第75話 変態野郎の最期
そして時間は今に戻る。
俺は二本の剣を引き抜き、鞘に納める。
変態野郎が置き忘れている奴の爪先は、とりあえず放置しておこう。
「さてさて、てめぇはもう終わりだな」
「……ああ、完敗だよ。これでもかっていう位打ちのめされたさ」
「それは何よりだ」
「ふっ、子供の癖にいい性格してるじゃないか」
「褒め言葉として受け取っておくさ」
「さぁ、俺を殺してくれ、ハル・ウィード! お前という最高の剣士なら、極上の最期を送れる!!」
この変態野郎は俺にトドメを刺される事を渇望しているようだな。
なら、俺は敢えてそれをしない。
俺はレオンがいる教室の方向にサウンドボールを移動させる。
そして指示は《集音》と《音の相互伝達》だ。
「あっあーっ。マイクテスト、マイクテスト。レオン、聞こえるか?」
『っ!? え? ハルか?』
「おう、俺だ。ちょっと今すぐアーバインの部屋まで来てくれ」
『いや、来てくれって……。《武力派》がうろついているんじゃ?』
「あぁ、あらかた始末したから、安心してくれ。っつぅ訳でダッシュで来い!」
『……わかった』
何か言いたげだったみたいだけど、どうやら走ってこっちに向かってくるようだ。
「ハル・ウィード、何をするつもりだ……?」
おうおう、変態野郎が不安そうな表情で俺を見ていやがる。
もう完全に敗北を認めたからかな、こいつから放たれていた威圧はすっかりなくなっていた。
何だかんだ言って、こいつは強い奴を求めていた割には対した事はなかった。
いや、きっと強かったんだろうけれども、父さんと比べたら父さんに失礼な位だな。
「俺の友人の恋人がな、てめぇらに殺されたのさ。てめぇの最期を見届ける人間が一人いてもいいだろ?」
「まぁ、いいだろう」
おっと、ずっと部屋の隅にいたアーバインの事をすっかり忘れていた。
俺は縄で縛られていたアーバインの拘束を解き、自由にしてやった。
「ハル、私の存在を忘れていたな?」
「ワスレテナイヨ?」
「……何度かお前の剣撃が私の頭上を掠めたんだが?」
「ナンノコトカナ?」
すっとぼけていたが、どうやら見逃してくれないらしい。
俺はアーバインから視線をそらすけど、アーバインの避難の視線が肌に突き刺さるのを感じる。
やめて、僕のお肌の毛穴を見ないで!
まっ、ピチピチの八歳だから、そんなに毛穴目立ってないけどな!
「しかし、ハルは音楽だけでなくて剣も規格外だったか……。あいつをあそこまで圧倒するとは」
「ん? お知り合い?」
「お知り合いというかな、あいつは元王国騎士団長、ヨハン・ラーヴィルだ」
「へぇ、そうなんだ」
「へぇって……。お前は八歳で当時騎士団の中の頂点と言われる強さを誇っていた奴を打ちのめしたんだぞ?」
「ん~。さして興味なし。父さんより弱いし、強さを求めている割には俺の行動で動揺し過ぎだ。まぁ《武力派》も烏合の衆、もしくは井の中の蛙だったって事じゃね?」
「……好き放題言ってるぞ、ハル」
俺の大切な友人の彼女を殺しやがったし、俺の人生の邪魔をしてくる奴に遠慮はいちいちしねぇっての。
非情だ、冷酷だって思われるかもしれないけど、こっちも命を張ってるんだ。
そんな状況で前世みたいに「悪い人間でも殺したらいけません」という、いい子ちゃんな道徳が通じる程甘い世界じゃないんだよな、この異世界は。
つまり、剣を持った時点で、『殺される覚悟』を持っているって事だ。
俺もその覚悟はしっかり持っている。でも殺されたくないから、ひたすら強くなった訳。まぁ剣を振るうのも楽しいし、転生前にポイント購入した才能のおかげでメキメキ上達したのが一番の理由だけどな。
変態野郎こと、ヨハンはそのまま放っておいた状態でアーバインとやりとりをしていると、部屋の入り口からレオンが飛び出してきた。
全力疾走してきたようで、肩を大きく上下させていた。
「き、来たぞ、ハル……!」
「ようレオン、悪かったな」
「いいけど、どうした?」
「いやな、今からこの騒動を起こした大元を処刑するからさ、レオンに見届けてもらおうと思ってさ」
「!! こいつが、リリーナを……」
「直接殺した訳じゃないが、こいつが指示を出していたのは間違いないな」
レオンの手を見ると、震えるほどの力で拳を作っている。
爪が掌に食い込んでいるんだろう、拳の中から血が溢れて床に垂れている。
「そこでレオン、選んでくれ。俺がこいつにトドメを刺すか、お前自身がトドメを刺すかを」
「えっ?」
俺はレオンから預かっていた鞘に仕舞っている剣を、レオンの前に差し出した。
レオンは困惑している。
「どっちを選んでも、俺は何も言わないし軽蔑もしないよ。レオンが最良だって思う選択肢を選んでほしい」
「ハル……」
「こいつは俺に殺されるのを望んでいる。強い奴に殺されるのが嬉しいんだそうだ。じゃあもしレオンがトドメを刺すのなら、こいつはどんな表情をするだろうな?」
「!! やめろ、ハル・ウィード!! まさか、まさか……そのような雑魚に、俺のトドメを任せるのか!?」
