第17話 レイに会いに行く


「れ、レイ君、来ない、ね?」


「……ああ」


 アンナ先生から、レイは《麗人》だったと明かされてから、今日で三日経った。

 あいつに何かあったのか?

 何だ、女だったという事実が恥ずかしくて、登校拒否でもしてるのか?

 でもあいつはその程度で、学校をサボる奴じゃないと思うんだが……。

 リリルの表情を見てみると、とっても心配そうにしているな。

 俺だって心配してるさ。

 だってさ、学校にいる時はほとんど、俺とリリル、そしてレイの三人でいるんだ。

 急にレイが抜けると、調子狂うし違和感しかねぇ。


 まぁただ待っているの癪だから、そろそろ職員室にいるであろうアンナ先生の所へ向かおうとした時だ。

 アンナ先生が教室の扉を勢いよく開けて入ってきた。


「ハル君、リリルさん!! 急いで職員室に来てください!」


 あぁ、もう嫌な予感しかしねぇや。

 隣にいるリリルも、そう思っているようだった。


 俺とリリルは、アンナ先生の後に付いていき、応接スペースに座った。

 もうさ、本当に嫌な予感しかしねぇんだけど。


「実は今朝、学校宛にこのような手紙が送られてきました」


 アンナ先生は、机の上に便箋を置いた。

 白がベースだけど、所々に金箔が貼られている、いかにも貴族の手紙って感じのやつだ。


「中を読んでもいいっすか?」


「ええ、構いません」


 俺は便箋を手に取り、中身を読んだ。

 ……

 

 …………


 ………………


 へぇ、なるほどね。


「アンナ先生」


「なんでしょうか、ハル君」


「……今からこのクソ貴族を、ぶっ殺しに行っていいですか?」


「「は、ハル君!?」」


 アンナ先生とリリルが同時に驚いていた。

 まぁそうだよな、相当物騒な事言ったからな、俺。

 俺は無言でリリルに読ませた。


「……は、ハル君。これ……」


「あぁ、学校の退学届だな」


「しか、も、理由が……」


「……本当、貴族はクソッタレしかいねぇな!」


 さて、便箋にはこう書かれていた。


『アンナ先生へ

 この度、我がゴールドウェイ家に長男が生まれました。

 故に我が最愛の娘、レイを麗人として育てる必要がなくなりました。

 今後は淑女として、そして前々から決めていた婚約相手の住む街へ引っ越す事になりました。

 今までお世話になったのに突然で大変申し訳ありませんが、レイを退学させていただきます。

 近い内にお礼と手続きをしに伺わせていただきますので、よろしくお願いします』


 おいおいおいおい。

 これ、絶対レイの意思を聞いていないで、勝手に親がやってるだろう!

 だって、出産予定日前日まで、あいつは自分に弟か妹が生まれるって喜んでいたんだよ。

 色気ある女子高生みたいな容姿に見合わず、七歳らしく無邪気に喜んでいたんだぜ?

 そんな奴が、いきなり婚約相手の所に進んで行くのは到底考えられねぇ。

 絶対に、両親が勝手に婚約相手を決めていたに違いない!


「ちっ、胸糞悪いな。アンナ先生、これレイの意思だと思いますか?」


「何とも言えませんが、私はレイ君の意思ではないと……思いたいです」


 ま、そうだよな。

 当事者がいないから、全て予想でしか話が出来ない。

 ……なら、やる事は一つだな。


「先生、すんません。俺、今日学校フケます」


「フケ……? どういう事ですか?」


「あぁ、持病の仮病が発病したので早退します」


「ちょっ、それは認め――」


「おおおおおっ!? 幻聴で頭が痛い!!」


「それ、貴方のサウンドボールからガンガン音を流しているから、私達も痛いです!!」


 仮病じゃ帰らせてくれないから、物理的にサウンドボールから大音量を流して、頭痛を起こしたんだよ。

 それだけ、俺は学校をサボりたい。

 サボって、あいつの家に今から乗り込む!

 あいつが本当に望んでいるか、確認してやる。

 じゃないと、俺が気が済まない!


