第119話 アーリアとのデート4


「お待たせ致しました! ……ハル様、いかがされましたか?」


「……いや、何でもねぇよ」


「? そうですか」


 俺は、色んな人からアーリアとくっつくように言われ続けている。

 王様からも、王太子様からも、そして暗部で普段姿を絶対に見せてはいけない《影》の人からも。

 どれだけアーリアが大事にされていて、そして慕われているのかがよく分かる。

 正直、ここまで色んな人に言われまくると、どんな固い意思を以てしても揺らいでしまう。

 だが俺は、意地で何とか踏ん張っている。

 やっぱり一度自分で決めた事を、俺は絶対に曲げたくない。

 だから俺は決意した。


「アーリア」


「何でしょうか、ハル様?」


「少し、時間をもらえないか?」


「……ええ、わかりました」


 恐らく、俺の表情からどんな話をするのか、読み取ったらしい。

 先程まで笑顔だったアーリアの表情が、一気に真面目な表情になった。

 俺の隣にアーリアが座る。

 肩と肩が触れ合っている距離だ。

 遠くで子供がはしゃいでいる声が聞こえる。

 時間はお昼を過ぎた位だろうか、太陽は頭上をすでに通り過ぎていた。

 本当はデートの終盤に言うべきなんだろうけど、変な期待を持たせ過ぎてもいけないと思う。だから俺は、このタイミングで話を切り出す事にしたんだ。

 ……俺の周辺に八人の小さな呼吸音が近づいてきた。

《影》の皆さんは、盗み聞きの体勢はばっちりですね……。距離としてもそんなに離れていないんですけど。

 どれだけアーリアの事を大事に思っているんだよ、《影》の連中!!


「……俺さ、そこまで純粋な好意を俺に向けてくれて、めっちゃくちゃ嬉しいって思っているんだ。王族とかそういうのは全く関係なくて、一人の女の子としてずっと接してきていたし、一緒にいて楽しかった」


「……はい」


 アーリアはサングラスを外し、見る角度によって色が変わる虹色の瞳で俺の顔をじっと見る。

 だから俺も、アーリアの顔をしっかりと見て、嘘偽りない俺の気持ちをぶつけた。


「アーリアは綺麗だし、無邪気に笑うととっても可愛いし、上品だけど自分が決めた事をやり始めると最後までやり遂げる、強い意思も持っている。本当に、すげぇ女の子だと思ってる」


「…………」


「だけど、俺は決めた事があるんだ。俺が貴族になる理由は、レイとリリル、この二人と結婚する為なんだ。決して、アーリアと結ばれる為じゃない」


「……存じております」


「だから俺は、アーリアの想いには応えられない」


 俺ははっきりと、アーリアを拒絶した。

 二年後、俺の隣に寄り添う女になるとレイとリリルは言った。

 絶対に素敵な女の子、いや、女性になって俺の前に現れると信じているから、俺は愛しの二人を笑顔で迎え入れたい。

 もしかしたら俺以上の素敵な男性と出会ってしまって、俺への気持ちはないかもしれない。

 それでもいい、俺は二年後の約束を守ろうと思っているんだ。

 だから、俺はこの決意を解決するまでは誰とも付き合うつもりもなかった。

 ……実際は、その決意をぶっ壊してしまいそうな位に魅力的な女の子が、目の前にいる訳なんだが。


「……ハル様、正直に仰ってください」


「……ああ」


「わたくしの事を、どう思っていらっしゃいますか?」


 アーリアは瞳を潤ませて、上目遣いで俺を見てくる。

 俺は、嘘を付くつもりはなかった。


「……正直、俺の決意をめっちゃくちゃに揺るがす位に、魅力的で、大事になりつつある女の子、だよ」


「では、わたくしもその輪に加えてくだされば!」


「それは出来ない。俺の心の中には、レイとリリルへの気持ちが根付いているんだ。例えば今アーリアと付き合ったとしよう。もし二年後にあの二人に会った時、俺は、アーリアを大事に出来ないかもしれない」


