第225話 魔道具職人から見たアーリア
――とある部下視点――
俺は光栄な事に、アーリア姫様の元で働いている。
仕事内容はとてもシンプル。アーリア姫様の旦那であるハル・ウィード侯爵の楽器となる魔道具製作だ。
ハル侯爵が立ち上げた商会の魔道具部門に在籍しており、姫様は統括責任者という役職に就いている。
今、文武両道の英雄である彼が要求している楽器は、世界で発表されていない全く新しいものだった。
どうやら我々の世界より文明が発達している異世界ですでに使われているそうで、詳しい構造は提案者であるハル侯爵もよくわからないのだそうだ。まぁ音でしかバイオリンを認識できていないから、仕方がないだろう。
そこで、アーリア姫様の出番という訳だ。
魔道具開発に関しては世界トップレベルと名高い姫様が、音属性魔法の魔方陣を上手く組み合わせる事によって音を寸分違わず再現しているのだ。
ちなみにハル侯爵の音属性魔法は、その異世界で使われている楽器の音を出す事が出来る。それをアーリア姫様含めて我々が聴き、再現出来るように知恵を振り絞っているのだった。
今製作しているのは、バイオリンという楽器だ。
このバイオリンという単語がどういった意味なのかは不明なのはどうでもいい。今俺達は、そんな事よりも大きな問題にぶち当たっていた。
「今回侯爵様がご提示したバイオリンという楽器の音なのですが……」
「……どうやっても、あの音が再現できないんですよね」
俺の同僚達が頭を悩ませていた。
その中には当然俺も含まれている。
一応試作機は出来たので試しに侯爵に演奏してもらったのだが――
「ダメ出し、食らっちゃいましたね」
「むしろ怒られたな、俺達……」
「うん、むっちゃ怖かったっす」
ハル侯爵が鬼のような形相で怒ったのだ。
楽器を舐め腐ってやがるのか? と。
確かにこの試作機、演奏は出来る。
だが、音の強弱は一切付けられないんだ。
俺達は演奏のいろはなんぞ全くわからないから、これでいいと思ってしまった。だが、演奏家からしたら俺達の考えは相当頭に来たらしい。
最後には「至高の逸品だと思うものが出来るまで持ってくるな」と言われてしまった。
本当に怖かった……。
ハル侯爵の怒髪天を食らったので俺達は知恵を振り絞っているのだが、状況はご覧の通りである。
ああ、どうしたらいいのだろうか。
アーリア姫様は別の魔道具作成に取り掛かっているし、俺達で何とかしなければいけないんだが。
すると、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「話は聞きましたわ、皆さん。ハル様に怒られてしまったようですね」
『ひ、姫様!?』
銀色の艶がある髪、そして銀色の瞳。透き通る綺麗な肌を持ち合わせた可憐な女性、アーリア姫様だ。
彼女が、部屋に入って来たのだ。
「姫様、別の魔道具製作でお忙しいのでは……」
「確かに忙しいですが、このバイオリンだって重要なお仕事の一つですわ。こちらを蔑ろにするなんてできません!」
「姫様ぁ~」
「さぁ、一緒に改善案を出し合いましょう!」
アーリア姫様が手を叩き、会議を始める。
姫様が試作機を手に取って、実際に音を奏でてみた。
そして顎に手を当てて考え込んでいる。
真剣に考えているその仕草が美しくも可憐で、魅了されている俺達は、彼女から視線は釘付けだ。
「ふむ、まずこの試作機なんですが……重すぎですわ。本体の中はどうなっていますの?」
「とりあえず木製なので適当に形を作っているだけです」
「その点がダメですわ。演奏者は楽器を持って長時間演奏をします。こんなに重いと、負担がかかりすぎて長時間演奏出来ませんわよ?」
「……あっ!」
「そこも考えないといけませんわ。音を出す程度なら誰でも出来ますが、愛しい旦那様は楽器を求められています。演奏家の要求にお応えする事こそ、わたくし達のお仕事なのだという事を忘れてはなりません!」
音を出す程度なら誰でも……出来るもんか!
