第208話 ハル VS アーバイン2


 ――アーバイン視点――


 なんという事だ。

 私は、私の中にはこんな才能が眠っていたのか。

 もしかしたら命を燃やしているからこそ、引き出せた才能かもしれない。

 もう少しで死ぬから、そんな事は考えても無意味なのはわかっている。

 だが、もっと早くこの事実に知っていれば、こんな死に際に力を発揮する必要はなかった。

 悔やんでも仕方無い。

 今はただ、命尽きる前にハルを追い抜く事だけを考えよう。

 

 現在の演奏は、もう《ハンガリー舞曲》ではない。

 お互いに即興で弾いて、しっかりと曲として成り立つように即興で返す演奏だ。

 ハルが一段階演奏レベルを上げたら、必然的に私も演奏レベルを上げなくてはいけない。

 どうやったら奴の演奏に負けないか、どうやったら奴を追い抜けるか。

 必死に頭で考えながら、今まで培ってきた経験や知識を全て動員して対応する。

 今の私は、ハルに引っ張られる形で何度も限界を突破していた。


 しかし、限界突破している私を、さらに凌駕するのがこの男だった。

 ハルの底はまだまだ見えない。

 私が勝負を吹っ掛けてきても、獰猛な笑みを浮かべて速攻で対応してはまた一段階上を行く。

 先程から追い越し追い抜かれをずっと繰り返していた。

 本当に、つくづく凄い音楽家だよ、ハルは。

 恐らく異世界の記憶を何らかの方法で持って生まれた、異端の存在。

 ハルはその知識を以て、この世界の音楽業界に大革命を引き起こした。

 そして業界の頂点にふんぞり返って座っている。

 未だに誰も奴の座を奪う事が出来ていない不動の頂に、私は挑んでいる。

 だってそうだろう?

 音楽家というのは本来、「自分が一番だ」と常に思っている我儘な人種なのだ。

 そこに名実共に自分より高みにいる存在がこんなに身近にいるんだ、気に食わない訳がない。

 こいつが見ている世界はどんな風景なのだろうか、さっさとハルを引きずり下ろして、私がその景色を独占したい。


 ふと、ハルを見た。


 ハルは、私を見ていた。

 青い瞳は私の肌を貫くような鋭い眼光を放っていて、楽しそうな笑みを浮かべている。


 そうだ、こいつは頂点にいるからといって、ただ悦に浸っている訳じゃない。

 こいつは頂点にいる事で挑戦者を待ち、挑んできた者を打ち負かすのが好きなのだ。

 ハルと出会う前の私は、音楽業界の頂点にいると慢心しており、揺るぎない地位だと思っていた。

 非常に退屈だった。音楽を極めたと思っていた私は、歴史に名を刻んで後は寿命を全うするだけだと思っていたのだ。

 だが、ハルは違う。

 頂点にいても尚、自分の存在を脅かす者が現れる事を期待しているのだ。

 この時点で、私とハルの思考レベルでも大きな差が生まれていたんだ。

 本当に私よりも音楽の真髄を見ている男だと感じている。


 しかし、今の私はひと味違う。

 慢心していた《音楽貴族》であるアーバインは、今や何処にもいない。

 今ここにいるのは、音楽という巨大な薪に対して、小さいながらも大きな輝きを放っている命の炎をべている一人の音楽家だ。

 地位も名誉も命すらも燃料に変え、死に体の私の体を動かしているのだ。

 全てを投げ捨てた私が、簡単に負ける筈がない。いや、追い抜けない筈がない。

 

 さぁ、ハル。

 私にお前の全力を見せてくれ!

 そうすれば、私はさらなる限界を突破してみせよう!!
















 ――ハル視点に戻る――


 俺の隣に、命を捧げている修羅がいた。

 音楽というのは本当に不思議な存在で、作り手も聴き手も音楽一つで生かしたり殺したり、感動させたり悲しませたりする事が出来る。

 アーバインは今、その音楽に対して全てを捧げている。

 音を聞いていればわかる、尋常じゃない程のプレッシャーを掛けてきているんだ。

 俺に勝ちたい、俺を倒したいってね。

 鳥肌が立っているのが、よくわかるよ。


 勿論、武者震いだけどな!


