第87話 俺、さらに決意をする


 あれから十日後、俺は学校の壇上に上がっている。

 そして壇上には俺のピアノが置かれていた。

 校長から是非ピアノを披露してほしい、との依頼があったんだ。

 そういう気分じゃなかったんだけど、渋々承諾した。

 観客は全校生徒、教師陣、そして興味がある生徒の親達で、会場となっている体育館兼集会場はぎゅうぎゅう詰めだ。

 今校長が、誇らしげに俺の功績を説明している。


「――であるからして、ハル君は素晴らしい成績を残し、《最優秀留学生》の証としてこのブレザーを頂いているのです」


 そして、俺はこれも校長からのお願いで、《最優秀留学生》のブレザーを来て壇上に立っていた。

 まるで自分の功績のように説明してるなぁ、校長。


「それでは、今日は彼に二曲、演奏してもらいましょう! ハル君、お願いするよ」


「了解」


 さて、演奏する曲は俺に任されているし、一曲目はあれで行こう。

 出だしは儚げに、そして軽快に指をピアノの鍵盤上で踊らせる。

 この曲は《FANATIC◇CRISIS》の曲で《Blue Rose》だ。

 ピアノを主旋律に置いたバラードで、歌詞はちょっと大人向け。

 でも日本語だから、誰にもそんな内容がわかる訳がない。

 彼らはヴィジュアル系ロックバンドで、派手な衣装で明るいポップ調な曲を好んで発表していた。

 当時は《ラクリマクリスティ》や《シャズナ》と肩を並べたヴィジュアル四天王とまで言われる程のバンドだった。

 俺は彼らの代表曲である《火の鳥》が大好きだ。そして今演奏している《Blue Rose》も大好きだ。


 とりあえず俺は、皆に声が通るように、口元にサウンドボールを吸着させて俺の声だけを拾って、マイクのように拡声させている。

 本来はギターとかドラムも演奏している曲なんだが、十分ピアノだけでもこの曲の魅力は伝えられる。


 弾き終えてちょっと皆の反応を見てみる。

 おうおう、ポカンとした表情してるなぁ。

 そりゃそうか、聞き慣れない言語で歌ったし、そもそもピアノという楽器自体に驚いているといった感じだった。


 じゃあ二曲目は、俺がこの世界の言語で作詞した、自慢のオリジナル楽曲である《Brand new world》だ。

 前回は親友達に贈った曲だが、今回は俺の両親に捧げる曲だ。

 俺は舞台下で座っている皆に目をくれる。

 その中から、レイとリリルは見つけた。

 視線が合うと、二人共俺に手をひらひらと振ってくれた。俺は軽く頷いてそれに応える。

 そして教師が座っている席に視線をやると、父さんを発見した。






















 父さんの隣には、妹を抱えた母さんが、父さんに支えられる形で座っていた。






 時間は遡り、十日前。

 俺は母さんの手を握っていつの間にか寝てしまっていたんだ。

 はっと思って目を開けると、母さんが優しい笑顔で俺の頭を撫でていたんだ。


「ハル……。心配、させちゃったわね」


 母さんは無事、意識を取り戻したんだ。

 まだ辛そうだったけど、昨日より遥かに顔色がよかった。

 よかった、本当によかった……。


「母さん……!」


 俺は、母さんに抱き着いて、不覚にも泣いてしまった。

 心の底から、俺は安心したんだ。

 そして父さんも目を覚ました時には、母さんの無事を喜び、抱き締めて泣いていた。


「もう、うちの男達はしょうがないなぁ」


 そういう母さんも、目から一滴、涙が落ちたのを俺は見逃さなかったぜ?

 その後に空気を全く読もうとしないチャップリン校長が我が家に乱入、そして俺に演奏依頼をしてきたんだ。

 俺は面倒くさそうだから断ろうとしたが、「ハルの立派になった姿を見てみたい」という母さんの願いがあり、校長の願いを引き受けたんだ。

 母さんはまだ体調がよろしくないが、俺の演奏までには少しでも体調を戻そうとしていて、絶対安静を自主的に行っていた。

 その間は俺と父さんで出来る限りの家事をやって、母さんの看病と妹の世話もした。


 そうだ。妹の名前が決まったんだ!

