第44話 ミリアを取り戻せ!


「ミリア、ミリアぁぁぁぁっ!!」


 レイスがひたすら壁を叩いている。

 叩いている手は皮膚が破け、ついには壁にレイスの血がべったり付いている。

 それでも一心不乱にミリアを呼んでいた。


「くそっ、オーグにレオン、仕掛けは見つかったか!?」


 当然、俺もかなり焦っていた。

 何だかんだで、俺はこいつらを大事な仲間だと思っている。

 もちろんミリアもその一人だ。

 そんな仲間を、俺は失いたくないんだ!

 だから必死に仕掛けを探しているんだが、見つからない。

 こうしている間にも、ミリアは奥へどんどん連れられてしまっている。

 くそっ、焦って集中できねぇ!!


「こっちはまだだ!」


「私の方も見当たらない!!」


 レオンとオーグも必死になって探してくれているが、成果は芳しくない。

 くそっ、これがダンジョンか!

 まさかダンジョンにからくり屋敷みたいな仕掛けがあるとは、流石に思わなかった!

 しかも、ダンジョン内で最悪のゴブリンがいやがるとはな……。


 この世界のゴブリンはまさに害悪だ。

 特に、女性にとっては。

 ゴブリンは雄しか生まれない個体で、繁殖には人間の女性が必要となる。

 つまりかっ拐って来ては犯し、子供を生んでもらう訳なんだが。

 最悪なのが、ゴブリンの精子に体内に浸透しやすい麻薬成分があるって所だ。

 こいつの精子を体内に取り込んだら最後、犯されないと生きていけない身体になってしまう。

 さらに受精から出産まで一週間とかなり短く、死ぬまでひたすら子供を生み続ける存在になる。

 父さんもゴブリンの巣穴に遭遇したら、色々覚悟しろって言っていた。

 恐らく、廃人になった女性を目撃するかもしれないって事だろうな……。

 

 もし、ミリアがそんな事になったら――


 俺は、さっきの戦闘で褒める部分があった。

 それは、生き物を殺すという罪悪感に捕らわれなかった事だ。

 俺も最初はやっちまったが、殺すのに躊躇して大ケガをした事があった。

 戦闘は命がけ、そんな罪悪感程度で思い止まったら返り討ちに合う。

 だが、あいつらはそれにならずにしっかり仕留めた。

 これを皆に対して褒めたかった。

 ミリアに対しても、仲間を助けた勇気を褒めたかったんだ。

 だけどな、ミリアが欠けちゃ褒められないんだよ!!


「レイス、ダンジョンは崩落するか!?」


「えっ、ダンジョンは魔力で形成されているから、薄い壁以外の天井、床は絶対に崩落しないし破壊出来ないけど……」


「わかった。レイスはちょっとどけ。そして全員、しっかり耳を塞げよ!」


「な、何をする――」


「ぐずぐずしてる暇はねぇんだよ!! さっさと言う通りにしてくれ!!」


 俺の怒声に怯えたのか、レイスはそそくさと壁から離れ、全員耳を塞いだ。

 俺は両耳を《遮音》のサウンドボールで音をカット済みだ。


 俺は両掌にサウンドボールを集め、俺の胴体位の大きさのサウンドボールを二つ生成した。

 与えた指示は、《ジェット機の音×三倍》と《マッハ一で前方へ直進》だ。

 さぁ、ぶっ放すぜ!

 

「壁をぶっ壊せ! 《特大ソニックブーム×2》!!」


 俺は特大ソニックブームを発射する!

 音速で二つの巨大なサウンドボールが、恐らく轟音を撒き散らしながら直進した。

 そして一拍遅れて、想像以上の衝撃波が襲いかかってくる。

 回転する壁は吹き飛ばせたが、あまりの威力に俺自身も吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。


「がはっ!」


 いってぇ……。

 結構強く叩き付けられたから、全身がマジでいてぇ。

 だけど、そんな痛みに構っていられねぇ!!

 俺は何とか立ち上がり、レオンに叫んだ。


「レオン、俺に《ブースト》をかけてくれ!」


「ちょ、ちょっと待て! そんな事したら、ハルの体が――」


「そんな事言っていられるかよ!! いいから、早く!!」


 なりふり構ってられねぇ!

 俺はミリアを助けたい。

 彼女の為にも、そして、大事な仲間のレイスの為にも!

 ミリアの廃人になった姿なんてレイスが見てみろ、あいつも一緒に壊れちまう。

 そんなのはな、見たくないんだ!

 そんな未来は、俺は望んでねぇんだよ!


 これくらいの無茶で仲間が助かるなら、仲間を救えるなら、やってやるさ!


