第66話 《武力部》のボスの正体
――???視点――
俺は今、音楽という下らない文化を広めた元凶である、アーバイン・シュタインベルツの部屋にいる。
奴は音楽学校の校長室で作曲していた所を、俺達が拘束したのだ。
現在床に座らせてロープでガチガチに縛っている状態で、部下に剣を突きつけられている状態だ。
そして俺は奴が座っていた椅子に腰を掛けていた。なかなか上等な椅子を使っている。
「お前達、何が目的なのだ?」
アーバインが声を震わせながら聞いてきた。
恐怖しているのだろうが、さすがは貴族といったところか、気丈に振る舞っている。
「別に貴様に答えてやる義理も義務もないと思うが?」
「気になるではないか、こんな無意味な――」
「無意味ではないぞ」
「……何?」
「我々、《武力派》の行動に無意味なものなどない」
そうだ、今回の我々の行動は言うなれば囮。
有力な貴族の子供が集まるこの音楽学校を襲う事で、王都を警備している兵士達をこちらに引き寄せる。
ちなみにどうやって引き寄せるかと言うと、《諜報部》の人間が「音楽学校に怪しい集団が入っていった」と平民を装って兵士に報告する。
恐らくすでに実行しているはずで、後一時間後位に兵士達がこちらに向かってくるだろう。
外国の有力貴族の子供も留学しに来ているんだ、何かあったら一大事だから全力で解放しに来るはずだ。
そして引き寄せた所で、《実行部》の数人の人間が、現国王のドールマンとまだ表舞台に顔を出していない第一王子の暗殺を実行する。
また、最近病の床に伏せていると噂されている王女の暗殺も、余裕があれば実行する事が急遽決まった。
まぁ成功、失敗は求められていない。暗殺を実行したという事実が必要なのだ。
この事実を《武力派》の支援者である第二王子は突き付け、必要なのは芸術ではなく軍部だと強調する。
さらに、音楽学校で生徒から死亡者が出たらこれを餌にし、強調する。
すると、我々の騒動で犠牲になった生徒の親が、第二王子を支援するはずだ。《武力派》から生徒を守れない無能な兵士達が、我が物顔で王都を闊歩している事実を許せるはずがないのだ。
例え兵士達が最小限の被害に抑えたとしても、犠牲になった生徒の親はそれを善しとしない。その心境を突くように第二王子は演説をするのだ。そうなったら怒りの矛先は国の現体制に向き、第二王子を強力に指示する。人間とはそういうものだ。
(まぁ、我が部下は血の気が多いし、間違いなく何人かは殺しているだろうな)
「とにかく、アーバイン、貴様はすぐ殺さない。安心しろ」
「……それでもお前は本当に、元王国騎士団長なのか!?」
「っ。俺を知っているのか?」
「最低限貴族の役目を果たしているつもりでな、王国勤めの重要役職の人間は一通り覚えているんだよ。なぁ? 元王国騎士団長、《ヨハン・ラーヴィル》殿?」
ふん、さすがはアーバイン侯爵、俺の事を知っていたか。
まぁ別に隠すつもりもなかったがな。
「その通り。俺はヨハン・ラーヴィルだ」
「何故、お前がこのような馬鹿げた事を……」
「それはな、この国自体が今、馬鹿げているからだ」
「……どういう事だ?」
「いいか、この国は芸術という全く以て下らない文化に支配されている。そんなのが一体何の役に立つ!? ただ一時の安らぎを得る為の暇潰し程度にしかならん! じゃあ何が必要なのか? それは、武力だ!!」
「…………」
「人間の本質は《暴力》だ! 体の中に皆、鋭い牙や爪を隠し持っていて、人畜無害な顔をしながら時にその本質を剥き出しにするのだ! それから守れるのは何だ? 外交か、文化か? いいや違うね」
「……武力、か」
