第46話 俺、怒りに任せて暴れる!


「――詠唱完了。ハル、《ブースト》をかけるぞ」


「ああっ、早くしてくれ」


 レオンが小さく溜め息をついた後、俺にブーストをかける。

 魔法による身体能力の上昇で、随分先まで進んでしまってるゴブリン達に追い付いてやる。

 でないと、ミリアが廃人になっちまう!!


 おっ、体が暖かくなってきた。

 何か体の奥底から力が沸いてくるような感じだぜ!

 これなら追い付く――


「ぐ、あぁぁぁぁぁぁっ!!」


 突如、全身に激痛が走る!

 この異世界に生まれてから、味わった事がない程の痛みだ!


「だから言っただろ! さっき吹っ飛ばされた時にダメージ負ったから、《ブースト》でさらにダメージが悪化してるんだよ!」


 いや、わかっていたさ。

 わかっていたけど、こんなにも激痛が走るとは思わなかったんだって!

 くそっ、膝に力を入れないとかくんって折れて、立ってもいらんねぇ。

 だけどな、ミリアの廃人姿を見るのはもっと嫌なんだよ。

 さぁ、男の見せ所だぜ、俺!!


「ぬ、あぁぁぁぁぁ!!」


 俺は気合いを入れると共に、雄叫びをあげる。

 痛みに折れそうな俺の心を震え上がらせる為!

 よし、大丈夫だ。行けるぞ、俺!!


 俺は正面を見据えて走り出した。

 回転壁の向こう側の通路がどういう風になっているのかは、正直わからない。

 だけど慎重に進んでいる暇すらない!

 俺はがむしゃらに走り出す。

 

 レオンの《ブースト》のおかげで、普段の走力の二倍は速く走れてる。

 しかしこの通路は狭く、直角に曲がる所があって、俺は対応出来ずに左肩から体当たりしてしまう。

 ぐっ、いってぇ!

 でも今はミリアの事だけを考えろ!!

 後ろからレイス達が追い掛けてきているが、あいつらの歩幅に合わせてたら手遅れになる。

 悪いが、おいてけぼりにさせてもらう。


 何度も壁にぶつかっても、俺は痛みに耐えて走る、走る、ひたすら走る!

 ただただ間に合って欲しいと思いながら、走る。

 きっと俺の体は今、結構ボロボロなんだろう。

 本当はスマートに王子様っぽく助けてやりたいが、俺の柄じゃねぇな。

 どんなにぼろくそになってても、どんなに不格好でも、ミリアが助かればそれでいいさ!


「『やだ、やだやだやだやだ!! 助けて助けてぇぇぇ!!』」


 すると、サウンドボールと先の灯りが見える所から同時に、ミリアの声がした。

 あの灯りの所に、ミリアがいる!

 しかも結構切羽詰まった状況か!?

 俺は体に力を入れて地面を蹴った。

 身体強化のおかげで、さらに加速する事が出来た。


「『助けて、ハルっち!!』」


 ああ、助けてやる!

 俺は灯りが付いている広い部屋に出た。

 俺の目に入った光景は、まさに地獄だ。

 部屋の奥には白目を向いて不気味な笑顔を浮かべたまま明らかに死んでいる、全裸の腹が異常に膨れた女性五人。

 そして全裸のミリアを取り囲むゴブリン達。

 ご丁寧に見たくもねぇ他人のアレを勃てていやがる!

 後数秒でも遅れていたら、ミリアはアレで……。


 てめぇら、俺の大事な仲間に、何しようとしたんだ?

 容赦、しねぇからな?


「てめぇら、ミリアから離れろぉぉぉぉっ!!」


 俺は怒りに任せて、ゴブリン達に向かって吠えた。

 剣を鞘から抜いて、右手で構える。

 父さん、強敵じゃねぇけどこいつらは全力で叩っ斬る!

