第127話 月の下で
俺は前世では身勝手だった。
せっかくの一度きりの人生なんだ、全てにおいて全力を出したいし、自分が願っている事を正攻法で突き通したいってずっと思っていた。
何かしらの障害があったとしても、俺の全力を以て突き破ってきたと思う。それが出来たからこそ、入れ替わりが激しくて生き残る事が非常に難しい音楽業界で、十年程活躍して飯を食っていけた訳なんだけどさ。
当然思い通りにいかなかった事も無数にあるさ。
それでも気持ちを切り替えて、妥協できる部分まで持っていけたんだ。
辛い事もあったけど、この身勝手を突き通せたから今思い返せば、前世も楽しかったと言える。
今世では、この身勝手はさらに磨きがかかったように思える。
この世界では警察みたいに国民を守ってくれる組織はないに等しい。
王都では兵士さん達が守ってくれているが、俺の村みたいな田舎だと自警団を結成するか、自分で身を守るしかない。
それを知った俺は、生き残る為、そして男だったら一度は憧れる剣を振るう事にのめり込んで、今の実力を手に入れられたんだ。
この実力のおかげで、理不尽な暴力をねじ伏せる力も手に入ったし、俺の音属性の魔法が便利で、俺の命は脅かされる事なく生きてこれた。
そのせいなのか、自分の力で人生を切り開かないといけないこの世界で、実力を持った俺は身勝手が加速したんだろうな。
全ては、人生を楽しく、悔いなく生きる為に。
今、俺は、もっとも不誠実な事をやっている。
レイとリリルっていう素晴らしい女の子二人を射止めたのに、さらには俺に尽くしてくれたアーリアとも結婚したいと思っている。
あぁ、不誠実極まりないし、普通ならレイとリリルに殺されても仕方ないだろうな。
本気で男としては最低な事をしているし、自分で決めた「レイとリリルだけ」ってのが簡単に揺らいでしまったんだ。
何度も俺自身も葛藤したさ。
でもさ、突き通す事に決めたんだ。
周囲には大変迷惑を掛けるだろうよ。
だがそこはもう俺と関わった時点で諦めてくれ。
俺は、俺が望んだ事を叶えてみせる!
俺の我が儘を突き通す!!
一度しかない人生だったのに、二度目を貰ったんだ。全力でいかなきゃそれこそ損なんだ!
周囲に流されて成り上がる人生なんて楽しくねぇ。
自分の目標や目的が叶ってこそ、人生は輝いて楽しくなる。
その為に俺は時間と労力は惜しまない。
とりあえず今は、アーリアを俺の物にしたい。今はただ、それだけだ!!
俺はアーリアに吸着させたサウンドボールから発せられている小さな音を、別のサウンドボールでしっかり拾い上げてその音がする方角へ走っている。
そんなに遠くには行っていない。もう少しで辿り着く!
そして、見つけた。
王都の外壁より少し高い丘のてっぺんに、体を丸めて座っていたんだ。
アーリアに吸着したサウンドボールが、アーリアのすすり泣く声を拾って俺に届けてくれた。
俺はちょっと斜面が厳しい丘を登っていく。
そして、てっぺんに着いた俺は、アーリアの隣に座った。
彼女は自分の膝に顔を埋めていて、俺の方に顔を見せない。
「……どうして、来たのですか?」
「アーリアが心配だったから」
「……いいじゃありませんか。ハル様は、レイ様とリリル様にお会い出来たのですから。わたくしの事はどうぞ放っておいてくださいませ」
うっわぁ、いじけてる。
いや、違うな。
何か別の理由があるように思えるな。
まぁ俺は放っておかないけどな。
「放っておかない。ここにいる」
「どうしてです? だって、最愛のお二人に会えたのに、その二人をほったらかしにして何故わたくしの所に来たのですか!」
アーリアがバッと顔を上げて俺を見た。
サングラスは外していて、夜でもはっきりわかる宝石のような虹色の瞳から、涙が溢れていた。
「わたくし、二年もお側にいましたけど、あのお二人に会った時のハル様の表情……見た事ありませんでした! そこで思い知らされました。わたくしが入る余地なんて、元々なかったのだと!」
悲痛な表情で、俺から目を逸らさず見つめてくる。
「どんなに貴方を愛していても、きっとわたくしの想いは届かないのだと理解しました! だから、失恋したわたくしの事は放っておいてください!!」
「おい、とりあえず俺の話を――」
「聞きたくありません!!」
聞く耳持ってくれねぇ……。
前世のドラマとかで、こうなった女は面倒臭いなとは思っていたが、予想以上だ!
