第58話 リリルとの模擬戦 前編


 さて、リリルからも対戦を申し込まれた訳なんだけど……。

 はぁ……マジでリリルとは戦いたくない。

 レイとの戦闘は魔法戦ではなくて、魔法はもちろん使うけど剣技がメインだったりする。

 だから俺としては打ち合ってて楽しいんだけど、リリルは完全魔法メイン。

 しかも厄介な事に、俺がうっかり教えてしまった魔法が、可愛い顔に似合わず極悪なんだよねぇ。

 調子に乗って前世の知識をフル稼働させて教えちゃったのが悪いんだけど、リリルにさ、「私も、ハル君との愛の結晶(技)がほしい!」って上目遣いで頼まれちゃったら喜んでやるでしょ!


「それじゃ、ハル君、よろしく、お願いします……!」


 少し緊張しているのか、言葉が若干たどたどしくなってる。

 初めて会った頃のリリルを思い出し、可愛いと思ってしまったよ。

 俺、あのリリルも好きだったんだよなぁ。


「おう。えっと、お手柔らかにな?」


「無理、かも。ハル君、すっごく強いから、全力全開でいきます!」


 何気にリリルは負けず嫌いなんだよね!

 ていうか、全力かよ!?

 例え《ラブ・ヒーリング》で死亡以外の状態だったら欠損だって全快するとしても、流石にアレを喰らったら……。

 やべぇ、やべぇぞ!


「では、いきます!」


 リリルは掌を俺に向けて、戦闘体勢を取った。

 うっわぁ、殺る気満々じゃね?

 俺が一瞬でも気を抜いたら、大怪我どころじゃないぞ。


「《ウォーター・ランチャー》」


 初手でそれかよ! しかも詠唱破棄で、魔法名を言うだけで発動出来るまでの熟練度にしていらっしゃる!

 《ウォーター・ランチャー》は、リリルが独自に《ウォーター・ボール》を改良した魔法だ。

 改良前の魔法は、水の球体を魔力で背中を押すような感じだったらしいが、この魔法に関しては球体を弓を射るようなイメージで魔力を操作しているらしい。

 その射出速度は《ウォーター・ボール》の数倍!

 おかげで威力も跳ね上がっているから、当たったら被弾箇所の骨という骨は砕けるだろうね……。

 だがしかし! 俺だって対抗策を用意しているのさ!!

 俺は射出された瞬間の《ウォーター・ランチャー》の球体中心にサウンドボールを吸着させ、そして爆音を途切れる事なく発生させる。

 イメージした音は《軍事施設一棟分破壊出来る程の爆発音》。それが断続的にサウンドボールから発せられるようにした。

 すると、爆音が発生させる衝撃のせいで、水の球体は形を維持できずに弾けた。

 この技のヒントは、ゴブリンと戦った時に行った《ブレインシェイカー》だ。音が発生させる衝撃の強さは、音の大きさに比例する。ならば、衝撃が強ければ、内部からの衝撃によって形状維持出来ない魔法があってもいいはず。まだ構想段階だったけど、実践で立証された訳だ。

 ……ぶっつけ本番は心臓に悪いな。


「さすがハル君だね。でも、これから、だよ!」


 えぇぇぇ、もう勘弁してよ……。

 アレを撃つ前に終わってほしいんですけど。


 すると、右手を横に薙ぐ動作をしたリリル。

 次の瞬間、彼女の周囲に水の球体が十個以上生成されて浮いていた。

 何それ、おじさんそんな魔法知らないよ!?


「これ、ハル君のサウンドボールを真似して、開発してみたの」


 うわおっ、ビックリだよ、俺。

 って、あの球体の大きさだと、《ウォーター・ランチャー》ですか!?

 ってあれ、無詠唱で発動できるの?

 くっそぅ、じゃあ何でさっき魔法名を言ったのさ!

 思った通りの事を質問してみると――


「えっと、気分?」


 気分かい!

 気持ちはわからんでもない、わからんでもないけど!!


 リリルは生成して浮遊させている《ウォーター・ランチャー》を一つだけ発射したり、二つ同時に出したりと緩急付けて撃ってくる。

 俺は百個以上生成しているサウンドボールをその都度指示しては、爆音を鳴らして飛んでくる水の球体を内部破壊していく。

 下手に近づけないから、精密な魔力操作による魔法戦に徹しなくちゃいけない!

 くそ、さっさと近づいて接近戦で終わらせたいのにさ。

 リリルは接近戦は全くと言っていい程出来ない。元から運動が苦手というのもあるけど、近づかれてしまうと彼女は慌てて冷静じゃいられなくなるみたいだ。

 そこでリリルが選んだのは、魔力量ランクSという暴力的な物量を利用して、圧倒的な魔法による弾幕で接近を許さない戦術を選んだ。

 俺もそこでいくつかアドバイスした結果、他の魔術師でも易々と出来ない魔法を容易く使っちゃっている訳だ。

 下手に近づくと無数の《ウォーター・ランチャー》でフルボッコ、だからといって魔法戦をやっても遠距離攻撃手段が皆無な俺では決定打がないから圧倒的不利。

 《ソニックブーム》は射程が五十メートルにも満たないから、今の俺とリリルの距離感では届かないし、《ブレインシェイカー》や《聴覚細胞殺し》っていう攻撃手段に関しては彼女には絶対に使いたくない! 《ブレインシェイカー》は威力を弱めたとしても多分脳を傷付けてしまうし、《聴覚細胞殺し》に至っては吐き気や眩暈を起こさせる。それで苦しむリリルを見たくない!

