第117話 アーリアとのデート2
城を出た俺とアーリアが向かった所は、王都で出店がたくさん出ている通りだ。
住宅区域の広い通りの両端に、様々な出店がある事から《出店通り》と言われている。
気軽に食える料理だったり、様々な国の工芸品だったり、売っているのは本当に様々だ。
ここは常に賑わっていて、王都に住んでいる人だけじゃなくて他の町や村からも来ていたりする。
理由としては、意外に掘り出し物が格安で売っていたりするからだな。
三十年前に、有名な剣士が使っていた名剣がたったの一万ジルで売られていたらしい。
日本円にして約一万円。本来なら百万ジル位が妥当と言われている程の業物が、かなりの安さで叩き売りされていたんだ。
そこから皆がこぞって掘り出し物を探し、探し疲れたら買い食いをする為、この通りの賑わい方は半端ない。
俺もここに引っ越してきてから、かなりお世話になっている。
どうやら、王族であるアーリアはここに来たのは初めてらしい。
「ふわぁぁぁっ! たくさんの人がいますね!」
「すごいだろ? ここはいつもこれ位賑わってるぜ?」
「すごいですわ! 色んなお店を紹介してくださいますか?」
「いいぜ。じゃあまずは俺がいつも行っている店に案内するよ」
「はい!」
アーリアがはぐれないように俺の腕に抱き着いている。
うん、相変わらず絶壁だ。
何処が絶壁かって?
……言わなくてもわかるだろ?
人ゴミを掻き分けて何とか進むと、目的の店に着いた。
「いらっしゃい! ……あれ、ハルちゃんじゃない!」
「おっす、おばさん! いつものを二本頼むよ」
「あいよ! そっちの子は彼女さん? ハルちゃんも隅に置けないねぇ!」
「とにかく、二本お願いするよ」
「あいよ!」
ここで彼女じゃないって否定すると、アーリアは結構へこみそうだから、敢えて明確に答えないではぐらかした。
おばちゃんはどうやら目の前にいるアーリアが王女様だって事に気が付いていないらしいな。
しばらくすると、おばちゃんが俺とアーリアに目当ての物を渡してくれた。
受け取ったアーリアはきょとんとしていた。
「これは、何なのですか?」
「ああ、これは《ダッシュボア》っていう魔物の肉を四角くこま切りにした《ボア肉の串焼き》って奴だ。かなり旨いぜ?」
この世界には普通の動物はほとんどいない。
何故なら、皆世界に溢れる魔力によって生まれた瞬間に魔力を取り込み、そして魔物へと変化するからだ。
魔物から生まれた子供は、最初は大元となっている動物――例えば狼が魔力によって変化したウェアウルフ同士の子供なら、最初は狼として生まれる。そしてそのまま魔力に触れるとそれを体内に取り込み、魔物へと変化するんだ。
ただ、稀に魔力を体内に取り込めない個体も存在しており、それは魔物とならずに動物のままでいるのだが、身体能力は魔物の方が上だから自然界の中ではすぐに淘汰される。そしてあまりにも稀少なので、貴族達の趣向品として目を付けられていたりする。
何で今さらそんな話をするかって?
最近知ったんだよ、俺も……。
さて、魔物の肉の味はというと、最高に旨い!
魔力によって全身が強化されているからなのだろうか、身が引き締まっているんだ。しかも程好く脂身もあり、食感も柔らかい。
俺は特にこのおばちゃんが焼いた串焼きが気に入って、頻繁に通っていたりするんだ。
でもなぁ、アーリアは結構豪華な食事を毎日食ってるからなぁ。
きっと舌も肥えているから、気に入るかどうか。
ちなみにダッシュボアってのは、常に走り続けている猪型の魔物だ。寝るとき以外は止まらない奴で、たまに人間と遭遇するがブレーキが効かずにそのまま人間を引き殺す、結構はた迷惑な魔物だ。
しかし走り続けているせいか、肉は極上だったりする。
贅沢品ではないが、ちょっと庶民からしたらお高い一品だ。
「ダッシュボアですか! わたくし、食べた事御座いませんわ!」
「へぇ、アーリアでも食った事ないのか?」
「はい。お城では出た事ないですね」
「そうなんだ」
俺達の会話を聞いていたおばちゃんが、「え、お城? アーリア? え? もしかして……」と感付いたようだ。
「ちなみに、どのような所作で食べればよろしいのでしょうか?」
「ああ、所作とかねぇよ。こういう風に、かぶりつけば良い!!」
俺は串の側面から肉に食らい付き、そのまま串から肉を引き抜いて食べる。
ん~、この食感がたまらねぇ!
