第109話 予定の詰まった一日 ――親友再会編1――


 屋敷を出た時には、空は茜色に染まっていた。

 

「ありゃま、そんなに話し込んでたか、俺」


 まぁ結構な人数がいたしなぁ。

 一人一人のスケジュールを決めるのも、皆我先にって感じでなかなか決まらなかったしな。

 だけどそれだけ貧欲に技術を身に付けようとしている訳だし、悪い気はしない。

 しかしアーリアはプロを目指している訳じゃないし、アーバインは家賃を免除してくれているから他の生徒とは別枠で予定を組んであるから、二人共そこまで焦っていなかった。

 まぁでも時間としてはちょうどいいかな。

 俺は待ち合わせの国立公園へ向かう。

 国立公園とは、その名の通り国が作った公園で、国民の憩いの場として非常に賑わっている。

 老人がベンチに座って雑談を楽しんだり、子供は追いかけっこをしていたり。

 ある者は曲芸を披露して路銀を稼いだり、軽食を食べられる屋台を出している者もいる位賑わっている。

 音楽学校に在籍していた時は、進級試験が終わって俺が村へ帰るまでの一ヶ月の間に、数回利用はした事がある。

 かなり広めの公園で、一周歩くのに十五分程掛かる位だ。

 その公園の中央には巨大な噴水が設置されており、この国の紋章にも使われている純白のユニコーンの石像が、噴水の真ん中の大人二人分の高さがある台座に立っている。石像の足元からは水が溢れてきており、まるでユニコーンが水を生成しているかのように思える。

 俺は何気にこの噴水が好きだったりする。

 

 さて、噴水が今日の待ち合わせ場所となっている訳だが、アーバインの屋敷から歩いて二十分位で到着した。

 どうやらまだあいつらは来ていないな。

 早く来すぎたかな? まぁたまには頭を空っぽにして、ぼけっとしながら誰かを待つのもいっか。

 俺は噴水近くに設置されているベンチに腰掛けて、空を見上げた。


「……前世だと、こんな風に空すら見上げなかったな」


 カラスが空を飛びながら鳴いている。

 その声に合わせて子供達が帰る支度をし始めている。

 

「俺、本当前世では青春を捨てて音楽に没頭していたんだな」


 俺はあんな風に小さい頃から友達と遊んでいなかった。

 もっぱら音楽ばっかだったんだ。

 別にあの糞親父に強制された訳じゃなくて、自分からはまっていったんだ。

 だから小さい頃から音楽にはかなり精通していたし、洋楽を理解するために独学で英語を日常会話が出来るレベルまでに勉強したけど、ほとんど遊んでいなかった。

 それでも関係はそこまで深くない友達はたくさんいたけどな。一応親友も一人いたし、まぁ前世の俺はそこで満足していたんだ。


「でもさ、今考えると、色々大事な事を無視しすぎてたかもな」


 しかしまさか異世界に生まれ変わって、前世ではやってこなかった青春を体験出来ているってのは、本当にありがたい。

 おかげで今の人生がとっても楽しいし、音楽の幅がかなり広がったと思う。

 こういうクリエイティブな職業は、音楽以外の人生経験が物を言うんだなってのを、今痛感しているよ。


 子供達が元気に走って帰宅していく。

 命が軽いこの世界で、無邪気に笑って楽しそうに生きている子供達。

 前世ではなかなか見られなくなった、眩しい笑顔だ。

 

 俺も、こんな風に笑えてるかな?


「笑えてるよ、ハルっち」


「おわっ!?」


 声がした方を見てみると、胸辺りまで伸びている髪を一纏めにして三つ編みにしている栗色の髪色をした女の子が立っていた。

 ああ、忘れる訳ない。


「ミリア!!」


「お久しぶり、ハルっち!」


 俺より歳上なのに、幼い笑顔を見せる彼女。

 残念ながら身体的成長は見られないが、少し大人びた気がする。


「って、俺声に出してたか!?」


「出してた出してた! 帰っていく子供達を見ながらね。何かおじさんかおじいちゃんみたいだったよ?」


「……そっか」


 精神年齢はすでにアラフィフに突入していて、現在四十五歳。

 気持ちは相当若返っている気分だけど、やはり精神年齢相応の行動は取ってしまうようだな。


「ハルっち、一段と格好良くなったね。またときめいちゃいそう」


「そういうミリアは、あんま変わってないな」


「むきーっ、気にしている事言うなし!!」


「あはは、でも俺のこれからやろうとしている事に関しては、その幼さはめっちゃありがたい」


「むぅ、それ褒めてるの?」


 褒めてる褒めてる!

