第227話 伝説の幕開け


 ――《音楽の街、ウェンブリーの軌跡》五十ページ第一章より抜粋――


 ウェンブリーは音楽関係の商店だけでなく、様々な音楽家が演奏できる《ライブハウス》や野外ステージを領内に設置。

 そうする事で、音楽家の予算に合わせて大・中・小規模のコンサートが開けるようになった。

 それにまだプロになっていない音楽家志望の人間も、頑張って金を積めばコンサートを開けるようになっており、様々な音楽が楽しめる街として当時は賑わった。ハル・ウィードが始めたレーベルという業種は金になる、商人や貴族が我も続けと身を乗り出し始め、将来有望な音楽家見習いをこの街で探したと言われる程だ。

 そんなウェンブリーも音楽だけではなく、露店や宿も相当に賑わっていた。

 野外ステージによるコンサートでは、多い時は十万人以上が観に来る。それに乗っかって、様々な露店が出店したり、たくさんの宿泊客を獲得して大量の金を落としていく。賑わえば賑わう程税収も増え、街が出来て半年の時点でレミアリア国内での税収ランキングで上位五指に入る程となった。

 さらに、ハル・ウィードが立ち上げたレーベル《ウィード・エンターテイメンツ》は常に右肩上がりの成長を続けていき、自ら有望な音楽家に対して指導と楽曲提供を行い、そして自身のバンドである《親友達ディリーパード》は精力的に活動を行い、他の追随を許さない業界の頂点に君臨していた。

 《親友達ディリーパード》がコンサートをすれば大金が動く。

 各貴族は急いで自分の領地に野外ステージを作って、ハル・ウィードに演奏して欲しいと土下座をしてでも頼み込んだという。

 しかしそこは破天荒で有名なハル・ウィード。簡単に首を縦に振らなかった。

 ハル・ウィードが拘ったのは野外ステージの音響設備だ。彼が提示した設備を用意できる貴族は、片手で数えられる程度だった。

 しかもその片手で数えられる貴族というのは、大半がハル・ウィードと《対等の友人》として付き合っている程仲の良い貴族だったのだ。

 各貴族は必死になってウィード家とコネクションを作ろうとするが、ウィード家はすでに金に困っていない程の収入を得ている為、金に頼るしかない大半の貴族は絶望したと記録に残っている。

 中にはウィード夫人の誰かを人質に取ろうとした者もいたが、ハル・ウィードの手によって葬られている。

 当時のハル・ウィードは、貴族世界においても頂点に近い立ち位置を確保していたのである。


 だが、ウェンブリーはまだ終わらない。

 何とハル・ウィードは、領地に巨大な色街を作ったのだった。

 当時の色街で働く女性は、基本的に借金で身売りされていた女性か奴隷が一般常識だった。故に病気などで使えなくなった場合は密かに処分されていたという。

 しかしウェンブリーの色街は違った。

 各店舗が募集をかけたり、綺麗な女性を厚待遇でスカウトしていたりしたのだ。

 強制ではなく、選択肢を与えるやり方だ。

 勤務以外は自由なので、酷い扱いをされる事がなく頑張れば高収入を得られるこの色街は、色街で働いた経験がある奴隷から解放された女性や未経験の女性が興味を持って遠くから訪れるケースもあったという。

 さらに商品である女性の体調を一番と考えていて、無理に働かせる事はしない。その為女性も長続きし、副産物として女性の固定客が付く。長続きすればその固定客が安定して金を落とすので、使い捨て扱いするよりも高い収益が得られたのだ。

 そして世界初と言われた、女性を対象にしたバーが存在していた事だろう。

 美男子を多く雇い、来店した女性に寄り添って共に高級な酒を飲む。普段では味わえない程優しく接してくれる事で、世に疲れた女性の心を癒したと言われている。売り上げも娼館に比べたら低かったらしいが、身体を商品として扱わないこの業態としては、相当な売上を叩き出したという。

 

 これらの収益によって富、名声、地位の三つを欲しいがままにしていたハル・ウィード。

 しかし、街を開いてから三年となった所で、動き出した貴族がいた。

 アレクセイ・フォール。

 様々な貴族を自分の傘下に置いて勢力を拡大。そしてクーデターの為にウェンブリーを手中に納めて王都へ進攻する拠点にしようと考えたのだ。

 この時すでに六つの貴族を取り込んでおり、さらに《武力派》から傭兵を雇い入れて兵力は約五万。

 貴族が抱える兵力ではなかった。この軍勢を以てついにアレクセイはハル・ウィードに対して戦争を仕掛けたのである。

 対してハル・ウィードが抱える私兵は約四千五百。特別仲が良い貴族達の兵力を借りてやっと二万に届く程度で、戦力差は絶望だった。

 だが、この戦争は何と、たった一日で終結してしまうのであった。しかも兵力は自身の私兵のみの、たった四千五百のみでだ。

 実はこの時、街を開いてから三年でハル・ウィードは《音属性魔法の極地》に至った。

 それを以て一日――いや、半日で完全勝利を納めたのだ。

 

 攻撃魔法が極端に少ないとされていた音属性魔法。

 だが、この戦争で周囲の貴族は思い知る事になる。

 ハル・ウィードの発想力の高さ、そして音属性魔法の本当の恐ろしさ。

 さらに、ウィード家に安易に手を出してしまったらどうなるか、を。

 本章では、著者が入手した情報や資料を元に、その戦争の詳細を記述する。

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