第164話 とある《影》、敵兵士を移民させる
――とある《影》の活動記録――
○月△日
次の日、無能な上官は領民に対して、我が国から購入した物品を全て広場に持ってこいと指示を出した。
つまり音楽や芸術が対象になっている。
さらには、絵具を用いて描いたものも対象になっていた。
憎しみを隠さずに表情に出しながら、それらを手放す領民達。
せっかくの思い出を手放さないといけなくて、泣き出す子供達。
流石の私も、怒りに震えた。
だが、怒りを感じたのは私だけではなかった。
私の傍にいたレインも、ヴィラゼードも、ラビエーラにドゥヴァラも、拳を強く握り締めて怒りの感情が爆発するのを堪えていた。
ついには逆らった家族を斬り殺した。
同じ国の同胞を、ただ他国の芸術を渡すのを拒否しただけで殺したのだ。
レインが飛び出そうとした。
だが、私は腕を掴んで制止した。
「何で、何で止めるんだよ」
小声で、私に恨めしそうな視線を送りながらレインは言った。
本当は私だって飛び出して、領民を斬り殺している兵士を殺したい気持ちだった。
しかし、私の任務は奴等を殺す事ではない。ここで騒ぎを起こしてしまえば、王命は達成出来ないだろう。
その日、三つの家族、人数にして八人が処刑された。
「何なんだよ、俺達の国って、こんなにアホだったのかよ!!」
時間は夜。
街の宿屋の部屋を与えられた私は、レインと一緒の部屋になった。
この夜のレインは、荒れまくっていた。
彼は国民を守る為に兵士になった。しかし、この街では守るどころか虐殺を行ったのだ。
レインの理想は、あまりにも無情な現実に打ち砕かれた様子だ。
私はレインの口から出る罵倒等を全て受け止めた。
そしてある事実がわかった。
レインは、両親がすでに他界していており、孤児院で育ったそうだ。
その時母親代わりをしていたシスターへ恩返しする為、そしてシスターや同じ孤児達を守る為に兵士へ志願したそうだ。
給金も兵士だとかなり良く、今でも孤児院へ仕送りをしているらしい。
「くそっ、あんな領民達の表情なんて、見たくなかった……!」
レインは、一通り言い終わると、目から大粒の涙を流した。
その時私は、この男は引き抜いていい人材だと直感で感じた。
レミアリアは基本的に国民第一と考えている。
本当はもっと兵士がいれば、各村や町に兵士を駐在させる事が出来るのだが、現状王都周辺で手一杯という現状がある。
恐らく今回の王命は、兵士を少しでも増やす事で少しでも駐在出来る者を増やしたかったんだと愚考する。
この男は、恐らく我が国で全うに働いてくれる、そう思ったのだ。
だが、まだ勧誘は早い。
しばらくは辛いだろうが、現状のままでいてもらう。
私はレインの背中を擦って慰めながら、移民してもらうタイミングを図った。
○月□日
街の状況は、帝国兵士が占拠する前より悪化していた。
街には活気は皆無であり、さらに皆、兵士を意図的に避けるのだ。
兵士に対しては無言で物を売る、無言で食事を出す、無言で部屋を提供する。愛想笑いすらもせず、ただ飛んで通り過ぎている虫のように扱われている。
そしてこの状態がすでに三週間も続いていた。
国民を守りたいという理想を掲げて兵士になったレインは、あまりにも耐えきれなくてついには部屋に引き籠ってしまった。
私は仕方なく部屋をもう一つ用意してもらうが、その際、店主に舌打ちをされた。
私自身はレミアリアに仕える人間だが、それでも帝国兵士と認識されているので風当たりは非常に冷たい。
流石の私も、これは堪えた。
レミアリアが恋しい。早く国に戻りたい。任務中にそう思ったのは、生まれて初めてだった。
○月※日
約五百にも及ぶ、比較的若い兵士達がとある一室に集まった。
当然、その中に私もいた。
この集団を仕切っているのは、レインだった。
「俺は、いや、俺達は……国民を守る為に兵士になった筈。それがどうだ! 今や俺達はこの領民の敵だ!!」
彼の掛け声に、そうだそうだと便乗していた。
私も周囲に合わせている。
この集まりは、帝国のやり方や現状に不平不満を持っている兵士達の集会だった。
「昨日隊長が、芸術品を隠し持っていた家族の旦那と子供を殺した後、妻らしき女をひたすら犯して最後には斬首したそうだ」
「ひでぇ、あの無能がイキリやがって……!!」
「同志に対して強奪強姦好き放題しやがって!」
「俺達は、何のために兵士をやっているんだよ……」
皆、下を向いて黙ってしまった。
数人はすすり泣いている者もいた程だ。
明日で丁度一ヶ月が立とうとしている。
兵士達も現状の立場に、相当不満らしい。
