第94話 さよなら故郷


 父さんとの戦いから、一週間が経った。

 今日は学校の卒業式で、俺が村を発つ日だ。

 卒業する生徒は、およそ五十名。

 父さんが教師を始めてから、他の学校から父さん目当てで転校してきた人もいる程で、最初二十五人だったのがここまでに増えたんだ。

 あの時のチャップリン校長の下衆な笑顔は忘れられない……。

 まぁ今は全校生徒は三百人と、村の学校としては大規模な学校となった。おかげで教師陣の給料が上がり、ロナウド様々と言われ続けている。


 さて今は、全校生徒と教師陣、そして卒業する生徒の両親に見守られる中、チャップリン校長の全くありがたくないお話を頂いている。


「えー、皆さんは我が校の誇りであります! 今を思い返すとえー、五年前。皆さんはまだ小さい子供でした」


 そんな思い出話はどうでもいいから、ちゃっちゃと式を進行してくれって思っているのだが、周りを見ると俺の同級生は皆回想に浸っているみたいだった。

 女の子達は思い出しながら、すすり泣いていた。

 うーん、俺が冷めているだけなんだろうかなぁ。

 俺の両隣にいるレイとリリルを見た。

 二人は、泣かずに力強い目で正面を見据えていた。

 この二年で、二人は本当に綺麗になった。

 目標が出来たからなんだろうか、その意思を感じる視線に俺の心臓は鷲掴みされるんだ。

 そんな最愛の二人と今日から離れてしまうと思うと、胸が苦しくなる。


 約三十分の長いスピーチをやったチャップリン校長は、満足げに壇上から降りた。

 そして、次にスピーチするのは、教師陣代表である俺の父さんだ。


「皆、卒業おめでとう! 大体は校長先生から素晴らしいお言葉を頂いていると思うから、俺からはちょっと現実的な話をする」


 父さんが真剣な顔になると、この場にいる全員が緊張した面持ちで父さんの話に耳を傾けた。


「俺は君達に魔法戦技の授業を通して戦う方法を教えた。これから先、君達の前には理不尽な暴力が襲ってくるかもしれない。その時に、是非俺が教えた技術を役立ててほしい」


 何度も言うが、この世界の命は軽い。

 自衛出来ない奴が死んで、無事生き残っても損をする。

 この世界は他国に睨みを効かせないと戦争がすぐに始まってしまう為、自国防衛に武力を注いでいる。つまり、国民を守る警察機構を設立する余裕は一切ないんだ。

 故に自警団として、国民が自らそのような団体を運営する必要が出てくる訳だ。

 学校での魔法戦技の授業は、そういった理由から受講必須項目となっていた。


「もしかしたら、君達の中にはその力を使って奪う側に回るかもしれない。だが、それも自由だ。人間は自由だ、自分がやりたいと思っている事に全力で力を振りかざして構わない。人を殺したい、大いに結構! 略奪したい、大いに結構だ!」


 おいおい、父さん。

 卒業式にとんでもないスピーチをしているぞ!

 教師陣からも、保護者達からもざわめきが起こってるぞ?


「ただし、忘れないで欲しい。力を振るうという事は、自身にも力が返ってくる事を! 暴力には暴力でしか対抗できないのがこの世の真理だ。剣を握ったら、自分も斬られる覚悟を持て! 略奪したら討伐される覚悟を持て! 人を殺したら自分が殺される覚悟を持て!! これから皆は大人になるんだ、自分の行動は全て自分の責任になるんだ。それだけは忘れないで欲しい!」


 会場は、しんと静まり返る。


「俺は、出来れば俺が教えた技術を、誰かを守る為に使って欲しいと願う。誰かを守る事に関しては、力が返ってくるのではなくて、笑顔が返ってくるからさ。それでは、これからの皆の未来に光があらん事を!!」


 父さんが壇上を降りようと歩き始めると、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 いやぁ、しっかり落とし込んだなぁ。

 要するに父さんは、自分の我儘を通す為に暴力を振るっていいが、その分自分に返ってくるぞと脅しを掛けた。そして誰かを守る事だけは笑顔が返ってくるから、是非皆には誰かを守る為に力を使って欲しいと伝えたんだ。

 俺達生徒の心に響くスピーチだったと思う。

 チャップリン校長を見ると、自分より素晴らしいスピーチだったから、悔しそうにしている。

 ふふっ、金勘定ばかりしていて腹黒い校長とは出来が違うんだよ、俺の自慢の父さんは!


 そして卒業式は最後のプログラムを迎える。

 卒業生が教師陣に対して、在校生に対して、そして親に対して感謝の歌を歌うんだ。

 作詞作曲はもちろん俺。演奏も俺。

 曲名は、《学舎》。ピアノでの演奏がメインの曲だ。

 うちの学校の生徒は、音楽に関しては全員素人だ。リズムなんて取れやしないし、伴奏に合わせて歌うという技術もない。

 だから俺は、アンナ先生を指揮者にして、全員がリズムを合わせるようにした。

 アンナ先生もとても戸惑っていて可愛かったなぁ。

 皆歌いながら泣いていた。きっと、この五年間の思い出が蘇ってきているんだろうな。

 これからは、各々が働き口を見つける為にそれぞれの道を歩んでいく。

 自分の村に残る者もいれば、別の町や村へ旅立つ者だっている。

 こうやって、皆で同じ事をするのも、今日で最後だ。

 アンナ先生も、指揮をしながら泣いていた。それでも気丈に振る舞って力強い指揮を披露していた。

 あらら、メイクがぼろぼろじゃないの……。

 まっ、俺も演奏しながらちょっと涙ぐんだのは内緒だ。


 演奏が終了し、皆から大きな拍手を貰いながら、俺達は二列になって会場を退場する。

 会場中央には花道が用意されていて、その中を潜っていく。

 しかし俺だけはちょっと遅れて、一人で花道を潜っていく予定だった。

 卒業生の中では俺だけ別格の功績を残していて、その事実は周囲の村や町には確実に伝播されている。

 つまり俺の功績を称えての一人花道を、チャップリン校長は用意してくれた訳だ。

 別にいいのになぁ、そんな計らいをしなくても……。

 まぁ、最後はびしっと決めますか!