話すら聞いてくれないって、どうすりゃいいねん、俺……。
落ち着け、落ち着け俺!
幸い今世の俺はイケメンに入る部類だ。だったら、ドラマみたいな感じで行けるはず!!
えっと、えっと……どうするべきか!
「もうわたくしは、修道院へ入ります! 貴方以上に愛せる人はいないと思いますから!!」
ええいっ、ちょっとは人の話を聞いてくれ!!
ま、まぁ大元は俺が悪いんだけどさ。
仕方ない、覚悟を決めろ、俺!
「アーリア、ちょっとは話を聞け!」
俺はアーリアの顎に手を当てて少し上げる。
そして潤って綺麗なその唇に、キスをしたんだ。
流石のアーリアも黙って、緩やかな風が吹く音のみしか聞こえない静寂が訪れた。
……十秒程だろうか、唇を離してアーリアの顔を見てみると、目を大きく見開いて固まっていた。
「落ち着いたか?」
「………………ふえ?」
ぷっ!
きょとんとした状態でそんな風に言ったから、ついつい吹き出してしまった。
それを可愛いと思ってしまう俺は、完全に惚れてるんだろうな。
「とにかく、俺の話を聞いてほしい。いいな?」
「……ふぁい」
「俺はな、とっても欲張りで身勝手で我が儘な男だ。レイとリリルの事は愛しているけどさ、同時にアーリアにも惚れちまったんだよ」
「……え」
「だから、修道院に行くな。どっか行くなら、俺の元に来てくれ。他にも二人嫁さんがいるけど、絶対にアーリアを蔑ろにしないし、俺といて良かったって思えるようにする。だから俺と結婚してくれないか?」
俺の告白に、アーリアはまだきょとんとしている。
でも、少しずつ瞳が潤んできていて、終いには大粒の涙が一滴頬を伝った。
「……本当に我が儘で欲張りで身勝手ですわ。あんなにお綺麗なお二人がいて、まだわたくしを欲しがるんですの?」
「ああ。惚れちまった。だからアーリアも欲しい」
「ああ、わたくしは何という方を好きになってしまったのでしょう……」
「そこは運が悪かったって思ってくれ」
「……でも何故でしょう。わたくし、とっても嬉しく思ってます……。とても、嬉しい、です!!」
すると、アーリアが思いっきり抱き着いてきた。
意外と力があるな、アーリア。ちょっと背骨痛いっす……。
「本当に、わたくしの夢が叶ったのですね……! 夢ではないのですよね!?」
「ああ、本当だよ。見事にアーリアに落とされたわ」
「ふふっ。でもまだ実感が湧きませんわ」
「そうなのか? どうやったら実感湧く?」
「それは……」
すると抱き着いた状態から離れたかと思ったら、額を俺の胸に当ててきた。
「その、あの……えっと、もう一度、キス…………してくれたら……」
ああ、本当に愛しいな。
こんな俺を、王族でありながらずっと音楽の楽器作りを支えてくれた、素敵な女の子だ。
俺は彼女のさらさらの髪を撫で、俺の方に視線を向けさせる。
そしてそのまま唇同士を重ねた。
今度はアーリアは固まらずに、俺の後頭部に手を回し、まるで離したくないようにしてキスを堪能していた。
この時の月は、美しく輝いて俺達二人を照らしてくれていた。
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