第45話 私から見たハルっち
――ミリア視点――
私は、歌を歌うのが好きだった。
小さい頃から何でもかんでも鼻唄を歌って、暇さえあれば歌ってた。
多分、私が住んでた町の近所のお姉さんが音楽学校卒業後に歌手になって、私の家族全員が招待されたコンサートを見てからだと思うんだ。
お姉さんは綺麗だった。もうね、私から見ても本当に惚れ惚れしちゃうレベル!
私はお姉さんに憧れて、歌手になろうと決めたの。
私はアーバイン侯爵様が運営されている王都の《王立シュタインベルツ音楽学校》へ進学する決意をした。
入学試験は筆記か実技のどちらかで合格点が貰えれば入学出来るんだけど、私は歌で入学できた。
毎年五百人以上が入試を受けて百人しか合格出来ない程の名門学校に、私は入学できたの!
本当に嬉しかった。
でも、現実はそんなに甘くなかった。
私なんかより遥かに歌が上手い子達がいたし、町ではかなり可愛いって言われていた私より可愛い子だっていた。
それでも私はお姉さんのような歌手になる為に、徹夜したりして勉強に勤しんだ。
何かこの学校は、《勤勉派》と《貴族派》っていう派閥があるみたいで、油と水みたいな感じだった。私は当然勉強する為に進学したんだから、《勤勉派》になったけれど、私の容姿に惹かれた貴族や彼等に取り入ろうとする面倒臭い奴達から、しつこい位に《貴族派》へ来るように誘われた。
ただ勉強したいだけなのに、そんな派閥勧誘に疲れて、一年生の時は本当に辛かった。
でも頑張れたのは、レイスっちが《貴族派》達の勧誘を妨害してくれたんだよね。
それで仲良くなって、いい音楽仲間になってくれた。
レイスっちは私の苦手なリューン演奏の練習に、付き合ってくれた。
丁寧に教えてくれるからわかりやすくて、苦手だったリューンも少し演奏出来るようになった。
その頃の恋愛関係は、色んな男子から告白されて試しに付き合ってみたけど、何か違った。
私、ロナウド・ウィード様のような、渋くて野性味溢れる男性が好きなの!
そんなの同い年の男の子に求めるのは難しいと思うけど、子供っぽ過ぎて一緒にいると疲れちゃうの。
まぁ私もそこまで大人っぽくないし、どちらかと言ったら子供っぽい体型だけどさ……。
私は無事に進級して二年生になったけど、レイスっちが進級試験当日に病気になっちゃって半年間一年生のままだった。
レイスっちは何度もアーバイン様にお願いをして、事情も事情だから特別に半年後に進級試験を受けて、二年生後期に何とか進級できたみたい。
二年生になると、実技中心の授業へ変わっていくの。しかもアーバイン様も直接指導してくださるから、《貴族派》も含めて授業を頑張ってた。
《貴族派》の連中は、いいところを見せてアーバイン様に取り入ろうとしているだけだろうけど。
レイスっちは、「こんな充実した授業を半年も受けられなかったなんて!」って落ち込んでたなぁ。
運が悪いからね、レイスっちは。
私はレイスっちより一足先に進級した時に、レオンっちと知り合った。
彼は私にいきなりナンパしてきた訳だけど、丁重にお断りしたの。
でも話してみると、女の子にモテたいっていう不純した動機ではあるけど、音楽に対する熱意はすごかった!
それにリューンの演奏の仕方も何か面白くて、交際はしないけど音楽仲間として仲良くなっていった。
レイスっちも合流した後、この三人で行動する事が多くなったなぁ。
そして、ハルっちが私達の前に現れた。
燃える炎のような赤くてストレートに整った髪、自信に溢れている綺麗な目。
身体も凄く引き締まってる感じがする。
アーバイン様が「私を越える演奏技術を持った子が来る」とか言っていたけど、とてもそうには見えないなぁ。
でもハルっちが喋った瞬間、澄んだ声が教室に響き渡った。
あぁ、綺麗な声だなぁ……。
この男の子はきっと、歌もとっても上手なんだろうって思った。
実際授業が始まってみると、歌もとっても上手かったしリューンも本当に上手過ぎた!