「そうだ。武力には武力を以てしか対抗できないのだ! 今この国は武力に対抗しうる力は持っていない。だから俺は国王に進言してきたんだ! だが、わかってもらえなかった。いや、予想以上に頭がお花畑だったのだ」
俺が王国騎士団に在籍していた時に、国王に何度も言ったのだ。今のままでは隣国に攻め込まれると。
すると、あの頭が緩い国王は、「芸術がある限り、人の心を和ませる事が出来る。特に我が国を善しとしない国は存在していないから、当分戦争は起きない」と言い放った。
先代国王の時代では何度か戦争があったものの、現国王になってからは一度も起きていない。政治手腕は素晴らしいのだろう。
だがそれにあぐらをかきすぎた。
いずれは我が母国に攻め込む国が出てくるはずである。
故に、軍部を蔑ろにしている現国王は、俺から見たら無能で、そして絶望したのだ。
俺は騎士団を去り、同様に不満を抱えている部下を二十名程連れていった。
そして同様に武力によって成り上がったものの、力を振るう場面がない事に憤りを感じている貴族達と《武力派》を結成。同じく武力が絶対という思想を持ち合わせた第二王子の強力な支援の元、今日まで活動をしてきたのだ。
「芸術などに力を入れた結果、我々の破壊活動にもまともに対応できない、弱い国家となっているだろう! これが! 今の! 我が母国の現状なのだよ!!」
現状この国は、我々の破壊活動すら止められない、実に破壊活動がやり易い位に軍部が弱い。
もちろん我々が血と争いを求めているのもあるが、我が母国を真の意味で強い国家にしたいという強い想いがあるのだ。
悲しいかな、改革には多少の犠牲は必要なものだ。可哀想だとは思うが生徒達、そして元凶であるアーバインには、ここで人生の幕を下ろしてもらおう。
俺は部下にアーバインを殺すように指示しようとした瞬間、アーバインが口を開いた。
「……お前は、悲しい人間だ」
「何だと?」
「確かにお前の言う通り、武力は国同士の戦争を牽制・抑制する為に必要だ。しかしお前こそこの国の本質をわかっていない」
「俺が何をわかっていないというのだ?」
「何故現国王陛下になってから戦争が減ったのか。それはまさにお前が馬鹿にしている芸術があったからだよ」
「はっ、何を戯れ言を――」
「戯れ言ではない。武力しか見ていないお前にはわからん事であるがな、芸術のおかげで我々は人質を取っている」
「人質? そんなバカな……」
アーバインの言葉を否定しようとした瞬間、俺にもわかってしまったのだ。
そう、他国の有力な貴族の子供が留学してきている、この一点だ。
この他国の有力な貴族は、他国の政治にも干渉出来る権力を持ち合わせた者が大半だ。
つまりだ、それらの子供を留学生として預かっているという事は、留学生がいる間は戦争を仕掛けてくる事がないという事か?
だが、その程度で戦争の抑止力になるのか?
「その程度で戦争を止められるのか、とか考えていそうだな?」
「っ」
アーバインに心を見透かされたみたいだ。
俺は政に関しては全くわからない。
俺の仕事は剣を振るう事だからだ。
「まぁ戦争は正直出来る。だがその後が非常に面倒な事になる。王都では全国の芸術家、もしくは音楽家を目指す貴族の子供が留学しに来ている。もし彼らが戦火に巻き込まれて死んでみなさい、戦争を仕掛けた国は戦後に全国から批難の集中砲火を喰らうのだぞ? 下手すれば報復も来るかもしれない。戦争で疲弊したところでさらに他国から戦争を仕掛けられる可能性がある、こんな破滅の道を行く為政者はいないだろうな」
まさか、あの脳内が平和ボケしていると思っていた国王は、そこまで折り込み済みで芸術に力を入れていたのか?
いや、他国の人間を留学してくる位に魅力的な芸術がすごいのだろうか?