 だって、最高じゃねぇか。

 この世界の音楽家は、自分より上にいる存在に対して及び腰になっちまって、それで終わってしまう。

 だがこいつは、こんなにも俺に対して牙や爪を向けて、引き裂こうとしているんだ。

 嬉しいにも程がある。

 俺は常に新しい音楽に餓えている。

 俺が持っている知識は、地球から引っ張ってきた前世の記憶。つまり地球での音楽の知識だった。

 この世界の音楽の技術を急速に引き上げた理由としては、この世界独自の音楽の誕生に期待しているからなんだ。

 俺は絶対に、そうした音楽も吸収してさらに成長したい。

 俺の進化は、まだ止まらない。そう信じている。


 俺自身、俺の事は大好きだ。

 すぐに調子に乗っちゃうけど、そういったマイナス点も引っ括めて大好きだ。

 自分が積み重ねてきた知識を、技術を、全て無駄なく発揮できるんだ、嫌いにならない訳がない。

 だからこそ、俺は自分を信じてさらなる進化が出来ると思えるんだ。

 現に、何度も進化するお隣の修羅さんに対して、俺も進化して対応出来ている。

 限界なんて尺度は自分自身で設定しちまうものだ。

 だから俺大好きな俺は、限界なんて設定しない。

 俺の限界は、宇宙の果てのさらに先まで行っても見えない、そう確信しているのだから。


 前世の記憶を持っている俺は卑怯だって?


 卑怯で結構!

 持っているものを総動員して何が悪い?

 使えるものを出し惜しみしている方が悪だ。

 人生を楽しく生きるコツ、成功するコツは努力とかそんな生易しいものじゃない。

 いかに自分自身に知識と引き出しを与えて、最高のタイミングでそれらを引き出せるかが重要だ。

 俺は前世でそうやって苛烈な音楽業界で売れたし、こうして異世界でも成功している。

 前世の記憶があったからって、上手く使わなきゃ宝の持ち腐れなんだ。

 だから俺は、卑怯だと何だと言われても構わない。

 どちらにしても、俺が頑張って手に入れた最高の知識と技術なんだからな。


 そんな俺に果敢に挑んでくるアーバイン。

 本当にこいつは最高の音楽家だよ。

 音楽家ってのは、常に自分が一番だと思わないといけない。

 謙虚なんてもんは全く以て不要だ。邪魔なだけだし何の役にも立たない。

 音楽家に求められるものは、新しい技術に対しての貪欲さと自分が一番だと思う傲慢さだと俺は思っている。

 そんな傲慢さがないと、自分の上にいる奴を実力で引きずり下ろすっていう気力すら浮かばないだろうよ。

 まさにアーバインは、俺を引きずり下ろそうとしている。

 しかも真っ向勝負で。

 本当に最高だ、最高すぎてこのままずっと続いて欲しいと思ってしまう。


 何でもっと早く覚醒してくれなかった。

 何でもっと遅く生まれてくれなかった。

 何でもっと長生きしてくれなかった。


 演奏をしながら、心の中でアーバインに対して暴言を吐きまくる。

 それ位、今の時間は俺にとって心地好くて最高なんだよ。

 終わりが近づいているのを感じる。

 時々アーバインの演奏で、一瞬途切れる事がある。

 何度か意識を一瞬だけ失ってしまっているのかもしれない。

 

(……まだだ、こんな楽しい事、終わらせてたまるか!)


 ならばアーバインに合わせて一段階ずつギアを上げていったが、今から一気に三段階上げて演奏してやる。

 これなら失いかけている意識を、こっちに留めておく事が出来るだろうよ!


 ほら、来いよ。アーバイン。

 こんな楽しい時間を終わらせるのは、無粋過ぎるぜ?

 俺の想いを乗せて、指を動かした。




















 ――世界音楽史 二百ページより――


 ピアノの弟子であるアーバイン・シュタインベルツが、師匠であるハル・ウィードと紡いだ即興曲は《命の灯火》と命名され、ミュージックディスクに収録され販売された。

 これはハル・ウィードが自身の音属性魔法で録音をし、そのままミュージックディスクに収録したものだ。

 二人の演奏による殴り合いは、音楽の中にあるストーリー性は一切皆無。

 ただ、自身が上である事を認めさせる為に、音楽という真剣を持って斬り合っていたのだった。

 それなのに音楽性を崩壊させず、一つの曲として成り立たせているのは、流石としか言いようがない。

 この様子を見守っていたアーバインの使用人の日記が発見されており、この演奏を見た感想が綴られていた。


「演奏部屋が熱気に包まれていた。

 熱源は旦那様とハル侯爵の二人だった。

 旦那様はまるで悪魔のような形相で鍵盤を叩き、ハル侯爵はそんな悪魔すら笑みで受け止めて演奏で切り返していた。

 育ちが悪い私には、これ以上の語彙力はないけれど、ただ凄いという一言しか出てこない。

 こんな死に方が出来た旦那様は、きっと満足だと思う」


 本当に死ぬ直前まで演奏をしていたアーバインの最期が収録されている《命の灯火》は、全ての国に出荷。一週間で六千万枚もの売り上げを叩き出したのである。

 この二人の地位の差を越えた師弟関係に、世界中が涙したという。

 音楽に限界はない。

 この曲は、まさにそれを指し示した至高の一曲である。

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