第84話 さよならの前日


「好きです、ハル様。わたくしの婚約者になってください!」


「何度も断ってるだろうに……。無理」


「だんだんわたくしのあしらい方、雑になってきておりません?」


 俺が王都を去る前日、日課になっていた週に一回、姫様から依頼された最後の演奏の為に城に来ていた。

 最近会う度に告白されているんだけど、ずっと言ってくるから、何かしらの冗談じゃないか? って思ってしまう訳で。

 ちなみに姫様の強い希望で、アーリアと呼び捨てしている。


「俺にはもう二人の可愛くて美人な恋人がいるの! アーリアには申し訳ないけど、これ以上増やす気なし!」


「大丈夫です、後二人妻を迎え入れられますから!」


「めげねぇな、この姫様……」


 いくら断っても、何故か諦めない。

 大人しめというか、清楚そうな容姿からは想像できない位の積極性で、俺はちょっと引いてる。

 昔、前世で仕事していた時、とあるアイドルグループの一人からもこんな感じで来られたのを思い出したわ。

 童貞拗らせていた俺は、ちょっとその気になってきたんだけど、「ぜってぇ枕営業だぜ?」とか言われたから、泣く泣く断ったんだった。

 でも本当その子位にグイグイ来るから、ちょっと怖いわ。

 何か下心あるんじゃねぇかって疑っちまう。

 だって、相手は王族だぜ? 何か裏があるように思えて仕方ないんだよなぁ……。


「まぁいいや。今日の演奏は満足できたか?」


「もちろん、相変わらず素晴らしい曲と歌声でしたわ」


 今回弾いたのは、坂本九の《上を向いて歩こう》だ。

 名曲中の名曲で、海外でも知られている曲だからとりあえず説明は不要かな?


 アーリアから「元気が出る曲をお願いしますわ」とリクエストされ、この曲をチョイスしたんだ。

 結構ウケたようで、楽しそうに手を叩いてリズムに合わせて、体を左右に振っていた。

 こんなに楽しそうに聴いてくれると、演奏者冥利に尽きるってもんだな!


「でも、明日で王都を去られるなんて…………寂しいですわ」


 アーリアの宝石のような虹色の瞳が潤む。

 うっ、ちょっと可愛いと思ってしまった。

 ってか何だよ、何で俺の周りはそんなストレートに想いをぶつけてくる人多いの!?


「もう、王都には、来ないのですか……?」


 ああ、もう!

 そんな悲しそうな顔するなよ!!

 しゃぁない。まだ誰にも話していない事だけど、予定は姫様に伝えてもいいかな。


「まだ予定だけどさ、故郷の学校を卒業したら、俺の活動拠点を王都に移すつもりだ」


 音楽家として活動するなら、絶対王都に住まないと行けなくなる。

 人の多さや演奏できる環境、そういったものを考えるとうちの村が拠点だと無理なんだ。

 最初から金を稼ぐのは難しいから、アーバインを頼るか、《風のささやき亭》で雇ってもらうかって感じかなぁ。

 アーバインを頼るとなると、あいつの付き人としてこの世界の音楽業界に触れ、俺の名前を売っていくようになると思う。

《風のささやき亭》で雇ってもらうとなると、金を稼ぎつつ別途何らかの方法で名前を売らないといけない訳だ。

 となると、アーバインの付き人になる方が現実的だな。


「だから、恐らく一年半後が卒業だから、その後にこっちにまた戻ってくると思うぜ?」


「本当でございますか!?」


 近い近い近い近い!!

 顔がめっちゃくちゃ近い!!