「早くしろ、レオン!!」


「あ~~、もう! どうなってもしらないからな!」


 サンキュー、レオン!











 ――ミリア視点――


 何度も叫んだ。

 声が枯れる位叫んだ。

 きっと皆が、私を助けてくれるって信じて。

 でも、随分と奥まで連れてこられちゃったなぁ。

 もう私は、無理かもしれない。

 嫌だよぅ、死にたくないよぅ……。


 すると、私は乱暴に地面に降ろされた。

 何か広い空間なんだけど、何処なんだろう?

 私は辺りをキョロキョロ見てみる。

 あれ、誰かいるのかな?

 私はじっと見てみると、わかった。

 大人の女性五人の、全裸の死体だった。


「ひっ!?」


 死体と言っても、何処も傷付いていないの。

 でも、白目を向いて舌をだらしなく出しているのに、笑顔で死んでるの。

 聞いた事がある。ゴブリンに拐われた女性は、気持ちよくなって死ぬって……。

 それが、この表情なの?

 しかもお腹を見てみると、全部の死体のお腹が膨れていて、時たま激しく動いてるの。

 もしかして、ゴブリンの、赤ちゃん?


 うっ、気持ち悪い……。

 胃液が逆流してきてるかも……。


「ギギッ!」


 ゴブリンの不快な声がした。

 私はそちらを見てみると、七匹のゴブリンがいた。

 さっきまで腰巻きをしていたのに、今は何も着けていない、全裸だった。

 何で、何で裸になっているのよ……。

 ううん、私、知ってる。

 お母さんに将来赤ちゃんを作る時に必要だからって、教えられた事がある。

 そして、ゴブリンの事も知ったの。


 つまり、私は――


 次の瞬間、私は一匹のゴブリンにお腹を蹴られた。

 

「こふっ」


 私はあまりの痛みに、そのまま倒れ込んだ。

 痛い、すごく痛いよ……。

 私は痛すぎて倒れたままうずくまっていると、私を取り囲むようにゴブリン達が群がって来た。


 いや、嫌よ!!

 私に何しようっていうの!?


 私はゴブリン二匹に両腕を押さえ付けられ、自由を奪われた。

 そして、別のゴブリンが私の服を掴み、力一杯引き裂いた!

 さらに服の残骸を全部取り除いて、私を全裸にした!


「嫌、離して! やめて!!」


 ゴブリン達が、口元を三日月のように歪めて笑った。

 もう、私、ダメなの?

 嫌だよ、私、素敵な歌手になる為に頑張ってるんだよ?

 何で私、こんな目に合わなきゃいけないの?


 ううん、わかってる。

 私達が、ハルっち抜きで戦闘をやったからだ。

 ハルっち抜きで戦おうってレイスっちに提案したのは、私だったんだ。

 私達だってしっかり戦えるんだって、ハルっちに知ってもらいたかったんだ。

 でも、全然ダメだったし、今なんて私が一番迷惑掛けちゃってる。

 あぁ、こんな事になるなら、ハルっちと一緒に戦うべきだった。

 最初から私達は、間違っていたんだよね。

 なら、今私がこんな目に合っているのは、神様からの罰なのかも。


 私は、後悔のあまりに泣いちゃった。

 本当に悔しい。

 結局私達は、ハルっちがいないと何も出来なかった。

 甘く見すぎていたんだ、ダンジョンも、魔物も、戦いも……。


 えっ……?

 ゴブリン全員の股間が、何かすごい事になってる?

 えっ、何で私の足を開くの!?

 やめて、やめて!!


「やだ、やだやだやだやだ!! 助けて助けてぇぇぇ!!」


 やっぱり、私は五人の死体のようになりたくない!

 生きたいの、生きたいの!

 夢を叶えたいの!!

 助けて、助けて!


「助けて、ハルっち!!」


 何で、私、ハルっちを呼んでるんだろう。

 でもきっと、ハルっちなら来てくれる。

 私の憧れのロナウド様の息子。

 普通の同い年の皆とは、全然違う雰囲気を持っている、不思議な男の子。

 剣の準備をしている時の、真剣な眼差し。

 それなのに、音楽の事になると子供みたいに楽しそうにする、男の子。

 そして、頼りになる男の子。


「てめぇら、ミリアから離れろぉぉぉぉっ!!」


 ほらね、最高のタイミングでやってくるの。

 私が好きになった、赤髪の男の子。


「――ハルっち!!」


 今わかったわ。

 私、ハルっちの事が好きなんだ。

 何で好きになったんだろう?

 わからないや。

 でも、もう私は助かる。

 この男の子は、何とかしてくれるから。



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