「……ふぅ、わかりました。頭痛ですね? では早退していいです」


「あざっす! ハル・ウィード、これにて帰ります!!」


 俺は、この人生で初めて学校をサボった。

 まぁ後で両親にも、アンナ先生にもがっつり怒られるだろうな。

 でも、俺はこの人生を始めた時から決めているんだ。

 我慢せず、俺がやりたいように生きるってな。

 レイのいる村は知っている。確か徒歩だと三十分程かかるんだっけか。

 でも、いっか。

 俺は早歩きで学校を出た。


「ハル君!!」


「ん?」


 学校を出た直後、背後からリリルの声がした。

 振り替えって見てみると、息を切らして咳き込んでいるリリルがいた。

 あいつ、走って俺に追い付いて来たのか……。


「ハル君、待って!!」


「……どうした。リリルも一緒に行くのか?」


「違うの……。何で、そんな、に必死、なの?」


「まぁ、あいつが俺達の傍にいないのが、何か嫌だからだよ。リリルだってそう思ってるだろ?」


「……うん」


「だから、俺達の元を去るなら、明確な理由が欲しいだけだ。じゃねぇと俺は気が済まないし納得しない。だからちょっくら会ってくる。一緒に行く?」


「……め」


「ん?」


 リリルが何か言ったぞ。

 声が小さすぎてよく聞こえなかった。

 俺が聞き返そうとした時、リリル自身から大声で言ってくれた。


「一緒に行かない! それと、行かないで!!」


「は? 何でだ?」


 わからん。

 何でリリルに引き止められる?

 理由が思い付かないぞ……。


「私も、レイ君が、いないの、何か変な、感じがするの。でも、もっと、嫌な事があ、るの!」


 あぁ、そうか。

 ついにリリルが、自分から言ってくるのか。

 多分、俺がレイの元に言ったら、リリルの想いは叶わないと思ったんだろうな。

 リリルの目の前で、俺とレイが付き合うって事になるかもしれないって思ったから行きたくないのか。

 まぁ最近レイにも変な視線を送っちゃってたし、それに気付いたのかもしれないなぁ。

 

  だからリリルは――


「私は――」


 きっと、告白して引き止めようとしてるんだ。

 リリルが何度か、俺に告白しようとしてたけど、結局思い止まったのはわかってる。

 その度に落ち込んでたもんな。

 確かに聞きたい。

 その告白を聞きたい。

 でもさ、今じゃないんだ。

 今は、ダメなんだ。


「リリル。帰って来てから聞く。さっさと戻ってくるから、待っててくれ」


 ダメだ、これ以上リリルを見ていたら、決意が鈍る。

 俺はリリルに背を向けて、走り出した。

 背後から、リリルが泣いている声がする。

 あぁ、後ろ髪引かれるな。

 だけどさ、ここで立ち止まったら、きっと俺は後悔するんだ。だから行く。


 もうさ、ハーレム計画とかどうでもいい。

 結構俺は学校の女子から告白をされていた。だったら彼女達をハーレムに加えればよかったんだ。

 でも全く俺は気が進まなかった。理由は今までわからなかったけど、今ようやくはっきりわかったわ。

 俺が欲しい女は、レイとリリルなんだよ。

 この二人以外、いらない!

 だから、どっちか欠けるなんてな。


「絶対に無理だ、想像出来ない!」


 惚れてるかもな、いいや、ガッツリ惚れてるさ。

 童貞こじらせて四十二年、恋愛経験なんて皆無だ。

 二人を一緒に手に入れるなんて、夢のまた夢なんだろうな。

 だけどさ、仕方ないじゃんか。

 俺は、リリルとレイの事、マジで好きなんだ。

 だから俺は、レイから納得できる理由を聞かない限りは引かない!


「ワガママって思うだろう? ……ああ、ワガママさ!!」


 俺と知り合ってしまった奴は全員腹を括ってもらうし、何かあった時の責任は全部俺が背負う!

 そんな覚悟がない限り、リリルとレイを貰うなんて出来ないだろうが!!

 俺は逃げない。俺は退かない。


「もう腹は括った。さぁ、

突き進むぜ!!」


 俺は、力の限り走り出した。

 あっ、でもリリルは絶対怒ってるか落ち込んでるだろうから、必殺ダイビング土下座の準備だな……。

 口、聞いてもらえるかな……。

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