第74話 決着、変態野郎!


 時間は少し遡る。


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 俺の目の前にいる変態野郎は、汗だくになって息を切らしていた。

 普通戦闘中は疲労を隠す為にポーカーフェイスでいるのが重要なんだけど、隠す余裕すらないみたいだな。

 まぁ俺の《ミュージックプレイヤー》による、変幻自在の攻撃スタイルを辛うじて捌いていたんだ。肉体的にも精神的にも疲れたんだろうな。


「よぉ、楽しんでるか? てめぇが大好きな戦いをよ」


「はぁ、はぁ――」


 答える余裕はなさそうだな。

 ったく、最初はあんなに饒舌に、しかも股間をもっこりさせて嬉しそうに俺と戦っていたのに。

 今や見る影もない。


 しかし俺もそろそろ体力の限界だった。

 まだ辛うじて疲労を隠せているけど、膝が笑い出していた。

 八歳の身体には、この連戦は超ハードワークだった。


 すると、変態野郎が口を開いた。


「お、俺は……」


「ん?」


「俺は、高みを、目指す……。二刀流、を、完成させた、偉大なる、ハル・ウィードに勝つ!!」


「そうかい」


 俺は再び《ミュージックプレイヤー》を再生した。

 流れてきた曲は、クライスラー作、ラフマニノフ編曲の《愛の悲しみ》だ。

 本来クライスラーがバイオリンとピアノによる演奏曲として作曲したものを、ラフマニノフがピアノ独奏として編曲したものだ。

 俺はこのピアノが絶え間なく、途絶える事なく続く流れるような演奏が好きで、クラシックの中ではお気に入りの一曲だ。

 序盤は少しだけ悲しい曲調だが、そのタイトル通り終盤に向かっていくと悲しい曲調は深みを増していく。そして終盤に差し掛かると、まるで悲しみが少し晴れたかのように曲調が明るくなる。中盤辺りで失恋して悲しみの頂点にいたが、終盤でようやく吹っ切れたような、そんなイメージが俺の中にはある。ま、あくまで俺の勝手なイメージだけどな。


 さて、何故こいつを戦闘曲として選んだかというと、この流れるような演奏だ。

 俺はいつもこの曲を聴くと全身の力が抜けるような、いや、良い意味でリラックス出来るんだ。

 つまりこの曲に乗って戦えば、攻撃に無駄な力は入らずに流れるような攻撃が出来るんじゃないかと思ったんだ。


「うおぉぉぉぉぉっ!!」


 気合い十分といった感じで突進してくる変態野郎。

 俺はそれをひらりと回避し、隙を突いて攻撃を開始した。

 止まる事のない、しかも無理が一切ない位スムーズに攻撃が出来る。

 

「うおぅ、くっ、がっ!?」


 ピアノに合わせて絶え間なく斬撃が四方八方から飛んできている奴にとっては、たまったもんじゃないだろうな。

 攻撃を防御できたとしても、間髪入れずに次の攻撃が飛んでくる。

 それを防いでも、回避しても、弾いても、俺はまるで舞っているかのような剣撃を次々に繰り出していた。

 パリィされたとしても、体はリラックス状態だから怯みはしない。

 だから何をされてもずっと、体力が続く限り連撃する事が可能なんだ。


 あまりの攻撃の手数を捌ききれなくなったのか、ついに奴は腹に俺の剣先を掠めてしまった。


「ぐぅっ!!」


 だがその程度じゃ俺は攻撃の手を止めない。

 曲の一番盛り上がる箇所で、俺の攻撃は一段階速くなる。

 攻撃量が増えてさらに焦る変態野郎。


「くそっ、まるで踊っているかのように……! 俺を弄んでいるのか!?」


「いやいや、これでもかなり大真面目さ。遊びじゃさ――」


「ぐあっ!!」


 俺の右の剣が、奴の左肩を捉えた。

 剣先が肩を貫き貫通したのだ。

 

「てめぇに太刀を入れられてねぇだろ?」


「ぬぐぐぐ……」


「てめぇらが戦いを求めるのは勝手だがな、頼むから俺らを巻き込んでまでやるんじゃねぇよ」


 俺は、レオンが悲しい目にあった事による怒りの他に、別の怒りを抱えていた。

 俺はここに音楽を学びに来たんだ。

 とっても充実していたし、友達も増えた。半年という短い期間だけど、一日も無駄にせずに充実した授業を友達と共に受けたかっただけなんだ。

 それを、それをだ!

 こんな深い爪痕を残しやがって……。

 皆が心から真剣に授業を受けられるのに、相当時間が掛かる位の傷跡を付けていきやがった。

 だから、許しちゃおけねぇよ。


「――何故だ」


「あ?」


「何故、これだけの武を持っているのに、剣の道を進まないのだ!! 俺達が羨むその才能を、その身に宿しながら、何故!!」


「別に俺がどんな道を選ぼうと勝手だろ」


「いいか、この世は最終的には暴力が物を言えるのだ! 力があればあるほど、羨望、富、名声、発言力、全てを得られるのに!!」


 なるほど、確かにこいつの言う通りだ。

 優秀な剣士は確か、国の重役に就くか爵位が与えられ、登り詰めれば国全体での発言力が増す。

 すごい武将だと、宰相の次位に発言力があるみたいだからな。

 そういった重役だの爵位ってのは、自分の剣の強さを表せるステータスにもなるわけだしな。

 そして、最終的に暴力が物を言うのも正しい。

 これは人類の歴史を見ても、それが正解だと物語っている。

 俺は、前世で音楽を通じて知り合った、とある外国のトップと親友になったんだが、そいつは常に悩んでいた。


「武力というジョーカーは、切り札にも毒にもなる。いつか自分でそのカードを切らないといけない時が来るのではないかと、いつも不安で仕方ないよ」


 俺と食事する時、いつもそれを愚痴っていた。

 何故なら、そのジョーカーを切っても、残るのは多大な費用と人的財産の大きな損失、そして復興資金の捻出だ。

 勝利しても背後は問題だらけだ。

 だから俺は、暴力で得たものの無価値さを、命を奪った重みを、その親友を通じて知っているんだ。


「俺が強くなったのは、最初は父さんに憧れたってのが強かったさ。あの広い背中を追いかけてさ、少しでもいい攻撃が出来ると誉めてくれて。嬉しかったよ。皆からも強いって言われて有頂天になったさ」