この五百人の顔は全て覚えた。
領民が移民するタイミングになったら、この全員に声を掛けよう。
もちろん上官に告げ口をする人間もいる可能性はある。そこは他の《影》に協力してもらって、対処してもらおう。
※月○日
占拠してついに一ヶ月となった。
帝国兵士に向ける領民の視線には、ついには恨みがこもっているのを感じた。
そろそろ頃合いだ。
私は他の《影》と接触し、相談をした。
「そろそろ、移民するように仕掛けたいと思う」
私がそう切り出すと、他の《影》が静かに頷いた。
その際、引き抜きたい兵士が五百人程いる旨も伝えて、どのように誘導すればいいのかも教えて貰った。ついでに協力も申請した。
私は魔法で自身の顔面を作り替えた。
骨や皮膚が大きく変わるので、バキボキとあまり聞きたくない音が耳に入る。
同時に回復魔法を使っているので軽減はされているものの、顔面を作り替える最中は激痛に耐えなければいけない。
約五分程で顔面の整形は完了した。
私が成りすましたのは、発言力が強めの領民の男。
その男は少しの間眠って貰い、数時間前までの記憶を混濁させる魔道具を使う。
そして何食わぬ顔で、領民の集会に参加したのだった。
私は、こう発言した。
「代表、もう俺は我慢出来ない!! 今からここの兵士達を追い出す為に、俺達も剣を取ろう!」
この一言がきっかけに、他の集会参加者も便乗してくれる。
議論は加速していき、ついに代表と呼ばれる老人が口を開いた。
私は事前に知っている、ニトス閣下から移民の話を持ち掛けられている事を。
予測通り、彼らは今日から二日後の夜、作戦を決行するとの事。
睡眠薬はかなり強力な物を私が用意した。とある筋から入手したという事にしてある。
作戦の手順をきっちり詰めて、集会は終了した。
だが、私の仕事はまだ残っていた。
私は兵士の顔に戻り、前回集会に集まった五百人の若い兵士達を呼んだ。
「俺は、レミアリアに移民しようと思う」
私の発言で、全員がざわついた。
それはそうだ。私の発言は相当な爆弾発言なのだからな。
「お、お前。正気か!?」
レインが驚愕した表情で迫ってきた。
私は出来る限り真剣な表情をしている演技をして、しっかりと答えた。
「本気だ。俺はこれ以上、ヨールデンにいたくない。こんな国の民だという事実が、恥に感じてしまったんだ」
「いや、お前の言い分はわかる。だが、どうやって移民するつもりなんだ?」
再度レインが質問してきた。
そこで私は、とある筋から領民全員が移民する話を聞いた事を暴露する。
全員の表情を漏れなく確認する。
真剣に何かを考えている者が大多数だったが、中に十人程無表情になった人間がいた。
長年私は《影》として活動しているので、五百人という大人数の中でも、全員の表情をしっかり確認できる術を持っていた。
恐らくあの無表情になった十人は、上官に報告する為の言わば間者だろうと判断した。
今、天井に潜んでこの集会を見守っている他の《影》である三人も、同じ判断をしたようだった。
話は進んでいき、この場では約三百人は移民すると決意した。しかし、その中にレインはいなかった。
「俺は…………シスター達を守る為に兵士になったんだ。皆を放り出して移民なんて出来ない」
私は個人的に彼を気に入っていたので、色々と説得した。
するとレインは少し考えが軟化して、明日の昼間で待ってほしいと言われた。
他の兵士達からも同様の声が上がったので、最終決定は明日の昼まで持ち越された。
ちなみに、無表情になった十人の後を着けたら、やはり上官が差し向けた間者だった。
当然、《影》全員で行使し、静かに土に還って貰った。
※月△日
昼間、土に還った十人以外は全員移民すると決意した。
レインに理由を聞いてみた。
「俺はやはり、ヨールデンが嫌いだ。俺達に全く優しくなくて、常に他の国をどう制圧するか考えている。俺が理想としていた国を守る理想と、国の理想は大きく違っているから、俺はレミアリアに行く」
レインの決意は強かった。
恐らくレミアリアに行ったら、私とレインは一生会わないだろう。
レインは表で、私は《影》だ。
だがそれでもいい。
レミアリアという、素晴らしい国を共に守る同志として一緒にいられるのが、心から嬉しかったのだ。
私達四百九十一人は明日の深夜、移民作戦を決行する。
《影》の皆の協力も貰える、きっと成功する筈だ。
誰も死ぬ事なく、我が国に迎え入れられる。
そう信じている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます