第223話 私兵から見たレイ


 ――とあるウィード家私兵視点――


「遅い! そんな振りじゃ女である僕を倒せないよ!!」


「は、はい!」


「次!!」


 今日は週に一度ある、レイの姉御との訓練だ。

 俺達ウィード家の私兵は、基本的ウェンブリーの街の治安維持が仕事ではあるが、その仕事の中には訓練も含まれている。

 一日の中に二時間程訓練があり、上手くシフトで回るようになっている。

 そして今日は非常に運が良かった。

 皆の憧れである、レイの姉御と訓練が出来るんだから!

 成人したばかりだというのに、非常に大人びていて美人なんだから、見ているだけで元気が貰えるんだ。

 しかも俺より年下なのに剣の腕は立つから、有意義な訓練も出来ている。

 中には本気でレイの姉御に恋をしている奴もいて、領主であるハル様に恨みの念を送っている馬鹿もいる程だ。


 今は乱取り稽古中で、レイの姉御が一人一人相手をしている。

 今回の訓練シフトは二百人。その中で希望者が姉御と稽古をしてもらえるという内容だ。

 魔法は一切禁止、何処かに一撃入れられたら勝ちというルールだが、未だ誰一人と姉御に一撃を与えられた奴はいない。

 確かに姉御は皆の憧れだ。だけど相手は女性で年下なのに負けてしまっている事実に、全員プライドをへし折られている。

 どうやら姉御は無駄に高いプライドをへし折る為に、自ら訓練の相手になっているようだけど。


「どうした、君達の剣技はその程度かい? この程度なら昼寝していた方が有意義な時間だね」


 姉御の言葉に、負けた奴等は悔しそうにする。

 当然俺達だって負けないように特訓をしている。一本でも入れられるように、毎日頑張って日に日に強くなっていっている。

 しかし彼女もまた、日々成長しているようだ。

 いや、違う。俺達の成長度合いに合わせて、本気度を上げていっているんだろう。

 じゃなかったら、男二百人を相手にして、ちょっと息を切らす程度で済む訳がない。

 確かに彼女は俺達の憧れだ。

 だが、その憧れはただ単に美人だからってだけじゃない。彼女の強さもまた、憧れの対象だ。

 皆必死になって、彼女のような強さを得ようとしている。

 それでもまだ届かない。

 悔しい、悔しい。

 守る対象である奥方に、俺達は打ちのめされている。

 武を生業としている俺達は、本来彼女に負けてはいけないんだ。

 英雄の私兵になったからって言っても、強さも一緒にくっついて来る訳でもない。

 

「次!! せっかくの僕の貴重な時間を、無駄に浪費させるつもりかい?」


 彼女の凛々しい声が、俺の心に突き刺さる。

 俺達との訓練が、無駄な時間?

 必死に食らい付いて、彼女に勝とうとしている時間が、無駄な時間なのか?

 ……冗談じゃない!!

 俺は手を上げ、名乗りを挙げた。


「次、お願いします!」


「いいよ、相手してあげるよ」


 当然武器は木剣。

 だけど今手にしているのは真剣だと思うんだ。

 そう、斬られたら死ぬし、斬ったら殺せる。よく斬れる武器なんだ。

 するとどうだろう。木剣がいつも使っている鉄の剣に変わったじゃないか。

 まぁきっと妄想した事によって、そう見えているだけだろうけど。

 

 ……緊張度合いが増した。

 そうだ、これで斬られたら死ぬんだ。

 冗談じゃない、まだ俺は死にたくない!

 俺は彼女を睨み付ける。


「……へぇ。なかなか出来そうだね」


「…………!」


 レイの姉御から、半端じゃない威圧が放たれる。

 今までの訓練でこんな威圧を出してくるなんて、なかった。

 訓練は、次のステージへ移行したんだ。


「さぁ、いくよ!」


「っ!!」


 姉御の鋭い刺突が繰り出される。

 俺は半身になって辛うじて回避した。

 まるで良い玩具を見つけたかのように、綺麗な口許が三日月のような寒気がする笑みを浮かべる。

 ヤバイ、今までとは違う攻撃を仕掛けて来る!


「しっ!!」


 短い息吐きの後に繰り出されたのは、コンパクトだけど鋭い刺突三連!

