第114話 ライルの行く末


 ――ライル視点――


 くそ、何で俺がこんな目に合っているんだ!

 俺は今、城の牢屋にぶちこまれてしまっている。

 こうなってしまったのも、俺が陛下から賜った名剣二本をあのガキから奪ったからだ。

 ハル・ウィード。

 あいつは武に憧れを抱く俺にとっては最高の誉れである勲章を、涼しい顔で蹴って断ったんだ。

 俺達武に生きると決めた人間が相当な武勲をあげないと絶対に手が届かない勲章をだ。

 俺は怒りに震えたよ。まるで武自体をバカにされたように感じたんだ。

 当然この怒りを覚えたのは俺だけじゃない、英雄願望や《レミアリア金翼勲章》に憧れを抱いている俺の傍に偶然いた兵士達は、あのガキの態度に激怒していた。

 俺だけじゃないんだよ、この怒りは。

 しかもあいつは、音楽関係の勲章を用意しろと図々しく宣言しやがった! 我らが敬愛する陛下にだ。

 この時点で、俺はあいつを許せなかったんだよ。

 だが、あのガキはさらに許せない事をしやがった。

 勲章は断った癖に、栄誉ある名剣二本はしっかりと受け取ったんだ。

 そう、つまりあいつは勲章をただの飾りだと思ったんだろう、だからきっと役に立つ名剣は受け取ったんだ。そうとしか考えられねぇ。

 もうあいつの全てが気に入らない!


 俺は考えた。何故あいつは強いのか。

 あいつは、あの名高いロナウド・ウィードの息子だ。

 そうだ、そうだよ! あいつはきっとロナウド・ウィードから譲り受けたさぞ高名で性能が高い剣を持っていたからこそ強くなれたし、あれだけの功績を残せたんだ。じゃなきゃ、ガキがあの武勲高いヨハン元騎士団長を倒せる訳がない。

 ただただ、剣の性能だけでのしあがった奴なんだ。そう思ったんだ。


 だから俺はあの名剣はあいつにふさわしくないと思った。いや、武に純粋に生きる俺こそ相応しいと思ったんだ。

 故郷の村でも一番だったし、一度戦った事がある兵士より俺の方が強いのが事実なんだ。

 兵士に求められるのは、純粋な強さ。

 純粋な強さがあるからこそ、国民も守れるし、他国からの進行も阻止できる。

 そんな俺こそ、あの誉れ高い名剣を持つ資格があるんだよ!


 そして半年前、俺はやっと兵士になる事が出来た。

 隊長の苦しい訓練も、強くなる為に必要なものだと割り切っていれば楽なもんだった。

 調子が良い時は隊長にも勝てるし、同期の連中は俺に指一本触れる事すら出来なかった。

 強くなっているのを感じる。最高に気分がいい。

 このまま行けば、俺はあのガキすら超越する程の武勲を立てる事が出来るだろう!


 訓練を続けて半年経った今日、俺にチャンスが訪れたんだ。

 あの糞ガキが図々しく訓練場にやってきたんだ。

 しかも隊長とあいつが戦うって言うじゃないか。

 面白い、あいつがどれだけ強いのか、この目でしかと見てやろうじゃないか。

 どうせ武器の性能だけでのしあがってきた、ド三流なんだからな。

 陛下などの王族の方々の命を救えたのだって、運が良かっただけだ。

 幸運に恵まれていたら、俺だって絶対に陛下をお救い出来ただろうさ!


 しかし、あいつは隊長を軽々と倒しやがった。

 俺でも苦戦する、あの強い隊長をだ。

 しかも武器はあの名剣じゃない、ただの木刀でだ。

 奴は、そんな高みにいる存在だったのだろうか……。

 いいや、違う!

 あの名剣にはきっと不思議な力があり、そのおかげで強くなれたんだ!

 絶対そうに違いない。

 なら、純粋に強い俺なら、あの剣を持てばさらに強くなれるんじゃないか。

 そう思った俺は、あいつが戦いに集中している隙に、観客席に置いてあった名剣二本を盗んだ。

 案の定、戦いを見ている事に集中していたせいか、周りは誰も俺が剣を盗んだ事に気付いちゃいない。

 俺は二本の剣を腰に差し、柄を握る。

 すると、どうした事だろうか。不思議な程に手にしっくり来るんだ。

 握りやすいってもんじゃない、まるで自分の手のような一体感を感じたんだ。上手く言い表せないが、腕が伸びたような、そんな感覚だ。

 剣の切っ先まで神経が通っているようで、思い通りに動かせそうな気がした。

 これなら、ハル・ウィードにも楽勝で勝てる!

