第168話 結婚式、始まる


 そして、ついに俺達の結婚式は始まった。

 式の流れとしては、まずは新郎である俺が先に入場をする。

 その後、レイ、リリル、アーリアが入場する事になっている。

 ちなみに、俺は三人の花嫁衣装は見ていない。

 三人共、この結婚式で俺に披露をしたいのだそうだ。


 現在俺は、式場へ向かう通路を、案内係の後ろに付いていきながら歩いていた。

 服装は純白のタキシード。前世となんら遜色はない、綺麗な白だ。

 胸ポケットにはこれまた純白のシルクでできたハンカチを入れているが、ハンカチの隅には金色の糸でウィード家の家紋が刺繍されている。

 ちなみにうちの家紋は、《レミアリア白金双翼勲章》と同じデザインとなっている。

 考案したのは王様である親父。


「せっかく貴殿だけの勲章なのだから、そのまま家紋にしてしまえば良い」


 という鶴の一声を頂き、そのまま家紋にしてもらった。

 ハンカチに刺繍した理由としては、結婚式でも何処かに家紋を出す必要があるようで、最初は二の腕辺りに刺繍しようかという話が出ていた。

 でも、ぶっちゃけ流石にださかった!

 だから俺は全力で却下を申し立て、代案として胸ポケットに入れているハンカチに対して刺繍をし、家紋が見える程度に胸ポケットから露出させる案を提示。それなら大丈夫だろうと受け入れてもらったんだ。


「ウィード侯爵、そろそろ式場に着きます。段取りはもう一度確認致しますか?」


 案内係の人から話し掛けられた。

 いや、散々頭に叩き込んだから十分だ。

 俺は頭を横に振って不要の意思を示した。


「畏まりました。では扉を開けさせていただきますので、ゆっくり歩いて司祭の前まで歩いて下さい」


「はい」


 案内係の人が、ゆっくりと扉を開ける。

 その先には、約五十メートル程正面に続くレッドカーペット。その両脇に来賓の席が用意されているのだが、そこはすでに満員だ。

 壁端には《映像投影水晶》を手にしているスタッフらしき男性が立っており、両壁に一名ずつ配置されている。

 これは、俺達の結婚式を見たいが為に大聖堂に集まった民衆に見せる為に、《映像投影水晶》を使って、大聖堂の隣にある広場でこの光景が中継されている。

 どうやら俺は最年少で侯爵となり、尚且つ稀代の英雄としてかなり民衆から騒がれているらしく、この結婚式を見たいが為に広場には大勢の人が集まった。

 しかも入りきらないらしくて人が溢れたようだ。

 大聖堂側は急遽、第二中継場所を用意し、大聖堂から約一キロメートル離れた公園に場所を設けた。

 この判断は正解だったみたいで、何とか人が入りきったようだ。


 レッドカーペットの先には、白をメインとしているが服の縁に金の刺繍を施してさりげない豪華さを演出している司祭服に身を包んだ初老の男性司祭が立っていた。

 そして扉が空いたと同時に、来賓席に座っていた面々が俺の方を向く。

 知っている顔もあれば、全く知らない人もいる。恐らく、レイ、リリル、アーリアの関係者なんだろうか。

 来賓席の中には、うちの家族も座っていた。

 父さんはシックなスーツを着こなしており、母さんは赤色のドレスを着ていた。妹のナリアは可愛らしいピンク色のワンピースだ。


「にいちゃーーん!!」


 満面の笑みで俺に手を振るナリアに、小さく手を振って応えた。

 それでもナリアにとっては嬉しかったみたいで、とっても喜んでいた。

 内心「うちの妹がとっても可愛い件について」と呟きながら、顔はそのまま凛々しさを保ち、レッドカーペットの上を歩いていく。

 さらに、式場内に曲が流れ始める。

 そう、部屋の奥隅にシンセサイザーが設置されていて、オーグが入場BGMを演奏してくれていた。

 演奏曲は、久石譲の《Summer》だ。

 本来はピアノだけではなく、ヴァイオリンなど複数の楽器を使う曲なんだけど、そこは異世界版シンセサイザーの力を借りた。

 合計六つの音を登録・ボタン一つで即座に変更できる機能を用いたシンセサイザーで、上下の鍵盤をフルに活かして見事表現していた。

 流石にヴァイオリンは難しかったから、近い音を何とか再現したって感じで誤魔化した。それにまだプログラミングして打ち込んだ音を自動再生するという機能は開発出来ていないから、所々原曲より音を削っている。

 さて、この曲は本当に爽やかな曲調で、途中でテンポは変わるが変調はせず、ずっと穏やかな気持ちで聴ける曲だ。

 前世でもこの曲を結婚式に使っている人達は多かったようだ。

 俺も例に漏れず、この曲を選択した訳だが。

 

