第59話 リリルとの模擬戦 後編
「な、何なんだよ、この凄まじい戦闘は……」
「ハル君、素敵」
「あの巨乳の金髪の子、あそこから全然動いていないぞ。素晴らしい魔術師だ」
「あの子を我が妻に迎え入れるぞ」
「なら私は、あの茶髪の美人を迎え入れよう」
「しかしハル・ウィードも凄いな。あんな苛烈な魔法をそんなに喰らっていないとは……。私の家臣にしたいな」
「わたくしは婿に来てほしいですわ!」
「音楽もすごくて勉強も出来て、しかもあんなに強いハル君、素敵すぎる!」
リリルのオリジナル魔法、《水牢爆》を左手に受けてから、かれこれもう十五分も戦闘していた。
外野が好き勝手言っている中、俺は攻めあぐねていた。
リリルが作ったオリジナル魔法は、《ウォーター・カッター》の切れ味をそのままにして飛ばす《ウォーター・スライサー》、さらに地中の水分を魔力でかき集めて水の柱を作る《ウォーター・ピラー》、散弾銃のように細かい水滴に衝撃性を乗せた《ウォーター・スプレッド》と多岐に渡り、俺は全く近づけなかったんだ。
俺にも遠距離攻撃はあるにはある。
だけど、それで苦しむリリルやレイを見たくないから、俺はあえて使わないでいる。
しかしこのままだとジリ貧どころか、俺の体力がなくなって回避できなくなっちまう。
一瞬リリルの魔力切れを狙おうと思ったけど、リリルの魔力量はランクS。つまり、相当な大魔法を使わない限りは枯渇しないんだよね。
あぁ、もう!
リリルの負けず嫌いが発動して、めっちゃくちゃ本気で魔法を撃ってきてるよ!
俺と共同開発した魔法は二つだけなのに、何でこんなに増えてるんだよ。本当、リリルはすげぇ!
「ハルも、リリルも、どっちも頑張れ!」
レイが応援してくれている。
うん、結構力が沸いてきたぞ。
単純だな、俺!
「ハル! 無理しない程度に頑張れ!」
レイスが控えめに応援してくれている。
こいつも何だかんだで俺と友達になってくれているありがたい存在だ。
まぁあいつにとっては、俺は恋敵でもあるんだろうけど……。
「ハル、負けるなよー!」
レオンも応援してくれていた。
俺が入院している間に、オーグと頑張ってバイトスパイダーの糸を取ってきてくれたんだっけ。
こいつもかけがえのない友人だ。
「勝っても負けてもどっちでもいいが、私達の野望の為にまた入院するんじゃないぞ?」
相変わらず素直じゃないオーグ。
でも、こいつも運動音痴の癖にバイトスパイダーの糸を頑張って取ってきたんだよな。
それにどうやら毎日見舞いにも来てくれていたみたいだし。大事な友人だよ。
そして――
ミリアは、いない。
あぁぁぁぁぁ、胃が痛くなってくる!
さて、これだけ友人達と愛しのレイから声援をもらったんだ。
リリルも愛しいけど、負けられないね、男の子の意地でさ!
そんな俺を見て、リリルは嬉しそうに笑った。
えっ、何で?
「私、やっぱり、ハル君の何かを決意した時の、その目が大好きだよ」
「おっ、戦闘中に愛を囁いてくれるのか? 嬉しいねぇ」
「それと、私、守られるだけじゃ嫌だったから、今しっかりハル君を追い掛けられているって実感があって嬉しいの」
「そんなに守られるの嫌だったか?」
「嫌じゃないけど、私、ハル君の足引っ張りたくないの。支えてあげたいの」
「そっか」
「うん」
ああ、リリルの強い意思を感じる。
俺は純粋に、傷付くレイとリリルを見たくないから、命を懸けて守っていたんだ。
いや、彼女達だけじゃない。
俺と付き合ってくれている友人達全員だな。だから、俺が傷付いて皆を守れるならいいって心から思っていたんだ。
でもきっと、守られる側の人達にとっては、それ自体心に負担を掛けてしまうのだろう。
自分を守ったから傷付いたとか、自分にもっと力があれば、とかね。
俺の周りにいてくれる人間は、どうやら守られる事を善しとしない連中ばかりだったようだ。
「ハル君、いきます!」
「ああ、俺も行くぞ!」
俺が駆け出すと同時に、リリルは自分の両耳に水の球体を吸着させた。
なるほど、俺の《聴覚細胞殺し》対策だな?
水の球体を両耳に吸着させる事で音の通りを悪くし、聴覚細胞へのダメージをかなり抑えるってとこかな。
安心しなさい、それは最初から使うつもりはこれっぽっちもない!
さぁ、神風上等、特攻だ!
俺は前傾姿勢でダッシュする。
出来る限り被弾箇所を少なくして、リリルの魔法に対する狙いを絞らせる狙いだ。
案の定その狙いが効いたのか、何処を狙っているのかが分かりやすくなった。故に、避けやすい!
