第226話 裏社会の頭から見たハル


 ――とあるギャングの頭視点――


「合言葉を言え」


 俺達のアジトにある、頭である俺の部屋の扉の前で、部下がそう言った。

 今日はとある人間との商談だ。

 しかし、何故奴自身が俺達に商談を持ちかけてきたのだろうか。

 理由はさっぱりわからねぇが、断ってしまったら俺達の名前に傷を付けてしまう。

 何せ俺達は、貴族だろうと恐れないギャングの名門なんだからな。


「『闇より尚深き闇から這いずり出てきた者に、お目通りを』。……恥っずかしい合言葉だな、これ」


「……ボスの趣味だ。どうやら客人のようだな、入れ。ボスがお待ちだ」


 そんなに恥ずかしいか、この合言葉?

 無事合言葉を言えたので、今日の商談相手が入室するのを許可した。

 俺は直接面を向かって話した事がないから初対面だが、超有名人だ。

 何と相手は《救国の英雄》やら《双刃の業火》やら《音の魔術師》なんて様々な異名で呼ばれている、レミアリアの中で一番勢いがある上級貴族様だ。


 ゆっくりと扉が開くと、その姿が目に入った。

 燃えるような赤髪、青い綺麗な両目だが自信に満ち溢れた目。

 飾り気が少なくてフォーマルな服装をしているが、左腰に差してある国王陛下から直接賜った赤と青の剣を持てるのはこの世に唯一人。

 そしてやけに背筋が延びている白髪の執事も連れてきていた。


「やぁ、はじめましてだな。俺はハル・ウィードだ」


 もうすぐで十三歳になるという成人したての青臭い餓鬼だが、こいつは纏っている雰囲気が熟年した大人そのものだ。

 俺はたまらず息を飲んだ。

 やばい、こいつは油断しちゃだめだ。

 俺は気を引き締めて差し出された右手を握って握手をする。


「先に紹介させてすまなかったな、英雄殿。俺は《這い寄る魔手ましゅ》の頭をやっている《ルーファス・レギンズ》だ。まさか英雄殿から俺達にコンタクトを取ってくるとは思わなかったぜ」


「まぁ俺にも色々あるんだ。察して欲しい」


 察して欲しい、か。

 貴族社会は色々とご事情があるからな、相当大変なんだろうよ。

 俺は英雄殿に座るようにジェスチャーを出すと、下座にゆっくりと腰掛けた。

 緊張している雰囲気は一切ない、堂々としている。


「しかし驚いたぜ。《救国の英雄》殿自らが、裏社会に生きる俺達に商談を持ちかけてきたんだから」


「ふっ。そういうおたくだって、よくそれに乗っかったよな。普通疑うだろうに、二つ返事で応えたし」


「俺達一家が、それ位で躊躇してたら舐められちまうんでな」


「裏の世界も大変だなぁ」


「お互い様だ」


 部下が紅茶を持ってきた。

 当然ながら毒は入っていない。

 こんな金になりそうな相手に、しょっぱなから毒を入れてどうこうするなんて有り得ないからな。

 だが警戒はするだろうから、後ろにいる執事が毒味するんだろう。

 なんて思っていたが、英雄殿は躊躇なく紅茶を飲んだんだ。

 何を考えているんだ、こいつは!


「うん、いい紅茶だな。何処から仕入れたんだ?」


「……なぁ、あんた」


「ん?」


「普通、毒味させないか?」


「ああ。毒を入れている可能性があるってか? そんな事をしておたくに何の得があるんさ。俺を殺したりしたら国から指名手配されるだろうし、様々な貴族を敵に回す事になるだろう?」


 そこまで頭に入れての行動か。

 ハル・ウィードのもっとも恐れるべき所は、武力や権力ではない。こいつのコネクション力だ。

 五大公爵と呼ばれる面々と深く繋がっているし、武力においては騎士貴族と呼ばれているログナイト・カーリィと同等と言われているライジェル・グローリィ子爵とも友人関係だという。

