第217話 ログナイトと戦うのは……?


 ――《音楽の街ウェンブリーの歴史》第一章四十ページより抜粋――


 ハル・ウィードは、武力で名を馳せているログナイト・カーリィとライジェル・グローリィとの合同演習を行う事で、開門直後の戦争を避ける事が出来た。

 当時、貴族間での軍事演習は全くされておらず、レミアリアの歴史の中で初の軍事演習とも言われている。

 軍事演習を行う事で、ハル・ウィードには強力な味方が二家も付いていると周囲の貴族にアピール出来たのだった。尚且つ武力も相当な二家だ。アレクセイ・フォールは時期尚早と見てウェンブリーに攻め入る事を諦めるしかなかった。

 この判断は正しく、実際カーリィ家とグローリィ家の私兵達は、個々の武力も相当の武芸者達が集まっている。

 ログナイトとライジェル自らが手塩を掛けて育てた私兵達は、一騎当千とは行かなくても私兵一人が並みの兵士五人分に相当すると言われている程だった。

 数は勝っていても所詮は烏合の衆。強力な味方がいるのであればそれを粉砕できる程の兵力が必要か、個々の質を上げるしかない。

 もしアレクセイがこのまま戦争を仕掛けていたのならば、恐らくフォール家は大損害を負っていただろうと専門家は予想している。


 さて、貴族の中でも破天荒で知られているハル・ウィードだが、やはりただの軍事演習で終わる訳がなかった。

 彼は軍事演習すらも、自身の領民の娯楽として与えたのであった。

 そもそも演習の内容は細かく分けられており、一つは前衛の兵士達による魔法使用禁止での戦闘訓練だった。

 木造の武器を使用し、一撃でも斬られたらその場で倒れて死んだふりをする。これを十分間行って、兵士が多く残った陣営の方が勝利というものだ。

 当然その場で倒れるという事は踏まれてしまう危険性があるのだが、それも訓練の内だ。

 転倒しても死なないように身を守る術を事前に仕込まれており、それを実施していたのだ。

 この三家三つ巴の戦闘訓練で、ハル・ウィードは観客席を設け、公式に賭け事も許可したのだ。

 どの陣営が勝利するのか、領民達は大いに賑わったという。

 また怪我をしてもいいように、リリル・ウィードが設立した治療院のスタッフが配置されており、怪我人はいたものの即治療されたのだった。

 

