第224話 貴族夫人から見たリリル
――とある伯爵夫人視点――
「いい感じになってきましたね、もう少しですから頑張ってくださいね」
「は、はい」
わたくしは今、リリル・ウィード侯爵夫人主催のお菓子教室に参加しております。
何故、貴族であるわたくしがこのような催しに参加しているかと言うと、理由はいくつかありますわ。
一つ、今貴族の中で一番勢いがあるウィード家と縁を結ぶ事。
ウィード家は音楽の街を作り出して一番盛り上がっている街とも言われています。
今や音楽では右に出るものがおらず、且つ王族とも縁がある方なのですから、その方とお近づきになれればそれだけで発言力が増しますの。
二つ目は、同じ事を考える貴族が多く、他の貴族とも上手くいけば縁を結べるからです。
貴族の縁とは質も大事ですが量も必要。上手く両立させないといけないのです。
そして最後の理由。
最近わたくしの夫が側室ばかりに愛情を注いでしまい、わたくしに対してご寵愛を頂けないという点!
ウィード家は三人の夫人がいますが、皆仲良く平等に愛情を貰っているのです。
その一人であるリリル様は、どうやら料理でハル・ウィード様の愛情を得たとの噂です。
料理で愛情を掴めるならばやるしかありませんわ!
月謝も一ヶ月一万ジルととてもお安いので、自腹で参加しております。
今作っているのは、未経験でも簡単に作れるクッキーです。
リリル様は一人一人を回って見てくれる優しいお方で、失敗しても励ましてくれる、貴族の中でも珍しい性格の方です。
元々平民というのもあるのでしょうがとても表情豊かで、逆に貴族間の腹の探り合いは苦手なのではという印象を受けます。
ですがリリル様の微笑みはとても可愛らしく、見ているわたくし達は心がふやけてしまっているのではと思う位軟化している事に気付きました。
いつの間にか、縁作りという下心丸出しで参加したわたくし達は、純粋に料理を楽しんでいて、リリル様との交流を心の底から楽しんでおりました。
「料理は失敗して覚えていきます。失敗は恐れないでくださいね」
『はいっ』
貴族社会は基本的に失敗が許されない厳しい世界です。
一つでも失敗してしまうと、周囲からつけ込まれて貴族としての命が絶たれてしまいます。
なのにこのお菓子教室は失敗をしてもいいと仰ってくれますから、常日頃失敗に怯えるわたくし達にとってはかなりの救いとなっているのです。
何より、通い続けた結果、料理をする事が非常に楽しく思えてきたのです。
時には他の生徒である貴族夫人と協力し合い、時には先生であるリリル様の力をお借りしたり、失敗しても皆様で笑い合える位に仲良くなりました。
下心なんて吹き飛んでおりまして、今やここの生徒さんとは《対等の友人》と言って良い程仲良くなりました。
純粋な友人というのは、気軽に話せますのでとても素晴らしく思います。
そんな感じで無事クッキーが完成、皆さんで一つの机を囲んで座り、自身で作ったクッキーを試食します。
皆一喜一憂の反応、失敗した方もいれば、満足している方もいらっしゃるようです。
わたくしのは――――まぁ、食べられなくはないといった所でしょうか。
普通ならそんな味のものなんて一切受け付けませんが、どんな味であろうと皆さんが頑張って作ったものを試食し、不味かったら一緒に笑って吹き飛ばしてしまっていたりします。ああ、何て居心地が良い空間なんでしょう。
そして何より、この試食がわたくし達にとっては一番楽しみな時間なのです。
何故なら――
「わたくしの夫、毎日ご寵愛をくださるのですけど……早いんですの」
『ああ……』
普段言えない、夫の愚痴を言い合えるのです。
主に夜のお話。
皆さんの大体の悩みは共通しており、
ご寵愛なんて言っておりますが、本当にご寵愛を頂けているのかわからない位早いのです。
貴族の前にわたくし達も女です。愛されたいですが気持ちよくもなりたいのですわ!
「でも、早いだけならましですわ」
と、エーデルワイス子爵夫人。
皆さんの視線が彼女に向きます。
「わたくしの夫、少々変わっておりまして……。この場だから言えるのですが、最中によくわたくしのお尻を力強く叩くのです」
『…………』
それは――――ご愁傷様で御座いますとしか言えませんわね。
皆さんがエーデルワイス子爵夫人に対して哀れみの視線を送っています。彼女は遠い目をして乾いた笑いを浮かべています。
御苦労されているのですね……。
さて、ではそろそろ切り出すと致しましょう。
普段はわたくし達がこのように愚痴をこぼしておりますが、今までリリル様はこの話題に加わらないのです。
ですがわたくし達は、英雄がどのようなご寵愛を下さっているのか、非常に気になるのです!