「そうだ、それだよ! もっと大人になればそれが富を産む!」


「だろうな。でも、俺は剣で産んだ富なんざ、これっぽっちも興味がねぇんだよ」


「なっ!?」


「戦いってのは斬るか斬られるか、殺すか殺されるかの世界。たったその二つしか産み出さないんだよ」


「違う! 富や名声も得られる!! 勝ち抜いた時の優越感も得られるのだぞ!!」


「それこそ違うだろ。富や名声、優越感は全部戦い終わった後に生まれる副産物だ。戦い自体で発生したもんじゃねぇ」


 あぁ、何となく話しててわかった。

 こいつら《武力派》は、自分達が出世する機会がないから、戦争を起こそうとしている。

 でも今この国には他国に勝てる程の武力がないから、現政権を転覆させて第二王子をトップに置き、軍事力を強化して戦争を起こさせる気なんだ。

 全ては自分達の活躍の場を、出世の場を作る為なんだ。

 はっ、何ともちっちぇえ奴等だな、この《武力派》はさ。


「一方、芸術ってのは戦いと違って様々な感情を引き出す事が出来るんだ」


「は? どういう事だ」


「絵を見て心が暖まったり悲しい気持ちになったり、音楽を聴いて気分が高揚したり感動を生んだり」


「はっ! そんなの、びた一文も得にもならん」


「別にバトルジャンキーなてめぇに理解してもらうつもりはさらさらねぇけど、はっきり言ってやる。芸術ってのは武力よりタチ悪いぜ?」


 変態野郎は「何を言っているんだ、こいつは?」と首を傾げて俺を見ている。

 まぁ、普通はそう思うよな。

 だけど、事実だ。

 前世で事例はあるしな。


「てめぇにお披露目する事は出来ないが、芸術は人間の感情を操作する事が出来る。つまり、殺せるんだよ。芸術一つでな」


「バカな! そんな事出来る訳がない! ならば証明してみせろ!!」


「だから、てめぇには披露できねぇって」


「っ! 何故だ!!」


「何故って、そりゃ――」


 俺は目を細めて、全力の殺気を奴に叩き込んだ。

 奴の体が強張ったのが、目に見えてわかった。


「今日がてめぇの命日だからだよ」


「っ!!」


 奴の表情に怯えの色が出た。

 もうこれは、俺の勝ち確定だ。

 だが、奴はまだお喋りがしたいらしい。


「なら、最後に聞かせろ。お前は音楽の道を進むと決めているのに、何故過剰とも言える力を身に付けた!!」


「あぁ、確かにてめぇから見たら矛盾しているわな。理由は二つ」


「二つ?」


「一つ目は、まぁよく聞く台詞だが、俺の手が届く範囲で、大事な人達の命を守るため」


 剣と魔法があったから、俺はレイを残虐貴族から守れた。

 圧倒的暴力に対抗するには、暴力ではね除けるしかないからな。

 俺は、そんな暴力から大事な人を守りたい、あの残虐貴族の一件からそう思ったんだ。


「そして最後の二つ目。てめぇみたいに俺の音楽の道を理不尽に遮る奴を、跡形もなく叩っ斬る為だ!!」


 俺は奴の左肩に突き刺さったままの右の剣を振り上げた。

 刀身は奴の肉を断ちながら表に出てきて、鮮血が勢いよく吹き出る。


「まだだ、まだだぁぁぁぁぁぁっ!!」


 変態野郎は右手一本で、水平に俺の胴目掛けて剣を薙いできた。

 もう今のこいつの攻撃は、至極回避しやすい。

 俺は屈んで攻撃を回避した瞬間に、両手の剣を逆手に持ち直すと、奴の両足の甲にそれぞれ一本ずつ、剣の凌が俺に見える状態でまるで杭を打つかのように剣を突き刺した。


「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」


 だが、まだ終わらない。

 俺は掌を奴の胸に添えた。


「ぶっ飛べ、《ソニックブーム》!!」


 俺の《ソニックブーム》が発動し、奴は部屋の隅の壁に背中を叩きつけられる程吹き飛んだ。

 奴の足の甲に突き刺さっていた二本の剣を見てみると、奴の爪先だけが残った状態だった。


「ああああああああああっ、俺の、俺の足がぁぁぁぁぁぁ!!」


《ソニックブーム》によって吹き飛ばされた際、爪先を根本から引きちぎられた状態で飛ばされたようだ。

 おうふ、結構痛そうだ……。

 だけど、これで奴の剣の道は途絶えた。

 剣術は、爪先による踏み込みが生命線と言われる位重要だ。

 その爪先を奴は両足共に失ってしまった。

 歩く事は出来るだろうけど、再び剣士として生業としていくのは、もう難しい。


 俺の勝利は、ここで確定した。


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