 別の訓練では、魔法訓練が行われた。

 この訓練は魔法を放つ後衛が全員で一斉に各属性の初級魔法を発射。

 三家の精鋭魔法部隊が横一列に並び、遠くに設置された的を一回の発射でどれだけ破壊出来るかを競うものだった。

 爆発等での破壊は無効とされ、各属性での優秀魔法部隊を決めるコンテストに近い催しだ。

 各陣営から選ばれた精鋭魔法部隊十名が横一列に並び、そして同時詠唱し同時発動する様は迫力があり、観客を喜ばせた。

 各属性の優秀魔法部隊は観客からの拍手で称えられ、とある私兵は誇らしそうに、別の私兵は感涙する者もいたと記録に残っている。


 この軍事演習は入場料があり、三千ジルと安く設定されていた。

 その為老若男女問わず観戦者が殺到し、用意されていた五千席は秒で完売したのだった。

 普段見れない戦闘風景を見る事が出来るのもそうなのだが、観戦者は別の期待があったのだ。

 それは、英雄と呼ばれている自分達の領主、ハル・ウィードとログナイト、ライジェルの一騎討ちが見れるかもしれないというものだ。

 観客席からあぶれてしまった観戦者は、地べたに座って観戦したという。

 入場人数は約九千人。当時開門したてのウェンブリーの人口は三千人の為、半数以上は領地外からの観戦者だった。

 領地外の観戦者の中には当然他の貴族の間者も存在していたのだが、その一人にアレクセイ・フォールの間者もいたという。

 三家が協力した場合の兵力を考えると、下手に攻め込んだら無傷では済まないのは一目見て分かる程だったのだ。


 こうして軍事演習は、ウィード家の懐も暖かくなり且つ敵対貴族に対して牽制も行える、一石二鳥の充実したものとなった。

 さらにハル、ログナイト、ライジェルの仲は強固なものとなり、実質一石三鳥の利益をウィード家にもたらしたと言える。


 では最後に、当時最も注目された一戦を紹介しよう。

 一番期待されていたのはログナイト・カーリィとハル・ウィードの戦いだったが、残念ながら違った。

 ログナイトと戦ったのは――――



















 ――ハル視点に戻る――


 いやぁ、まさかまさか、ログナイトのじいさんと戦いたいと自分から言ってくるとは思わなかった。

 本当は俺がじいさんと剣を交えたかったんだけど、上目遣いでお願いされちゃ俺としては、お願いを叶えてやらない訳にはいかないんだよねぇ。

 細身の剣を腰に携え、肩まで伸びた茶髪を後頭部に纏め、パンツルックでじいさんと向き合っているのは、レイだった。

 観客からはどよめきが起こっている。

 そりゃそうだ、あいつが剣を嗜んでいる事を知っている領民はあまりいない。

 しかし、俺が抱えている私兵達は知っている。

 何せ彼等をしごいているのはレイであり、無類の戦闘狂である事を。

 普段は容姿端麗な美女で、出で立ちも美しく仕事をこなす聡明な女性と認識されるだろうが、剣を握ると美しい顔なのに眉間に皺を寄せ、獰猛な笑みを浮かべて立ち向かっていくんだよ。

 私兵全員はレイに勝てずに打ちのめされる。次いでに女性に負けた事で自信も打ち砕かれる。

 何人か私兵を辞めた奴もいたんだよなぁ……。

 今残っている俺の私兵達は、レイに勝つ事を目標としており、日々鍛練をしている。

 一部レイにボコボコにされたいという事で、自分の身体をより丈夫にしようと変な方向で努力をしている変態もいるみたいだが。


「ふぉっふぉっふぉ、まさか奥方と戦うとは思ってもみなかったわい」


「夫が僕のお願いを聞いてくれたんです」


「そうかそうか、良い男を捕まえたの」


「はい。僕の素晴らしい、自慢できる最高の旦那様です」


 二人にしか聞こえないように話しているようだけど、俺はサウンドボールで二人の会話を拾っているから丸聞こえだからね?

 マジで照れるだろう、やめろよ!

 

 二人が剣を構える。

 ログナイトのじいさんは、大剣を片手で持ち上げてレイに切っ先を向ける。

 大剣なんて生易しいもんじゃない、言うなれば斬馬刀程の大きさを七十越えるじいさんが片手で持ち上げているのがそもそもおかしい。

 レイも細身の剣を鞘から抜き、構えている。

 

 この瞬間、二人から凄まじい殺気が放たれる。

 それが二人の間でぶつかり合い、乱気流のように会場に乱れ飛ぶ。

 二人の殺気に当てられた観戦者の中には、気分を悪くしてしまった者もいるようだ。


 ちなみに二人の武器は真剣だ。

 絶対に即死する攻撃はしない事と念を押したけど、この殺気を感じる限りだと殺す気満々なんだよなぁ。

 もしレイを殺したら、絶対に報復してやるからなとは本人には伝えているけど、果たして守ってくれるのか。


 ルールとしては魔法もあり、金的ありの何でもあり。

 唯一制限があるとするなら、それは殺害は禁止という事だ。

 そんなルールの中、レイはどこまでやれるんだろうか。

 俺としても非常に楽しみだったりする。


「レイ、頑張れよ!」


 俺はレイに声援を送る。

 すると一瞬こちらを見て、とても今から戦闘するとは思えない程の美しい笑みを浮かべて応えてくれた。

 そしてまたじいさんと向き合って殺気をぶつける。

 うん、緊張はしていないようだな。


 あれからレイも相当な鍛練を積んでいるし、いくつかオリジナル魔法を完成させたようだ。

 ちなみに内容は俺も聞いていない。

 きっとこの戦いで見せてくれる事だろう。

 これもまた楽しみの一つなんだ。


 さてさて、どうなるだろうな、この戦いは。

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