 また、リリル・ウィード侯爵夫人がたくさんの貴族夫人と懇意にしていて、対等の友人の間柄になっているそうだ。

 そして最近ハル・ウィードのおかげで影響力をつけていると言われている、レイ・ウィード侯爵夫人の実家であるゴールドウェイ家。最近では伯爵に上り詰めたという。

 そして極めつけが、アーリア・ウィル・レミアリアを妻としてもらった事で、王族とも密な関係を作っている。

 この絶大なコネクションは、他の貴族が十年頑張って得られるかどうかという位強大なものだ。それをこいつは、貴族になって一年も満たずにやってのけている。

 もし、俺がここで英雄殿を殺害したら、いくら俺達であったとしても一瞬で消されてあの世行きだろう。


「まぁ俺がおたくらを事前に調べた上で、商談相手として選んだからな」


「俺達を調べたのか」


「悪りぃな、無条件で相手を信用する程、俺の頭は緩くないんだ」


 本当に、こいつは十二歳なのだろうか。

 普通なら誰かが補佐するとか、交渉役を用意して商談に望むだろうに。

 俺はてっきりその執事が俺と商談するのかと思ったが、ただ後ろに控えているだけ。

 こいつは、本物・・だ。


「《這い寄る魔手》。裏社会に生きるギャングなら大抵手を出す麻薬販売や奴隷販売、強奪をしない珍しいタイプのギャングだな。表では商会を立ち上げて王都で色街を合法で運営、莫大な利益を得ている傍ら、他のギャングを全員皆殺しにして実質王都の裏社会を牛耳っている巨大ギャング。合ってるな?」


「……間違いない」


 よく調べていやがる。

 俺達はギャングの中でもかなり珍しいと言われていて、麻薬とかには一切手を出していない。

 そんなものに手を出していたら、組織としての寿命は短くなるのは目に見えているからだ。

 ただし人身売買や麻薬販売はとんでもない利益を生む。ではどうやって資金源を稼ぐか?

 そこで考えたのがギャングであるという素性は隠して商会を立ち上げ、奴隷を一切使わない色商売をする事にした。

 勿論従業員は強要したりとか脅したりしない。生活に困っていそうな女をスカウトして、働きに見合った好待遇を提示する事で自らやると言った女達だ。

 脅して低賃金にして使い潰した方が利益は出るが、そしたら商品である女達の商品寿命が圧倒的に短くなる。なら消耗品として扱うのではなく、他の店でやっている従業員と同じ立ち位置になって貰い、長く働けるようにしている。

 部下達からはあり得ないと批難されたが、いざやってみたら女達は相当頑張ってくれている。おかげで今では月一億ジルもの利益が出ているし、レミアリア最大の色街を俺達が独占している結果となった。

