第31話 俺、決断する!


 俺がアーバインから留学の話を受けてから、二日経った。

 今日、俺は答えを出さなくてはいけない。

 でも俺は、まだ迷っていた。

 たった半年だ、半年だけの留学なんだ。でも、心はリリルとレイと離れたくないと叫ぶ。

 くそっ! 恋がこんなに厄介なんて思わなかった……。

 ラブソングで「離れたくない」とか言っているのがあって、前世の俺は「そんなバカな、ははは!」なんてバカにして笑い飛ばしていた。

 実際味わってみたらその通りだった。

 

 俺は結局あまり眠れず、朝早く起きてしまった。

 そして自室の机に向かい、作詞をしてみる。

 今、俺の部屋は紙屑だらけだ。

 全部作詞が上手く行かず、俺がくしゃくしゃに丸めて放り捨てた残骸達だ。

 まさか、ここで言葉の壁にぶち当たるとは思わなかったんだ。


 俺の作詞能力は、基本的に日本語や英語だ。

 作曲もその日本語に合わせて無意識的に作っていたから、この世界の言葉で作詞しようとした時に曲と全く合わない。

 例えば、文字数だ。

 日本語で木枯らしは、四文字で済む。でもこの世界の言語は木枯らしを「リリヴェーテェ」と言う。

 そう、日本語と比べるとこの世界の言葉の方が、文字数が多いんだ。

 魔法のファイア・ボールも、こちらの言葉では「ヴォレカジデ・デリューン」と発音する。

 とにかく、長い。

 故に日本語や英語での作詞に長けていたから、この世界に合わせた作詞に悪戦苦闘しているという訳だ。


「くそっ!! ラブソングも書けやしねぇ!!」


 今の俺は大好きな二人の女の子がいる。

 だからこそ、作詞しやすいはずなのに。

 この世界でのトレンドだったりとか、流行の事を考えようとすると、全く思い浮かばない。

 直球で言葉を綴ればいいと思うと、文字数が多くなって壁にぶち当たる。

 なら短縮できる言葉を探そうとすると、曲が全体的におかしくなる。

 俺は今、日本語や英語が本当にどれだけ柔軟な言語だったのかを、思い知らされていた。


「こんなんじゃ俺はこの世界に名を残せない。だから学校へ留学して初心に帰って勉強するべきなんだ! そうするべきなんだが――」


 決断しようとすると、あの二人の顔が思い浮かぶ。

 くそっ、こんな事なら恋をするんじゃなかった……。

 俺は机を強く叩き、突っ伏した。








 今日は父さんとの訓練は休ませてもらって、学校へ結構早く登校した。

 今、何となく一人でいたい気分だったから。

 本当に、どうしようか。

 俺は教室に向かうまでの廊下をとぼとぼ歩きながら、まだ結論が出せていない。

 恋も、そして音楽も同じ位大事だからこそ、悩んでいた。

 リリルとレイは、贔屓目なしでとんでもなく可愛い。

 きっと俺が留学した途端、この学校の男子達は速攻でアタックを掛けてくる、間違いなくな。

 もしその半年間でそのアタックがヒットして、別の誰かと付き合ったりなんて考えたら、もうこの身が張り裂けそうになった。

 深い溜め息を付いて、教室の扉を開けた。


「おはよう、ハル君」


「やぁっ、ハル」


 えっ!?

 教室にはすでに、リリルとレイがいた。

 まだ授業まで大体二時間程先なのに、何でいるんだ?

