第167話 結婚式前の朝


「……久々にたくさん飲んだから、頭がガンガンする」


 とは、王様こと親父だ。

 王様が普段見せない、ただの『ドールマン』としてハメを外していたんだ。

 酒だってあんなにがぶ飲みしちゃ、二日酔いにもなるわな。

 そんなに飲んでなかったうちの父さん、養父上、お養父さんは二日酔いにはなっていないけど、まだ眠そうだ。

 女性陣はしっかりと自分にあったペースで酒を嗜んでいたから、朝から元気だった。

 兄貴に関しては、兄貴が失恋ショックでワインをラッパ飲みしてしまい、親父と同じく二日酔いだ。


「うぅぅぅ、王太子である私が、なんたる醜悪な姿を……」


「……酒はヤケ飲みするもんじゃないぜ?」


「……身を以て知ったよ」


 俺に関しては、今世の体は結構酒に強いみたいで、それなりに飲んだはずなのに酔いが残ってなかった。

 つまり、万全の体調で結婚式に望めるって訳だ。

 

 そう、俺は今日、ついに愛する三人を嫁に迎え入れる事が出来る。

 前世でも出来なかった結婚が、ついに出来る。

 本当にこの世界は、俺が味わえなかった事を与えてくれる、素晴らしい世界だ。

 結構簡単に命は散るけどね。

 俺は屋敷の庭に出て、晴天の空を見上げてそんな事を考えていた。


「ついに、今日だね」


 物思いに耽っていると、いつの間にか俺の左隣にいたレイが話し掛けてきた。


「僕は、君の奥さんになれるんだね」


 柔らかな表情で、嬉しそうに笑うレイに、俺の脈は大きく跳ねる。

 大人びていて綺麗なのに、一時期は男として育てられたせいか剣術が大好きで、大人びた容姿とは想像付かない程甘えん坊で、でもむっつりスケベだったりする。そして、俺をこんなに一途に愛してくれている。他の女も好きになっているダメな男である俺を、しっかりと受け入れてくれている。

 こんな素晴らしい女性を、妻として迎え入れられるんだ。


「ハルはどんどん凄い男になるから、何とか追い付かないと僕なんて見向きもされなくなるって、本当に必死だったんだからね!」


「……本当、こんな俺を好いてくれてありがとうな」


「うん!」


 すると、右隣からも声を掛けられた。


「私は何がなんでも、ハル君と結婚するつもりだったよ?」


「リリル」


「だって、ハル君以上に凄い男の子は、私の中では絶対に現れないって小さい頃から思ってたから」


 リリルは満面の笑みを浮かべながら、俺の右手を握ってきた。

 柔らかく、包み込むように握り手からは、心地よい暖かさを感じる。

 リリルから物凄い母性を感じるんだ。不思議と安心するというか、本当に俺を受け止めて包み込んでくれるような、そんな感じの。

 まだ幼さが残るけど可愛らしくて、でもスタイルは抜群にいい。そして俺の力になりたいと努力する頑張り屋で、何気に負けず嫌いな一面を持つリリル。

 彼女もまた、俺にとっては間違いなく必要な女性だ。


「これからずっと、一緒にいようね、ハル君」


「ああ。一緒にいよう」


「……嬉しいな、私の初恋が、叶っちゃった」


 前世で初恋は済ませてあるけど、苦い思い出しか残っていない。

 あの時は、本当酷い振られ方をしたもんだ。

 それから音楽にのめり込んで、童貞のまま死んじまった訳だけど。

 まぁこの世界での初恋は、俺もしっかり叶ったって事にしよう。リリルもすごく嬉しそうにしているから、そういう事にした方がきっといいだろう。


「わたくしの初恋も叶いましたわ」


「アーリア」


 突然背後から抱き着いてきたのは、アーリアだった。

 芸術王国レミアリアの王女にも関わらず、その地位を捨てて俺に嫁いでくれる、気品溢れる女の子。

《虹色の魔眼》という、社会的にも物理的にも抹消対象である彼女だが、俺はそんなのはどうでもいい。

 俺の為に尽力を注いでくれるし、本当に一途に俺の音楽活動を支えてくれた。レイとリリル以外には靡かないぞと覚悟していたのに、そんな一途な愛情に見事決意を打ち砕かれて惚れてしまったんだ。

 ここまで愛してくれる子は、なかなかいないだろうな。


「本当に、貴方を振り向かせるのは胃が痛くなる程大変でしたわ?」


「……仕方ねぇじゃん? その時はレイとリリル以外とは結婚しないって決意があったし」


「わたくしは王女ですから、もっと簡単に靡くと思ったのです。しかし、貴方はわたくしを一人の女性としてずっと見続けてくれました。それが非常に嬉しかったですわ」


 俺はアーリアを王女として一切見ていなかったし、そのように接した事は最初だけだった。

 本人の希望もあったけど、俺自体がずっと畏まる事が出来ないんだよなぁ。


「本当はハル様を独占したかったのですが、貴方程の方を一人で独占し続けるなんて、振り向かせるより至難の業なので早々諦めましたわ」


「僕も独り占めしたかったけど、無理だって諦めたなぁ」


「私も!」


 えぇぇぇ、俺はそんなに規格外かね?

 前にも父さんに同じような事を言われたけど、俺自身は全くそうは思っていない。

 だけど周りがそう言っているのなら、それが事実なんだろうな。

 まぁ侯爵にもなった訳だし、もう一般人とは名乗れない。

 この時点で普通の男ではなくなったと自覚するべきなんだろうな。


「重婚は許しましたが、誰かを疎かにするのは絶対にダメですからね?」


「ああ、しないさ。こんなに素敵な女の子達を嫁に貰えるんだ。誰かを疎かにしたら神様から天罰を食らっちまう」


 そうだ、そうだよ。

 こんなに素晴らしい彼女達を、疎かにする訳がない。

 一緒に幸せになるなら、皆で協力をしていかなくちゃいけないんだ。三人の内一人に入れ込んだ時点で協力関係は崩れてしまう。

 そして妻に迎え入れた俺には、彼女達を幸せにする責任がある。

 だから俺はどんな事があろうと、この三人を平等に愛するって決めた。だから俺は《家訓》として、俺の決意を表したんだ。


「三人共、本当に心から愛しているよ。改めて、生涯俺と人生を共にしてくれ。色々大変な事や辛い事があるかもしれないけど、一緒に乗り越えて笑い話に出来るように皆で協力して過ごしていこう!」


「今更だなぁ。僕達は最初からそのつもりさ」


「うん。ハル君を好きになった時から、私はそう思っていたよ。レイちゃんとアーリアちゃんも一緒にっていうのは予想外だったけど」


「わたくしも重婚は予想外でしたが、ちゃんと話し合って一緒に楽しく過ごしていこうと決めてありますから、ご安心ください」


 ああ、本当に、本当に俺には勿体無い位に素敵な女の子達だ。

 絶対に俺は、この三人を手放したりしない。

 俺は改めて決意した。


「ハル、とても嬉しそうな笑顔だね」


「うん、笑顔のハル君は本当に素敵だよ」


「わたくし達はもしかしたら、この屈託のない笑顔にやられてしまったのかもしれないですね」


 俺はどうやら、嬉しくて笑顔になっていたようだ。

 ああ、嬉しいさ。

 結婚式前からこんな幸せな気分になってていいんだろうか。

 きっといいんだろうな。


「改めてよろしくな、レイ、リリル、アーリア!」


 彼女達も、眩しい位の笑顔を、俺に向けてくれた。

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