第175話 二次会パーティ


 ――《ハル・ウィードの軌跡》第十章、《音楽侯爵》――


 彼がもたらした文化は、音楽だけではなかった。

 ハル・ウィードが結婚式で披露した《キス》は、歴史上彼が初めて行ったものとされている。

 それまでは指輪の交換で誓いを立てていたが、このような唾液交換による身体的密着による誓いは世の女性の憧れとなり、いつの間にか風習化していったのである。

 また、彼が貴族を目指した理由がユニークで、三人の女性(当初は二人だったのだが、アーリア・ウィル・レミアリアの猛烈なアピールによって妻として迎え入れた)と結婚する為だったのだ。

 しかし、レイ・ゴールドウェイの実家が貴族だった為、婿入りするだけでよかったのだが、それをしなかった理由があったのである。

 今は形骸化しているが、当時貴族は正妻を決め、後の妻は側室という扱いにしていたのだ。ハル・ウィードはこの三人を平等に愛していた為に、妻に対して優劣を決める事を良しとしなかった。当然これは制度ではなく暗黙の了解なのだが、貴族間交流でこれを守らなければ相手にされなかった程である。

 これがどういう意味を指しているか。

 同盟無き貴族は、貴族同士の争いや魔物による被害に対して協力要請が行えず、大損害、若しくは死を意味する。それ程貴族間交流というものは大事だったのだ。

 しかし彼は、《家訓》を以て三人の妻を正妻として迎え入れたのだった。

 当時貴族の《家訓》は、国の法律の次に力があったものである。あまりにも貴族間で無益な争いが絶えなかった為、他の貴族に対して抑止力になる《家訓》制度を発足させた。

《家訓》は、一つの家に十個まで設定でき、それ以降は特例がない限り変更は出来ない。それ故にハル・ウィードはゴールドウェイ家に婿入りする事を拒み、ウィード家を立ち上げる事を志したのだった。


 望みが叶い、今までの実績から一気に侯爵となったハル・ウィードが設定した《家訓》は、以下の通りである。


・ウィード家の妻に、序列はない。複数人いても全員が正妻だ。重婚をしたウィード家の人間は、妻達を平等に愛し、平等に幸せにする事。これ、超重要!

・貴族とか関係なく、よく遊び、よく学び、よく食べ、よく寝る事。ただし、それに伴う責任は自分が負う事。

・自分がやりたいように動くべし。ただし、全て自己責任で。

・敵は遠慮なく潰せ。ただし友や仲間、家族とは親しく敬い、裏切るな。裏切ったら自分に倍で返ってくるものと思え。

・家督を継ぐ者は、しっかりと責務を承知の上で継げ。もし職務怠慢と皆に思われた場合は、別の奴に家督を強制的に引き継がせる。

・貴族だからといって、行動は制限しない。基本的にやりたい事をやれ。音楽も強制しないし、剣も強制しない。商人になりたかったらなってもよい。ただし、自分の行動全てにおいて責任を持て。

・ウィード家が管理する領土の民は奴隷ではない。民は領土を盛り上げてくれている従業員だ。これを蔑ろにする者は死罪に等しい罰を下せ。もし他の貴族が領民を蔑ろにしていた場合、手を差し伸べるべし。

・王族との繋がりは、決して私利私欲の為に使う事なかれ。基本は自力解決、どうしても難しい場合は王に相談して判断をあおげ。

・とにかく健康的に人生を楽しく生きるべし。

・別にウィード家を潰しても構わないが、相当な理由がない限りは存続させろ。潰れた場合、大多数の人間が迷惑被る事を認識すべし。


 かなりユニークな《家訓》である事が伺える。

 当時の貴族は基本的に自身の家を守る事を徹底して《家訓》にしていたが、ウィード家の場合は一味違うものであった。

 当時の貴族達はこの《家訓》を見て困惑したという。

 何故なら、四つ目の《敵は遠慮なく潰せ。ただし友や仲間、家族とは親しく敬い、裏切るな。裏切ったら自分に倍で返ってくるものと思え》に関しては、他の《家訓》を無効化出来る程の文言だったのだ。そういった事から、ウィード家に敵対行動を取る貴族は少なかった。

 さらに、ハル・ウィードの背中を見て育った子供達は健やかに育ち、性格は違えどもいかなる状況でも自分の意志を貫き通す精神的強さを備えており、子供達全員が後に歴史に名を残す傑物となった事から、ウィード家は名門となっていく。

 もちろん敵対行動を取った貴族もいたが、例外なく再建不能レベルまでに叩き潰されている事から、「触らぬが仏」と言われる程となった。

 この話は後述とする。


 無事結婚式を終えたハル・ウィードは、知人や友人、家族や親戚を呼んでパーティを行った。

 現在では結婚初夜は妻と一夜を過ごすとなっているが、当時はそうではなく、親しい人達に「これからも末永く宜しく」という意味合いを込めてパーティを開き、絆を確固たるものとしていた。