 俺が言えた事じゃないけど。


「多分、ハルは早く登校してくるんだろうなって、何となく思ったから」


「私も、そう思った」


 あぁ、そんな優しく微笑まれたら、もっと迷っちゃうだろ。

 だから一人でいたかったのにさ……。

 でもそこまで俺を理解してくれているのが、とっても嬉しかった。


「ハル君、最近とっても辛そうな顔、してたよ?」


「うん。ロナウド殿も心配されていたし、アンナ先生もかなり心配していたよ。クラスの皆は不気味がっていたけどね」


 そっか、そこまで顔や態度に出ていたか。

 留学の件は、誰にも言っていない。

 こんなに迷っている状態で誰かに相談したら、絶対に流されるだけだ。

 だから俺の意思ではっきり決めたいって思っていた。

 だからこんなに苦しんでいる結果になった訳だが。


「ねぇハル、僕達じゃ君を助けられないかな?」


「いつも私達、ハル君に助けてもらってばかりだから、相談して欲しい、な」


 二人は俺の傍まで歩いて来て、俺の服を軽く摘まんだ。

 表情を見ると、ちょっと寂しそうな表情だった。


「そういう訳じゃない……。ただ、一人で決めようとしてただけで――」


「でも、決断出来ていないって訳だよね?」


 レイから鋭い指摘が入った。

 全くその通りでございます、はい。


「ねぇ、ハル」


「……ん?」


「僕は、ハルの事が本当に大好きなんだ。今すぐにでも結婚したいくらいさ!」


 レイのストレートな告白に咳き込んだ!

 びっくりした、やっぱりこいつ、所々男らしいな。

 まぁそう育てられたから仕方ないんだけどさ。


「そう思う位にハルの事が大事だし、辛い事があったら共有したいんだ。……重い女だね、僕は」


「そんな事ねぇよ」


 この程度、重くも何ともない。

 男らしいけど、包み込んで欲しいって思う位の母性を感じる。

 次にリリルが口を開いた。


「私もね、ハル君の事が大好き……ううん、愛してます!」


 また盛大に俺は咳き込んだ。

 リリルさんや!

 顔真っ赤にして言ってくれてすっごい嬉しいけど、いつにも増して自己表現出来てて、おっさんは超びっくりしたよ!


「私、レイちゃんみたいに、ハル君の力になれないかもしれないけど。お話を聞いてあげられると思うの。辛そうなら、よしよしするよ」


 よしよしって……。

 何か可愛いな、リリルは本当に。

 レイが母性全開なら、リリルは一緒にいて癒される存在だ。

 俺の中で、二人の内どっちかが欠けるなんて考えられねぇ。


「ハル……」


「ハル君……」


 ……はは、参ったねこりゃ。

 おっさんが八歳に圧倒されちゃってるよ。

 これも惚れた弱味かな?

 うん、話そう。

 話してから、この二人から意見を貰って、しっかりと俺自身が納得する形で決断しよう。

 俺は二人に、留学する話を貰った件を話した。


 二人の表情は固まった。

 リリルに関しては、視線がちょっと泳いでる。

 レイは、手を顎に添えて考えている。

 そして、リリルとレイはお互いの顔を見ると、頷いて俺の方に視線を戻す。


「ハル、留学に行ってきなよ」


「ハル君、私達の事は気にしないで、留学してお勉強してきて」


 多分、この二人ならそう言ってくれるとは思っていた。

 何となく、そう思った。


「ハル君が私達と離れたくないって気持ち、すっっっっっっごく嬉しい。私も、離れたくないから」


「僕もリリルと同じだよ。半年の留学って聞いた瞬間、半年は長すぎるって思っちゃった。王都もここから馬車で一週間と三日位かかる距離だしね」


 そう、王都は遠い。

 気軽に帰郷したりってのが出来ない程遠い。

 だから会いたいからって、すぐに会えないんだ。

 こんな時、新幹線やら飛行機の偉大さを痛烈に感じる訳だが。


「でもさ、僕達のせいで、君の為になる話を潰しちゃうのはね、離れる以上に嫌なんだ」


「うん。ハル君の音楽はとっても凄いよ。きっと、歴史に名を残せる位の人になれると思うの」


「だから僕達は、離れる寂しさを我慢して、ハルの背中を押すよ」


「しっかりお勉強してきて、私達にすごい曲を一番に聴かせて?」


 二人は、満面の笑みで、俺の背中を押してくれた。

 あぁ、凄い愛しい。

 もうさ、俺がこの二人に感じているのは、愛だよ、間違いなく。

 こんなにもさ、俺の事を考えてくれる八歳なんて、間違いなくいないぜ?

 こんなにもさ、俺の事を愛してくれる八歳なんて、間違いなくいないぞ。

 そんなの、俺だって愛してるに決まってるじゃないか。

 こりゃ、この二人に堪えなきゃ、男じゃねぇよな。


 はぁ、何か俺一人でうじうじ悩んでたのがバカらしく思える位、あっさり結論が出た。

 うん、決めた!