 しっかし、オーグは本当に上手くなった。

 貴族であるオーグにこんな事を頼んでよかったのかと思ったが、あいつは快く引き受けてくれた。

 そんなオーグに視線を向けると、演奏しながら優しい笑みを俺に向けた。

 最初会った頃はめっちゃ感じが悪かったのに、こんなにもデレてくれるなんてな。ちょっと感慨深いものがある。


 ゆっくりと歩みを進めて、やっと司祭の元へ辿り着いた。

 彼の背後には、俺の身長の三倍はあるであろう、背中に羽根を生やした一糸纏わぬ女性像が設置されていた。

 この大聖堂は、俺の剣の名前になっている、炎と幸運を司る女神である《レヴィーア》と、水と平和を司る女神である《リフィーア》を奉っている。

 結婚式などを行うこの広場には、結婚した者に幸運を授けるという意味で、《レヴィーア》像が設置されているのだそうだ。

《リフィーア》は、葬式などを行う式場に設置されているらしい。


 司祭の元にやってきた俺は、背筋を伸ばす。

 俺の姿勢を見て満足した司祭は軽く頷く。


「今より、ハル・ウィード、そしてレイ・ゴールドウェイ、リリル・バードウィル、アーリア・ウィル・レミアリアの結婚式を執り行います。レヴィーア様の元で式を行いますので、この間は貴殿方には身分関係なく接する事をご容赦頂きますようお願い致します」


 この大聖堂では、レヴィーアの像の眼前で行うという事は、女神に対して夫婦となる事を女神に宣言するに等しい事なのだという。

 女神にとっては俺達人間の身分なんて全く関係ないから、この結婚式の最中はいかなる高い身分の人間も、ただの平民として扱われる。

 ここで拒否をしたら、大聖堂に所属する司祭は結婚式自体を進行させない権限を持っていたりする。

 何処の世界でも、こういう教会って変な権力持っているよな……。


「はい、承知しました」


「よろしい。それでは、式を続けさせて頂きます」


 当然俺は即答で返事をする。

 司祭も一度頷いて式の進行を再開した。


「それでは、ハル・ウィードの妻となる三人の女性が入場します。レイ・ゴールドウェイ、リリル・バードウィル、アーリア・ウィル・レミアリア、入場!」


 その瞬間、俺の心拍数は著しく上昇する。

 もうね、ずっと心臓の音が五月蝿い位に感じるんだ。

 最愛の三人が、どんな姿で登場するのか楽しみだけど、あまりにも待てなくて今から自分で扉を開けに行きたい位なんだ。

 早く、早く、早く俺に姿を見せてほしい。

 

 扉が開く。

 普通に開いているのに、えらくゆっくり開いているように感じる。

 世界の時の流れが遅くなっている、そんな錯覚に陥ってしまう。

 ああ、本当に待ち遠しい!


 扉が開ききるまで、約一分間掛かったんじゃないかって錯覚してしまう。

 だが実際はそこまで掛かっていなかったようだ。

 そして、父親と腕を組み、足並みを揃えて俺の花嫁が入ってきた。

 流石にレッドカーペットはそこまで広くないから、一組ずつだ。

 まず先に入ってきたのは、お義父さんとリリルだ。

 お義父さんは黒に近い紺色のスーツでびしっと決めているが、目からは大量の涙を流している。

 暑苦しいから、すぐ隣に視線を向ける。

 俺は口をだらしなく開けてしまう。

 