その音ですらダメ出し食らってるのに、本当この人も良くも悪くも天才肌だな。
「どんな些細な意見でも仰ってください。何しろ初めて作る楽器なのです。多角的視点から見ていきましょう」
『はいっ!』
疲れていた皆に活力がみなぎったようだ。
本当、アーリア姫様、マジ天使。
会議、試作、会議、試作と繰り返してすでに三日経った。
どうにか形は出来たものの、音に納得できずにいた。
ハル侯爵の魔法で聴いた、抑揚がある音程が再現できないのだ。
弓と呼ばれる棒で弦をこするらしいのだが、深みがある音ではない。
何と表現すればいいのだろう。あっ、そうだ。音が無表情過ぎるんだ!
こんなの納得してもらえる訳がなかった。
そしてアーリア姫様も、頭を抱えて項垂れている。
全く良い解決方法が見当たらなかったので、一旦魔方陣を全部省いて弾いてみようという事になった。
魔道具として考えたバイオリンは、ボディを空洞にした後に一本の棒を仕込んだ。その棒に魔方陣を書き込んで振動を拾い、指定された音を奏でるというもの。そう、この指定の仕方が音を無表情にしている最大の原因だった。
魔道リューンも似たような構造らしくそちらは上手くいったのだが、どういう訳かバイオリンは上手くいかない。
なので自棄になった結果が、魔方陣を取り除く事だった。
「では、とりあえず弾いてみましょう……」
アーリア姫様が力なく仰った。
ああ、何とお痛わしい。
弓を弦に擦る。すると、何とハル侯爵の魔法で聴いた音に近いものが出たではないか!
絶望の中にいた俺達が、一斉になって面を上げて活路を見出だした瞬間だった。
アーリア姫様なんて目尻に涙を溜めていらっしゃる!
もしかして、これが完成か!?
何故魔方陣を取り除いた直後にこんな音が出たのかわからない。
そう、ここからが本当の俺達の仕事だ。
将来的にバイオリンは生産して販売しなくてはならない。現状は偶然の産物で出来た傑作に近いものだ。
何故、どういった仕組みで素晴らしい音が出せたのかを研究する必要がある。
「皆さん、活路が見えてきましたわ! さぁ、頑張って仕組みを暴きましょう!」
『はいっ!!』
俺達の戦いは続いた。
ああでもない、こうでもない。
もう魔道具の『ま』の字すらなかった。完全な専門分野外なのだが、俺達は手を止めなかった。
完全な意地だ。意地で俺達は仕組みを追求していったんだ。
そして一週間が経過して、ついに仕組みを把握して完成品が出来た。そして量産出来るようにもなったんだ。
姫様含めて全員が跳び跳ねて喜んだ。そしてハル侯爵様にも満足していただけたのだった!
俺達の努力は報われて、中には泣き出す奴すらいた。
うん、本当に長くて苦しい戦いだったよ。
「ありがとう! 皆のおかげで俺の音楽の活動の幅がぐんと広がった。俺にとっては皆が英雄だよ!」
救国の英雄に絶賛を受けて、俺達は誇らしい気持ちになった。
姫様なんて、侯爵の事を愛しそうな微笑みを浮かべて見つめている。そのお姿は可憐で、ついつい見とれてしまった。
そんな侯爵は、俺達を労う為に一週間の休暇と特別手当て、そしてウィード家と仲良くしている貴族のリゾート地への旅行をウィード家負担で我々に与えてくださったのだ!
当然皆喜んだ。こんな厚待遇、なかなか受けられる訳がない!
