第165話 嫁達の家族、顔合わせをする
立食パーティ中は、特に大きな出来事はなかった。
アーバインにアーリアという面子に囲まれた効果は絶大だったようで、身の程をわきまえて積極的な売り込みは控えたようだ。
それでも一定数は身の程知らずがいたようで、自分の娘を売り込みに来ていた。
年齢は大体十四歳から十八歳のきらびやかで美しい容姿だったけど、俺の琴線には全く触れなかったので聞き流した。
だが、諦めずに売り込みをしてくる貴族達が鬱陶しく感じ始めた頃、親父と兄貴が俺の元へ来た。
流石は王様に王太子様、効果は非常に絶大で、売り込んでいた貴族達は一目散に逃げていった。なかなか無様だったぜ。
「助かったよ、おや――――あー、陛下」
「おい、ハル! 敬語!!」
アーバインに指摘された。
やべやべ、公の場では流石に不味いよな。
「失礼しました。助けて頂き、有り難うございました、陛下」
「うむ、何でだろうな。そこまで畏まられると寒気がするな……」
おい、親父。
それは失礼じゃないかね?
「さて、ハル殿。立食パーティが終わった後は家族顔合わせになるが、準備は出来ているのかね?」
「問題ね――ありません、陛下。カロルさんに依頼をして、手配を済ませてあります」
「うむ。カロルは優秀な商人だからな、そこは問題ないだろうな」
この後、俺、レイ、リリル、アーリアの家族が俺の屋敷に集まって顔合わせする。
まぁさ、集まったら最初はどうなるかは目に見えてるんだけどな。
『ははーっ!!』
俺の屋敷で一番広い部屋に、非常に長いテーブルを配置して全員座れるんだが、親父と兄貴を目の前にした瞬間、床に片膝付いて頭を垂れた。
まっ、こうなるよねぇ。
うちの父さんは何度か謁見しているから慣れているけど、母さんは非常にあたふたしていた。
頭を垂れた状態で、未だに粗相がないかどうか不安らしく、横目で周りを見ては礼儀を確認しているようだ。
それは一般人であるリリルのご両親も同じで、非常におろおろとしている。
レイの家族は流石貴族だけあって、こういった礼儀は慣れたもんだった。
「とりあえず、ここは家族となる顔合わせの場だ。全員普段通りにしてくれぬか?」
親父が軽く溜め息を付いてそう言うが、あまりにも畏れ多いのか、一般人であるリリルのご両親とうちの母さんはさらに深く頭を下げる。
「そそそそそそそそんな、大それた事、で、出来ません!!」
とは、うちの母さん。
目が回っている、という言葉が本当に合っている位混乱していた。
さて、座っている席順に関して説明。
今回の主役は結婚する俺達四人なので、所謂お誕生日席の中央に俺。そして俺の左手側にアーリアとレイ、右手側にはリリルと、俺を挟んだ状態で座っている。ちなみにテーブルは俺達四人の事を考慮して、お誕生日席は横に広めだ。
そして四家族が向かい合うような形になっており、うちの家族とリリルの家族の一般人家族組と、レイの家族とアーリアの家族の権力所有者家族組が向かい合うような席になっている。
皆親父と兄貴に対して頭を上げない。
これ、先に進まねぇよな……。
「とりあえず、このままじゃ先に進まねぇからさ、座ろうぜ?」
「うん、すわるー!」
「そっか、ナリアはいい子だなぁ!」
「えへへ!」
俺が席に座るように勧めると、ナリアは元気良く返事をしてとてとてと小走りして、自分の席に座った。
流石三歳児、王様や王太子様程度では全く怯まないぜ!