 だから俺は剣を賭けて、あいつに戦いを挑んだ。


 だが結果はどうだ。

 奴は粗末なロングソード一本で手加減をして、俺を圧倒しやがったんだ。

 心が折れたよ、こんな武器を使ってでも、名剣を手にした俺はあいつの足元にも及ばなかったんだ。

 悔しかった、辛かった、死にたかった。

 だが、あいつはただ足首の裏を斬って動けなくした程度で済ませた。しかも華麗に名剣を奪ってだ。

 その後に、俺は隊長や同期の手によって投獄された。


「くそ、くそっ、くそくそくそくそくそくそっ!!」


 俺が負けたのは決して技術の差じゃない!

 きっと、名剣を持っていた期間があいつの方が上だったからだ。

 もっと時間を掛けて手に馴染ませていれば、俺の方があの剣を上手く扱えていたはずなんだ!

 そうだ、きっとそうに違いない!!


 もう、普通の剣じゃ満足できない。いや、違和感を感じて上手く振れないんだ。

 だから俺は、あの名剣を越える程の剣を手に入れて、そして手に馴染ませる必要がある。

 そうでないと、俺はあのガキに勝てない。復讐すらできない。

 あのガキを殺したい。

 この手で、あの生意気なガキを八つ裂きにして葬り去りたい!

 だから何としてもここから脱走しなくては!

 だが、足の怪我は放置されたままで、完治しないと動けない。

 このまま待つしかないのだろうか。


「ここを出たいかね? ライル君」


 っ!?

 突然声を掛けられた。

 声がした方を見ると、鉄格子を挟んだ向こう側に、薄汚いローブを被った人が立っていた。

 声からして初老の男性か?

 表情はローブを被っていて、口元しか見えない。


「誰だ、お前は!?」


「君に質問する権利は与えていない。私の質問のみに回答しなさい」


 男の全身から、薄気味悪い殺気を感じた。

 反論してやろうと思ったが、あまりの不気味さにたじろいでしまった。


「もう一度聞こう。ここを出たいかね?」


「……ああ、出たい」


「では、出てどうしたい?」


「ハル・ウィードをぶっ殺したい!!」


「……素晴らしい。我々と利害が完全に一致したようだ」


「……これだけは答えてもらう。お前もあのガキに恨みがあるのか?」


「ああ、ある。一度計画を潰されたからね」


 計画を潰された?

 その時、俺の脳裏に音楽学校占拠事件が思い浮かんだ。

 あれを企てたのは《武力派》だったな。

 それを阻止したのは、紛れもないあのガキだった。

 つまり、こいつは《武力派》の人間って訳か。


「あんたは、俺を仲間にしようとしているのか。しかも《武力派》に」


「なかなか察しが良くて助かるよ、ライル君」


「バカでもわかるぞ、それ位。だが、俺があんたらの仲間になって何の得になる? あいつを殺す位だったら一人でも出来る」


「ふっ、ハル・ウィードに完敗したのにかね?」


「なっ!? 何故それを知っている!!」


「ふふふ、我ら《武力派》は、何処にでもいるんだよ」


 男の口角がつり上がる。

 生理的に受け付けない笑顔だった。


「さて、君の質問に答えよう。我々は、君に新しい力を授けられる」


「新しい、力?」


「そうだ。今君が心から望んでいる、新しい力だ」


 そう言うと、男はローブの中から一本の剣を出した。

 一目見てわかった、その剣は恐ろしい程の業物だ!

 刀身は柄の中に納められているからわからないが、剣から放たれる雰囲気が尋常じゃない!


「我々についてくれば、これを君に与えよう」


「ほ、本当か!?」


「本当だとも。我ら《武力派》は、力を奮いたい人間を求めている。君はもっとも我々の条件に合致している人材なのだよ」


「ああ、剣だ。業物の剣だ!」


「この剣が欲しいかね?」


「ほ、欲しい!!」


 今すぐにでも欲しい!

 俺は鉄格子の間から手を伸ばした。だが、男は剣をローブの中に閉まってしまった。


「お、俺の剣!!」


「落ち着きたまえ。まだ君が答えを返していない。返してくれるまでこの剣は渡せない」


「答え?」


「そうだよ。我々の仲間にならないかね?」


「なる!」


「ふふふ、即答だね。実に清々しい」


「なるから、早くここから出してくれ!!」


「よかろう」


 すると男はローブから鍵を取りだし、牢屋の鍵穴に刺して捻った。

 ガチャンと音がなり、牢屋の入り口がゆっくりと開かれたんだ。

 本当に、俺を解放しやがった……。


「さぁ、ゆっくりしている暇はない。早速我々の隠れ家に案内しよう」


「ああ、行こう」


 この剣を手に入れたら、ハル・ウィードなんて俺の足元にも及ばないだろう。

 くくくくくくっ、俺の復讐は必ず果たしてやる!

 とりあえずこの男がどうやって牢屋に侵入できたかは今はどうでもいい、一刻も早くあの剣が欲しい。

 俺は男に付いていき、軽々と脱走に成功したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る