俺はリリルの魔法を掻い潜って、彼女との距離を詰める。
そして《サウンドマイク》で常に周囲の音を拾って、不意打ちがないかを常に心掛けておく。
俺が近づく毎に、リリルの表情に焦りが濃く表れてくる。
もう十メートルも距離がない。
俺は勝機を見出だし、リリルに飛び掛かる。
だが――
「《ウォーター・ピラー》!」
このタイミングを狙っていたのだろう、素晴らしいタイミングで俺の真下に《ウォーター・ピラー》を発動させた。
恐らくこの魔法の噴き出す勢いで、俺を空中に放り出そうとしているんだろうな。
だけどな、俺も読んでいたよ、その行動は!
俺は左手を真下に向けて、《ソニックブーム》を放つ。
発生した衝撃波が俺の体を浮かせて、リリルを飛び越えた。そして空中で体勢を立て直してリリルの背後に着地する。
これで、チェックメイトだ。
俺は木刀をリリルのうなじ辺りに当てた。
体をびくってさせた後、リリルはゆっくりこちらを振り向いた。
「俺の勝ち、だろ?」
「……うん、ハル君の勝ち」
リリルは負けを認めると、ちょっと涙ぐんでいた。
俺はそんな彼女が愛しくなり、頭を優しく撫でた。
「リリル、すっげぇ強くなったな」
「……本当?」
「ああ。本音を言うとあまり戦って欲しくないけど、でも、それだけ強かったらいざという時は自分を守れるな」
「ハル君の事も、守れる?」
「ああ、すげぇ頼りになるよ」
「……えへへ」
リリルの満面の笑みが、とても愛しく感じる。
「ちょっとちょっと、僕を除け者にしないでよ!」
「おっと、わりぃわりぃ!」
「何か僕はハルの事を守れないような感じじゃないか!」
「ん~、レイの場合は俺を守るってより、俺の背中を預けられる存在だよ」
「背中?」
「ああ、背後が一番の死角だからさ。レイには俺の背後を安心して任せられるんだよ」
「そうなんだ。えへへ」
うん、ちょろいぜ、レイ。
でも事実、俺の背後を任せるのはレイなんだよな。
何だかんだで剣の腕はすげぇし、俺の行動に合わせて行動してくれるのも、父さんを除けば今のところレイしか出来ない。
だから本当に安心して俺の背中を任せられるんだ。
二人と適度にいちゃついた後、俺はリリルに左腕を治療してもらい、問題なく完治した。相変わらず治癒魔法の腕前は脱帽するぜ。
その後にレイとリリルにアプローチをかけてきた野郎共を全員排除して、魔法戦技の授業は終了した。
次の授業は音楽の歴史だったよな。
あまり興味はないけれど、この世界の音楽のルーツを追い掛けるのも必要だと思っている。
眠気と戦う事にはなるが、何とか耐えきって俺の糧にしようじゃないか!
――???――
「諸君、ついに計画を実行する時が来た。君達が研鑽している腕を、思う存分奮ってほしい」
俺がそう宣言すると、待ってましたと言わんばかりに部下達が口を三日月のように歪ませる。
相当血に餓えているな、自慢の部下達は。
「もう一度言っておこう。今回の計画は諸君らの命を散らせる可能性が非常に高いものとなっている。だが、戦場を求める諸君らにとっては望んでいた死地だろう」
俺の部下達は死をも恐れずに頷いた。
死よりも戦えない事に恐怖している連中だ、最期の最期まで力を振り絞って戦うであろう。
「まず、この音楽学校に宰相の孫がいるから、そいつを人質に取れ。そうすると恐らく兵士達はその孫を優先的に助けろと指示を受けて、相当数で我々を排除しに来るはずだ」
この国の宰相は、かなり孫を溺愛している事で有名だ。
一度我々が誘拐をした時、王都の約半数を投入してまで救出した程だ。その溺愛具合が測れる。国王も宰相とは親友に近い関係の為、恐らく孫の救出に全力を注ぐように指示を承諾するだろう。
今回もそんな宰相の溺愛を利用した計画で、こちらに兵士を大量投入している隙に、芸術学校の襲撃と国王及び第一王子暗殺を同時に実行する。
暗殺は失敗する可能性はあるが、芸術学校襲撃はほとんど上手く行くだろう。
上手くいけば、さらに《武力派》に協力する者達が増える。そうして武力による強固な国に生まれ変わる事が出来るのだ!
戦乱の世、素晴らしいじゃないか!
人の本質は獣と同じく戦う事なのだ、芸術や道徳で縛られた人生なんて、何の価値もないゴミ屑当然だ。
ふふ、俺も気持ちが昂っているのか、感情的になってしまっているな。
まぁいい、ついに力を奮えるのだ。
「腑抜けな兵士共を皆殺しにしろ。それと宰相の孫以外は諸君らの好きなように斬って構わん」
俺のその言葉を聞いて、部下達は大層嬉しそうだ。
相当人間を斬りたかったのだろうな。
おっと、大事な事を言い忘れていた。
「もし、赤髪の男子を見掛けたらそいつは殺すな。それは、俺の獲物だ」
ハル・ウィードは俺の獲物だ。
これが、死闘の末に斬り殺す相手なのだ。
いくら部下であっても、もしハル・ウィードを殺したら、その部下も八つ裂きにしてやろう。
「さぁ諸君らよ、行くぞ! 楽しい楽しい兎狩りだ!!」
返り血を、この身に浴びる為に。
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