 ミリアが俺の名前を呼んだみたいだが、今はどうでもいい。

 今はただ、このゴブリン達を殺す事だけを考える。


『ハル、時には怒りに身を預けてみろ。結構すっげぇ事になるぜ?』


 昔、父さんにそう教わった事がある。

 父さんの事だ、悪いようにはならないだろう。

 漫画やアニメだと、怒りに任せるのじゃダメらしいけど、どうやら違うらしい。

 ここは前世でのサブカル知識は置いておいて、父さんを信じる!


 さぁ、俺。このクソッタレなゴブリンをどうしたい?


 ――もちろん、一匹残らずぶっ殺す!


 いいね、俺も大賛成だ。

 

 ――なら、『俺』に体を貸せよ。


 いいが、大事に扱えよ?



 ――安心しろ、悪いようにはしねぇよ。


 んじゃ、やってみな。


 俺は何となく、俺の怒りと会話したような気がした。

 今の俺と怒っている俺は、同じ思いだ。

 さて、行ってこい!!


「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 身体能力強化をフル活用して、地面を蹴って飛び出す俺。

 ミリアの足を開かせて、今から汚ねぇアレを侵入させようとしているクソゴブリンを、突進力を活かして剣で胴体を貫いた。


「ぴぎゃっ!?」


 あまりにも勢いが付きすぎて、俺はゴブリンを突き刺したまま前方に三十メートル程吹っ飛び、そのまま一緒に倒れてしまう。

 だが想定済みだ。

 俺はすぐさま剣を引き抜き、まだ息があるゴブリンの首を突き刺した。

 抜いた時に鮮血が俺にかかっちまったが、そんなのは気にしない。

 俺は次の標的に向かって走り出した。

 ゴブリン達はあからさまに慌てている。

 そりゃそうだ、ミリアを犯す事で頭が一杯だったからだろう、自分の近くに武器が一切ない。

 それに仲間が一人速攻で死んだせいか、大混乱しているみたいだ。


 はっ、好都合じゃねぇか!


「あぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ひぎっ!?」


 俺が水平に力任せに振った剣の刃は、二匹目のゴブリンの喉に食い込んだ。

 だが悲しいかな、《ブースト》で強化されていても、力不足でゴブリンの首の骨を両断出来なかった。

 ウェアウルフなら両断出来たんだけど、人型の魔物だと骨が太いみたいで、子供の俺じゃまだ出来ないみたいだ。

 仕方なく、俺は首の骨を避けるように斬り、刃を振り切る。

 例の如く首から大量の血を噴き出して俺にぶちまけるが、別にどうでもいい。

 

 三匹目は心臓を突き刺した。

 こっちだと何とか肋骨を貫いて心臓を剣で串刺しに出来た。

 いい気味だ!


 四匹目は地面に這いつくばって、必死に逃げようとしていた。

 あまりに怖くて腰を抜かしたみたいだな。

 でも、俺は遠慮しない。

 剣を真下に振り下ろして、頭頂部を叩き割った。

 案外、頭蓋骨って固いんだな。


 五匹目はこんな戦闘真っ只中でもミリアを犯そうとしていた、色ボケゴブリンだ。

 慈悲は要らないな。

 腹に剣を突き刺した後、そのまま脇腹に抜けるように剣を移動させる。

 手入れは怠ってなかったから、切れ味抜群の俺の剣は、ちょっと力を入れただけで内臓と脂肪、皮膚を切り裂いて出てきた。

 これはもう名刀に匹敵するんじゃないか?


 六匹目はよく覚えていないが、何度も何度も斬った記憶がある。

 こいつが一番いきり立っていたからかな?

 よくわからないけど、とにかく何度も斬った。

 不思議とすっきりしないな。


 そして最後の七匹目。こいつには実験台になってもらった。

 こいつの頭の中にサウンドボールを埋め込み、そして一発大音量の戦車の主砲の音をぶっ放した。

 音ってのは、空気が振動して俺達の耳に伝わる。

 空気の振動は音が大きければ大きい程、振動も大きくなる。

 つまり、ゴブリンの頭の中でそんな音を出したらどうなるか?