さらには聴いた曲をすぐに譜面化出来ちゃうし、アーバイン様があんなに褒める理由がわかっちゃった。
でも作詞が苦手みたいで、うちの学校に留学して学びに来たみたい。
あんなに凄いのに勉強意欲があるなんて、本当にすごいなって思った。
ハルっちの特別留学生は、アーバイン様の推薦で短期間学ぶ生徒の事を言うの。
逆に言えば、アーバイン様から認められているという事にもなるの。
だからハルっちは、リューンの演奏技術や歌の上手さが認められているんだろうな!
ハルっちは魔法戦技もすごかった!
ロナウド様の息子とは聞いていたけど、剣も強いなんて思わなかった!
剣を両手で持たないで、片手で振る戦闘方法もロナウド様譲りなんだろうな。とっても格好良かった。
多分私は、この時点でハルっちに少し好意を持ったんだと思う。
決定的なのは、今振り替えって見たら、きっとあの時なんだろうな。
私は歌についてかなり悩んでいたの。
先生からも「歌い方が合っていない」って言われて、私自身もそれを感じていたけど解決方法がわからなくて、すっごく苦しかったんだ。
それをハルっちに相談してみた。
すると、ハルっちは少し考えた仕草をして、口を開いた。
「なぁ、どうしてミリアは歌手になりたいって思ったんだ?」
「えっ……。近所のお姉さんが歌手で、すっごく歌も上手で綺麗だったから、私もそうなりたいって思ったの!」
「なるほどなぁ。多分そのお姉さんって、結構色っぽい歌い方してるだろ」
「うん、そうなの! すっごく色っぽくて、私もそうなりたいなって!!」
「じゃあ、諦めな」
「なっ!?」
いきなり、私の心をバッサリ斬ってきた。
私はお姉さんみたいになりたいのに、それをいきなり諦めろって言われた。
すごく腹が立ったけど、ハルっちの顔は真剣そのものだった。
「この際ストレートに言うが、ミリアの声質は全然そういったものじゃねぇよ。だから自分でも伸び悩んでるって思ってるんだろ」
「でも、私、お姉さんみたいになりたいの!」
「声変わりしてそうなればいいけど、俺の経験上、ミリアが声変わりをしても色っぽい声質にはならねぇな」
ハルっちの全否定に近い言葉に、私はショックで涙が出そうになった。
でもハルっちはずっと真剣な顔だった。
「色っぽい声質にはならねぇとは思うけど、ミリアには別の歌い方の方が合ってる」
「別の……歌い方?」
「ああ。そうだなぁ~……えっと」
するとハルっちは、鞄からたくさんの譜面を取り出し、ぶつぶつ言いながら何かを探していた。
そしてお目当てのものが見つかったのか、その譜面を私に渡してきた。
「ミリアってさ、今声を低くして歌ってるだろ」
「うん」
「なら、今渡した歌を、声を高めにしてミリアなりに感情を乗せて歌ってみなよ」
その歌は、《素晴らしき恋かな》だった。
これは恋ってこんなに素晴らしくて楽しいんだって言うのを表現しているもので、たくさんの歌手に歌われている人気歌謡だった。
私なりの感情かぁ……。
付き合った経験はあるけど、あんまり楽しくなかったからなぁ。
じゃあ、妄想でいってみるかな。
白馬に乗った王子様が、私とデートしている所を想像してみた。
……キャーッ、すっごく楽しい!
何かテンションが上がって、その勢いのまま歌ってみた。
クラスの皆も私の歌を聴いている。
恥ずかしいけど、とっても気持ちよく歌えているなぁ。
今まで頑張って声を低くして歌っていたけど、別に低くしなくていいからとっても歌いやすい!
