第125話 奇跡の夜に乾杯!


 ――ヨールデン帝国側、サリヴァン視点――


 まさか、まさか……。

 こんな事があっていいのだろうか……!

 我々は元母国であるレミアリア軍は、左右の王都へ直通している谷に対して守りを固めてくると予想して中央進軍を選択したのだが、まるで先読みしていたかのように大部隊で森入口で待ち伏せをし、草原に火を放って我が軍を炙り焼きにしてきたのだ。

 軍師殿も驚愕しており、相手側に相当優秀な軍師がいるのだろうと言っていた。


 しかし、想像以上の被害が出てしまった。

 死者が千人程出てしまって、戦闘が難しい程の負傷を負ってしまったのが大多数いる。

 何という体たらく!

 俺が引き抜いた兵士も、敬愛する皇帝陛下からお預かりした兵士も、混乱して逃げ帰ってきたのだ。

 しかもこちらの旗での指示を無視していた!

 

 尚且つ、この不快な音が夜になっても消えずに誰も眠れない!!

 夜が更けてきてそろそろ寝ないと明日に響いてしまうのに、誰一人眠る事が出来ない!

 あぁ、イライラしてしまうぞ!!


「ほ、報告いたし……ます!」


 イライラが最高潮に達している所に、兵士が耳を押さえて我が天幕へと入ってきた。

 

「なんだ!!」


「わ、我が軍の兵士が、続々と体調不良を訴え始めており、このまま、だと、明日の戦闘に支障が出て、しまいます!」


「くそっ、ハル・ウィードめ!!」


 音属性の魔法なんて、出来る事なんてたかが知れていると思っていたが、甘かった!!

 音というのは、こんなにも厄介なものだとは思わなかったのだ。

 くっ、こんな事も出来ると知っていたら、俺はもっと力を入れて奴を引き抜こうとしたのに!


 すると、報告してきた兵士が、俺の目の前で倒れ込んでそのまま嘔吐し始めた。

 天幕の中には、吐瀉物の臭いが充満してしまい、俺まで吐き気を催してきた。


「貴様! 俺の天幕で粗相をしやがって! さっさと掃除をして出ていけ!!」


「し、失礼しました……」


 顔面を真っ青にしながらも自分の上着を脱いで、それで吐瀉物を拭いて出ていった。

 くそ、さらに不機嫌になってしまったではないか。

 とりあえず気晴らしに外に出てみた。

 しかし、外に出ても気晴らしにはならず、目の前では我が陣営の荒れ模様を再確認してしまう。


「あああああああああああああ!!」


「くそっ、暴れ始めたぞ! 取り押さえろ!!」


「取り押さえるのも面倒だ! 斬り殺してしまおう!!」


「ああ、俺達の気晴らしにもなるしな! だが死体はどうするんだ!?」


「そこら辺に埋めてお……ぎゃぁっ!!」


「れ、レイトン! 貴様、血迷ったか!!」


「うるさいぃぃぃぃぃっ!! もうやだぁぁぁぁぁっ!!」


 ……何という事だ。

 外では兵士達が殺し合っていた。

 いや、正確に言うならば武器を持って発狂してしまった兵士を、何とか抑えようとしているのだろう。

 それでもあそこまで本気で剣を振り回されてしまうと、生きて捕獲は難しい状態だ。

 

「これが……これが……、音魔法」


 派手さは一切ない。役立たずに見えるユニーク魔法。

 しかし、ハル・ウィードはこれをしっかりと活かして我々に攻撃を仕掛けている。しかもタチが悪い事に音の大元が一切見えない不可視の魔法……。

 俺が奴の評価を剣技だけ一流と見誤ったのが、そもそも始まりだったというのか。

 くそ、くそ、くそ、くそぅ!!