本当よかったわ、ウィード家の元に就いて。
侯爵が特別待遇を与えると宣言して頂いてから一週間が経ち、バイオリン製作に関わった者は全員リゾート地へ来ている。
海が見える絶景の場所でとても素晴らしい所だった。まぁ俺達は全員男で女っ気が一つもないってのが一つの不満だな。
だがこのリゾート地、ちょっと離れた場所に色街がある。特別手当ても貰ったし、ちょうど俺は独身だからハメを外しても文句は言われないだろう。
現在は旅行三日目の夜。
各々が自由に遊び倒し、今日は皆で集まって飲む事になった。
宿は一人一人に個室を割り当ててもらっていて、その一人の部屋に集まって酒を飲んでいた。
「っつぅかさ、最近アーリア姫様がさらに美しくなられてねぇか? ある意味目に毒なんだけど」
『それな』
ふと、仲間から飛び出してきた言葉に俺達は同意した。
そうなのだ、侯爵と結婚した姫様はとても美しくなられている。
前までは可憐なお姫様だったのに、女性としての色気が出てきているのだ。
俺達だって男だ、そんな素晴らしい女性が職場にいると、邪な妄想をしてしまう。
「でもハル侯爵様のお側にいる時は、恋する少女って感じだよな」
「わかる。もうさ、侯爵の事が好きってのがオーラでわかるっていうか」
「本当羨ましい……。俺も侯爵みたいに強かったら、姫様は惚れてくれたかな」
「お前みたいなブ男じゃ無理無理!!」
「わかってるけど、直球で言われると傷付く!!」
言われた当人はしょんぼりしているが、他の皆はケラケラと笑った。
「でもなぁ、ハル侯爵より魅力的な男って、なかなかいねぇよな」
「え、何……。お前侯爵様を狙ってるのか?」
爆弾発言をした一人の同僚から、俺達はあからさまな距離を取る。
まさか、昨日色街で三軒ハシゴしたって言ってたのは、実は嘘だったのか!?
「ち、ちげぇ!! 普通に考えてみろ。あの人は同じ男でも憧れない訳がないものを大抵持ってるんだぞ」
『――あぁ』
そうなんだよな。
地位や名誉、さらに財産。加えてあの容姿に自信に満ちた態度。
格上であろうと立ち向かえる度胸もある。
だから英雄として成り上がる事が出来たし、音楽に関しても世界で一番との声が上がっている程だ。
剣においても他の追随を許さない強さだし、魔法も音属性というユニーク魔法を自在に操っている。
そしてトドメに綺麗な奥様を三人も抱えている。
こんなの憧れない訳がないな。
「確かアーリア姫様は侯爵に命を救われたんだ。しかも相当優雅だったらしいぜ。そりゃ女性なら惚れちまうだろ」
「だよなぁ。しかも助けたのって、侯爵が八歳の時だろう? 小さい頃から才能に溢れていたんだな」
「だめだ、俺達が勝てる要素が一つもねぇ!!」
「勝てるとしたら、性欲の多さかもな!!」
「いや、噂だと侯爵は夜の方も英雄級らしい」
「……そっちも勝てねぇのかよ」
夜も英雄級ってところが非常に気になるが、聞いたらただただ妬ましい思いしか出てこないだろうから、深堀りしないでおこう。
「はぁ、アーリア姫様と一度でいいから、ヤりたい」
「言うな、虚しくなるだけだ」
「わかってる、わかってるけどさぁ。色街に行ってわかっちゃったのさ。アーリア姫様に勝てる女も非常に少ないって」
「気品にも溢れていて魔道具製作の才能もある、そして侯爵を支えられる母性だってあるんだ。色街の女にゃ悪いけど、女の土俵が違う」
「俺、実はまだアーリア姫様に恋してる」
「俺もだけど、無理だろ」
「……うん、無理だ。侯爵に勝てる気がしねぇ」
日に日に女性として磨かれていくアーリア姫様を思い浮かべ、俺はこう思ったのだ。
(一日でもいいから、ハル侯爵の身体になれねぇかな。そしたら――)
そんな事は絶対に無理だ。速攻でボロが出てバレるだろう。
ハル侯爵との男としての格の差を思い知らされると共に、邪な妄想はさらに酷くなる。
こうして男だけの飲み会は、終盤はお通夜状態となってお開きとなった。
ちくしょう! 明日は昼間から色街に行って散財してやる!!
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