第196話 今さらながらの世界情勢3


「後三国あるから、しっかりとメモをしておくように」


 意外に濃い授業内容に、俺を含めた全員はせかせかとメモをしている。

 そしてなかなかな授業のスピードだから、結構大変だ。

 マーク先生は決して、俺達に歩幅を合わせない。

 聞き漏らしたらそのまま置いていくタイプだったりする。

 実は俺、ちょっとしたインチキを使っている。

 最近俺の音魔法が進化したようで、《録音》と《再生》という指示が出来るようになった。

 しかも使い込めば使い込む程、録音出来る時間が伸びていっており、今では二十分の録音が可能だ。

 そしてストック期間は多分、俺の魔力が続く限り可能だと思う。となると、恐らく維持とかでそんなに魔力は減らないから、ずっとストックは可能という事になる。

 俺はサウンドボールをすでに生成していて、一つ目のサウンドボールが容量オーバーになってしまった。

 すぐさま二つ目を生成して《録音》の指示を与える。

 これで後から《再生》して、自宅でもゆっくりメモが取れるぜ!


「では次はここだ。《アールスハイド合衆国》。地図の右上にある広大な大陸は《アーテライテ大陸》と言って、七国が存在する大陸の中では最大級と言えるだろう。さてこの国は昔は三十二に及ぶ小国で埋め尽くされていた。しかし合衆国初代大統領となった《ドナルド・アールスハイド》が戦乱の末全て統一。三十二の小国は州として存在を変え、頂点に大統領府を設立して運営されている。こうして現在の合衆国が生まれた。しかし――」


 しかし?

 どうせこの国も問題抱えてるんだろ?


「現在三十二の州の内、十二の州が結託して国家転覆を狙って内戦中だ」


 ほら来た!

 何だよ何だよ、レミアリア以外かなり問題抱えてる国ばっかじゃねぇか!


「この十二の州は戦乱時代、ドナルド軍になかなかな仕打ちを受けたとされている。性的虐待に略奪虐殺、全ての財産はドナルド軍に奪われていったと主張していてな、現在の政権に納得していないという事で内戦を起こしている。ちなみに今もっとも危険な国なのはここで、我が国はアールスハイドへの渡航に関しては徹底的に注意を促している」


 そりゃそうだろう。

 内戦状態の国に行ったら、何をされるかわかったもんじゃないし。

 

「さらに、この十二の州は『自分達は独立した国家である』と主張していて、自分達の事を《ダージル国家》と名乗っている。ただしやっている事は過激派犯罪組織と何ら違いはなく、町を魔法で爆撃したり民を虐殺したり、後は我が国で暗躍していた《武力派》とお得意様になっているようだ」


「は? あの《武力派》!?」


 奴等の名前が出て、ついつい大声を出してしまった俺。

 だがマーク先生は咎めなかった。


「そうだ。ハル・ウィード、貴様ならわかるだろうが、戦争の時にやたら図体が大きくなった化け物と戦闘したな?」


「はい、魔法を打ち消す咆哮をしたり、膂力が化け物じみていたり厄介でしたね」


 力を求めた末、人外へ至ってしまったレミアリアの元兵士であるライル。

 彼はこの国の第二王子であるサリヴァンと共に敵国であったヨールデンに寝返る。そして戦争を仕掛けてきた。

 その際にライルはただの化け物となって、俺の目の前に現れた。

 何とか勝てたけど、正直二度と相手にしたくない。


「ハル・ウィードが相手した化け物は、とある薬を服用した事で化け物になっていたと判明した。薬の名前は《天使の息吹》」


「な!? あれ、薬の効果なのか!?」


「そうだ。この薬を開発した《武力派》は《ダージル国家》にこれを販売しており、約十五名の化け物部隊を作り上げたようだ。そこからは破竹の勢いでアールスハイド国内を荒らし回っていて、国土の半分は占拠されてしまっているようだ。そしてアールスハイド政府はヨールデンから兵器魔道具を大量に購入し、何とか態勢を建て直そうと試みている状態だ。さらに何食わぬ顔で《武力派》がアールスハイド側に傭兵を派遣しているらしく、今あの国は混沌を極めている状態だ」


《武力派》は根絶やしにされていなかったのか。

 サリヴァンの力を削げば、自ずと崩壊してくれるんじゃないかと思っていたけど、そうではなかったらしいな。

 傭兵派遣に薬の販売。

 資金提供元をがっつり掴んじゃってるから、これからも奴等は長く活動してしまうような気がする。


「アールスハイドはそれぞれの州にトップとして貴族を配置していて、納税額に応じて爵位を上げて年金額を増やすという我が国と変わらない方式を取っているが、現状上手く機能していない状態だから、徐々に《ダージル国家》の方に寝返る貴族が増えてしまっているのも現状だな」


 わお、本当に混沌を極めていやがる。

 こりゃ間違いなく行っちゃダメな所だ。

 仕事があったとしても、絶対に行かないようにしよう。

 うん、フラグが立っちゃいそうな言い方だけど、絶対に行かない!


