力が大幅に強化されたんだ。

 親父は結構その事については喜んでいたな。


「さらに先日の話になるが、大半の国民がいなくなったせいで国として維持する事が難しくなった為、レミアリアに対して《国家間領土売却》の申請をしてきたんだ」


 この言葉に生徒全員がざわつく。

 まぁ俺達家族はすでに知っているから驚かないけど、どれ程の規模の売却をしたのかはわからない。

 するとマーク先生はピンクのチョークを手に持って、ヨールデン領土のほとんどを塗り潰した。

 おいおいおいおいおいおい!!

 大雑把に描いたとしても、大体七十パーセントの領地をレミアリアうちに売ったのか!?

 レイもリリルもアーリアも、この事実に驚愕していた。

 俺だってビックリだ!


「申請としては大体これ位だ。大規模な売却になるが、我が国は二つ返事で買い取る方針だそうだ。狙いは不明だが、俺は移民に対してそれぞれが住んでいた村や町に帰してやれる点と、今後新しい貴族が出てきた際の褒美として領地を与える為に土地を確保した点だろうと考えている。まぁ、農業的にもさらに広い土地があっても困らないしな」


 国民が増えたもんなぁ。

 国土が増えても困る事はないよな、そりゃ。


「さて、次に軍事帝国として良い意味でも悪い意味でも名を馳せているヨールデン。最近皇帝が崩御され、息子であるヴィジュユが即位した」


 あれ、あそこの皇帝が代替わりしたのか!

 しかもかなり急だねぇ。

 何かあったんだろうな、そうとしか思えない位急だ。


「ヴィジュユ皇帝はまず、軍事生産の一切を売却した。しかもレミアリア以外の他国に対してだ」


 うちには売らなかったのかよ。

 まぁ、あんだけ痛め付けたんだ、多少の禍根は残るわな。

 しっかし、結構ヤバめな魔道具とか作ってたんだよな、あそこ。

 となると他国の軍事面が相当強化されるんじゃないか?

 またろくでもないもんを海外に売りやがったなぁ、奴等。

 これらの技術が《武力派》に行き渡ったら、さらにあいつ等は調子に乗るんじゃないだろうか。

 いや、間違いなく乗るな。

 とりあえずあいつ等の事はどうでもいい、今はマーク先生の言葉に集中しよう。


「ヨールデンの今後の方針としては、宣言通りであるならば、まず農業を活発化させて自国食料自給率上昇を急務とするらしい。レミアリアは農業面でも優秀な為、ヨールデンは我が国と同盟を結ぶ事で、農業発展の為の農業技術提供を勝ち取った。名前も《ヨールデン小国》へ改名し、ヨールデンという国を存続させる道を選んだ」


 なるほどねぇ。

 ヨールデンという国を残す事を、最優先事項とした訳だ。

 そして食料自給率も上げて、軍事帝国から完全に抜け出そうとしている。

 より平和な道へ歩み出したと言っていいだろう。

 マーク先生曰く、完全に軍備を捨ててしまったら他国から集中砲火を受けてしまう可能性がある為、自衛出来る程の戦力はあるようだ。

 後は俺達の国と同盟を結んだ為、有事の際は手を貸す公約も勝ち取ったようだ。


「この二国を抱えた大陸を、《エルドール大陸》という。本来は三国だったのだが、ヨールデンに滅亡させられ領地を吸収されてしまって、地図上から消えてしまっている。レミアリアとは関係良好な国だったのだがな」


 非常に残念そうな表情で語るマーク先生。

 滅亡かぁ。まぁうちの国は軍備拡張出来たから、早々滅ぼされる可能性はかなり少なくなったんじゃないだろうか。


「《エルドール大陸》の情勢は以上だ。ここからは別の大陸の国に対しての話もしていくぞ。しっかりと頭に叩き込んでおけ」


 全員がハキハキとした返事をする。

 うん、俺もしっかり聞いておかないと、皆に差を付けられてしまう。

 それだけは何としてでも避けよう。

 俺は先生の言葉を聞き漏らさず、必死になって紙に書いていった。

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