第115話 王様のお願い
「うあぁぁぁ、忙しすぎるよぉ。何とかなんないっすか? 王様」
「……余の前で机に突っ伏す平民を初めて見たぞ」
王都に引っ越してきて一週間が経過した。
俺は音楽の家庭教師を無事にスタートさせたのだが、これが思いの外大変だったんだ。
わかっちゃいたんだが、皆我が強いし個性的なお方ばかりだから、予想外に精神がゴリゴリ削られていった。
さらには、一秒でも遅れたもんなら「給金減らすぞ!!」とまるで般若の形相で言ってくるから、ほぼ休みなしのノンストップだからマジで疲れる……。
もうね、皆ピアノをいち早く覚えたいもんだから、すっげぇ必死なのよ。
ちなみに今はアーリアの家庭教師として城に来ていて、アーリアが準備出来るまで王様とお茶を飲みながら雑談をしていた。
正確に言えば、俺の愚痴を聞いてもらっている。王様に。
「誰かスケジュール管理してくれる人がいるだけでも助かるんだけどなぁ……」
「ふむ、確か昨日までで結構給金は貰っているんだったな?」
「ええ、やろうと思えば半年は遊んで暮らせますね。それが?」
「いやな、ハル殿に二つ選択肢を与えられるのだが、聞くか?」
「さっすが王様! 聞きます聞きます!!」
俺が王様の手を握って感涙に浸ると、王様はにやりといやらしい笑みを浮かべた。
ヤバイ、この人何か対価を求めてくる!
「……とりあえず、その選択肢とやらを聞かせてください」
「……ちっ」
「王様が舌打ちした!?」
くそっ、王族はやっぱり簡単に信用しちゃいけねぇ!
大体政治の世界で生きている人は、後に引けない状況で対価を求めてくるんだよ!
前世でもそうだったじゃんかよ!
「では、一つ目。王都に《商人組合》というものがあってな、そこで君のスケジュール管理をしてもらう人材を雇う」
「ああ、まともな人材多そうだなぁ!」
「もう一つ、奴隷を購入する事だな」
「うっわ……」
異世界で生きてきて十年。
ついに来ましたか、ファンタジー特有の奴隷制度!
俺は秘書みたいな人が欲しいのであって、奴隷は欲しくないの!!
だが、一応両方の事を詳しく聞いてみるか。
「二つの利点を聞いてもいいっすか?」
「うむ。商人組合に関しては、その名の通り商人の組合だ。この組合の存在目的としては、登録した組合員は違法な商売をしない、売上金の五パーセントを納める代わりに様々なサポートを受ける事が出来る」
「サポート?」
「例えば商品の流通を有利に持っていく事が出来たり、新商品説明会にも優先的に出席できる。さらには従業員の人材斡旋もやっているから、幅広いサポートを受けられるのだ」
「なるほどねぇ。で、奴隷さんの方は?」
「奴隷に関しては借金による身売り、戦争捕虜からの奴隷商人へ売却、犯罪者の実質死刑宣告と、この三つが仕入れ先だ。有用な人材が比較的多いのが借金奴隷、戦闘に関して秀でているのが戦争奴隷、そして戦力補強や捨て駒扱いで安売りされている犯罪奴隷となっている」
「その説明聞くと、安牌なのって借金奴隷しかなくないですか?」
「そうなのだが、借金奴隷は自身の借金を返済し終わったら自由になるから、極秘情報も外部に漏れやすい傾向にある」
「ダメじゃん!」
「戦争奴隷に関しては、基本終身雇用となるが、主が弱いと寝首を斬られる事もあるな」
「もっとダメじゃん!!」
「犯罪奴隷は――」
「いや、言わなくてもいいっす……」
奴隷に関しては何の得もないじゃんかよ!
しかし、俺にはスケジュール管理をしてくれる秘書さんを得るのが急務だったりする。
この糞忙しいのにスケジュールまで自分で管理するのは出来ないって。
俺は悩む。
前世の倫理を持っている俺からしたら、奴隷は避けたい。
だが、この世界で生まれたからには、使えるものはフルに使っていきたいと思っている。
この世界がそういうルールなんだから、前世の倫理なんてこれっぽっちも役に立たないしな。
さて、なら俺がやる事は一つだな。
「じゃあ王様、王様の願いを可能な限り叶えますから、信頼できる商人組合と奴隷商人を教えてもらえますか?」
「うむ! ハル殿ならきっと、そう言ってくれると信じていたぞ!」
「くっ!」
このオヤジ、絶対無茶難題を俺に押し付けてくるぞ!
超ニタニタしていやがるし!!
王様じゃなきゃ一発殴ってたぞ。
「そちらに関しては余の方から連絡入れておこう。時間は夜の方がよかろう?」
「はい、夜でお願いします」
「うむ。では、余からの頼みを聞いてくれ」
ごくり。
このオヤジ、今になって無駄に王族特有のプレッシャーを放ってきやがる。
さっきまではただののほほんオヤジだったのに!
