第47話 何とか生還……あれ?


 俺達はダンジョンを出て、寮に戻っている途中だ。

 俺は満身創痍ながらもミリアを背負って、激痛に耐えながらも何とか歩いていた。

 他の皆は、泣いていた。

 ダンジョンに入る前とは全く真逆のテンションだった。

 まぁ原因は俺なんだけどさ、あれはやらざるを得なかったんだ。





 時間は、ミリアを救出した所まで遡る。

 レイス、オーグ、レオンがゴブリンの部屋に辿り着き、ミリアの無事を喜んでいた。

 その中で俺は、せっせかとゴブリンの死体と五人の女性の遺体を一ヶ所に集めた。


「ハルっち、そんな事してどうするの?」


 ミリアが我慢できずに質問してきた。

 う~ん、答えてもいいんだけど、絶対に気分悪くするだろう。

 まぁ前置きはしておくか。


「多分、気分悪くなるけど、言っていいか?」


「うん」


「……これから、焼く」


「えっ」


 俺は死体達に持ってきた油を満遍なく掛ける。

 準備の時に用意してきた油は、こういう時の為の物だったんだよね。


「その女性達の遺体も焼くのかい?」


 レイスがビックリしながら聞いてきた。

 俺は空になった瓶に蓋をしながら、頷いて返事した。


「だったら、ご遺族に渡した方がいいのでは?」


「どうやってさ?」


「どうやってって、それは……」


「表の見張りの兵士さんに言うのはなしだ。この人達の腹には、いつ出てきてもおかしくないゴブリンがいる。じゃあ俺達子供が運べるかって言われたら運べない」


「なら、ハルがここを見張っている間に、俺が兵士さんを呼んでくるよ! ゴブリンを一人で倒せるハルなら、産まれても安心だし」


 さすが優等生、レイスはこの女性達を家族の元に返したいらしい。

 だがそれも却下だ。


「そんな時間はねぇよ。多分ダンジョンも森と同じで、魔物がわんさか寄ってくるだろうよ。この死臭と血の臭いに誘われてな。流石の俺でも死ぬって」


「うっ……」


「そして死体を焼けば、魔物は食おうとも思わないし、子供の苗床にもしようとしねぇ。だから焼くしかない」


 きっと俺は冷徹だと思われるだろうけど、森ではそんな道徳心や正義感を持っていたら生き残れない。

 実際死臭に誘われてウェアウルフが沸いてくるし、いくら父さんと俺が強くても、数の暴力には勝てる訳がない。


 レイスはまだ何か言いたげだったが、俺が睨みを利かせて何も言わせなかった。


 でもな、本当は俺だって遺族の元に返してやりたいよ。

 だけどそのせいで俺達が危険になるのであれば、遠慮なく俺達の命を選ぶ。

 俺はまだ死にたくないし、こいつらも死なせたくないしな。

 

「俺はしっかり焼けたかを見守る。皆は見ない方がいいぞ?」


 俺は皆に忠告をした。

 でも、無言で俺の背後に立っていた。

 見届けるらしい。

 ……結構辛いと思うんだがな。

 森で魔物の死体を焼いた事はあるが、意外と焼けた肉の臭いは酷いし、視覚的にも酷くて何度か吐いたっけ……。


 俺は地面に垂れている油に向かって、剣を振り下ろした。

 地面と剣がぶつかり合い、火花が出る。

 するとその火花で油に引火し、急速に死体達を炎が包む。

 腹の中にいるゴブリン達は、熱そうにもがいている。

 女性の遺体の腹が、悲鳴を上げながらもぞもぞと動いているのがわかる。


 ほら、言わんこっちゃない。

 俺以外の四人は全員、泣きながら盛大に吐いた。

 結構俺だってキツいのに、初めて見るこいつらにはもっと辛いはず。


 ――ごめんなさい、お姉さん達。助けてあげられなくて。埋葬できなくて。

 