 さっきのレイとの戦闘も、そんな姿を見たくないから使わなかったんだけどね。

 えっ、戦いにおいては遠慮しないんじゃなかったかって?

 リリルとレイにおいては、それはちょっと自宅で留守番してもらってます。


 さて、と。

 今のままだとマジで俺が不利だしなぁ。

 模擬戦だけど、やっぱり負けるのは嫌だな。

 なら、とっても大変だけど、やるしかない!

 俺が接近戦を持ち込もうと剣を構えた瞬間、左手首から突然ひんやりとした冷たさを感じた。


「捕まえた、《水牢》」


 やべぇ!

 これは《水牢》と言って、俺と共同開発した魔法だ。

 本来の使い方は頭部全体を巨大な水の球体で覆う事で、相手を窒息させるという極悪な技なんだけど、それを手首にやったという事は……。

 

「ごめんね、ハル君! 《水牢爆》!」


 これだ、一番恐れていたアレの正体!

 この《水牢爆》は、俺がリリルに水圧の概念を教えた結果、リリルが自ら《水牢》を改良して作った魔法だ。

 水の球体内部の水圧を高める事で、人体を潰してしまう超極悪魔法だ!

 つまり、俺の左手首にある水の球体は、今まさしく水圧で潰そうとしている……。

 左手首の骨がミシミシと悲鳴を上げている!


「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 不味い!

 俺は左手首にサウンドボールを吸着させ、爆音を鳴らした。

 すると《水牢爆》が球体を維持できずに、パンッと弾けて消えた。

 何とか素早く対処できたけど、左手首に深刻なダメージを負ってしまって剣を握れない。

 やられた、まさか左手を潰されるとは思わなかった。

 攻めると決めた瞬間の出来事だったから、ずっと《水牢爆》を警戒していたのに一瞬でも意識を攻撃に向けた隙を突かれちまった。


「これで、右手で戦って貰えるね」


 リリルがにこっと笑った。

 くっ、可愛いけどしてやられた感じだぜ……。

 それに俺が左手で戦っていたのが気に食わなかったようだな。

 はぁ、仕方ない。ご所望通りに右手で戦ってやろうじゃないか。

 俺は左手首の痛みを我慢しながら、右手に剣を持った。

 次の瞬間、俺の右手首に水の球体が生成された。ほほぅ、俺がしばらく見ない間にえげつない戦法を取るようになったじゃねぇか!

 まぁ二度は通じない!

 俺はさっきと同様に水圧による圧縮が始まる前に、爆音で球体を打ち消した。


「何度も同じ手は食わないぜ、リリル」


「うん、わかってるよ!」


 俺は剣を構えて、リリルに向かって突進する。

 リリルは浮遊させている水の球体を俺に向かって発射するが、俺は走りながらサウンドボールを操作して球体に吸着。そして内部で爆音を鳴らして打ち消す。

 俺の突進は止まらない!

 すると、リリルが俺に人差し指の先を向けた。

 ん? 何だあの動作?

 俺の知らない魔法か?


「《ウォーター・カッター》」


 げっ、マジかよ!?

 もう名前からして、水を圧縮させて勢いよく細く発射する事で、かなり固い金属でも切り裂けるあのウォーターカッターだよな!?

 俺はその場で止まって、サイドステップをする。

 すると、さっきまで俺がいた地面に、縦に細い切れ目が入った。

 あらら、予想通り地面を切り裂きましたなぁ……。


「……リリルさんや、どうやってそれを生み出した?」


「えっと、ハル君に水圧の事を教えてもらったから、こういう事も出来るかなって試してみたの」


「で、これが出来た――と」


 うへぇ、リリルはやっぱり天才肌だ。

 リリルは勉強が得意ではない。覚える事にとっても時間がかかり、それを先生に注意されて輪をかけて勉強が苦手になっていたらしい。

 でも知識を上手く取り込めたらこの通り、様々な事を自分で試してはこんな風に新しい魔法を開発してしまうんだ。

 俺限定の魔法である《ラブ・ヒーリング》なんて、強力な回復魔法を開発したいってお願いされた時に、人体の大体が水分である事と人体の構造を教えたら勝手に作り上げちゃった位だしな。

 覚えが悪いけど、一度覚えたら柔軟に思考を広げて新しいものを生み出せる。それがリリルだった。

 ちなみにレイは、覚えた事を納得するまで繰り返し練習し、一つの技を究極的に極めるタイプだ。《ゴッドスピード》と《秘剣・陽炎》を本当に集中的に練習していて、段々弱点を修正してきているのはビックリだ。

 さて、その天才肌のリリルさん、もしかしてまだ俺が知らない魔法を抱えてたりする?


「私だって、ハル君に守られるだけは嫌なの。あれから頑張ったんだからね!」


 ……あるっぽいな、こりゃ。

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