一本五百ジルと高めではあるが、それでもボア肉としては良心的なお値段だ。本当は千ジルが相場なんだ。だから安く食べられるこの出店が大好きなんだよねぇ。
「えっと、こう食べるのですね?」
アーリアは小さく口を開けて、控えめに肉を噛む。
そしてそのまま丁寧に串から肉を引き抜いて、掌で口を隠して租借する。
もうね、アーリアの一つ一つの動作が上品だし、上品なオーラもすごいし、本当に全ての行動が絵になるんだよな。
「まぁ、美味しいですわ! お城の料理に負けておりませんわ」
「だろ!? ここはおばちゃんが丹精込めて肉を焼いてくれてるし、新鮮な肉を扱っているんだぜ」
「あはは、今のハル様、ちょっと子供っぽかったですわ」
「男は美味い食い物の前では童心に帰るのさ……」
「あんた、十歳だから子供だろうに」
アーリアと俺のやり取りに、おばちゃんが遠慮なく突っ込んできた。
俺はあまりの旨さにばくばく一本を早く平らげ、もう一本を追加注文した。
アーリアは味を楽しんでいるかのようにゆっくりと食べ、笑顔で「美味しいですわ」と言っていた。
おばちゃんが頭を下げて、「そ、そんな、恐縮です!」と言っていた。うん、アーリアが王女様だってのがばれたみたいだ。
さて、俺達の護衛をしている《影》の皆さんはというと、完全に人ゴミに紛れていて判別が付かない。
俺の《サウンドマイク》を使っても、完全に一般人になりきっているようで、変な会話が一切なかった。
ちゃんとその名の通りに影で俺達を守ってくれているようだった。
「ハルちゃん、はい! 追加の串焼きだよ!」
「あんがと、おばちゃん」
「ちょっとちょっと、ハルちゃん! 耳をお貸し!」
「ん?」
俺は右耳をおばちゃんの口元に近づけた。
「あんた、アーリア姫様と恋仲なのかい!?」
「あっ、やっぱばれてたか」
「そりゃ銀髪で最近ご病気で常にサングラスを着けていて、お城の話とかが出たら一発でわかるよ!」
「そりゃそうか」
「で、どうなんだい!?」
「ん~、仲はいいけど恋仲じゃないぜ?」
「……あんた、明らかに姫様から好かれているじゃないか!」
「……まぁ色々あるんだよ、色々」
おばちゃんはあまり納得してなさそうな感じだった。
理由を聞いてみると、アーリアはその美しい人形のような容姿をしているから、若い男からはアイドルのような存在として扱われており、年配の男女からはまるで孫のように慕われているのだとか。
おばちゃんのようにアーリアの正体に気付いた男共からは、嫉妬からの悪質な嫌がらせが来る可能性があるし、無下に扱えば年配の方から批難を集中砲火食らうと教えてもらった。
アーリア、そこまで国民に慕われているんだな。
俺はアーリアに視線をやる。ゆっくりと肉の串焼きを食べては美味しそうなリアクションをして楽しんでいる。
城にいる時の彼女と違って、今は無邪気というか、はしゃいでいるようだ。まぁアーリアにとって、こんな風に外で遊べる機会は早々ないからな。どれも新鮮で楽しいんだろうな。
だから俺は、彼女に対して害が及ばないように常に《サウンドマイク》で些細な音も拾い上げて、周囲に気を配っている。
「おばちゃん、アーリアの事は絶対に無下にしないから安心してくれよ」
「本当かい? ハルちゃんは結構同年代の女の子からモテモテじゃないか」
「まぁね、ありがたい事に」
「自覚してるのがタチ悪いわ……。しかし、あのアーリア様が私の店の物を食べてくれるなんて、もう自慢しまくれるわ!」
「はは、おばちゃんこそ自慢しすぎて周囲から羨ましがられて嫌がらせ受けるなよ?」
「おばちゃんを舐めるんじゃないよ! これでもあんたより長く生きてるんだ、大丈夫だよ!」
うん、精神年齢的には恐らくおばちゃんと同年代だぜ、俺……。
そして、アーリアも一本の串焼きをじっくり堪能したようで、おばちゃんに深々と頭を下げた。
「とても美味しかったですわ、おばさま。簡易な料理なのに満足しました」
「ひ、姫様にそのように言っていただき、大変光栄至極でございますぅ!」
あぁあ、ついにおばちゃんが感涙に浸っちゃったよ。
かなり感動していて、おばちゃんも頭をへこへこ下げていた。
「アーリア、もう一本食ってく?」
「いえ、他にも美味しいものがあるかもしれません! お腹を空けておきますわ!」
「おっ、意外に食いしん坊?」
「そうじゃありません。外で売られているものが全て新鮮ですので、可能な限り堪能したいんです!」
サングラスでアーリアの目を見る事は出来ないけど、きっと満面の笑みなんだろうな。
なら、今日はとことん色んな出店を回ろうじゃないか!
「そだ、おばちゃん。俺家でも食いたいから、八本追加注文して良い?」
「いいよ、毎度!」
しばらくアーリアと雑談しながら、追加注文分が出来上がるのを待つ。
まぁこの八本は、俺達を守ってくれている《影》の人達への差し入れ用として、渡せたら渡そうかと思っている。渡す機会がなかったら、俺の夕飯にする予定だ。
「では、お代金を払いますね」
「はいはい、アーリア。今回は俺に持たせてくれ」
「えっ、どうしてですの?」
「まぁまぁ、細かい事は気にせずに」
アーリアが自分の分の代金を払おうとしたので、俺は手で制止してアーリアの分までまとめて支払った。
でも、彼女はあまり納得していない様子だった。
「姫様、男というのは見栄で生きている生き物なのですよ。そうやって男を立ててやるのも、良い女の仕事なのです」
「そ、そうなのですね! 勉強になりますわ、おばさま!」
「いえいえ、姫様こそ、頑張ってくださいね! 私は応援しております」
「は、はい!!」
おばちゃんがアーリアに対して変なアドバイスをしていた。
まぁ男は見栄を張りたい生き物だってのは間違っちゃいないけどさ……。
「じゃあ次に行こうか、アーリア」
「ええっ、エスコート、引き続きよろしくお願い致しますわ!」
「あいよ」
俺達はおばちゃんのお店を去り、他の出店を散策した。
俺達の腕は、当然のように組み合ったままだった。
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