「!」


 俺が一番恐れているのは、そこだった。

 俺は異世界で初めて恋を知り、恋人関係になってその絆を強くしていったんだ。

 だから例え付き合ったとしても、二年後のあの二人に会った瞬間、俺はアーリアに対する気持ちは消え失せるかもしれないんだ。

 それだけ俺は、レイとリリルを愛している。

 そして俺を懸命に支えてくれたアーリアに、そんな残酷な事は絶対にしたくないんだ。

 

「俺は、中途半端に付き合って、アーリアを傷付けたくないんだ」


 これが、俺の本音だ。

 俺の、決意だった。


 俺のこの言葉すらも残酷だと思う。だけど、実際に二年後にそのような目に合わせる方がもっと残酷だと思った。

 だから俺は、包み隠さず、正直に言った。


 ……周囲にいる《影》の皆さんが、小さな声で泣いているのをサウンドボールが拾った。

 アーリアは泣いていないのに、あんたらが泣くのかよ!!


「……わかりましたわ」


「……すまない」


「えっ、何故謝るのですか?」


「……へ?」


 何か、アーリアの顔がめっちゃ眩しいくらいに笑ってるんだけど!

 ど、どういう事!?


「ハル様、わたくしと付き合ってもいいって感じてくれているんですね?」


「は? いつそんな……こ……と」


 ……あぁ、何かそれっぽい事言っちゃったわ。

『俺は、中途半端に付き合って、アーリアを傷付けたくないんだ』って言っちゃったねぇ、俺。

 完全に拒絶するつもりだったのに、逆にアーリアが嬉しそうなんですけど!


「ハル様、わたくし、正直辛かったのです。どんなに腕に抱き付いても普通の態度でしたから、わたくしは眼中にないのかと思っていました」


「そんな事はない」


「ええ、それが今わかったのです! わたくしの行動は無意味ではなかったのです! お父様の仰った通り、イケイケドンドンというのを実行したらハル様の心をここまで懐柔する事が出来たのです!! わたくしもなかなか良い女だったのですね!!」


「え、えっと……アーリアさんや?」


「わたくし、今思い返したらいつも軽く貴方様に愛の言葉を投げていました。それは確かに真剣さが伝わらないですし、お父様にもそこは指摘されました。だから、改めて言いますね」


 アーリアが俺の手に自分の手を添えてくる。

 そして、俺の目を、虹色の宝石みたいに綺麗な瞳がじっと見据えてくる。


「わたくしは、貴方を愛しています。あの時命を助けてもらって、わたくしの魔眼を見ても綺麗って仰っていただけて、嬉しかった。そこで貴方に恋をしました。大真面目に、初恋でした」


 アーリアの頬がほんのりと赤く染まっていく。

 ああ、俺は女の子に告白させてしまっている。

 ったく、拒絶しようと決意したのに、結局何かやる気を出させてしまっている。

 そして外野にいる《影》連中!! 「いけ、アーリア様!」「おせおせ、アーリア様」とかうっさい!!

 本当にあんたら、暗部の人間なのか!?

 ただのおせっかいじいさんと何ら変わりねぇじゃねぇかよ!!


「わたくしはもう決めていますの。この瞳も受け入れられる殿方は、貴方位しかいません。貴方にもし拒絶されたら、永久的にわたくしは結婚できないでしょう」


 お、おいおい。

 何かそれ、脅しに聞こえるよ?

 何かこの後の言葉を聞くのがすっげぇ嫌なんですけど!!


「わたくし、もし成人した時までに貴方を落とせなかったら、修道院に入ろうと思います」


「はぁ!?」


 驚くしかない。

 修道院とは、独身女性が最終的に行き着く、『行き遅れた女の墓場』と言われている場所だ。

 た、確かに修道院は《虹色の魔眼》を持った女性も受け入れるって話を聞いた事はあるが、だけどそこまでするか!?