レオンに対しての俺の提案に、戦慄した表情を隠さないヨハン。
ヨハンはかなり必死になっているな。
「俺は、俺は剣士として死にたいんだ! 俺の剣士としての魂は、こんなチャラいだけの雑魚に狩られていい程の軽い物ではないのだ!!」
あらら、言っちゃいけねぇ事言ったわ、こいつ。
ヨハンの必死の言葉によって、レオンの表情は憎悪に支配された。
目の前でその変化を見た俺は、あまりの殺気に鳥肌が立った。
「お前の命が、軽くない……だって?」
「そうだ!! 剣士の魂は、何も苦労もしてなさそうな貴様らとは違うのだ。戦いの中で磨かれた俺の魂は、高貴なのだ!!」
へぇ、こいつ、自分の命の価値がそこまであると思ってるんだ。
アホ臭くて、開いた口が塞がらないわ。
ヨハンが言葉を発する度に、レオンの表情がなくなっていく。
レオンの覚悟は、決まったようだ。
レオンは俺の手から剣を取り、鞘から引き抜く。
鞘を荒々しく投げ捨て、ヨハンに向かって歩み出した。
「お前の命が高貴だって? じゃあ、リリーナの命は軽いって言うのか?」
「温室育ちの貴様らの命に、価値はない! だから俺は、価値がない貴様に――」
奴が何かを言いかけていたが、遮るようにレオンは、奴の右手の甲に剣を突き刺した。
まだ二人の間の距離はあったはずだが、多分だが《ブースト》を無意識に無詠唱で発動させ、瞬時に距離を詰めたんだろう。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」
「黙れ、屑野郎!!」
レオンは突き刺しても満足出来ないようで、剣でぐりぐりと傷口を抉った。
今のレオンの表情はまさに阿修羅。怒りの感情に身を任せてヨハンを痛め付けていた。
「わ、わかった。《武力派》の情報をくれてやる。だから、だから俺を殺すのはハル・ウィードにしてくれ!!」
命乞いはしないってのは、なかなかな姿勢だな。
しかし、何の情報だ?
「煩い! お前はオレの手で――」
「待て、レオン! その情報だけでも聞こう!」
激情状態のレオンを何とか引き留めた俺は、ヨハンの情報とやらに耳を傾ける事にした。
「俺達が起こした騒動は、囮だ」
「囮?」
「そうだ。第二王子は今、ダンジョン掃討の為に多くの兵士を引き連れて遠征をした。そして今城には、国王と王太子有力候補の第一王子がいる」
ちょっと待て、まさかこいつ……。
「流石だな、勘づいたようだな。今その二人を護衛する兵士の数は少ない。その中で俺達は芸術学校と音楽学校に同時に奇襲を仕掛けた。そうなると――」
「城の警備はさらに手薄になる。その隙を付いて……」
「国王と第一王子を暗殺し、第二王子を玉座に着かせる」
ちっ、やっぱりか!!
本当にろくでもねぇ事をしやがる!!
確か第二王子も軍事力至上主義だったよな。そんなのがこの国のてっぺんになったら、戦争しまくりになっちまうだろうが!
「さぁ、大事な情報を与えたぞ! 早く、俺を殺してくれ、ハル・ウィード!!」
大事な情報をくれてやったから、もう俺がこいつを殺す事に、奴の中ではなっているようだ。
誰が、いつ、情報をもらったら俺がてめぇを殺すって言った?
「おい、レオン」
「なんだ、ハル?」
「俺に《ブースト》をかけてくれ! 速攻で王様達を救わなくちゃいけなくなった!」
「わかった。でも、こいつは」
「ああ、レオンの好きにしてくれ」
「ま、待て。約束が違うぞ、ハル・ウィード!!」
レオンは俺に無詠唱で《ブースト》をかけてくれた。
力がみなぎってくる。
アーバインの部屋は四階にあり、結構な高さを誇っている。
でも《ブースト》による身体強化があれば、その高さを飛び降りても傷は付かないだろう。
「じゃあその変態野郎は任せたぜ、レオン。レオンの事はアーバイン、頼む」
「ああ、陛下と殿下をよろしく頼むぞ」
「おう!!」
俺はアーバインの部屋の窓を開け、飛び降りる準備をした。
「待って、待ってくれ、ハル・ウィード!! 何でお前は俺に剣士としての死を与えてくれない!!」
俺は振り返ると、ヨハンは悔しそうに泣いていた。
そんなに俺に殺されたいのか、ちょっと冗談抜きで気持ち悪い。
「てめぇには剣士としての死ってやつより、復讐によって殺される方がお似合いだぜ?」
「あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ハル、ハル・ウィードぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
もうこいつに構っていられない。
俺は窓から勢いよく飛び降りた。
早く城に向かわないと、王様達がマジでヤバイ!
飛び降りている最中、奴の断末魔が俺の耳に入った。
女神様と相談して、来世はより良い人生を送ってくれ。
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