 これは回避できないと判断した俺は、剣で防ぎきった。

 だがまだ攻撃は終わらない。

 三連最後の攻撃は顔面狙いだったので、それをギリギリ剣の腹で受ける。当然それで視界は塞がってしまうのだが、そこを利用された。

 姉御は素早くしゃがんで、そこから足払いをしてきた。

 

(このタイミングで足払いかよ!)


 俺は飛んでそれを回避し、そのまま剣を振り下ろす。

 しかし彼女は読んでいたかのようにすっと立ち上がり、半身になって難なく回避されて地面と剣が衝突してしまった。

 だけど俺も避けられるのは想定済みだ。

 俺はそのまま彼女に向かって斬り上げを放つが、それも涼しい顔で避けられてしまった。


「うん、なかなか骨があるね! もう一つ上げてみようかな」


 まだ、上があるのか?

 そう思った瞬間、さっきの刺突三連よりさらに速い突きを放ってきた!

 このままじゃ負けると思った瞬間、俺の体は勝手に動いた。

 刺突三連の内の二撃は剣の刃の部分を手で持って短く持ち、小回りが利くようにして防ぐ。

 しかし最後の一撃は剣ではどうしても捌けず、後ろに下がってギリギリ回避に成功した。

 あ、危なかった。

 俺がこんな瞬時に対応出来るとは思わなかった。


 なら、次は俺の番だと思った瞬間、俺はいつの間にか地面に倒れていた。


「あの三連を防いだのにはビックリしたけど、何故三連で終わるって思ったんだい?」


 まさか、四連だったのか……?

 勝手に俺は三連が限界だと思っていたけど、そんな事はなかった。

 レイの姉御はまだまだ上があった。

 畜生、悔しい……。姉御の限界を見誤った自分自身が情けなくて悔しい。

 目頭が熱くなって、溢れそうになる涙を必死になって抑えていると、姉御が声を掛けてきてくれた。


「でも、いい根性だったよ。ここにいる誰よりも君は根性があるよ」


 見上げると、姉御が柔らかい笑顔を浮かべて手を差し伸べてきてくれた。

 さっきまでの鋭い眼光が宿った目ではなく、まるで慈しむようなそんな優しい表情で。

 俺の胸がトクンと跳ねる。

 ああ、レイの姉御って、こんなに綺麗な女性だったんだ。

 俺は彼女の手を取って起き上がった。


「君、名前は?」


「お、オルファン・グレインです」


「うん。覚えておくよ、グレイン」


 姉御に肩を叩かれた瞬間、周囲にいた同僚からざわめきが起こる。

 そりゃそうだ、今まで姉御は俺達私兵に対して名前を聞くなんて、一度もなかったんだ。

 俺はきっと、姉御の琴線に触れる事が出来たんだな。

 それだけで俺は、自信が持てた。

 それに、今まで見た事がない、美しい笑みが見れたんだ。俺は彼女を守る為に、剣を振るおうと誓った。


「おっ、やってるな、レイ」


 俺の背後から声が掛かった。

 振り返ってみると、ああ、俺達の憧れで守るべき主人である若き英雄、ハル・ウィードが立っていた。

 常に自信に満ち溢れている青い瞳、燃えるような赤い髪、そして武をかじっている人間なら感じ取れる、圧倒的存在感。

 男なら一度は望むもの、名声や武力、地位全てを持っている男。

 

「ハルっ!」


 レイの姉御から、弾むような嬉しそうな声がした。

 姉御の表情を見ると、柔らかい笑みなんて比べ物にならない程、眩しい笑みを浮かべていた。

 彼女はささっと乱れた髪を手櫛で整えて、ハル侯爵へ急ぐように向かっていく。


「ハル、作曲はもう大丈夫なの?」


「ああ、今終わったぜ。レイも稽古に精が出てたみたいだな」


「うん! あっ、そろそろ休憩にしようと思っていたんだ。ハルと一緒に休憩したいな」


「おっ、可愛い嫁さんにそう言われたら断れねぇな。喜んで付き合いましょう」


「やった♪」


 あんなに凛々しい姉御が、ハル侯爵の前では女の子をやっていた。

 本当に、彼の事が好きなんだな。

 俺達じゃ、あんな笑顔を引き出す事が出来ない。

 高嶺の花っていうのは、こういう事を言うんだな。

 ちょっと傷心になりつつも、心の中ではこう思った。


(ハル侯爵、やっぱりいっぺん爆ぜろ!!)


 まぁこの願いが届くと職を失ってしまうから、半分冗談ではあるが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る