アーバインは続けて発言する。
「一方、お前達が至上と掲げている武力はどうだね? 人件費を削って破壊の限りを尽くし、尚且つ貴重な人材すらも失う羽目になる。破壊しつくされた他国から得られるものはせいぜい金と領土程度。でもその金も復興によって溶けて無くなる。さぁ、お前達が善しとする武力がもたらすものは何か?」
アーバインの眼光に鋭さが宿る。
「ただの死だ。こんな簡単な事もわからずに武力武力と騒ぐお前達に、たくさんの喜びや経済を産み出す芸術を悪く言う筋合いはない。あまり芸術を――」
そして、俺を射抜くように睨み付ける。
俺は一瞬怯んでしまう。
「音楽を、甘く見るなよ、小僧」
この重苦しい空気、本当に音楽家が放てる空気なのか?
苦しい戦場を経験してきた俺ですら、奴の雰囲気に飲まれてしまっている。
部下達も俺と同様らしい。
音楽家とは、何なのだ?
「くっ、構わない。今すぐアーバインを殺せ!」
「は、はっ!!」
部下が奴の首元目掛けて剣を突こうと動作を取った。
死が眼前に迫っているのに、アーバインは俺を睨み続けたままだ。
何という男なのだ。
だが、アーバインはすんでの所で救われた。
「大変です、ボス!!」
俺の部下の一人が、アーバインの部屋の扉を大きな音を立てて開けたのだ。
それに驚いたのか、アーバインを突き刺そうとしていた部下の手が止まり、殺害に至らなかった。
「何があった、騒がしい」
「すみません! ですが、今校門を封鎖するかのように、兵士達が集まっております!!」
「何? 予定より早すぎる。誰かが察知して通報したのか? それで、奴等の数は?」
「正確ではありませんが、おおよそ、八十はいるかと」
「八十人か……。上々だな」
結構な数の兵士を投入してきたな。
うむ、確か第二王子はこのタイミングでダンジョンへ相当数の兵士を連れて遠征に行っているはず。そこで八十となると、城の警備はさらに手薄になっただろう。
恐らく国王と第一王子、そして王女を守り切れる程度しかいなくなっただろう。
全く、ここまで守りを手薄にするとは、平和ボケも甚だしいな。
さて、こちらも動こう。
「よし、なら校舎内にいる全員を校門前へ集合させろ。軟弱な兵士を返り討ちにしてやろう」
「ぼ、ボス……。その事なんですが……」
「どうした?」
「恐らく、今この場にいる我々が、全員です!」
「は? どういう事だ?」
「滅法強い赤髪のガキが、教室に待機していた皆を、全員殺しやがったみたいです!」
「な!?」
俺もそうだが、部屋にいる部下達にも動揺が走った。
校舎外には四十名程の部下を待機させている。恐らくそちらは無傷だろう。
しかし、校舎内の各教室には腕利きの部下が二十名前後いたはずだ。それを全員始末したというのか!?
となると、今校舎内の部下の人数は、この部屋に四名、今入ってきた部下が四名……。
何という事だ……。しかも、赤髪のガキか。間違いないな。
「なら、俺はここに残ってガキを始末しよう。全員、外の連中と合流して兵士達と好きなだけやりあえ!!」
「り、了解です!!」
部下全員が部屋から出ていき、アーバインの部屋には俺とアーバインのみとなった。
まさか、ハル・ウィード、そこまで腕が立つとは思ってもみなかったぞ。
「……くっくっく」
だめだ、笑いが収まらない。
こんなに心踊る事は滅多にないぞ!!
最高だ、ハル・ウィードは最高の戦士だ!!
あぁ、たまらない。たまらなすぎて全身がたぎってくる!
「お前、狂っているぞ……」
狂っていて結構!
こんな予想以上の猛者と戦えるんだ、何を言われても気にしない!!
早く、早くその猛者と戦って、斬り殺したい!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます