第116話 アーリアとのデート1
あれからアーリアは非常に機嫌が良くて、ずっと鼻唄を歌っていた。
しかもずっと満面の笑みで、そこまで喜ばれると俺も嬉しくなってきてしまう。
明日の予定としては、色んな店が開店する朝十時に城で待ち合わせる事になった。
城で働いている全員にこの事は周知されるようなので、変なちょっかいを出される事はないだろうと王様は言うが、それフラグなんだよなぁ……。
明日は姫様とデートだ。ちゃんとエスコートしたり、周囲に危険がないか意識しながら行動しないとな。
絶対に何か良からぬ事を考えている輩、バカな貴族がいると思うから、しっかり守ってやらないと。
それに、あれだけ俺に尽くしてくれているんだ、今までお礼らしいお礼はしていないから、こういう形でもしっかり返さないといけないと思ったんだ。
……アーリアは、本当に俺が寂しいと思っている心に、まるでそれを埋めてくれるように接してくる。
徐々にあいつへの態度も軟化してきているのを、自分ではっきりわかってしまう位だ。
可憐で可愛いし、何より俺にかなり尽くしてくれている。こんな女の子、なかなかいないさ。
だが俺は、レイとリリル以外は妻に迎え入れないという誓いを自分自身としている。
ただでさえ二人と付き合っている不誠実な男なんだ、これだけはしっかり守らないといけない。
でないと、俺の男としての価値が下がるような気がするんだ。
まぁ、自己満足なんだけどね。
「はぁ……。ここまで俺にとって大きい存在になるとは思わなかったよ、レイ、リリル」
愛しい二人の名前を口に出すと、二人の笑顔が思い浮かぶ。
そして、余計に寂しさが胸に広がっていく。
まぁうじうじしてても仕方ないからな。
とりあえず明日は遅刻厳禁だ。遅れないようにもう寝よう。
夢でいいから、レイとリリルに会えると嬉しいな。
珍しくそんな女々しい事を考えながら、瞼を閉じて眠りに付いた。
比較的朝に強い俺は、バッチリ目が覚めた。
残念ながら夢で愛しの二人に会えるなんて都合の良い事はなかった。
朝食を広いキッチンで作って、だだっ広いリビングで一人ぽつんと食事を済ませる。
これ、何気にキツいんだよね……。
俺がまるでボッチみたいでさ、精神的ダメージが蓄積されていくんだよね。
朝食を食べた後、軽く昨日の売り上げを帳簿に記入して、城へ向かった。
予定より二十分早く城に到着した俺は、早速門番をしている顔見知りの兵士さんに声を掛けられる。
「聞いたぞハル君! 今日アーリア王女様と王都をデートされるんだろう!?」
「ああ、まぁね」
「……反応うっすいなぁ! 考えてみなよ、王族の方とデートだぜ!? そんな事滅多に経験出来ないって!」
「ん~、そんなもんかね?」
「そんなもんだって! 嬉しくないのかよ!?」
「まぁ結構な頻度で会ってるから、嬉しいっていうより楽しみな方が大きいかな」
「……本当君は、大物になるよ」
城の中に入っても、顔見知りの兵士さん達は第一声にアーリアとのデートの事を聞いてくる。
まぁ王女様とデート出来る庶民なんて、ほとんどいないからなぁ。羨ましさ半分妬ましさ半分って感じだろうな。
王族が使っている部屋へ向かっていると、正面から「私こそ国の重鎮だ!」といばってそうなおじいちゃんが歩いてきている。
俺に気付くと、お互いに軽い会釈をしてすれ違った。
直後――
「あまり図に乗るなよ、小僧」
「うっせぇ、ロートル。そんな殺気をぶつけてくる暇があるなら、さっさと隠居して余生を大人しく過ごしてな」
この間約五秒。お互い足を止めて言い合った。
あまりにも殺気を俺にぶつけてくるから、何を言ってくるかなぁと思ったら、小物丸出しな捨て台詞を吐いてきやがったし。
この爺さん、俺の何が気に入らないんだろうか。
まっ、全部が気に入らないんだろうな。
まぁ勝手に妬んでおいてくれ。相手にするだけ時間の無駄だからな。
相変わらず背後から微妙な練度の殺気が漂ってきている。何人か手に掛けてるな、あのじじぃ。殺気なんて、自分で誰かを殺さないと出せないからな。
でもそんな密度の殺気じゃ俺は何とも思わないぜ。
とりあえず気にせずに部屋へ向かった。
部屋の扉の前に着いた俺は、軽くノックをして扉を開けた。
「ハル様、お待ちしておりましたわ!」
俺は、釘付けになった。
サングラスは付けているが、白いワンピースに淡い水色の上着を羽織っている。そして日焼け対策として純白の帽子を被っていた。
白い肌にこの服装はかなり似合っているし、帽子の大きめなつばを指で軽く摘まみながら俺の方に振り向く姿は、とても様になっている。
ふわりと浮く、長い銀髪は太陽の光を受けて、シルクの糸のような美しさを放っていた。
おっと、見とれている場合じゃなかった。
「わりぃ、早めに来たつもりだが待たせたみたいだな」
「いえ、わたくしが待ち遠しくてもう準備をしていただけです。お気になさらずに」
本当、俺の事を想ってくれるんだろうな。
一途な気持ちがしっかり伝わってくるよ。
「ハル殿、娘を頼んだぞ」
近くにいた王様がそう言ってきた。
「はい、頼まれましたよ。でもさ、天井裏にいる八人も、一応着いてくるんだろ?」
『!!』
「……まさか余の《影》の気配をもわかるとは」
まぁ種明かしとしては、《サウンドマイク》を使って、呼吸音を拾ったんだ。
そうしたら天井裏に八人の本当小さな呼吸音が聞こえた。
気配を探られないように、小さく呼吸をしているんだろうな。
しかし、《影》ねぇ。
所謂忍者みたいな存在って事なんだろうな。
まぁ彼らがいるなら、俺も少しは気を抜いてデートを楽しめるかな。
「んじゃ、行きましょうか、王女様?」
「ええ、エスコートよろしくお願いしますね、王子様」
「王子様はアーリアの兄貴だろうに」
「わたくしにとっての王子様は、貴方様ですわ!」
そう言うと、彼女は俺の腕に抱き着いてきた。
何だろう、今日のアーリアにはドキリとされっぱなしで何か悔しいな。まぁそれだけアーリアは魅力がある女の子って事なんだけどさ。
だけど、今日は俺がしっかりエスコートしてやらないとな。
デートコースは一応決めてあったりする。あんまり贅沢なお店に連れていってやれないけど、それでも喜んでくれるんじゃないかな?
「では、今日一日だけハル王子として、エスコートさせていただきましょう」
「はい、よろしくお願い致しますね、ハル王子様」
俺とアーリアは腕を組んだ状態で部屋を出た。
うん、王様の《影》さん八人も同時に動き出したってのも追記しておこう……。
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