「アールスハイドは現状混乱していて、正確な情報もあまりない為、この国に関しては説明はここまでとする。さて、次は我が国レミアリアと同じ位平和な国と言われている《ドールズ商業連合国》だ。アーテライテ大陸の右側にある九つの小さな島々が一つの国家となっている。その名の通り、商業がかなり盛んでな、積極的に輸入や輸出を行って莫大な国庫を所有している」


 なるほど、なかなか面白そうな国だな。


「ここでは世界中の商品が集まっていると言われ、物珍しい物品を購入したい場合に足を運ぶと大抵は揃うと言われている程だ。さらに最近では魔力を使用しないで鉄の塊を射出する武器を開発したらしく、すでに実用化・販売までいっている。名前は《けんじゅう》というらしい」


 けんじゅう?

 けんじゅうって、もしかして拳銃の事か!?

 何でそこだけ発音が日本語なんだよ!

 確かに平和な国なんだろうけど、何か怪しい感じがする。


「ちなみに今ドールズでは、ピアノ製作に躍起になっているようだ。ハル・ウィードにライバルが出来たかもな」

 

 先生はおどけて言うが、別にそこに関してはライバル意識は持った事はない。

 むしろ今まで誰も作ろうとしなかった事に、驚きを隠せなかった位だ。

 俺の友人であるオーグがほぼ独占してピアノを製作していて、俺が家庭教師をしてピアノが弾けるようになった音楽家が増えた事により、ピアノを教えられる人が増加。そしてピアノを習いたいという人も増えて現在、ピアノは相当な売れ行きを叩き出している。

 オーグの懐も相当暖かくなっているらしく、時間を見つけては俺に食事を奢ってくれている。こいつとは爵位を越えた平等な友人だ。まぁそれに大切なバンドメンバーだしな。


「この国も貴族がいて、島を管理する上級貴族を配置して、それぞれの島の商業施設に下級貴族を配置して管理をさせている。そして上級貴族をまとめる国家代表を四年に一度の周期で国民選挙で決めるんだが、候補はこの上級貴族の中から選ぶんだ」


 なるほどねぇ。

 これは前世の日本と似たような感じなのかもしれないな。

 九人の上級貴族はすでに内閣を作っていて、その中から総裁を決めるって感じ。


「この選挙が非常に盛り上がってな、一番商品が売れる時期でもあるようなんだ」


 選挙まで祭みたいに賑やかしてるんだなぁ。

 商売人魂、ここに極まれりって感じだ。


「ん? おっと。そろそろ次の授業の時間が迫っているから、最後の国はさくっと終わらせよう」


 さくっと終わらせていいんかい!

 いやいや、情勢の授業でしょうが!

 さくっと終わらせちゃいけないだろうよ!!

 ――と抗議しようとしたが、どうせ聞く耳持ってくれないだろうな。

 とりあえずこのツッコミは胸の内に閉まっておいた。


「では最後の国は《魔王国》。非常にシンプルな名前だな。ここには魔王が存在している」


 ――魔王。

 ついに出てきたよ、異世界に必ず存在している魔王が!

 マーク先生が丸をつけた部分は、各大陸のちょうど中央の海にぽつんと存在している島だった。

 そこに魔王国があるのだという。


「情報は一切不明、魔王が世界征服を狙っているかも不明。外交は一切なく、島全体をバリアのような魔法で覆っている為に諜報活動が一切出来ないんだ。故に一言で《詳細不明》という言葉で片付いてしまう」


 そりゃ確かにさくっと終わってしまう訳だ。

 何の情報もないんだから、こちらも情報として把握出来る訳がない。

 そして俺達に教える事すら出来ないしな。


「これが現状の世界情勢だ。貴族になったら、貴様らは自分達でこういった情報を常に仕入れて知識として、または武器として活用していくのだ。貴族の武器は武力だけではなく、知力に交渉術も立派な武器となる。それらを疎かにしてしまうと、貴族としては大成出来ないだろう。今後もしっかりと勉学に励むように」


『はい!』


「いい返事だ。では十五分休憩を挟んだ後に、テーブルマナーの授業がある。相当厳しくいくから覚悟しろよ?」


 先生の言葉通り、テーブルマナーの授業は苛烈を極めていた。

 完璧を求められ、何度も修正されて、終いには全員が精神的疲労でぐったりとしてしまった程だ。

 俺達生徒は、生徒間交流をする暇もなく、立派な貴族になれるように徹底的にしごかれていた。

 本当、青春とはかけ離れているから、楽しいとは一切思えなかった。

 早く帰りたいよ、おうちに!

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