 しかし、全てにおいて破天荒だったハル・ウィードが開くパーティは、やはり破天荒だった。















「私、リリー・ウィード、《嗚呼、レミアリアの風よ》を歌います!!」


『いいぞいいぞぉー!!』


 母さんが顔を真っ赤にしながら宣言した。

 相当酒を飲んでいるらしく、いつも以上にハイテンションだ。

 さて、今は何をしているかと言うと、俺がリューンで伴奏をして名乗り出た人が好きな曲を歌うという催し。

 簡単に言えば、カラオケだな。

 この《嗚呼、レミアリアの風よ》は、言わば国歌だ。

 結構昔からあるこの曲は、レミアリアの風は優しく、平和であるという内容を歌にしている。

 純粋な国の讚美歌ではなく、常に平和であれという願いを込めた歌詞だったりする。

 そんな曲を、元々歌手を目指していた母さんが歌っている。

 三十九歳だが、澄み渡ったソプラノボイスはいつ聴いても心地良い。

 我が家に来ている友人達や俺や嫁達の親族達も聞き入る程だ。何で母さん、歌手になれなかったんだろうか。今でも疑問だぜ。

 しっかし、アーバインから借りているこの屋敷、今大体百人以上の客が来てるんだけど、入りきっちゃう大広間があるんだよねぇ。

 これでも侯爵が住む屋敷としては小さいって言われるレベルらしい。とんでもねぇな。


 ちなみに、アーリアの学生時代の友人も来ている。アーリアは魔眼に目覚めてしまい中退してしまったが、サングラスのおかげで出歩く事が出来るようになって再度交友関係を結べたのだという。

 アーリアはその友人二名と、音楽を楽しみながら談笑している。

 うん、アーリアに友達がいてよかったよ、本当。

 そしてレイとリリルは同じ村や町の親しかった友達を招待したようだ。中には何故かアンディがいた。

 会って早々、俺はアンディに肩を掴まれた。


「お、俺がリリルを手放してやったんだからな! 絶対に幸せにしろよな!!」


 と、このように涙目に言われた。

 うん、お前は元々リリルを手に入れていない。そこだけは訂正しろと言っておいた。

 ていうか、同じクラスだった連中が全員来ていた。半ば同窓会だな、これ!


 母さんが歌い終わった後、次に名乗り出たのはリリル、レイ、アーリアの三人だった。

 選曲は《痛いの×2、とんでけー☆》だった。

 おっと、ミリアが頑張って産み出した詞のやつだな。確かに三人はこの曲を異様に気に入ってたな。


「その曲をやるなら、本職の出番でしょ!」


 なんてミリアが声を上げると、レオンにレイス、オーグもやる気満々。

 各々が楽器を持っていたから、結局バンド演奏をする形になった。

 俺達による生演奏の中、ミリアを加えたリリル、レイ、アーリアのカラオケとはこれまた贅沢なものになった。

 意外にもリリル、レイ、アーリアは普通に歌が上手くて、尚且つ四人共容姿がいいから男共はやたら盛り上がった。

 その中に失恋真っ最中の兄貴もいた。


「ミリア嬢ーーー!」


 と叫んでいるのをサウンドボールが拾い上げたが、他の野郎共の声にかき消されていてミリアには届いていない様子だ。

 ……ドンマイ、兄貴。


 それから次々と名乗り出た人達のカラオケで楽しんでいたが、最後に名乗り出たのは何と、兄貴と親父だった。

 いきなり出てきた王様と王太子様に皆がびっくりしていたが、この二人も酒で出来上がっていてハイテンションだ。


「余らは、《真新しい世界》を歌うぞ!!」


 ああ、俺がこの世界で初めて作詞作曲した《Brand New World》だな。

 俺がピアノで伴奏し、兄貴と親父が歌い始めた。

 ……うん、控えめに言ってすっげぇ下手!

 二人共音程全く取れてないし、歌として成り立っていない!

 ほら見ろ、聴いている皆も顔がひきつってる!!

 俺は素直に感想を言う。


「あはははは、親父と兄貴、ヘッタクソだなぁ!!」


「「えっ!?」


 俺の素直な感想に、会場はざわつく。

 そりゃそうだ、国の最高権力者に対して下手くそと言ったんだからな。

 もちろん、フォローは入れるぜ?


「でもさ、下手でも皆で歌えば変わりないんだぜ?」


 そして、俺も合わせて歌い始める。

 続いてオーグ、レオン、レイス、ミリアが続き、最終的には皆で大合唱。

 俺達のアルバムである《スタート》は重版に次ぐ重版で、今や世界中に配送されている程の大ヒットを記録している。

 ここに来ている皆も《Brand New World》を知っていて、近くの人と肩を組んで歌い始めたんだ。

 ああ、楽しいなぁ。

 こんなに楽しい気持ちを皆で共有できるなんて、前世では本当に味わえていなかった。

 俺は心の底から、この世界に生まれてよかったって思える。

 そして楽しい時間はあっという間に過ぎていき、このパーティもお開きになった。


 夜も更けて、ここからは俺達親族だけの時間だ。

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