「御免なさい、これはハル様に対して完全に脅しですね」


「お、脅しだな、間違いなく……」


「でも、そうまでしてわたくしは、貴方と添い遂げたいのです。例え、他に女性が二人いたとしても、わたくしもその場に加わりたいと思っています」


「いや、でも俺がまず貴族になれるかわからねぇし」


「なれます。わたくしは、貴方は必ず貴族になれると確信しておりますの。ハル様位の才能を持っていらっしゃる方が貴族になれないのなら、いっそ国は一度滅んでやり直した方がいいと思いますわ!」


「過激だな、姫様!?」


「ハル様、わたくしはこれからも貴方へアプローチを続けていきますわ。必ず、貴方から結婚して欲しいと言わせてみせます!」


 ……はは、本当この世界の子供って、精神年齢の成長速度が半端ない。

 だってさ、今目の前にいる女の子は、最近十歳になったばかりなんだぜ?

 たった十年しか生きていないのに、こんなにも主張してくるし、中身おっさんの俺ですら圧倒されているし。

 そういやぁ、最近学会の発表で『魔力量ランクが高い子供は、精神的肉体的に成長が著しく速い』っていうのがあったな。

 前までは統計学的にだったが、どうやらその統計学でもほぼ確定レベルの数字が出たようだ。

 レイがあんなに大人っぽい女性なのも、リリルがあんなに巨乳なのも、俺の筋肉の成長が著しいのも、魔力量が多いかららしい。

 アーリアは確か魔力量ランクはBだったかな?

 平均より高いらしいから、身体的には幼さが残っていても精神的成長はとても速いと思う。


 おっと、話は逸れた。

 とにかく、アーリアがこんなに真面目な表情で俺に対する気持ちを言ってきたのは初めてだ。

 ときめかないはずがない。

 こんなの、心が揺さぶられない訳がない。

 ……脅しもあって、ちょっと動悸があるのは内緒だが。


「……諦めないって事か?」


「はい、わたくしが修道院に入るまでは。自分でもびっくりですの、ここまで諦めが悪い女だったなんて」


「本当だよ、俺の何処がいいんだか」


「貴方の、その器の大きさ。そして包容力。最後に優しさですわ」


「あれぇ? 顔はダメだったって事?」


「顔で惚れるほど、わたくしは安い女ではありません。ま、まぁ、貴方のお顔はとても整っていらっしゃってす、好きですけど……」


「そ、そっか」


 そんな照れながら言わんでくれ。俺も照れちゃうだろ?

 

「と、とりあえずハル様、しっかり覚悟して下さいませ! 別にわたくしはあの二人から奪いたいって訳では御座いません。貴方の三人目の奥様になりたいのです!!」


 俺の手をきゅっと握り、目を潤ませて上目遣い!

 くそっ、反則だぞそれ!!


「……俺は揺らいでいるけど、そう簡単に落とされないぞ」


「ご自身で揺らいでいるって仰るところが、締まらないですね」


「うっさい! 人が気にしている部分を突っ込むんじゃない!!」


「あは、あははははは」


 ったく、そんな楽しそうな笑顔を見せられちゃ、俺はこれ以上拒絶出来ねぇじゃねぇか。

 俺も、女性に対しては意思を貫けないんだなぁ。

 これは修行を積まないとな。


 前世を含めて四十五年生きているけど、まだまだ驚かされてばかりだよ。

 これだから、生きるってのは止められねぇな!

 俺はその後、夕方になるまでベンチで色んな話をしたんだ。

 話をするのが楽しくて、あっという間に夕方だった。

 あっ、ちなみに流石にアーリアはサングラスを着けていた。人通りが多くなった瞬間に、素早くさっと装着したのだ。

 俺の前世の記憶から、「ジュワッ!!」という声が聞こえたのは内緒だ。

 この声が何なのか知らない人、ネットの海に潜ってひたすら調べてくれ。


 楽しいアーリアとのデートは、城まで送り届ける事で終了した。

 最後に、不意打ちで俺の頬にキスをしてきたのは超びっくりした。

 あぁぁぁぁぁ、くそっ!!

 頼む、早く二年経ってくれ!!

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