「ありがとう、二人共。俺、留学する!」


「――うん」


「……やっぱり寂しいけど、私達はハル君を応援するね?」


 俺が決断した瞬間、寂しそうな顔をする二人だった。

 それがすごく愛しくて、俺はリリルの唇にキスをした後、レイにもキスをした。

 すると、二人はへたりと床に座り込んでしまった。


「はははははハル!? 今、今の何!?」


「すごい事、私された……何されたの?」


「え? そりゃしたのはキスだけど」


「「きす? 何それ」」


 あれ、この異世界にキスってないのか?

 そういや、前に父さんと母さんがヤってる所をマジマジと覗き見した時、一度もキスしてなかったな。

 やっべ、やらかしたか!?


「まぁ、俺の愛情を形にしてみた。嫌だった?」


「「嫌じゃないです!」」


 おおぅ、顔真っ赤だけど、二人共嫌じゃなかったか。

 良かったわぁ……。

 まぁ俺もファーストキスだった訳で、少し恥ずかしい気持ちがあるんだけどな。

 この二人の唇、すっげぇ柔らかかったなぁ。


 すると、二人は自分の体を、俺の体に寄せてきた。


「私、もう一回……さっきのしたい、な」


「……僕も。でも、今度は僕から先だからね!!」


「……ああ、何度でもするよ。俺のお姫様方」


 今度は舌を絡ませてやったら、ついには湯気が出る位顔を赤くして、二人は腰を抜かして倒れてしまった。

 八歳には、まだ刺激は強すぎたかな?










 お昼頃、アーバインは学校へ来た。

 そして留学する旨を伝えた。

 色々留学するにあたって、様々なルールや授業内容を聞いた。

 まず俺は寮に入る。そこは食事もしっかり出るみたいで、俺がわざわざ調達する必要はない訳だ。

 授業内容に関しては、一般教養も魔法戦技もやるが、音楽に関する授業の方が重視されている。

 音楽の授業は、演奏実技、作曲や作詞の仕方、そして実際に曲を作って教師に批評して貰うんだそうだ。

 そして、俺がこのタイミングで留学する最大の理由は、進級試験に被せる為だ。


 この進級試験は、今持てる自分の実力を、作曲して形にする。

 その曲を実際に演奏して、教師全員がその場で評価して、進級出来るかどうかもその場で言い渡すのだそうだ。

 結構前世のコンクールより緊張感はありそうだな。

 つまり、俺はその進級試験を受ける事で、この留学を締め括る形になる。

 それにどうやら、この進級試験で優秀と認められた場合、《優秀修了留学生》の賞状が贈られる。

 これまたこの世界の音楽業界では相当力がある賞状で、エリート街道まっしぐららしい。

 俺の他にも留学生は百人程いるそうで、皆がそれを狙って日々研鑽をしているという。

 この世界に合わせた作詞が出来ないという、壊滅的な欠点を克服するのには、素晴らしい環境である事は間違いない。

 なら俺も目指してみようじゃねぇか、《優秀修了留学生》!

 他の奴には渡さねぇ、絶対に!!

 よっしゃぁ、燃えてきた!!


 話や手続きはさくさくと進んだ。

 俺は二日後、故郷を離れる事になった。

 校長に呼ばれて後から同席した父さんと母さんも、喜んで了承してくれた。


「ハル、お前はこの学校に収まる男じゃねぇ。しっかりと王都でも暴れてこい!」


「おうよ、父さん!!」


「ただし、剣の腕は鈍らせるなよ。男はいざという時、大事な人間も守れる位の力は必要だからな」


「わかってるさ!」


 父さんにも背中を押された。

 すっごく心強く感じたよ。


「ハル、私が歌手として叶えられなかった夢、ハルに託してもいい?」


「いいぜ、母さんの夢を背負ってやろうじゃん!」


「ありがとうね、ハル。でも、失敗してもいつでも家に戻ってきていいからね?」


「まぁ失敗しないようにはするさ」


 でも帰れる家があるってのは、安心する。

 そして迎え入れてくれる母さんがいるのは、もっと安心する。

 あぁ、前世で喉から手が出る程欲しかった、両親の愛情を感じる。

 俺は本当に恵まれた。

 女神様、こんな素敵な転生をくれて、ありがとうな!


 頭の中で、「どういたしまして」という、綺麗な声が聞こえた。

 きっと、幻聴だろうな。

 前世で達成出来なかった野望を、この異世界で実現してみせる!!

 俺は、歴史に名を残す音楽家になる!!




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