「~~~~~っ! 軍師殿! 明日の作戦を考えよう!! 明日の朝には殿下が到着する。それまでに何か策を考えないと不味いぞ!!」


 どうせ今日は眠れない。

 なら明日の戦に向けて、同じく眠れずに頭を抱えていた軍師殿と朝まで作戦を立てていた。

 ……音が煩すぎるし眠すぎるしで、しっかり作戦を立てられたかは正直自信はないが。
















 ――ハル視点に戻る――


 敵さんが夜襲出来ない状況である事を盗み聞きした俺達陣営は、全く夜襲を警戒する事なく宴会モードだった。

 皆で焚き火を囲んで、俺のリューンの演奏に合わせて皆が肩を組んで国歌を歌っていた。

 ただただ勢いに任せた、音程が取れていない歌声だった。

 でも皆が生きて帰れた事を喜んで、その気持ちを皆歌声に乗せていたんだ。皆、いい笑顔だぜ。

 

「しっかし、この通信っていう伝達手段のおかげで、戦争がクソ楽でいいぜ!」


「俺なんて、今日突っ立ってるだけだったぜ? 本当にこれでいいのかなって何度も思った!」


「俺も俺も!」


 男達の豪快な笑い声がうちの陣営に響き渡っている。

 サウンドマイクで相手の作戦を盗み聞きした結果、どうやら夜襲をする元気がない様子だから、見張りも付けずにどんちゃん騒ぎだ。

 でもまぁ念の為に俺は森の中と両方の谷にサウンドマイクを設置、もし何か近づく音を感知したらうちの陣営上空に浮遊させたサウンドボールからサイレンが鳴るようにしてある。つまり突然の襲撃にも対応できるような仕組みを作ったんだ。

 おかげで皆が眠れるし、大音量のサイレンならどんなお寝坊な兵士でも飛び起きる。いやぁ、音属性魔法さまさまだぜ!


 通常の戦争だと、皆夜でもいつでも出撃できるように常に気を張っているそうだ。

 そうなると心も身体も休まらないから、兵士によってはそれだけで体調不良を起こすのだという。

 まぁ精神衛生上大変よろしくないよな、それ。

 そこで俺は、少しでも精神的に癒されるように自分のリューンを持ってきて、余裕がある時は夜にでもこうやって演奏をしてやろうと思っていたんだ。

 音ってのは本当に人間の心に一番響くんだ。

 言葉だって音だから、その意味や声色で心が揺らぐ。

 音楽なんて「人間が一番心地よく感じる音」や「一番不安に思う音」を究極的に追求したものだから、音楽一つで精神状態を変える事も出来る。

 

 ちょっと話は逸れるが、前世でこのような話がある。

 とあるメタルバンドが逆再生をすると「Do it(やっちまえ)!」と聴こえるような遊びを仕込んだ。

 偶然そのバンドのファンが逆再生をしてしまって「Do it」を聴いてしまった。

 そしたら何が起こったと思う?

 それを聴いてしまった少年二人は、教会でショットガンで頭を撃ち抜いて死亡したんだ。

 まぁ判決だと音楽は関係ないという事にはなったが、一部だとサブリミナル効果――つまり潜在意識下に刺激を与えて人を操れる効果を偶然にも出してしまったのではないか? と言われている。

 これは一例だけど、他にも音楽界隈ではこういった事がそれなりにあったりする。


 まぁ音楽ってのは、その世界観を表現するものだからな。

 聞き手によってはのめり込んでその世界観に埋没し、言われるがままに実行してしまうんだろうな。

 故に、音楽ってのは人の人生を、いい意味でも悪い意味でも変えられるものだと思っている。

 だから俺は率先して、自分のリューンを持ち込んでこのように演奏を振る舞っているって訳だ。

 前線にいる兵士さん達のストレスは命のやり取りをやっているんだから、正直半端ないと思うしね。

 皆笑顔になっているし、よかったよかった!