 答えは脳みそが振動に揺さぶられる、だ。

 脳みそはとっても柔らかい事で有名だ。どうやら豆腐とほぼ同じ位らしい。

 そんなに弱い耐久力の脳みそを直接シェイクしてやったんだ、どうなるだろうな?


「ぺきゅっ!? あきゃ!?」


 変な奇声を上げ、且つ笑顔で舌をだらんと垂らして、左右の目がまるで別の生き物のように瞳が忙しなく動きをしている。

 立っているのもままならないみたいで、千鳥足になって転倒し、体を痙攣させながらまだ歩こうとしている。

 よし、もう一回大音量をかましてみよう。

 ……動かなくなった。

 なるほどな、こりゃいい攻撃手段が出来たぜ。

 名付けるなら、《ブレインシェイカー》かな?

 ほぼ戦闘不能か即死させられる、えげつない魔法だな。


 ふぅ、全員駆逐したところで、ようやく俺の怒りは収まった。

 しっかし、父さんが言っていた意味がわかったわ。

 怒りに身を任せると、残酷なまでに冷酷になれるし、一切罪悪感や返り血を浴びる嫌悪感がない。

 冷静になってきた今だからこそ、血が付いている事実にしかめっ面し始めている感じだしな。

 うえっ、超ベトベトしてる!

 しかも思いっきり暴れたせいか、今になって体力の限界に気付く。

 すっげぇ疲れたし、体の節々が悲鳴を上げてる。

 左肩なんて壁に思いっきり体当たりしちまったせいか、力が入らないしな。

 うん、怒りに身を任せたら色んな意味ですっげぇ事になったわ……。


 俺は息を整えてミリアの方を見た。

 って、全裸じゃねぇか!!

 ……まぁ何とも絶壁で――じゃなくて!

 でも幼児体型じゃなくてくびれもあるし、スレンダーだな――じゃなくて!!


「ミリア、遅くなっちまって悪かったな」


 こういう時、余裕を以て手とかを差し出せばいいんだろうけど、体力の限界だし痛みもすっげぇしであまり余裕はないんだよ。

 それでもこれだけはしとかないとな。

 ゴブリンの返り血は付いちゃってるけど、裸を見られるよりはマシだろう。

 俺は上着を脱いで上半身裸になり、その上着をミリアに着せた。

 小柄なミリアには大きかったみたいで、すっぽりと着させられた。

 ――うん、彼シャツとかのシチュエーションなんだろうが、返り血が台無しにしている。

 ゴブリン、許すまじ!!


「怖かったろ?」


 俺は煩悩に溢れた想像を振り払って、ミリアが安心できるように落ち着いて話しかけた。

 

「うん……でもね、私、信じてた。ハルっちがきっと、助けに来てくれるって!」


 そうミリアが言った後、俺に抱き付いてきた。

 そっか、怖かったんだな。

 俺は落ち着けるようにミリアの背中をポンポンと軽く叩きながら、しっかり受け止めた。

 よかった、ミリアを守れて。

 本当に、よかった……。


「ハルっち」


「ん?」


 ミリアは俺から少し離れて、涙ながらも満面の笑みで俺に言ってくれた。


「助けてくれて、ありがと!」


 あぁ、俺はこの子をしっかり救えたんだな。

 多分心に傷は負ってしまったかもしれない。

 でもさ、ミリアの笑顔が守れたんだ。

 心から俺は安心した。


「ああ、無事でよかったよ」


 俺がそう言うと、ミリアは嬉しそうにまた抱き付いてきた。

 子供っぽいなぁ。

 まぁ、今はご褒美って事で、ミリアの感触を楽しみますか!

 でも本当に、今日はすっげぇ疲れた……。

 こりゃしばらく安静にしてないといけないな、俺……。




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