 被害者である五人の女性の遺体に心で合掌し、しっかり死体達が燃えているのを確認した俺は、皆を起こしてダンジョンを出た。








 こういった経緯があり、精神的ダメージを強く負っちゃった皆だった。

 もっとキツく言ってでもその場から追い出せばよかったかな。

 ミリアも俺の背中にすがりながら泣いている。

 とにかく帰ろう。俺ももう体が限界に来ている。

 ちゃんと意識していないと、マジで倒れちまう……。


 しかし気になった事があった。

 表にいるはずの兵隊さんがいなかったんだ。

 この件を報告しようとしたのに。

 交代するタイミングだったか? いや、まだ日は落ちていないしそんなタイミングじゃないだろう。

 気になるけど、今はそんな事より無事に寮に到着出来るように集中しよう……。


「ハルっち、ごめん、ごめんねぇ……」


 突然ミリアが泣きながら謝ってきた。

 いきなりどうしたんだ?


「何がだよ? 謝るような事してねぇじゃん?」


「だって、私の回復魔法がもっと強力だったら、そんな傷治せたのに……」


「あぁ、まぁ確かに、ちっと辛いけどな」


 実はダンジョンを出る前に、ミリアから回復魔法を掛けて貰った。

 確かに表面的な傷は小さくなって痛みも若干和らいだ。でも、壁に体当たりしてしまった左肩のダメージは回復していなくて、あくまで皮膚のダメージしか回復しなかったんだ。

 ミリアはその事をとても悔しがってた。


「他にもいっぱいごめんねしたいよ……。足手まといでごめんね、助けて貰ってごめんね、そしてね――」


 ミリアの俺の服を掴む手の力が、強くなったのを感じた。


「ハルっちだけに、あんな辛い事させちゃって、ごめんなさい……っ」


 あぁ、死体を焼いた事か。

 別にミリアが気にする事じゃないのになぁ。

 本当、いい子だよ、ミリアは。

 こんないい子を無事に助け出せて、本当に良かったぜ……。


「気にするなよ。ああいうのは年長者の仕事だって」


「ハルっちが一番年下だよ……」


 そうでした。

 テヘペロ!

 なんて調子に乗ってたら、全身が急に悲鳴を上げた!

 いてててててっ!!

 真面目に帰る、帰るから!

 まるで女神様に「シリアスにやれ!」って怒られた気分だ……。


 あっ、やべ。

 くらっと来た……。

 まだ、まだ倒れちゃダメだ!

 ここで倒れたら、ミリアがさらに気落ちしちまう!


「ミリア、ありがとうな」


「えっ?」


「俺も何だかんだで結構キツかったんだけど、ミリアのおかげで少し負担が減ったわ」


 これは俺の紛れもない本心だ。

 やっぱりあの光景は、回数的に慣れている俺ですらキツい。

 さっきまで胸でぐるぐると不快な気持ちがうごめいていたんだ。

 でもさ、ミリアが責任を感じてくれた事が嬉しかったのか、俺の不快な気持ちが少し和らいだ。

 きっとさ、誰かに俺の行為に関して否定以外のものが欲しかったんだろうな。

 ミリアがそれをくれたから、心の負担が減ったんだと思う。


「私、ハルっちにお礼言われるような事してないよ」


「いいんだよ、さっきので救われた」


「そうなの?」


「そうだぜ!」


「そっか……」


 ミリアが手を俺の首に回してきて、そのままそっと抱き付いてきた。

 うん、絶壁だ。

 じゃなくてだな! 何で抱き付いてきた!?

 あぁ、お礼を言われたからだろうな。

 いや、そんな事で抱き付いてこないだろう?


 ……フラグ、立っちゃったかな?

 いやいやいや、まさかな!?

 と、とりあえず様子を見よう、うん。


 そんな煩悩のおかげで痛みを感じる事なく、何とか寮に到着した。

 俺はミリアを降ろしたんだけど、その瞬間に目の前が回転し始めた。

 うえ? 何、どうしたんだ?

 多分、俺は倒れた?

 視界はどんどん暗くなっていく。

 何だ俺、どうなるんだ?

 まさか何かの原因で、また死ぬのか?

 くっ、俺はまだやりたい事たくさんあるんだぜ!?

 死にたくねぇな。

 だが、無情にも意識は刈り取られた。


 そして、俺が目を覚ましたのは三日後だった。

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