 普段の可愛らしい雰囲気は全くなく、大人びていた。

 それは純白で肌の露出が少なめのウェディングドレスがそうさせている訳でもないと思うんだが……。

 よく観察すると、睫毛を反らせてより女性らしさを引き出しているようだ。

 化粧は抑えられているが、恐らくファンデーションみたいなものを肌に付けて、白く透明な肌を演出している。

 そして唇は普段の色より赤に近いピンク色の口紅を塗っていた。

 全体的に白いもので身を包んでいるから、彼女の金髪がより美しく光沢を放っている。

 さらに隠しきれないそのボリュームある胸は、来賓席に座っている若めの男女の目を奪っているようだ。

 俺は、口を開けながらも見とれてしまう。


 バードウィル親子はゆっくりと俺と司祭さんがいる場所まで歩いてくる。

 眼前の所まで来た瞬間、組まれていた腕を解いてリリルを司祭の前に送り出した。

 その際、お義父さんから言葉を送られた。


「必ず娘を幸せにしろ、なんて事は言わない。だけど、これだけは誓って欲しい。娘を、不幸にだけはさせないでくれ」


 涙を流しながらの懇願。

 大事な娘を送り出す、父親の心からの願い。

 ああ、重い。

 重いけど、すでに覚悟は決めている。


「リリルを不幸にさせないように、全力でリリルと共に生きていきます」


「……ありがとう、本当に、ありがとう。娘は、君のおかげで、自己表現がしっかり出来る子になった。どうか、よろしく頼むよ」


「わかりました」


 お義父さんが泣きながら笑顔を見せた後、口を押さえながら来賓席へ移動した。

 そして次に入場してくるのは、ゴールドウェイ家。

 義父上と腕を組んでいるレイは、まるで女神のようだった。

 腰までのボディラインがわかる純白のドレスは、まさに造形美の一言。胸だって普通にあるし、腰だって細い。

 さらに腕はただ細いだけじゃなく、引き締まっているからさらに美しさを際立たせている。

 元々から大人びていたレイは、目元を濃くさせるアイシャドーと桜色の口紅を塗る事で色っぽさが増される。

 視線は、真っ直ぐ俺の方を向いていて、俺の心臓は彼女の熱視線に射抜かれたのか一瞬大きく跳ねる。

 

 先程と同様、義父上がレイを司祭の前に送り出した。

 そして義父上も俺に一言言ってきた。


「ハル君、うちの娘だけ蔑ろにしてみろ。私の家全兵力を使って、君を叩き潰す」


 脅しかよ!

 怖いわ、義父上!

 でも、絶対にそうはならない。


「安心してください。そんな事は絶対しません。俺はレイを心から愛しています」


「……口ではいくらでも言える。なら、態度で示しなさい」


「……はいっ!」


 言葉で安心させようとしてもだめだよな。

 なら、実際に一緒に生活をして証明しないといけないな。


 目を潤ませながら、義父上は来賓席へ戻っていく。

 そして最後は、レミアリア王家。

 ちょっとこの人達は特別に、両脇に王様である親父と王太子の兄貴がアーリアと腕を組んでいた。

 政治的意図は特にないようで、母親である王妃様が亡くなってからはこの三人で力を合わせて生きてきたんだ。

 ……サリヴァン? 知らんな、そんなド阿呆は!

 アーリアは、美しくて長い銀髪を後頭部で結っていて白いうなじを露出させている。

《虹色の魔眼》を隠す為にサングラスをしているのがとても残念なのだが、それでも純白のドレスに身を包んだアーリアは本当に綺麗だった。

 本人は胸がないのを気にしていたが、ドレスを着てみると逆にドレス自体の美しさをフルに出せているんだ。

 こういうドレスは、意外とアーリアみたいなスレンダー体形にはめっちゃくちゃ似合っているのかもしれない。

 元々アーリアの肌も白く美しかったから、ドレスもまるで彼女の肌の一部ではないかと思ってしまう。

 三人の美しい姿を見て、俺は本当に幸福者だと思うよ。


 司祭の近くまで来た王族一家は、アーリアを司祭の前まで送った後、やはり俺に一言。

 まずは親父。


「ハル殿、この際王族やら貴族やら関係ない。お互いに納得出来るように、両家しっかり歩み寄っていこう。何かあったら遠慮なく言いなさい」


「……ありがとうございます、親父」


「……ふっ、貴殿の敬語は何故だろう、違和感がありすぎて気色悪いな」


 ひでーな、おい。

 次に兄貴だ。


「ハル、アーリアと結婚してくれてありがとう。きっと、君以外にはアーリアを幸せに出来ないと思う。だから安心して妹を預けられるよ」


「幸せに出来るかどうかわかりませんが、一緒に精一杯生きていきます」


「……その言葉だけでも満足だよ」


 そして二人共、自分の席に戻っていく。

 兄貴が一瞬、来賓席に仲良く座っているレイスとミリアを見て、非常に悲しそうになった顔を見せたのは、俺の胸に止めておこう。

 この失恋を乗り越えて、もっといい女性を見つけて欲しい。

 あんたはイケメンだ、加えて王太子だ、女性は選り取り見取りだろうよ!


「さて、妻となる三人の女性の入場は終了致しました。今より新郎より、女神レヴィーア様の前で、三人の女性に対する誓いの言葉を述べて頂きます」


 前世の場合、こういった教会での結婚式の場合、神父が新郎新婦に問いかけて誓わせるという方式なのだが、この世界ではちと違う。

 女神像の前で愛の誓いを新郎がスピーチする。女神の代理である司祭がしっかり聞いた後、新婦にスピーチに対する返事を促すという方式だ。

 大丈夫、もう考えてある。

 あまりに格好付けすぎると俺は失敗してしまう傾向があるから、自然体で喋るつもりだ。

 

 俺は、三人の愛する女の子達に視線を向け、言葉を綴った。

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