 名前は、ナリア。ナリア・ウィードだ。

 ナリアは大人しい性格なのか、あまり夜泣きもしない。俺も初めて出来た妹に、デレッデレである。

 ナリアは将来絶対美人になるはずだ。変な男と付き合わないように、しっかり言い聞かせないとな……。

 このような形で、ウィード家に新しい家族が増えた。

 もう家族皆、ナリアの愛くるしさにメロメロである。

 父さんは時折赤ちゃん言葉を使って妹に話し掛ける。うん、非常に気色悪い光景だ。

 母さんに関しては、当然ながらナリアに付きっきりだ。おしめを代えたりお乳を上げたり。

 俺は学校から帰ってきたら、母さんが家事をやっている間の世話役だ。

 これがとっても大変なのに、全く苦じゃない。むしろナリアが笑ってくれただけで、俺も幸せな気持ちになるんだ。


 こんな日常も、前世では味わえなかった。

 本当に、この異世界は、俺が求めていた事をくれる所だ。

 何て思っていたら、頭の中で「それは貴方が自身の力で掴み取った幸せですよ?」と声が聞こえた。

 だめだ、もうこれ幻聴じゃねぇや。

 これさ、絶対女神様だろ。

 こんなに俺に色々話し掛けていいんかい?

 そう思っていると、頭の中に下手くそな口笛が聞こえた。

 ごまかすなよ……。


 




 今の俺には、前世で味わえなかった事を、この世界でたくさん経験できている。

 こんな異世界が、俺は本当に大好きだ。

 女神様、素敵な今世をくれてありがとう。

 父さん、こんな俺を大事に育ててくれてありがとう。

 母さん、こんな俺に愛情を注いでくれてありがとう。

 そしてナリア、俺の妹になってくれてありがとう。

 本当にこの異世界は、俺にとって《真新しい世界》なんだ。

 だから今は、この《Brand new world》は、女神様、父さん、母さん、ナリアに贈る。

 とびっきりの感謝の気持ちを込めた、渾身の演奏だ。

 今回の演奏には、レイとリリルに対する感謝の気持ちは入れていない。

 二人には、とびっきりのラブソングをプレゼントする予定なんだ。だから、今は申し訳ないけど演奏対象から除外させてもらっている。


 演奏を終えた瞬間、大きな拍手が鳴り響いた。

 今度の曲は、この世界の言語だったから皆にも伝わったんだろう。生徒達はすげぇすげぇと騒ぎ、教師陣はひたすらに頷きながら拍手をしていた。親達も曲の感想を言い合いながら俺に拍手を送ってくれている。

 そして、一番伝わって欲しい俺の家族に関しては、拍手は送らずに泣いていた。ナリアだけは手を叩きながら笑っていたけど。

 どうやら、父さんと母さん、ナリアにも少なからず俺の気持ちは伝わったんだと思う。


 ついでに伝えたかった女神様にも無事に届いたようで、頭の中で彼女のすすり泣く声が聞こえる。

 ちょっと止めてくれ、若干ホラーだわ、それ!


「だって……今まで転生した方に感謝された事なんて、一度も……ありませんでしたから、嬉しくて」


 頭の中で彼女が言う。

 なんだかんだ大変なのね、女神様も……。


 うん、やっぱり俺は、音楽が大好きだ。

 この称賛の拍手、そして音だけで人を、神様すらも感動させられるんだ。

 もう正直言って快感に近い。

 俺からは、音楽は切っても切り離せない体の一部だ。

 だから俺も、前に進もう。

 全力で生き抜いている、この世界の人達のように、俺も全力で進み続けてやる。


 俺の中で、学校を卒業したら王都に行く決意は、さらに固まった。

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