「よう、ハル君!」


「おっ、隊長さん! 初日お疲れ!」


 演奏している俺の横にどかっと座り、肩を組んできた隊長さん。

 ほんのり酒臭い。

 出来上がる一歩寸前って感じか?

 ちなみに今日はジョッキ一杯分の飲酒をニトスさんから認められており、このように皆ハイテンションになっていた。

 って、ジョッキ一杯で隊長さんは出来上がる一歩手前なのかよ!

 酒弱いなぁ、おいおい。


「それと、十二歳の誕生日おめでとさん!」


「あんがと! 祝われているのがおっさんだっていうのが残念だけどな」


「ったく、口が達者なガキ……おっと、もう成人だったな」


「そうそう。だから俺も酒が飲める!!」


 酒が飲める!

 酒が飲める!!

 ……そんな歌があったから、これ以上言うのは止めておこう。


「おい、皆! 今日はこの勝利の立役者であるハル君の十二歳の誕生日だそうだ!!」


 隊長さんが俺と肩を組みながら大声で叫んだ。

 大声過ぎてうるさい!


「おっ、マジか!」


「ははっ、戦争中に誕生日とは、何とも災難だな!」


「それなっ、がはははっ!!」


「この子のおかげで、俺達は死なずに済んだ! 盛大に祝ってやろうぜ!!」


『おおーーっ!!』


 するとこの場にいた兵士さん全員が、ニトスさんに視線を向ける。

 ああ、視線が何かを訴えているのがわかる。ニトスさんも意図を汲んだようで、しばらく悩んだ末に小さく溜め息を吐く。


「仕方ない、もう一杯酒を許そう。ハル君には、私が持ってきた極上ワインを差し上げよう」


「ニトス閣下、何ワイン持ち込んでいるんですか! ずるいっす!!」


「元からハル君への誕生日の贈り物として持ってきたんだよ。戦争中に成人ってのは可哀想じゃないか」


「粋な計らいっすね!」


 そういうとニトスさんはワイングラスを持ってきて、俺に注いでくれた。

 うわぁ、宝石のように綺麗な赤ワインだ! そして久々のワインの香りだ。しかも結構いい香りがするから、結構お高いんじゃね!?


「ハル君、改めてお礼を言わせてほしい。君の魔法があったから、兵士を減らさずに敵を退く事が出来た。我ら軍部一同、《音の魔術師》ハル・ウィードの最大の感謝を述べさせてもらう。ありがとう」


 すると皆が立ち上がり、敬礼をしてきた。

 やべ、何か泣きそう。


「そして、男臭くて申し訳ないが、私達全員で君の成人を祝わせてくれ。十二歳の誕生日おめでとう、未来の英雄!」


 ニトスさんが手でワインを飲むように促してくる。

 まぁまぁ、そんなに慌てさせないでくれ。

 俺はまず、香りを嗅ぐ。

 ……ああ、すっげぇいいな。

 生まれ変わって十二年ぶりの酒だ。しかもワインだ。

 俺、ワイン好きなんだよねぇ。

 ついに、俺も飲める歳になったんだなぁ。


 もう辛抱堪らん!!

 俺は一口ワインを口の中に流し込む。


 ……うん。もう何も言えないわ。

 めっちゃくちゃ美味い!!


 そこから一気にワインを飲み干した。

 五臓六腑に染み渡るこのワインの味、本当たまらねぇ!!


 俺が飲み干した瞬間、ニトスさん含む兵士さん達が拍手をして祝ってくれた。

 皆酒で程よくテンションが上がっていて、いい笑顔だ。

 男臭いけど、いい誕生日になったわ。


「さて、大人の階段をもう一つ登るか? 女を呼ぶ事は出来るが?」


 ニトスさんがそう言ってきた。

 つまり、童貞を捨てるかって事だろ?