 俺は一人で花道を通る。

 皆からは拍手を貰いつつ、激励も貰っていた。


「ハル先輩、大好きでした!!」


「先輩から教わった剣技、国を守る為に使います!!」


「王都でも頑張れよぉ!!」


 俺は拍手喝采を全身に浴びて歩き、そして会場出口手前で足を止めて振り返った。

 

「じゃあな、皆! げんきゅでな!」


 ……


 …………


 さっきまでの拍手が、一瞬でなくなった。

 うん。だって、俺、噛んじゃったし。

 そして次の瞬間、大爆笑の渦に包まれた。

 くそぅ、何で俺は格好よく締めようとすると締まらないんだよ。

 ほら、頭の中で女神様がくすくす笑っていやがる。

 くすん、僕はどうやら格好付けない方がしっかりできるみたいです。











 俺は会場を後にして、門まで歩いていた。

 実は引っ越しの準備は、アーバインの召使いさんが全てやってくれた。

 さっき演奏していたピアノも、いそいそと運び出す準備をしてくれていた。

 俺はこのまま、校門前で待っている馬車に乗って、速攻で王都へ向かう予定となっていたんだ。

 それだけ、王都の皆が一日でも早く俺が来るのを待っているんだ。

 校門へ歩いている間、同級生が俺に一声掛けていく。


「王都へ行っても頑張れよ!」


「レイとリリルはこの俺、アンディに任せておけ!!」


 アンディにだけは「変な事をしたら、殺す」とだけ脅しておいた。

 女子生徒からは、一輪だけの百合の花を渡された。まぁ全員のを貰ったら、花束レベルになっちゃったけど。

 この百合の花は、最近王都で流行っている、女性から男性への告白方法なんだとか。

 俺はすでに恋人いるから、だめなのはわかりきっていても、どうやら俺に渡したかったようだ。

 気持ちには応えられないけど、ありがたく貰っておいた。

 

 門まで後数メートルという所で、俺の家族が待っていた。


「ハル、向こうに行っても、風邪とか引かずに暴れてらっしゃい!」


 母さんが俺の背中を叩く。


「まぁお前なら大丈夫だ。ちゃんと野望を達成して来い。後、陛下にもよろしくな!」


 父さんが俺の肩に手を置いて激励してくれた。


「にいちゃ……」


「ナリア、どうした?」


「いっちゃ、やだ!」


「ナリア……」


 俺の足にしがみついて、泣きながら俺を行かせまいとしている。

 可愛い可愛い妹にそんな風に泣き付かれたら、俺は戸惑ってしまう。

 そんなおどおどしている俺を見越してか、母さんがナリアを抱き抱えて俺から引き離した。

 さらに激しく泣くナリアを、父さんと母さんで宥めていた。


「「いってらっしゃい、ハル!!」」


「……ああ、行ってきます」


 後ろ髪を引かれつつも、俺は歩き出した。

 校門の前に、最愛の二人が待っているのだから。


「やぁ、ハル」


「さっきぶり、ハル君」


「おう、さっきぶりだな。二人共」


 俺達はこれから、二年間離れ離れになる。

 別に別れる訳じゃないのはわかっているんだが、とても悲しいんだ。


「ハル、もう時間がないみたいだからさ、僕達からのお願い、叶えてくれないかい?」


 レイが下を向きながらそう言った。


「ああ、出来る限りの事は聞くさ」


「じゃあさ……」


 レイは顔を上げる。

 綺麗な顔をくしゃくしゃにして、涙でぼろぼろだった。


「僕を……僕達を、強く抱き締めて……!!」


「っ!!」


 レイとリリルが俺を迎えるように両手を広げた。

 二人共涙でせっかくの美人さんが台無しになっている。

 でも、俺もこの二人と離れる実感を持ってしまい、泣きながら二人を抱き締めた。

 強く、強く。少しでも俺の温もりを残そうと、力一杯抱き締めた。

 俺も、少しでも二人の暖かさ、柔らかさを全身で感じたかったんだ。


「ハル殿、もう時間がありません! 早く馬車に乗ってください!!」


 アーバインの召使いさんが急かしてくる。

 向こうでは俺がやる仕事はたくさんある。

 少しでも遅れたら、結構やばい仕事すらある程だ。

 俺は、名残惜しい二人の身体をそっと突き放した。


「レイ、リリル。二年後、絶対に王都で会おう!」


「うん、絶対に会いに行くよ、ハル」


「私も、絶対に会いにいくね、ハル君」


 俺は走って馬車に乗る。

 そして、卒業生の皆、家族、レイとリリルに見送られながら、馬車は王都へ向けて走り出した。

 皆が手を振ってくれている。

 俺も手を振り返した。


 バイバイ、我が故郷。

 お世話に、なりました!!


 俺は涙を流しながら、王都に向けて旅だった……。

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