ナリアの様子を見て、渋々といった形で各々が座る。しかし、平民である母さんとリリルのご両親は背中が丸まったままだ。
父さんとレイのご両親は流石に慣れていて、背筋がしゃきっとしている。
ちなみにこの会の司会は、席の準備を全て行ってくれたカロルさんだ。
「それでは皆様、着座していただけたようなので、顔合わせを含めた親睦会を始めさせて頂きます。司会は私、カロルが進行させていただきます」
俺を含めた皆が、カロルさんに軽くお辞儀をした。
それを見たカロルさんは一回頷き、進行を再開した。
「この度、私の雇い主でもあるハル・ウィードさんが貴族となりまして、三人のお嬢様方とご結婚する運びになりました。そこで、今後は四組の別々の家族が一つの家族になる為の親睦会を行わせて頂きました。我が商会自慢の料理等をお出ししますので、談笑しながらお楽しみください。それではまず、今回侯爵となり、明日結婚されるハル・ウィードさんから挨拶を頂きたいと思います」
俺は立ち上がり、皆に向かって挨拶をした。
「ご紹介に預かりました、本日を以て侯爵となりましたハル・ウィードです。この度は親睦会にご足労頂きまして、有難うございます」
俺の言葉に合わせて、皆が俺に向かって軽くお辞儀をした。
こういう挨拶、前世でもやった事ないから、ちょっと緊張するなぁ。
「今回、誠に勝手ながら、皆様の大事なお嬢様方と結婚させて頂く形になりました。いきなり重婚するという事で、皆様には何かしらの思いがあるとは思います」
俺の言葉に一番反応したのは、レイのパパンだ。
彼は俺を婿養子に入れて、ゴールドウェイ家を磐石なものにしたかったらしい。
まぁ残念ながらそうはいかなかったんだな。
しかも、影響力が半端ないアーリアも嫁に貰う事になっていて、自分の娘の事を蔑ろにされるんじゃないかって心配もしているみたいなんだ。
俺は別に、権力云々で嫁は選んでないから、蔑ろにはしないって。
「そこで私は、一つ宣言をしたいと思います。この宣言で皆様の不安な思いを解消できるかわかりませんが、少なくとも安心していただけると確信しています」
俺は懐から一枚の紙を取り出した。
実はこの紙、後で国に提出するウィード家の《家訓》が記されているものだ。
貴族間にとって《家訓》は、国の法律の次に守らなければいけないもの。
向こうが要求してきた場合、「それはうちの《家訓》に逆らう事になるから無理」という理由で突っぱねる事が可能だ。
ただし、《家訓》は国に提出したと同時に記録として残り、国民であれば誰でも閲覧可能である王都図書館に保管される。ありもしない《家訓》をでっち上げる事も出来ないし、でっち上げた場合は法律によって罰が下る。
それ位、貴族の《家訓》とは重要だし、重いものだったりする。
交渉時は、相手の《家訓》を覚えた上で言葉を選ばなければいけないらしい。
「さて、今私が手にしているのは、後日提出するウィード家の《家訓》が記されています。その中の一文を読みます」
俺が読み上げるのは、この《家訓》で一番重要な部分。
そして、俺自身の決意を表している。
「『ウィード家の妻に、序列はない。複数人いても全員が正妻だ。重婚をしたウィード家の人間は、妻達を平等に愛し、平等に幸せにする事』。これが、私の思いです」
この《家訓》に関しては、対貴族用ではない。完全にうち専用だ。
奥さんに貰うという事は、その人の人生を貰う事だと思っている。
だから蔑ろにしちゃいけない。結婚っていうのはそれ位の責任があると俺は考えている。
そんな俺の思いを、《家訓》として表したんだ。
どんな反応をしているか、皆の表情を見てみる。
親父と兄貴は、口を開けて驚いていた。
うちの父さんは満足げに頷いていて、母さんは感激しているのか目が潤んでいた。
リリルのご両親は明らかにほっとしていた。まぁリリル以外の嫁は皆権力者だからなぁ、蔑ろにされるんじゃないかって不安があったみたいだ。
レイのパパンは、及第点だろうみたいな表情をしていた。レイのママンは優しい笑みを俺に向けていた。受け入れられたって事でいいのかな?
俺はさらに言葉を続ける。
「この通り、私はあまりに権力等に無頓着で、ここにいる陛下や王太子殿下に対して、普段は親父と兄貴って呼んでいます」
『親父に兄貴ぃ!?』
親父と兄貴、そしてうちの嫁達以外は驚愕した表情で声を揃えて驚いていた。
まぁ、普通はそうだよねぇ。
でもそんな俺だからこそ、確信しているんだ。
「ですが逆に、権力に無頓着だからこそ、権力差がある嫁達に対して平等に愛情を注げると確信しています。そして、幸せに出来ると確信しています」
アーリアは王女、レイは貴族令嬢、リリルはただの一般人。
だけど、俺はそんな権力なんて関係なく、三人を心から愛しているんだ。
そんな俺だから、平等に愛情を注げるんだ。
これはきっと、俺だから出来る事に違いないと思っている。
だから自信を持って言えるんだ。
しかし、俺の言葉を遮るように嫁達から手が上がった。
「一つ不満がありますわ」
「僕も」
「私も」
え、え?
何、何処に不満があるんだ?
「わたくし達は、別に幸せを与えて貰う事を望んでいませんわ」
「そうだよ。僕達は『皆で一緒に』幸せを作っていきたいんだよ」
「だから、そこの部分は訂正して?」
……やっべぇな。
本当、俺には勿体無い位、いい女達だよ、マジで。
なら、訂正しよう。
「今嫁達にツッコまれてしまいましたので訂正します。私達夫婦は皆で力を合わせて、一緒の歩幅で幸せを築いていきます。皆様にもご迷惑をお掛けしますが、どうぞ見守っていてください」
俺が頭を下げると、それぞれの両親達から拍手が起こった。ナリアも笑顔で拍手しているけど、多分よくわかっていないだろうな。
この拍手は、俺を受け入れてもらえたって事だよな、きっと。
よかった、本当によかった……。
いい女達を貰えるし、温かい人達にも恵まれた。
大丈夫、俺はきっと、皆で幸せになれる。そう確信できた。
「それでは、挨拶は程々にして、親睦を深めましょう。乾杯!!」
皆がグラスを持ち、俺の音頭に合わせてグラスを掲げた。
さぁ、親睦会の始まりだ。
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