「君の予定が空いた日でいいから、一日アーリアとデートしてやってくれないか?」
「……へ?」
何?
今何て言った?
聞き間違えてないな、アーリアとデートしろって言ったよな?」
「……ここからはただの親バカな男の願いと思って聞いて欲しい」
「……わかりました」
「この城には我が妻の墓を作ってあってな。なかなか公務で忙しいからいつでも行けるように、余が我が財布を出して作ったのだ」
へぇ、奥さん思いのいい男じゃないの。
それ程までに奥さんを愛していたんだねぇ。
「その場所で先日な、アーリアが泣いていたのだ。『ハル様が振り向いて頂けなくて非常に辛い』とな……」
「…………」
泣いてた、か。
何故あいつはそんなに俺に執着するんだろうか。
すでに俺にはレイとリリルっていう、極上の女の子が二人もいる。それに俺よりいい男なんて、王女であるアーリアだったらすぐに見つけられるだろうに。
「自分よりいい男がたくさんいるのに、何故アーリアは執着してくるんだろう? そう思っているな?」
「……勝手に心を覗かないでもらえます?」
「ふっ、顔にそう書いてあっただけだ」
ちっ、対人間との心理戦にめっちゃ長けている王様は、俺のちょっとした表情で確信を突いてきやがった。
流石王様だ、マジで怖いわ。
「妻が言っていたよ、『女はこの人だと決めた人にはすがってでも添い遂げる』とな。余の時もそうだった」
「さりげなくノロケですかい……」
「あの娘にも、そんな妻の生き様が遺伝したのだろうな。アーリアは貴殿を唯一無二の素敵な男性と認識したようだ。だからどんなに振り向いてくれなくても、泣いては気持ちを切り替えて貴殿へ全力的に当たっているのだろう」
軽そうに俺に対してアピールしていたが、やっぱり辛かったんだな。
一応俺、ストレートにフってるんだけど。
それでもあいつは諦めない。
しかし、俺の周りには本当に魅力的だけど、諦めの悪い女の子が集まるな。
ありがたいっちゃありがたいけどさ。
「結果がどうであれ、アーリアは貴殿に相当尽くし、結果も残せていると思う。だからどうか、貴殿に娘に対する気持ちが一切なかったとしても、一日だけでも娘の想いに少しでも応えて欲しいのだ! 頼む!!」
そう言って、王様は深々と頭を下げる。マジかよ、平民にそんなに頭を下げるなって!
生憎今この部屋には俺と王様以外誰もいない。威厳は俺が何も言わなければ保たれるから問題はないけれど。
王様がそこまでしてまで、アーリアと俺とのデートを望んでいる。
そんなに泣いていたんだな、あいつは……。
俺は、決断した。
「わかった。近い内に俺からあいつを誘いますよ」
「! 本当か、ハル殿!!」
「ええ。だけど、デートをしたからって必ず結婚とか付き合う訳ではないですよ。もしかしたらアーリアを傷付けてしまうかもしれないっすよ?」
「いや、いいよ。本当にありがとう!」
王様の目が潤んでいる。
今俺の目の前にいる人は国王陛下じゃない、普通に血が通っている、娘の事を想うだけのただの人間だった。
そこで王様と色々話した結果、俺の予定が明日位じゃないとまともに空けられそうになかったので、俺から明日デートに誘う事にした。
外出許可も出すが、一応邪魔にならないように密かに護衛を着けるという事になった。
商人組合と奴隷商人への顔見せは、明後日の午後なら予定を空けられるから、王様に頼んでそこで面会予約を入れてもらうようにお願いした。
色々話を摘め終わった後、アーリアが部屋の扉を開けて元気良く飛び出すように入ってきた。
「ハル様、お待たせして申し訳御座いませんでしたわ!」
虹色の瞳を細めて心から嬉しそうな笑顔を見せるアーリア。
綺麗な銀色の髪は軟らかさをアピールするかのように、ちょっとした動きでも羽のようにふわりと動く。
きめ細かい白い肌が、淡い空色のロイヤルドレスを際立たせている。
ストレートに言えば胸はない。だが、それがまるで美しい人形のような造形美があった。
顔も小さく、華奢と言える位細い。
ああ、可憐で美しいと褒め言葉は、アーリアの為にあるんだろうなって思っちまった。
うん、これは王様から頼まれたからって訳じゃない。
俺が、心からこの娘とデートしたいって思った。
だから俺は、王様がいる前で誘ったんだ。
「アーリア、明日俺とデートしよう」
「……ふぇ?」
アーリアは両手で口を抑えて、目に涙を浮かべながらその場にぺたりと座り込んでしまった。
俺は心の中で、レイとリリルに謝りながら、アーリアが落ち着くまで頭を撫で続けた。
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