最後まで歌い終わると、クラスの皆から拍手をもらった。
えっ、そんなによかったの?
「ほらな、ミリアはこういう歌い方が合ってるんだって」
「どういう事?」
「つまりミリアの声は、色っぽいからかけ離れてて、可愛いんだ」
ハルっちに声が可愛いって言われて、何故か恥ずかしくなって顔が熱くなった。
絶対に顔真っ赤になってるよ!
「可愛い声質のミリアが無理に低く歌ったから、その良さを完全に殺しちまってた訳さ。でも今の歌い方の方が歌いやすかっただろ?」
「うん」
「歌はさ、その人に合った歌い方をしないと相手に不快感を与えちまう。もちろん声質に合った選曲も重要になる。俺がとあるアイドルグループから作曲依頼を貰った時にセクシーなのをお願いしますって頼まれたんだが、見た目や歌い方がセクシーじゃないのにどうしろって思ったぜ」
「あ、あいどる? せくしー?」
「あっ、いや、何でもない」
ハルっちは時々訳のわからない言葉を使うなぁ。
「まぁ可愛い子達を集めた歌手なんだけどさ、注文通りに色っぽい曲を作ってやったのさ。作詞は別の人がやったんだが、見事に不評だったんだ。こんなのは彼女達には合わないってね」
「そうなんだ」
「要するに、ミリアは自分で自分の良いところを潰していたって事さ」
「……そっか」
「ああ。お姉さんとミリアは全くの別人だ。無理に合わせる必要もない。お姉さんが色っぽい歌を武器にしているんだったら、ミリアは可愛く歌えるっていう武器を引っ提げて戦えばいい」
ハルっちは私の頭に手を乗せて、軽く三回ポンポンしてきた。
顔が熱くなっていくのがよく分かる。
「可愛いミリアが可愛く元気に歌ったら、聴いている皆も元気になると思うぜ?」
ハルっちが優しく微笑んでそう言ってくれた。
ハルっちが私の全部を認めてくれたように思えたの。
それに、レイスっちや先生でも私の悩んでいた事を解決出来なかったのに、ハルっちはあっさり解決してくれたの。
たまに変な言葉を使うけど、常に音楽に真剣に向き合ってて、歌も演奏もすごい上手な男の子。
剣も強いけど、いばらない不思議な男の子。
八歳とは思えない位大人びてる男の子。
そして、とっても頼りになる男の子。
野性味溢れていないけど、私の好みじゃないけれど、好きになった。
こんな危険な状況でも、ハルっちを好きになった理由を思い返せるのは、ハルっちが来たからもう安心だと思ったから。
過去を振り返るのが終わって、現実に帰ってきたら……ほらね。
ハルっちが、ゴブリンを全部やっつけていた。
剣を右手に持って――あれ、右手!?
今まで左手で戦ってたよね?
何で、何で!?
ま、まぁいいや。
所々に血が付いているけど、多分ゴブリン達の返り血だろうな。
ゴブリン達は首を半分斬られていたり、頭がなくなっていたりと、強烈な死に方をしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
ハルっちは疲れているのか、息を切らしていた。
すごい、一人で全部倒しちゃうなんて。
優雅じゃないけど、私にはハルっちが助けに来てくれた王子様に見えた。
「ミリア、遅くなっちまって悪かったな」
ハルっちは自分の上着を脱いで、私にそれを着せた。
そっか、私今全裸だった……。
ハルっちに裸見られちゃったんだよね!
恥ずかしい……。
「怖かったろ?」
「うん……でもね、私、信じてた。ハルっちがきっと、助けに来てくれるって!」
私は、ハルっちに抱き付いた。
もうだめだって思った。でもハルっちが来てくれたから助かった。
私はどうしようもなく、ハルっちの事が大好きになっていたんだ。
「ハルっち」
「ん?」
「助けてくれて、ありがと!」
「ああ、無事でよかった」
優しい声が、とっても心地よかった。
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