第145話 芸術王国流文化侵略ノススメ ――芸術王国国王視点――
――レミアリア国王 ドールマン・ウィル・レミアリア視点――
今余は、歴史的瞬間に立ち会っているのかもしれない。
余は娘のアーリア、そしてリリル嬢とレイ嬢、我が後継者であるジェイドで、このバンドとやらの演奏を舞台袖で観ている。
音楽とは貴族や王族の嗜み、このように一般人が観る事は通常出来ないのだ。
金を貯めて演奏を依頼するか、もしくはコンサートで高い入場チケットを購入するしかない。
だから、今このように一般人の観客で埋め尽くされるというのは、異常な光景でもあったりする。
そして観客達は、今はハル殿達が奏でる音楽に夢中になって、手を上げて歓声を上げているではないか。
魔剣を持った化け物を単独で撃破する程の武力を持ち合わせているにも関わらず、音楽にも比類なき才能を発揮している。
しかも自分で新しい楽器も考案・発明しているのだ。
こんな規格外、英雄という言葉でも表現が足りない位だ。
余もバンドが奏でる曲に夢中になっていて、身体でリズムを取ってしまっている。
今までで好きだと感じたのは、最初の曲だろう。
何故かわからぬが、今から戦いに挑むような勇ましい気持ちになるのだ。
さて、今彼等は、唯一の女性であるミリア嬢が歌っている《痛いの痛いの飛んでけ!》という曲名だ。
曲名もそうだが、歌詞も控えめに言って個性的だ。
だが、元気に笑顔で躍りながら歌う彼女を見ていると、不思議と個性的な歌詞と曲名が気にならなくなる。むしろこちらが元気を貰っているような感覚すら感じている。
それに小さい子供達が楽しそうにはしゃいでいる。
成人に対しての曲じゃなく、子供に向けた曲かもしれない。
しかし大人でも楽しく聴けるのは、ミリア嬢の可愛らしい容姿のおかげではないかと分析する。事実、余もこの曲は嫌いではないからだ。
隣にいるジェイドを見る。
普段静かなジェイドが目を輝かせて、体を大きく上下に揺さぶっている。
むしろ、ミリア嬢に惹かれているのではないかと思わせる位、彼女に熱視線を送っている。
残念だが息子よ、どうやら彼女はすでに婚約済みだ。
娘のアーリアは、胸元で両手を合わせてハル殿に熱視線を送っているようだ。
「あぁぁぁぁ、ハル様の本気の演奏の時、とっても素敵ですわ……」
桃色吐息とはこのような状態なのだろうな。
リリル嬢とレイ嬢はどうかというと、対してアーリアと変わらない状態だった。
「何か、いつもよりあいつが格好良く見える……!」
「ハル君、格好良いよぉ」
三人共、ハル殿に夢中のようだった。
だが気持ちはわからんでもない。
今の彼ら、特にハル殿は、とても輝いていた。
あんなに激しくドラムという楽器を叩いているのに、常に楽しそうな笑顔を浮かべているし、余裕綽々という態度なのだ。
同性だったとしても、彼の魅力に目を奪われてしまう。
しかし何故、我々はハル・ウィードという若干十二歳の若者にここまで惹かれるのだろうか。
いや、今ならわかる。
ハル殿は、本当に楽しんで生きているんだろう。
命が軽く、上下関係が激しいこの人間社会で、彼は全力で抗ったりねじ伏せたり、自身の信念を突き通したり。そして大半を成功させている。
そんな生き方が出来るのは、本当に数限られた人間だけだ。
社会の中で頂点に君臨している余であっても、人生は妥協だらけだ。
だがハル殿は、恐らく妥協していないのだろうな。
思った事は全てまかり通そうとしている。
本当に全てにおいて全力なのだろう。
きっと我々は、そんな生き方が出来るハル殿に惹かれ、憧れているのだろう。
そして女性は、自然と恋に落ちてしまう。
「はは、全く。我が国に何という傑物が現れたんだ」
良い事なのか、悪い事なのか。
いや、間違いなく良い事だな。
彼のおかげで余は命を救われたし、《虹色の魔眼》に目覚めてしまったアーリアすらも嫁に貰ってくれると言う。
あまりにも器が大きすぎる男に、手が余る存在であるのは間違いない。
それでも、他国に行ってしまうのは、我が国に多大な損害となってしまうだろう。
彼を、出来るだけ束縛せずにレミアリアに留まって欲しい。
故にアーリアを嫁に出させるのだがな。
王族と結婚するという事は、国との太いパイプを繋げる事が出来る。
そうなるとかなり無茶な願いも通ったりするから、他の貴族は喉から手が出る程アーリアとの婚姻を狙っていた位だ。
これが第一の我が国に留める為の拘束。
そして第二の拘束は、上級爵位を与える事。
今回の彼が挙げた戦果は、レミアリア史上類を見ない程のもので、さらに新しい楽器を複数も発明している。
音楽でも功績を挙げた彼に、上級爵位を与える理由や条件は十分に満たしている。
だからと言って、いきなり最高爵位である公爵は与えられないから、次点である侯爵になるだろうが。
上級爵位になれば、戦争時の徴兵優先度は最下位になる。上級爵位は国にとって有益な人材という意味合いがある為、戦争では下級爵位を優先的に徴兵し、緊急時に上級爵位に徴兵を掛ける。
つまり、彼が嫌がっていた音楽活動が疎かになるという点が解消されるのである。
さらに領地を与える事で、運営に忙殺されて国を出るという考えは思い浮かばなくなるだろう。
ハル殿に上級爵位を与えるのは、我が国にとってはメリットしかない。
(帰ってから、ハル殿だけしか持てないような勲章と副賞を用意せねばな)
何気に仕事が増えてしまった。
だが、この程度なら喜んでやろうではないか。
国への貢献的にもそうなのだが、普通に接してくれる数少ない人物だ。
国王という役職を忘れ、ただのドールマンとして歓談できるのは、ハル殿しかいないのだ。
義理の息子となる、そんな大切な人物を、易々と他国に流してなるものか。
「父上」
そんな事を考えていると、ジェイドが話し掛けてきた。
「どうした、ジェイド」
「どうせハル君をどのようにこの国に留まらせようかと考えているようですが、この場でそれを考えるのは無粋ですよ?」
息子には余の思考が把握されているようだ。
「今は純粋に、この素晴らしい音楽を楽しみましょう。私は、このロックというものをもっと楽しみたいです」
「ふっ、そうだな」
注意を受けてしまった。
そうだな。こんな風に音楽を純粋に楽しめる時間なんて、今日位しかないしな。
一旦国政の事は避けておいて、音楽鑑賞を楽しもうではないか。
「きゃーっ、ハルくーん! すごーいっ!!」
あの最前列にいる、妙にテンションが高い極上の美女が気になるが、余は落ち着いて楽しもう。
決して、あの上下している胸が気になる訳ではない、気になる訳ではないぞ!!
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