 まぁその色商売をする為に、他のギャングを皆殺しにして、そいつらが溜め込んでいた財産を根刮ぎ奪って資金源にしたんだけどな。

 中には酷い扱いをされた奴隷がいて、解放してやった代わりにうちの色街で働いてもらっている。

 ちなみに色街だからと言って、全ての店が身体を売っている訳ではない。

 極上の女を席につけて上機嫌にさせ、気持ちよく高い酒を飲んでいって貰うっていうバーも運営している。

 どうしても身体を売るのが嫌だという女の為に、少々の赤字覚悟で考えた商売だったが、思いの外利益を出してくれていた。

 こうして俺達一家は、王都リュッセルバニアの裏社会を牛耳る巨大ギャングとなった訳だ。


 俺達は全うな商売をしているから、ギャングである事は相当わかりにくい筈なんだ。

 それをこいつは知っている。

 これは異常なまでにデキる犬を飼っていやがるな。


「しかし、よく調べ上げたもんだ。羨ましい程優秀な犬を飼っているようだな」


「犬は飼ってないさ。まぁ俺は耳がいいんだ。《音の魔術師》だけにね」


「……そういう事にしておく」


「ああ、その方がお互いの為だ」


 ちっ、これ以上藪をつつくなって事か。

 もう仮に犬を飼っているという事にしておくとして、深入りするとその犬に食い殺されるやもしれんな。

 後ろにいる執事の眼光が、恐ろしい程に鋭くなっているのがわかる。


「さて、時は金なりって言うから、商談内容を伝えるわ。それとも、俺と緩い雑談をご所望か?」


「いや、回りくどくなくて助かるぜ」


「俺も助かるわ。では率直に言おう」


 英雄殿が身を乗り出した。


「おたくら、うちを拠点にしないか?」


「…………は?」


 ちょっと待て、何を言いやがった?

 うちを拠点にしないかだって?

 どういう意味だ?


「あれ、聞こえてなかったか? 難聴系なのか? じゃあもう一度――」


「いや、しっかり聞こえていた……。ただ、理解出来ずにいるだけだ」


「どこら辺が?」


「全てだよ!」


 何の意図があってそんな商談を持ちかけてきているのか、全く理解できなかった。

 だってそうだろう?

《救国の英雄》とまで言われている貴族が、わざわざ裏社会にいる俺達に自分の領土を拠点にしろなんて普通は言わない。

 だから今、俺は非常に混乱しているんだよ。

 すると俺の様子を見かねたのか、白髪の執事が口を開いた。


「旦那様、《救国の英雄》と呼ばれている貴方様は、通常ですと清廉潔白でいらっしゃらないとイメージが悪くなってしまいます。ですのでこの方は自らイメージを悪くするような商談を持ち出してきているので、旦那様の意図がわからず混乱していらっしゃいます。私も若干戸惑いがある程、今回の旦那様の行動は異常なので御座います」


「ああ、そういう事か。清廉潔白ねぇ、その言葉自体俺は好きじゃないけどな」


 英雄殿は一瞬天井に視線を移し、軽く呼吸をしてから俺の方を向く。


「なぁ、ルーファスさん。裏社会に生きるおたくならわかるだろう? 人間には必ず表裏があるって」


「ああ、痛い程わかるさ。人間社会は馬鹿正直にやってるだけじゃ成り上がれない。だから野心を持っている奴は腹の中に黒い一物を抱えているもんさ」


 仕事にしたってそう、色事に関したってそう。

 人間は常に嫉妬や強欲、闘争本能を抱えている。だが人間社会では生まれた時から理性と道徳でそれらを押さえ付けている。

 無理に理性と道徳を植え付けているもんだから、人間の表裏は半々で存在している。

 俺達裏社会の人間は理性と道徳を捨てて、人間としての本能に従って動いている人間だ。

 まぁ俺の場合、大量の金が欲しいから、長く金を得られる色街という商売に手を出した訳だが。


「その通り! だから裏社会を根絶やしにしても、またふつふつと悪い事を考えている奴が沸いてくる。そしてまた裏社会組織を作ってきやがる、まるで害虫みたいだよな」


 なるほど、ようやく読めてきたぞ。

 この英雄殿は――


「根絶やしに出来ないんだったら、信用出来るギャングにもう最初から裏社会を任せちまおうって考えたのさ!」


 やはりか。

 しかし、何て恐ろしい事を考えていやがる。

 裏社会のギャングは、いつでも貴族から干からびるまで汁を吸ってやろうって考えている連中だ。

 だから貴族も王族も、なるべくギャングと手を組まないようにしている。

 勿論敢えて手を組んで、違法な収入を得ている貴族もいるようだがな。


「あっ、誤解はしないでくれ。これは協力関係でも何でもねぇから」


「どういう事だ?」


「あくまで俺はおたくらの商売が出来るように場所を提供しよう。俺がやるのはそこまで。後はこっちで犯罪を犯さない限りは知らぬ存ぜぬを突き通すさ」


「何だ、俺達に汁を吸わせてくれるんじゃなかったのか」


「そこまでギャングと深い関係にはならないさ。まっ、もし俺の街で非合法な事をやったら――」


 ハル・ウィードから、恐ろしいプレッシャーが押し寄せてくる!