 俺は距離を取って、話を続けた。


「あくまで予定だからな!? まだ確定じゃないから、予定は変わるかもしれない」


「それでも、わたくしは待ちます」


「本当、めげねぇな……」


「ええ。わたくし自身でもびっくりしてますの」


「そうかい……」


「また王都に来ましたら、是非わたくしの元へ来てください。きっと、ハル様のお力になれると思いますから」


「俺の力に?」


「はい! わたくし、とある研究をしてますの。ハル様への愛を形に示しております!」


「お、おう……」


 ここまでぐいぐい来られると疲れる……。

 とりあえず俺はアーリアと別れ、最後の挨拶として王様の書斎兼寝室に立ち寄る。


「やぁ、ハル君。陛下に用事かな?」


「うっす。明日帰るからさ、一応最後の挨拶にね」


「そっか……。君が来てから我々の実力がメキメキ上がったからね。寂しくなるよ」


 俺はアーリアに演奏を聴かせた後、身体が鈍らないように兵士さん達を相手に模擬戦をやっていた。

 俺対兵士さん十人という複数人戦闘を意識した、実戦形式の戦闘だ。

 さすがに鎧や盾を武装している兵士さん十人だと手加減は出来ないから、俺は二刀流と音属性の魔法をフル活用して戦っていた。

 今日は戦わないけど、七戦全勝ってのが俺の勝率だ。


「結局君に一本も取れなかったなぁ。俺の目標は、ハル君に一太刀入れる事だったのに」


「残念でした! まっ、一年半後にはまた王都に戻る予定だし、それまでにしっかり鍛えておいて」


「ああ。ロナウド殿にも色々お世話になったしね。無駄にしないように精進するさ」


 兵士さんが部屋の扉を開けてくれた。

 俺は軽く会釈して、王様の書斎兼寝室へ入った。


「やぁ、ハル殿。アーリアとの挨拶は終わったかね?」


「こんちわ、王様。なんなんすか姫様、ぐいぐい迫ってくるんですけど……」


「ふっ、余の助言をしっかり実行しているようだな」


「あんたの入れ知恵かよ!! 俺には恋人がいるから、余計な事しないでくれますかねぇ!?」


「君は貴族になる予定なのだろう? なら後二人枠が空いているではないか」


「もうやだ、この親子!!」


 とりあえず、俺は王様が座ったソファの向かい側にあるソファに腰掛けた。

 流石王室、ふっかふかのソファでかなり上質な物を用意していた。


「ついに明日か……。ハル殿には世話になった。余の命も、アーリアの命も救ってもらった。君達親子には足を向けて寝られないよ」


「いやいや、俺こそアーリアへの演奏で報酬を貰っているから、お礼を言うのはこちらですよ」


「……普通はここで余らに取り入って成り上がろうとするものなのだが」


「そんなしょっぱい売り込みなんてしないっすよ。もっと実績を出して、王様以外の周りから評価されて成り上がりたいんですよ、俺は」


「ふっ、相変わらずの大口だが、あのピアノの演奏を聴いたせいか実現しそうな気がするな」


 王様は、柔らかい笑顔を俺に向けて見せた。

 俺とオーグに、新しい楽器を発明した功績として勲章授与を考えていると言われたが、俺は辞退した。

 ピアノを開発したのは、ほぼオーグの手柄なんだ。いくら共同開発という事にしてあっても、俺が勲章を貰うのは違うと思ったんだ。

 オーグの勲章授与式は、俺が王都を去った一週間後に行われる。

 友達の晴れ姿を見る事は出来ないのは残念だけど、俺には俺のやる事を進めなくちゃいけない。

 それに、今母さんは妊娠中で、俺が帰る頃が出産予定なんだとか。弟か妹なのかはわからないけど。

 だから今は帰郷がとっても楽しみなんだ!


「この後、夕食はどうかね?」


「あぁ……。すんません、実は友達がお別れ会を開いてくれる予定で、せっかくのお誘いですが、そっちを優先しますわ」


「くっくっく。余の誘いを断るのは、ハル殿位だよ」


「まぁこんな臣民がいてもいいっしょ?」


「ああ、余はそこを気に入っているんだよ。余も話していて楽しいしな」


「それはありがたい。まぁまた王都へ来ると思うので、その時はまた挨拶しに来ますよ」


「うむ。君ならいつでも大歓迎だ。何とか時間を作ってみせるよ」


「ありがとうございます」


 俺と王様は席を立って握手を交わす。

 うんうん、順調に俺の野望が進行している!

 音楽の実力は、もう王様には売り込み済みだから、後は俺が実績を積むのみだな!