 兵士さん達もいやらしい笑みを浮かべている。


「今はいいや。娼婦の化粧の臭いで素晴らしいワインの味を台無しにしたくねぇし」


「……本当に君は成人したばかりとは思えないな」


 まぁ中身は四十七歳のおっさんだからな!

 ……童貞だけど。

 とりあえずもう一杯ワインを貰ったが、今の俺の体は酒に耐性が付いていないからちょっと頭がぼーっとしているなぁ。

 これ以上飲むのはまずいから、自分のテントで休もうとしたその時だった。


「こ、国王陛下、王太子殿下、王女殿下がいらっしゃったぞ!」


『はあっ!?』


 俺を含めた全員が裏返った声を上げてしまった。

 だってそうだろうよ、俺達は国と王族を守る為に戦場にいる。だが、守るべき張本人が危険な戦場へホイホイ来てしまっているんだ。

 王様じゃなかったら、バカと罵ってやりたい気分だぜ……。

 とりあえず俺達は整列をし、王様達を迎える準備をする。

 しばらくすると、王様と王太子様、アーリア。後後ろにベールを被って顔を隠している女性かな? が二人という面子でこちらへ向かってきた。

 俺達は片膝を付いて頭を下げ、この集団を迎え入れた。


「諸君、一日目は犠牲者なしに帝国軍を押し返した事、誠に天晴れだった! 終戦後、戦争に参加した諸君には十分な報奨を与えよう。期待するがいい!」


『はっ、ありがとうございます!』


「ニトス。見事な采配だったと聞くぞ。よくやってくれた」


「ありがとうございます。ですが、全ては隣にいるハル君のおかげで御座います。お褒めのお言葉は彼に対して仰ってください」


「確かにそうであるが、貴殿の作戦がなければここまで上手くいかなかったであろう。大義だったぞ」


「ありがたき幸せ!」


 ニトスさんが頭を下げた時、嬉しそうに笑っていた。

 やっと軍師として活躍出来て、尚且つ王様に褒められたんだ。めちゃくちゃ嬉しいんだろうな。


「そして、ハル」


「は、はっ!」


「貴殿の音属性の魔法、まさに我が国に必勝をもたらす素晴らしいものだ! 無事帰ったらたっぷり報奨を与える」


「ありがとうございます」


「それと、貴殿は今日が成人だったな?」


「はっ、左様で御座います」


「では、余からささやかな贈り物だ。受け取るがよい」


 ん?

 王様からのプレゼント?

 何だ?

 すると、後ろのベールを被った二人が王様より前に出た。

 ええええ、王様も女を寄越してきた……。

 ほらほら、アーリアだって何か嫌そうな顔してるじゃんよ!

 俺だって童貞捨てるなら、レイかリリルかアー…………。

 あぁ~……、もうこりゃ認めるしかないなぁ。俺はアーリアの事を完全に好きになってる。

 後でレイとリリルに土下座決めて認めて貰うしかないかもな。

 とりあえずは、この二人が娼婦だったら突っ返そう。


「えっと、陛下? もし夜伽とかそういうのだったらご遠慮願いたいのですが……」


「まぁまぁ。早く二人のベールを取るがよい」


「はぁ……」


 俺は二人に近づき、ベールに手を伸ばす。

 そして俺達の距離が近付いた瞬間、何でだろう、俺の心臓が大きく高鳴ったんだ。

 何でだ、何でこんなに俺の気持ちは高揚しているんだ?

 胸がとても苦しくて、息をするのも大変になってきている。

 

 いや、俺がこんなに気持ちが高ぶる相手なんて限られてる!


 俺は二人のベールを同時に優しく取った。


 ……ああ。

 めっちゃくちゃ会いたかった。会いたかったんだ!!


「お誕生日おめでとう、ハル君!」


「成人おめでとう、ハル!」


 俺は、反射的に二人に抱き付いてしまった。

 格段と美しくなった、レイとリリルにやっと会えたんだ。

 もう、あまりにも嬉しくて言葉にならないや……。

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