 息苦しい程に強烈なものだ。

 普通の部下なら気分を悪くしているだろうが、この部屋にいる部下や俺は手練れだ。

 一瞬は怯んだが、何とか持ち直した。


「死んだ方がマシだと思えるような潰し方をしてやるからな」


 本当に、こいつは何者だ!?

 発想もそうだけど、尋常じゃないプレッシャーは十二歳で放てるものじゃねぇ!!

 本物の天才とかそんなんじゃ片付けられん。

 こいつは傑物以上に、化け物だ……!

 だが俺達にも意地がある。

 精一杯見栄を張ろう。


「潰す? そう簡単に行くか? 俺達は――」


「言葉を遮って悪いが、まず後ろを見てから見栄を張ってくれ」


 ん? 後ろ?

 後ろを向くと、さっきまで英雄殿の後ろで控えていた執事が、俺の真後ろにいた。


「ひっ!?」


 俺は小さな悲鳴を上げてしまった。

 いつだ、いつ俺の背後に立った!

 音も気配も何もなかった!!

 今となっちゃ滑稽に聞こえるが、俺は気配に関しては人一倍鋭い。

 だからこの裏社会で生き残れたんだ。

 そんな俺が気配を読めなかった。

 何者だ、この執事……!


「まっ、そういう事だ。見栄を張るのは結構だが、過剰な背伸びはしないのが一番だぜ?」


「……」


 何も言えなかった。

 ハル・ウィードの異常な発想、そして後ろにいるだろう未知数の武力。

 俺はこの圧倒的な力の差に敗北を認めざるを得なかった。


「もう一度言うぜ。犯罪をしない程度に色街を作っても構わないし、うちの領土の裏を牛耳ってくれて構わない。むしろ牛耳ってくれないと困るんだ。最近薄汚いネズミがやたらと増えてな、余計な仕事が出るし領民に死者が出て洒落にならなくなってきたからな」


「……」


「不用意な殺しや不法な販売を行わないおたくらだからこそ、うちの裏を託せるんだ。だから、俺がおたくらを潰す行動に出ないように、頑張って暗躍して欲しい」


 これは、確かに協力関係ではない。

 どうやらこの英雄殿には揺すりや癒着は全く効かないようだ。

 しかし今一番勢いがあるウェンブリーの街の裏を牛耳れるのは非常に大きい。

 噂では外国から観光に来る客の数も相当で、ウィード家の懐は尋常でない程暖まっているのだとか。

 協力ではないから一歩でも間違えたら、俺達一家は潰されてしまうだろう。

 だが上手くいけば更なる利益を確保できる。

 この話、乗ろう!


「ああ、あんたみたいな化け物を相手にしたくないからな。目ぇつけられない程度に裏を掌握するさ」


「交渉成立――って、人を化け物呼ばわりするんじゃねぇし!」


「はっ、十二歳でここまで色々な事が出来る奴なんているか! いるとするなら、控えめに言って化け物っていう存在だろうよ」


「ただ全力で生きているだけだよ。後悔しないようにな」


「俺達を前にして堂々としている時点で異常なんだ、それくらい知っておいてくれ」


「あいよ。じゃあ細かい取り決めは一ヶ月後、商人として俺にアポを取ってくれ」


「商人として、か。わかった」


「んじゃ、また一ヶ月後に会うのを楽しみにしているぜ」


 そうしていつの間にか英雄殿の後ろに戻ってきていた執事を連れて、俺の部屋を出ていった。

 ああ、ああいう化け物も存在していやがるんだな。

 巨大ギャングすらも認めさせちまう、とんでもない人間が。

 奴等が部屋を出ていった後、俺を含めた部下全員が深い溜め息を吐いた。

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