 王太子様にも挨拶したかったけど、今隣国に挨拶しに行っているらしくて不在だった。

 まぁ残念だったけど、王様に王太子様にもよろしくと言付けを頼んで、城を後にした。










「「「「「かんぱーい!!」」」」」


 夜になって、俺とレイス、レオン、オーグ、ミリアが《風のささやき亭》に集まって、俺のお別れ会が開催された。

 まぁ俺達は未成年だから、酒は飲まないけどね。

 ……本当は久々に飲みたいなって思ったのは内緒な?

 ちなみに、この会は俺のお別れ会なので、俺以外のメンバーが金を出してくれる事になった。

 俺は仕事を貰ってて結構懐も潤っているからいいって言ったんだけど、全員から出させてくれと言われたので、断り続けるのも失礼にあたるから引き下がった。

 

「ハル、この半年間、本当にありがとう」


 最近七三分けの髪型を止めて脱・坊っちゃんを卒業したレイスが、急にお礼を言ってきた。

 理由は、ミリアを落とす為らしい。

 ってかレイス、ミリアの事好きだったんだなぁ。

 何となくそうかな? って思っていたけど、案の定そうだった。

 しかも一度は振られてるみたいなんだけど、諦めずに振り向かせるって決めたらしい。

 急にこいつ、表情が大人びてきたからびっくりしたけど、多分振り向かせると覚悟を決めたからなんだろうなぁ。

 昔、アメリカ人の友達が言っていたっけ。「女が男を大人にする」って。

 めっちゃくちゃ下ネタだと思って聞き流したが、レイスを見て確信したわ。あながち間違っちゃいないってな。

 つまり、前世で恋愛すらしなかった仕事人間である俺は、年齢だけ無駄に増えた子供だった訳だ。これも間違っちゃいなかったわ。


「そのお礼は何に対してだよ?」


「色々だよ。音楽に対して刺激になってくれた事、相談に乗ってくれた事、何より、俺と友達になってくれた事だね」


「べ、別に礼にする事じゃないだろ?」


「俺は、そういうのはきちんと言いたいんだよ。本当にありがとう」


「ええい、やめろやめろ! 今日はとにかく楽しく飯を食うんだろ? 湿っぽいのはなし!」


「そうだね」


 くっそ、何だよレイスの奴、俺より大人びてるんじゃないか?

 俺だって、俺だって彼女二人いるから、もう大人だもんね!!


「なら、ここで将来について宣言しておこうぜ!」


 突然チャラ男のレオンが手を挙げて提案をしてきた。

 どういう事?


「オレ達が卒業したら、どういう道に行きたいか。それを確認し合おう♪」


「レオンっち、それに何の意味があるの?」


「ミリア、いいか? ハルに関しては明日から、オレ達は卒業してから恐らくバラバラになると思うんだ」


「うん」


「でも、多分目指す道は繋がっている。そうしたらきっと再会しやすくなると思うんだよね♪」


「あー、その為の決意表明みたいな感じ?」


「その通り♪」


 チャラい喋り方だけど、なるほどね、そういう意図があるか。

 それは面白いな!


「じゃあオレから! オレは最初女の子にモテたいって思ったから音楽を始めたんだけど、今は違う。今はとにかくオレの音楽で皆を沸かせたいんだ。感動とかそういうんじゃなくて……あぁ、上手く言えない!」


 俺達は皆でレオンを「照れてる照れてるぅ」とからかった。

 笑顔が溢れてていいな、こういうの。


「はいはーい、次は私ね! 私は歌手になりたいなぁ、やっぱり! 私の声を活かして、有名になりたいの! 目指せ、お城の庭園!」


 この国での最大のコンサート場所は、レミアリア城の庭園だ。

 日本で言うところの日本武道館や東京ドームレベルだな。

 なかなか高い目標を持ってるな、ミリア。


「じゃあ俺だね。俺は有名になれなくていいから、リューンで普通に生活出来ればいいかな」


「「「「控えめぇ」」」」


 レイスはとっても控えめだった。

 むしろ堅実といった方がいいかな?