「リリル様、リリル様はどうなんでしょうか?」
「えっ!!」
突然話を振られて、リリル様は手に持っていたクッキーをぽろっと落としてしまいました。
そしてあたふたしているリリル様。本当、小動物のようで可愛いですわ。持って帰って妹にしたいですわぁ。
「えっと……黙秘権は――」
『御座いませんわ』
「えっとえっと、私、これから治療院のお仕事なので――」
『確か後一時間後ではありませんか?』
「何で私の予定知ってるんですか!?」
お料理する前に、ご自身で仰っていましたわよ?
さて、これで退路は全て絶ちました。話して頂けるまで帰しませんわよ。
それを悟ってか、諦めたように口を開きました。
「わ、私は……ハル君――あっ、夫に不満はないですよ」
「それは満足しているから、でしょうか?」
「そう、ですね、きっと。その、いっぱい愛してくれるので……」
どんどん顔が赤くなっていくリリル様は、本当に可愛らしくて妹としてお持ち帰りしたくなってきましたわ。
エーデルワイス子爵夫人が、より深く切り込んで来ました。
「どのように愛してくださるんですか?」
「うぅぅぅ、恥ずかしい」
「さぁ、さぁ!!」
「え、エーデルワイスさん、ちょっと怖いです……」
「おっと、失礼致しました。では、どうぞ」
「えっと、その……とにかく全身を丁寧に愛してくれます……」
「具体的に!」
「ぐ、具体的!? うううう、ゆ、指とか、し、舌で……」
『舌!?』
「はい、舌です……」
舌?
舌で何をするのでしょうか!?
しかも全身って仰いましたよね!?
まさか、全身を舐めるのでしょうか?
貴族とは、極度に綺麗好きな男性が多いのです。
ですので舌で舐める行為なんて、絶対にしませんし不潔な行為とも言われています。
これはハル侯爵様もリリル様も元は庶民だから、当たり前として受け取っている事なのでしょうか?
ですが、果たして舌でしてもらうのは、良いものなのでしょうか。とても気になります。
わたくしは質問をしてみると、リリル様はとても恥ずかしい様子でお答え下さりました。
「その……頭の中がふわふわして、声が我慢出来ない位……いいです」
両頬を抑えて目を潤ませて答えて頂けるリリル様。
そんなに、そんなに良いのですか……。
ハル侯爵様、夜の方でも《英雄》級なのですね。
さらに根掘り葉掘り聞いてみると、一回の時間に三十分以上もかけるそうです。そんな貴族は聞いた事御座いません!
さらにさらに、毎日三人の奥様を順番で抱いていらっしゃるようでして、相当な絶倫のようでした。
わたくしはその話を聞いて、とても羨ましいと感じてしまいました。
こんな形で猥談は加速していきます。
もう、止まらない位。
すると部屋の扉を叩く音がしました。リリル様が「どうぞ」と仰ると、入って来た方はハル侯爵様でした!
「ハル君!」
「よっ、リリル。美味そうな匂いがしたから、来ちまった」
「お仕事は大丈夫なの?」
「ああ、一段落ついてちょっと小腹が空いてさ。おっ、クッキー作ったん?」
「うん! あっ、食べる?」
「いいの? やった! あーん」
「はい、あーん」
何と、リリル様はクッキーを手に持つと、そのままハル侯爵様のお口に入れて差し上げたではないですか!
しかも、リリル様の細くて綺麗な指をしゃぶるようにしておられ、こう、ちょっとムラっとしてしまいました。
「ん~、さすがリリル! 今日も美味い!」
「えへへ、ありがと、ハル君」
ここまで仲良くしている貴族なんて、片手で数えられる程度しかいないと思います。
他の夫人方も、お二人の様子を羨ましそうに見ていらっしゃいます。
そうなってしまいますよね、普通。
「ん? おっと、これは皆様。お見苦しい所をお見せして申し訳御座いません」
『そんな、とんでもございません!!』
「いつも妻と仲良くして頂いて、本当に有難う御座います」
『こちらこそ、御馳走様です!』
「何に対してごちそうさま?」
まさか、こんな身近でハル侯爵様のお姿をお目に出来るとは思ってもみませんでしたわ。
本当に素敵な方で、夜の方も素敵なんて……。ああ、ハル侯爵様の妻になられた方は本当に羨ましいですわ。
それに最後リリル様に手を振って部屋を出られて、リリル様も姿が見えなくなるまで満面の笑みで手を振っていらっしゃいました。
本当に愛し合っているんでしょうね……。
ああ、帰ったら何が何でもご寵愛を頂きましょう!
欲求不満が爆発してしまいそうですわ!!
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