 まぁまだ俺の計画は教えていないけど、飯食った後に俺の家に行って計画を伝えるつもりだ。

 アーバインの屋敷を出る前にアーリアから、俺の家に試作品の楽器を全て運んでくれたっていうのを教えてくれた。

 家の鍵を渡していなかったから、庭にとりあえず置いて、兵士三人に楽器の護衛を頼んだんだとか。

 雨とか降ったら困るし、皆が集まって食事を済ませたら、皆を引き連れてなるべく早めに帰宅しよう。


「他の皆は?」


「もうちょっとで来ると思うよ?」


「そっか」


「ハルっち、隣、いい?」


「……ああ、いいぜ」


 ミリアが俺の隣に座る。

 二人の間は拳一つ位の隙間しかない。

 久々に見たミリアは、幼いのは間違いないんだけど、前とは何かが違っていた。

 雰囲気に余裕があるって感じ?

 ちなみに前世と比べるとこの世界の子供は成長がめっちゃくちゃ早いけど、その中でミリアはかなり遅い方だ。

 それでも雰囲気が変わっただけで大人びているように見えるんだから、やっぱり女の子ってのは理解できない生き物だよ。


「ハルっち、元気にしてた?」


「ああ、元気にやっていたさ。ミリアは?」


「うん。私は超元気だったよ!」


「そっか、元気なミリアを見れてよかったよ」


「ふふ、ありがとっ!」


 夕日に照らされて彼女の肌も茜色に染まる。

 ミリアの告白を断った時も、こんな感じだったな。今みたいにミリアを綺麗だって思ったっけ。


「ハルっち、正直に言うね」


「うん?」


「未だに私の中で、ハルっちが一番なんだ。ハルっち以上の人って、早々いないよね!」


「…………」


 相変わらずストレートだな、ミリアは。

 素敵な女の子だと思うけど、やっぱり俺の気持ちは一ミリも動かない。

 もし引きずっているのなら、また俺はストレートに断るしかない。


「あっ、だからってまだ付き合いたいって訳じゃないよ?」


「そうなのか?」


「うん。最近ね、ハルっちと同じ位いい男の子と付き合い始めたんだ」


「……えっ?」


 おいおい、まさか。

 あいつ、ミリアを落としたのか!?


「……察しているかもだけど、レイスっち」


「マジか!!」


 やりやがったよ、あいつ!

 どうやって口説き落としたんだろうか、是非ともじっくり事情聴取しないとなぁ!

 ミリアもちょっと恥ずかしそうに頬を掻いている。

 その仕草すら様になっていて、ミリアの可愛さを引き出している。


「正直ハルっちの方が魅力は上なんだけどね、包容力はレイスっちの方が上だったんだ」


「そうだな、あいつは優しいし、誠実だからな」


「そうだよ、女の子二人をメロメロにしちゃう不誠実なハルっちとは雲泥の差だよ!」


「うぐっ、痛い所を突いてきやがる……」


「それに最近だと、お姫様ともとっても仲がいいらしいじゃん? 手紙のやり取りもしてたみたいだし?」


 うわっ、噂って怖いな……。

 手紙のやり取りをしていたのは合っているし、本当こういうのってどっから流れるんだろうね。


「それに比べてレイスっちは、本当に私を一途に、大事にしてくれているの。すごく嬉しくて、とても素敵な男の子」


「お、俺だってレイとリリルを大事にしてるし!!」


「それはわかってるけど、レイスっちのはハルっちのとはまた違うの。私は、レイスっちの方がいいの」


「……ははっ、随分惚れ込んでるな!」


「……私、惚れ込むつもりなかったんだけどなぁ」


「人生、何が起こるかわからねぇからな!」


「うっわ、出たよ。たまに出るおじさん臭い発言!」


「うっせぇわ! でも、だからこそ楽しいだろ?」


「うん、今すっごく楽しい!」


「それは何より」


 ミリアの左薬指に、銀の指輪が夕日に照らされて輝いていた。

 なるほどな、婚約まで済ませているようだ。

 おめでとうさん、ミリア!


 他の皆が到着するまで、俺はミリアののろけをずっと聞かされる事になった。

 今レイとリリルと離ればなれになっている俺からしたら、結構精神的ダメージがでかいんですけど。

 とりあえず、末永く爆発しやがれ!!

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