 確かにレイスは、あまり自分から目立ちたいって思うタイプじゃないからな。

 

「ふむ、私は演奏が出来ないからな。グランドピアノを中心に、我が領地の財政を潤したいのだ」


「えっ、オーグっちは演奏しないの?」


「……ハルの演奏を見たら、弾ける自信がなくてな」


「「「あー……」」」


 俺の顔を見て納得するなし!

 確かに俺は、前世でグランドピアノはかなり弾いているから、ある種の反則技を使っている訳だけど!

 でも全員俺にジト目を向けるんじゃねぇ!


「さて、じゃあトリは俺――――」


「ハルっちはいいんじゃない?」


「ちょっと待て、何故俺を飛ばすし!」


 ミリアが俺をいじって、皆がケラケラ笑った。

 俺をいじれる奴なんて、今のところミリア位だぜ。


「まぁ改めて。俺はアーバインみたいに音楽で貴族になる! そして、リリルとレイを嫁さんに貰う!」


「ハルっち……、それ私の前で言う?」


「ふんっ、さっき俺をいじった仕返しだ」


「それでも私の失恋を抉ってきてるんですけどぉ」


 男性陣からは「そんな下らない理由で貴族になる奴はハル位だ……」みたいな事を言われた。

 うっせ、いいじゃんかよ、一人位そんな奴がいてもさ。


「それでもう一つ。俺はこのメンバーで、《バンド》を組みたいんだ」


「「「「ばんど?」」」」


「おう!」


 この世界には、皆で演奏するという概念がそもそもない。

 複数で演奏するとなったら、歌手とリューン奏者って程度なんだ。

 だから、俺が頑張ってエレキギターとかドラムをこの世界で製造して、このメンバーでバンドをしたいと思っているんだ。

 とりあえず俺は、皆にバンドとは何かを教えた。

 すると、皆口を開けてフリーズしてしまった。


「どうした、皆?」


「いや、ピアノという凄い楽器を発明しておいて、他の楽器も考えているんだね」


 レイスは眼鏡がずれているのも気付かずに驚いていた。

 レオン、ミリアも呆れたような表情をしている。

 だが、オーグだけはかなり食い付いていた。


「おい、ハル! 共同開発しようじゃあないか!」


「お前、食い付きいいな」


「金の匂いがするからな! 今でさえピアノの注文で潤ってきているのだ。まだあるなら食い付くに決まっているだろう」


「まぁもちろんオーグに話は振る予定だったけど、オーグもバンドメンバーになってもらうつもりでいるんだぜ?」


「ちょっと待て、私は演奏が全く出来ないのだが?」


「俺は一年半後にまた王都に戻ってくる。それまでピアノの練習をしておけよ?」


「ほ、本気か!?」


「本気だぜ!!」


 そこから俺達はバンドの話中心になる。

 ボーカルについては、俺とミリアのツインボーカル。

 ドラムはこの世界では全く新しい楽器になるから、俺自身がやる事になった。

 そしてギターやベースはレイスとレオン、キーボードはオーグに任せる事にした。

 もう皆は乗り気だ。

 何故なら、「おもしろそう!」だからだそうだ。

 何だかんだでこのメンバーは、音楽に対して並々ならぬ熱意がある。オーグは今は演奏できないが、楽器の部分で熱意が強かった。

 しかし今回の俺のお誘いによって、結構演奏側で乗り気になったようだ。


「よっしゃ、なら今度は俺達で、この世界で初めてのバンドを産み出してやろうぜ!」


「なら、今回はお別れ会じゃなくて、バンド結成会でいいんじゃないか?」


「おっ、レイスいいねそれ!!」


「じゃあ改めて、私達のバンド結成を祝って、かんぱーい!!」


「「「「かんぱーい!!」」」」


 こうして俺達は、一年半後に再会を約束した。

 このメンバーでバンドを結成して、俺とオーグがピアノを発表した時のようにまた皆を驚かせてやろう。

 こいつらなら、絶対上手くやれそうな気がする。

 俺は、一年半後の未来を想像しながら、この仲間達と食事を楽しんだんだ。






 そして、ついに王都を離れる日になった。

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